二十四話 モーターサイクル
二十四話 モーターサイクル
ゼナイドとアーサーが祭壇へ戻ると、魔天教が整列していた。上部からは、腐臭を纏った、唾液のような血液が滴り落ちてくる。
「最後に、我々も、我々を讃えて唱おう……では」
整列する魔天教の者たちの、その足下で、金属の跳ねる音がする。足下に転がった幾つもの発煙筒から白煙が発生、大聖堂の祭壇前が白く包まれる。いくつもの銃声、悲鳴、うめき声。ゼナイドがアーサーの前で刀を構えた。
「……1歩、遅かったようだな」
煙の中から、一発の尖った弾丸がゼナイドに飛んでいく。刀でいなした瞬間、煙の中から魔天教の者ら4人、一斉にゼナイドに飛びかかる。1人、大砲の弾のような速度で飛びかかり、戦棍を振りかざした。アーサーが咄嗟に小銃を構えるが、追えなかった。
(なっ……メイス!?)
ゼナイドの刀に振りかざされた戦棍は、一瞬、刀を捻る。打撃された箇所が赤熱した。
(……強い!!)
ゼナイドは上段から来る振りかざしを斜め下に、火花を散らしながら肩で撫でるようにいなす。力を受け取ってしまい体勢を崩し、そこに戦棍が追撃を放つ。
アーサーが構え小銃をその者の腹部に狙うと、銃声と共に足がもつれる。太ももが撃ち抜かれアーサーが倒れる。ゼナイドの前に3人の魔天教が各々で武器を構え、アーサーの前にやや小さい魔天教の者が立つ。その者はリボルバーを一丁構える。後ろで絶えず鳴っていた銃声が止む。
「……お父様」
魔天教の者は黒くボロボロな外套を脱ぎ捨てる。黄金の髪の毛の少年だった。
「……シャノン、お前だったのか」
「お父様、1つお伺いします……僕は、誰の子ですか?」
「全て、聞いていたのか?」
「正確には、何を話していたのかを、耳の良い方から伺いました」
「妻が……エリザベスが、拾ってきた」
「……僕に、王族としての血統はない……ということでしょうか?」
「……そうだ」
「僕は、王になる予定の者でした」
「血縁など、結局のところ第三者の証言あってのことだ。目付きなどが多少似ていれば、彼女は誰でも良かったし、私も……そうだった。全てを権力で塞ぎ、今日まで黙っていた。すまない」
「上にいるのは、母上なのですね?」
「……そうだ」
「全ては、私利私欲での行動だった……国家を感染症に侵し、破壊したのは、母上エリザベス女王を、本当の女王に、女性にするため」
「…そうだ」
「……僕は、次期国王として、あなたを断罪します」
リボルバーが、アーサーの頭に向けられる。
「……その罪、たった1つでが足りないと分かっていても、命で償って下さい。そして僕はこの罪を後世に伝え、あなた方を永劫、糾弾します」
「エリザベスを、母上と呼んでくれてありがとう」
「それが、あなたの遺言です」
リボルバーの引き金が引かれそうになった瞬間、頭上の腫瘍が叫び始める。雄叫びに聞こえる鈍く震える、怒りのこもった轟音と共に、触手がシャノンを襲う。
ゼナイドの前で構える1人の黒装束が腰に提げた刀剣を構えると、鞘の引き金を引いて射出するように抜刀し、炎を纏った刀剣で触手を切り払った。アーサーが叫ぶ。
「……エリザベス!!」
アーサーは頭上の腫瘍に大声を上げる。
「何をしているんだエリザベス!!私は……いや、私たちは確かにこの罪を受け入れるべきだ!!改心するのは過ぎるほど遅い、私に君を怒る権利など持ち合わせてなどいない!!だが……それでも!!子に手をあげるとは、どういう了見だぁ!」
アーサーは、怒りに震えながら拳を強く握る。だが、触手はシャノンやその周囲の黒装束を襲う。黒装束は動きにくさで、外套を各々捨てる。溜め息を吐きながら、白い髪の女性が、刀剣で触手を振り払う。
「……ったく、結局シャノンにはまったく興味ないってコトよねこれ。拾ってきた子供で本当の親になろうって考えたその安易な思考……あんたは親資格よ、むしろ親になれないその状態こそ、ふさわしいんじゃないかしらねぇ!?」
いっそう怒りを込めた叫び声と共に触手が遅いかかる。
「相手が相手なら、アンタも大概よクソ野郎!!」
触手が、一斉に引っ込む。腫瘍の大きな痙攣になぞり、大聖堂が揺れ始める。鼓動にも似た様相であった。
「ん、何……!?」
アーサーが慌てて、銃を構えて腫瘍に声をかける。
「今はダメだエリザベス!!シャノンがいる!!もう少し待ってくれ!!」
腫瘍の鼓動がはやくなる。
「……ダメだ、ダメだダメだ!!シャノン逃げろ!!とにかく海へ、海の向こう側へ!!バビロンは蒼騎士……いや、全ての厄災の頂点。世界を飲み込む、口の海だ!!」
腫瘍は一回り、二回り、3回りりと大きくなっていき、滴る唾液は濁流となって祭壇の回りを池にしていく。腫瘍は天窓を突き破り、建物を侵食するように膨れ上がっていく。触手は太く筋張っていき、太い首のようになっていく。
出血しながら太い血管をさらすそれらが表面に蒼く、しかし血管が張り巡らされ紫色にも見えるようになっていく。鱗や甲殻が生えわたり、触手は大聖堂の尖塔を破壊し、落石がシャノンたちを襲う。落石をノイが蹴り飛ばし腫瘍に食い込ませると、多量な出血がアーサーを襲う。
触手がアーサーを守る。
「エリザベス……君は、君は何が大切だと言うんだ……シャノンがせめて巻き込まれないようにと、港付近へ視察の仕事を任せたのは君だろう!?」
腫瘍はさらに膨れ上がっていく。
「……そうか、そうか。君は、彼を大切にする君を大切にする、私のためということか。君がバビロンになった途端、彼は息子でも何でもなくなった。自分で子を作れるからか……!!!」
首に抱かれるようにして拾われるアーサーは、腫瘍を睨んでいた。バビロンの赤い体液が大聖堂の床を埋め付くしたとき、空間を揺らす振動と共に、巨大な木製の両開き扉が吹き飛ばされる。体液が外に溢れながらも、鉄の貨車が馬もなしに入ってきた。
「乗れぇ、ガキども!!」
車体から突き出た煙突からは黒煙が上がり、外にももう一両あった。ムタリカが乗っている。
「皆さん、一両3人でお願いします!」
シャノンが大聖堂の扉を出てすぐ、振り向いた。アーサーが、触手だったものに拾われていったのを見る。シャノンとノイがムタリカの乗る車両、ブラッドの乗る車両にはリンデとフアンが搭乗した。
「……出すぞ!!」
ブラッドやムタリカと操る馬車は、勢いよく黒煙を放ちながら軸を持つ車輪が回転、馬などよりよほどある速度で、大聖堂の前に広がる街道を突っ切っていく。前をムタリカの乗る車両が行く。シャノンが振り向くと、もう大聖堂からかなりは離れていた。
「これはいったい……」
ムタリカがノイに鞄を渡す。
「自動車という、試作品の輸送用機械です。場内で使用されていたので、頃合いを見てブラッドさんと強奪しました」
「素晴らしい、実に素晴らしいよ」
視界の先、大聖堂と外との仕切りである、鉄格子の門は閉ざされている。ノイが車から乗り出して構え、大砲を放つ。門を吹き飛ばし、煙を突っ切って車両は通過する。ブラッドは親指を立てる。
「いいぜぇ嬢ちゃん!!」
ブラッドの車体が大きく揺れる。
「うぉあっぶねぇ!!ったく、さすがに使ったことないからなぁ」
リンデが慌てて、ブラッドと操縦を変わる。車体は安定し始めた。
フアンが後ろを振り向くと、大聖堂が赤く爆発した。およそ生物からとは思えないほどの大量の赤い血液がその煙のなかから流れ始め、それは車両の速度を大きく上回っている。吹き飛んだ大聖堂の瓦礫から扇状に延び始める七つの首。
その後ろには巨大な肉塊、そして肉塊の上に、なまめかしい女性の太もも上や臀部が植物のように生える。
血管で縫われた左右非対称の翼を持ち、表面はすべて蒼が血管が張り巡らされ紫色に見える。髪の毛はナメクジのように軟体のようで、顔面は蒼く白く赤い。あばらから骨が突出しており、クモの足のように地面を突き刺す。
段々と、空を埋め尽くすようになっていき、陰が自動車を覆っていく。背に王城を呑み込んでいき、その姿は王城を次第に越えていった。ブラッドが振り向くと、その血液の濁流に手足が生えていることに気が付いた。
「……はぁ!?んだありゃ!!」
赤く湿気った波に生えてくるには、蒼色をしたモルモーンであった。
「あぁくっそ、口の海だってのはマジなのかよ!!」
道中、走って逃げる魔天教の者は1人もおらず、全員が頭を撃ち抜いて続々と自殺をしていく。その死体は波に飲まれると、執拗に牙が生えた肉の波に飲まれ、咀嚼されていった。
「追い付かれたら、俺たち終わりだ!!」
異臭が双方漂ってくる。鉄臭さではない、むしろ腐った臭い。視界の先に、鉄塔を中心にした橋が見え始めた。その橋は上がっていた。ムタリカは考える。
(ペルガモン橋はタワーブリッジ。跳ね橋の要領で吊るされいる、可動部である鎖の破壊すればあるいは……)
ムタリカがノイに指示を出し、ブラッドの車に手を振る。リンデがブラッドに指示を出してムタリカの車の隣に付け、ノイのいる方へ飛び乗る。シャノンが車を移ると、ノイが支えながらリンデは照準を定めようとする。ムタリカが全体に指示を出す。
「ノイで橋を吊る鎖を破壊してください。合計4つです。至近距離で一度停止させますので、ブラッドさんお願いします!!」
2台の自動車は橋を少し渡って鉄塔の側で止まる。後ろから、着実に蒼騎士の大群である口の海が、街を呑み込んで迫り来る。
「耳塞いで、撃つよ!」
一発を放つ、砲身のみが後退。金属の容器が破裂するような轟音と共に、大口径の砲弾が飛んでいく。一ヶ所目の鎖を破壊した。
「当たった……!!」
フアンが後ろを確認していると、やはり着実に蒼騎士の波は押し寄せる。
「急いで下さい!!」
ノイがは砲身の尾部にある閉鎖機をこじ開け砲弾を再装填、2発目を構える。発射し、二つ目の鎖を破壊。手前の橋が急速に落下する。ムタリカが次の標的を指示し、ノイが照準を定める。発射、軌道は反れ、掠めることもせずに遠くへ飛んでいった。
「ねぇ、リンデがやった砲弾をがいいって!」
「無理よ、その大砲の反動どんだけあると思ってるの!?」
「そんなになの!?」
ノイが再度装填を繰り返す。発射、鎖を掠め少し損傷した。
「……あれぇ???もぉ!!」
3発目にしてようやく3つ目を破壊。最後の4つ目に取りかかる。フアンが建物を呑み込むその波が、橋の側にある時計台を呑み込んでいく。
「……もう目の前です!!!!」
ノイは再装填をし、呼吸を荒くして一発を発射。4つ目の鎖に掠める。ノイが顔を蒼白にした瞬間、鎖は荷重に変えきれずに破損。反対側の跳ね橋が降りる。
すぐにムタリカとブラッドは自動車の機関部を吹かし加速、真後ろの波に向かってノイが大砲で焼夷弾を放ち燃やしながら、全員が乗り込んで出発。
川が肉の川に飲み込まれるようになるなか、2台の自動車が突破していく。橋を渡っていくと、いくらかの死神や蒼騎士がいる。
リンデの狙撃銃をフアンが使い、ブラッドの自動車が先導で突っ切る。先導するブラッドの自動車にはフアン、シャノン、ブラッド。2台目にはムタリカ、ノイ、リンデがいる。進行の障害になるものを撃ち殺し動きを止めたところを、自動車で引き殺して先へ進む。肉の流れはさらに加速し、車に追い付きそうになっている。
街を出て平原を走る。緑は蒼と赤に染まっていくなか、線路に沿うようにして走破していく。ノイが、行きで止めた機関車を見つけるも、それを無視してまっすぐ進んでいった。
「えっ、なんで!?」
「機関車は可動まで時間かかるのよ、あの速度で迫ってくるんだから、呑まれて終わるわ!!」
「でも、乗らないと追い付かれちゃわない!?」
「そう、だから、こっからは2つ、賭けなの!!工廠から学院、学院から港。ここを通る鉄道がすぐに動かせる状態である必要があるわ!!」
ノイが振り替えると、王城のほとんど2倍以上に巨大な、羽根を生やした女人の怪物が、あばらの骨が胸から突き出てクモの歩脚のようにうごめいている。空を覆ううおうな非対称の、血管の飛膜を持つ翼が、広がる。
「……あれを見て逃げようとしない方がおかしいわ、まずサルディス工廠の機関車に追い付く必要が……」
ブラッドが声をあげる。サルディス工廠から黒煙が上がり、その黒煙が移動していく。ブラッドが先導し若干の迂回をしながら走る。煙の下には確かに機関車が走っており、ブラッドとムタリカはいっきに足のペダルを踏み込む。機関部を吹かし、機関車に近寄っていった。
機関車のなかにいるアル=ライスが手を振る。フアンがギリギリそれを見つける。
「アル=ライスさんです!!」
「線路、どうにか直したみたいね!」
機関車の速度が若干落ちていく。バビロンの川がサルディス工廠を飲み込み、爆発を引き起こしていく。線路を食らいながら突き進んでくる川を真後ろに、自動車を線路と水平に保って近寄っていく。
アル=ライスが機関車の最後尾に来ると、ブラッドが線路に強引に乗り込み、枕木によりガタガタと走らせながらも、最後尾に自動車を着け、最大加速で車体を、機関車の貨車の連結部に擦り付け、速度保たせながら、フアン、シャノン、ブラッドが機関車に乗る。自動車が減速していき、バビロンに取り込まれるとすぐ、ムタリカも先導に習って後ろに付けようとする。
機関車が加速し始めた。アル=ライスが機関部へ走っていった。自動車と機関車の距離が離れていく。ムタリカはペダルを踏むが、距離は縮むことはなく、離れていく。リンデがノイに指示を出す。
「分かった!!」
ノイはムタリカをいきなり抱えると、座席を踏んづけて勢い良く跳躍、機関車に飛ぶ。
「……えぇぇ!!」
ムタリカが驚きながら、貨車の上部に転がり、風を切るなかすぐノイはムタリカを離して、車に飛んでいった。着地で車体の車両が外れ、一気に減速ししていったが、それでもノイはリンデを抱えて脚力で吹っ飛び、貨車の最後尾のよく分からない突起を掴んだ。機関車の勢いにノイは片腕で掴まりながらリンデを貨車に放り投げ、ノイも腕で自分を引っ張り乗り込んだ。
ノイが手を払い髪を手ぐしで整えようとしたところ、リンデが抱き付いた。
「うわぁ!!」
「ありがと!!!」
「ごめん、いっぱい弾外しちゃった……」
「いいわよ、みんな生きてる」
アル=ライスが機関部から戻ってきた。
「すまない、機関部の連中が怖がって、速度を勝手に上げやがった……ん?ムタリカさんは?」
ムタリカが貨車の上から降りてアル=ライスに寄る。
「避難のタイミング、丁度良かったです」
「すまない、ギリギリまで待つべきだったろうが……救える人の数で考えた」
「立場が逆であっても、私ならそうします。それに、全員無事です……それより、ここから学院へ向かったとしても、あちらに機関車がある保証もないことの方が、より深刻な事態です」
「……そうだな」




