二十三話 ラプソディ
二十三話 ラプソディ
「……これは、私がある協力者に託された、あるベストロの肉片だ。モルモーン、聞いたことがあるだろう。曰く、これはその変異種だそうだ。モルモーンは元来ヒトやみなのような亜人・獣人に化け捕食をするベストロとされている。その再生力は凄まじく、捕食したそばから腕を生やすほどだ。この変異種は、その領域を越えて捕食と再生を行う。細胞1つ1つが他細胞を急速に取り込み成長する、いわば全身が口であり胃であるモルモーンだ。皮膚組織が捕食できるほどではないが、粘膜や眼球からなら捕食が可能だ。国家の中心、王室の妃、エリザベス・プレイステッドを中心に撃ち込むことに成功。彼女を中心に、病のようにしてそれは広まりを見せ」
ゼナイドの後ろから発砲音が1つ。振り向き様にゼナイドは弾丸を刃でいなした。
「……いいや違う、あり得ない」
「……そうか」
「そんなハズはない!その肉片は、ベストロなどというただ不快なだけの存在ではない!」
「……不快?」
「言ったハズだ!その肉片は、考古学者が地下から持ち出した、黙示録の怪物、大いなるバビロンの肉片であると!!」
「あぁ、大いなるバビロン、あるいは大淫婦バビロンと呼ばれる」
「穢らわしい呼び方をするんじゃない!」
「7つの首を持った獣に跨がる、金の杯を持った女……」
「あぁ、そうだとも、そうだとも!!貴様の同胞は言った!彼女を大いなるバビロンにすることこそ、彼女の願いを叶えられる唯一の方法だと!!法的に証明されたいくつもの書類と共にな!」
「……法とはその実、その時の支配者が支配を円滑にするために、もっとも尊ぶべきものとして刷り込まれた方便だ。無論、多数に害を及ぼさない為という名目でも認識されるものであるが」
弾丸は発射されるも、また斬られた。
「騙したのか、端から騙すつもりでいたのか、ゼナイド!!」
「とある村で私の協力者は実験を行った、モルモーンは寄生する。オルテンシアで実際に私が使用したときも確かに寄生した、そう認識させられた。次に渡されたものは、同様に小瓶に内包された肉片は青ざめていた。キサマに対する交渉術を仕込まれた魔天教の者すら、その認識だった。大淫婦バビロンは、肉片の青さから、そちらの宗派にある伝説、黙示録の蒼騎士に準えた、ただの後付けに過ぎない。事実として、感染者は蒼騎士や死神になり、この祭壇の上にあるように君の妃、エリザベスは蒼騎士や死神の結晶であるニガヨモギに変容した……私が言えるのは、アーサー、彼女がバビロンになれるということ……いや、彼が彼女になれる、エリザベスが女になれるという保証は、どこにも存在しないのだよ」
「……彼ではない、彼女だぁぁぁ!!!」
アーサーは銃床を肩に付け、機構を動かしての再装填を繰り返すようにし、立て続けに発砲した。
ゼナイドは正面にまっすぐ構えると、斬り伏せるように刃の横手に当てながら軌道を反らす。
5発の弾丸が大聖堂の壁に命中率すると、アーサーはリボルバーを構えて発砲。ゼナイドは弾丸を見切り、先手の4発が命中しないことを確認すると、残り2発を弾きながら半身になり、片手に爆弾を抱え、背に投げる。
爆破の勢いで祭壇からいっきにアーサーの地点まで半分、放物線を描いて飛んだ。
「くっそぁぁ!!」
アーサーは自身の着る赤い羽織から別の小銃を取り出した。穴開きの銃身と繋がった、雄しべと雌しべの中間のような弾倉。
引き金を引くと弾丸がまばらに飛び出る。ゼナイドは走りながらそれらをいなし、尚も接近。32発の弾丸のうち28発を弾くと刀を宙に投げ、回転蹴りで石突を蹴り飛ばし、アーサーの銃器を弾いた。地面に落下していく刀を拾い上げると、ゼナイドはすれ違うような位置で、アーサーの首もとに刀を当てがい、止まった。
「……あなたのパートナーの罪を現世に残したくはないだろう。仮に残らないとしても、あの残虐過ぎた行いは、誰にも知られたくないはずだ」
「……何を!」
「ジャック・ザ・リッカー……女性の生殖器官を捕食する連続殺人犯。エリザベスはその犯人だろう?」
「キサマ……!?」
「肉片に感染させる前、あの者から聞き出した……私は今、同胞を殺されたことに憤りを感じている。彼が彼女であると信じて死ねる、世界を巻き込んだ大恋愛を抱え込んだ、あなたに与えた唯一の救いだ。私も罪人だが、だからといって罪人同士咎め合わないワケにもいかない。君が気分で殺した彼にもまた、君とエリザベスのように大切な関係を持つ者であった……これは報復だ。受け止めるんだ」
「……」
「同物同治、東陸に存在する薬膳の発想だとか。体の中の不調な部位と同じものを食べることでその部位を改善するという治療方法、それを曲解したエリザベスは、男性である自分の性別を、あるべきと自認する性別へ治す為、女性の生殖器官を捕食した。初めは晩餐会などで出会える貴族の娘らを狙い、次第に貴族たちが外出を控えるようにさせると、下町に下り、売春婦を狙い始めた。その結果性病にかかった彼は、しかし最後まで自身を女性にしたがった。君はその願いを叶えるため、我々と協力者関係を結んだ。私はその行いが感染拡大に使えると踏んだ」
「……社会的に抑圧された、我々のような存在は他にもいるだろう。我々はどうすれば良かったというのだ?我々のこの感情は、社会の許容する領域を、はるかに越えたものだ、君ならどうした?」
「……私は精神的には当事者ではない。だが君は言ったな、価値観がいくら変わろうとも我々が、求められる世界になる訳ではないと。つまり君らは社会に容認されたいと願った。だが社会とは多数派によって形成されるものだ」
「少数派はどうなる?」
「分かっているだろう、ヒトの強さは寛容さではない、むしろその逆だ。ヒトはヒトとの差を計り、区別する。それ故に競争・闘争は起こるのだ。少数とはつまり、上下でいう下なのだ。当然、生える雑草のように踏みにじられる、尊重という名の無視もあり得るだろう。それを分かった上で君がしたことは、自分を変えることではなく、他者を変えることだ。だが私ですら、他に方法がなかったのかと常々考えているのだよ。他人に期待しないという感覚は非常に共感できる、ならば滅ぼしてしまおうという感覚も……だが私と違って、君は1つ結論を出した瞬間それ以上の思考を行っていない。思うに一番愚かな者は、思考を持たない者ではなく、思考を止めた者だ。結論を内的・外的に会得したその瞬間、どのような賢者であっても、これが結論だと決め付け、答えを答えのままにし、解決したかのように振る舞う。実際にそれが解決なのか、結論なのかを放棄してだ。それを愚かと言わずになんと例える?私が君を咎めているのは以下2点。まず、仲間を殺されたこと・そして結論から逃げたこと、つまり頭を回せるにも関わらず、使わなかったこと」
「……では、何だとい言う。私は生まれるべきではなかったというのか!?私だって、こんな思いをするくらいなら、他者を大切にしようなどとは思わなかった、心などいらなかった!!我々のような社会の本道に生まれなかった、育てなかった者らは、どうやって社会で生きればよいというのだ!!脇道にそれていろとでもいうのか!?」
「その、己に社会を合わせようという思考には共感できない。他人を犠牲にした人生の構築とは、つまり犯罪だろう。貴様はどこか自分が正義だと思っていないか?
思うに、成功するために必要なのは、思考を継続することだ。ありとあらゆる可能性を考慮するべきである。思考を放棄した瞬間、才覚ある者とは違い、凡夫は成功から遠ざかる。考えないで行動することが成功の秘訣だと謳われることもあるだろう。だがそれは思考の外側・人智の外側、つまり才能により成功を会得したのみだと、私は今のところ考える。才能はみな嫌いだろう、喜ぶべきか悲しむべきか、持つべき者のみが成功する訳ではない、だがより濃く悲しいことに、努力による成功者は一握りだ。故に、自分が凡夫である可能性を考慮し、常に思考を止めないこと。何かを成し遂げるには、それ以外道はない」
喉元から刀を遠ざけると、姿勢を正し、鞘へ納刀すると、アーサーへ背を向け、祭壇へ向かう。
「さぁ、祭壇へ。彼女はきっと、それでも君に応えたがっている」




