十八話 過ぎた善は悪に等しい
十八話 過ぎた善は悪に等しい
「夢に近付くというのがここまで甘美だったとは……そうか、みなだからこそ、求めるというのだな。ヒトは夢を追い求めるが、やはり道中というものこそ、至高なのかもしれない……」
足音が、粘性を帯びている。赤い液体が注がれる。
「……君もどうだい?最もな功労者は君じゃないか、ゼナイドさん?」
鈍く黒い、頭巾を被ったゼナイドは、部屋に置かれるやや大きめな椅子に足を組んで座る。その椅子は黄金など貴金属で飾られていて、背もたれは飛び散った血が付着していた。
「議席というにはやや贅沢な代物……やはり贅沢はしていたようですね」
「そうです……王権の失墜は、政治家の堕落の始発点でした。時に思うのです、やはり議会制・民主制というのは脆く、やはり人類には早かったのではないかと」
「議会制になったきっかけは?」
「先代よりも前の王家によるものです」
「……自ら王権を手放したと?」
「植民地の増加による仕事量の増大が主な原因です。王政とはつまり、たった一人で国という船を舵取りするようなもの、船を整備し、帆を張る……先代の目的はそれらに対応する各事業の仕事の分割です」
「一人で国家を回せる訳もないですか」
「陸で繋がっているならまだしも、海を隔てるというのが、支配を難しくしていました」
「……だが結局、権力の分割は階層を作り出し、更なる波紋に繋がった」
「ゼナイドさん、あなたならどう、国を動かしましたか?」
「……答えは出ない、ただそれだけです」
「あなたは、聖会というのに所属していたのでしょう?最上の才覚によって構成されら、ミルワードにおけるエペソ学院と同じ役割を果たしていたあの……」
「答えを決めるために、学問は存在しないのです。学とは情報の精細それ自体であり、自然物であり被造物である、たったそれだけなのです。ですが、私の考えだけなら、お教えすることもできます。」
「……お聞かせ下さい」
「それから聖会というのは学院などではなく、才能か努力で選ばれる、国の重要人物を管理するための施設のようなものです。隣国に奪われないための」
ゼナイドは立ち上がる。割れた窓に向かっていった。
「……国家の役割を満たすための手段として、主なものは2つ。一つは民主制、もう一つは君主制です。前者はミルワードが舵を取った後、後者は元のミルワード。民主制は、様々な人材を効率的に運用できる場合は機能するでしょう。君主制は全てを束ねられる最高格の人材が出現した場合にのみ、機能します。個人的意見としては、民主制の方が、あまねく才能を生かすことができ、国家を完璧なものへ組み上げるにあたってが君主制より幾分、平和や成長というものに寄与するでしょう」
「だが悪はどこにでも沸いて出る。分割は派閥を生み出し、少数による多数の支配を生み出すことに変わりはない。民主制の行き着く先は君主制と遜色ないものになってしまう。それに、国民の気質によって、その集団的は絶えず入れ替わる」
「えぇ、ですが逆に人材が流動的でない国家ほど愚かなものもないでしょう。水を飲むことで汗が出て体温が下がるように、そうして流れを作ることによって、産まれた悪が留まり膨張することを防げる。民主制は国家として平穏であるという状態を最上と定められた場合にその下限である、悪が蔓延りにくいという状況を作り出すことを確実に約束してくれるものなのです。民主制と君主制の違いは人間の体質でいう、軽い病気にかかりやすいが治りやすい体か、重い病気になった場合治りにくい体か、この違いでしかありません」
「いや、だが悪を滅ぼす方法などがあれば……」
「悪を滅ぼすことは、私の思う限りでは不可能です」
「つまり君は、人類にとって悪は必然的に発生するものと考えるのかい?」
「……はい」
「君はヒトが嫌いか?」
「ヒトの悪い部分を大いに嫌悪するのは事実です。私はそうして家族に煮え湯を呑まされてきたのですから……」
「……君でも思い付かないか?悪の滅ぼし方は」
「……私が思うに、ヒトは善悪という括りに執着し過ぎていると考えます。もっともそれは当然といえますが」
「君はヒトをどう考えている?」
「ヒトは、利益を求める生き物です。そこから逸脱する者はもはやヒトではないほどに。利益を求める理由は至極真っ当、そう行える時間と体力を文明が育み、他者や異性が求める水準が全体で上がることにより競争が常に激化するからです。生き物の根幹は食べ、増えること。であれば必然でしょう」
「……だが」
「ここで大切なのは、ヒトは利益を求める生き物であるのであり、なにも利益を作り出す必要がない点です。家族に食事を与えるためには畑に種を撒き作物を育て、収穫し調理する必要がありますが、ここで完成品の料理を強奪してしまえば、強奪した本人の家族は労働無しで利益にありつけることが可能性なのです。あるいは料理を自分で作り上げたと声高らかに発すれば、子孫を残す機会を十分に得られる」
「それでは悪事を働くもののみになり、結局誰もゼロから価値を生み出さず、人類は全滅してしまう」
「そこは心配ありません。すでに人類はそれを克服する手段を携えています……それが、善悪の概念です。善悪の概念により区分された利益の求め方は、詩的に人々を善へと誘惑し、善と認識される利益の求め方に焦点を当てさせる。正義を纏うことで暴力という悪も一見は正義になり、国王の処刑などという凄惨な光景すら子供にも希望に見せてしまう、そうするようにして、悪と区分される利益の出し方は抑制されていく。つまり、善悪とは利益の出し方の区分に過ぎないのです。そして利益に固執するのがヒトの本質である以上、悪は滅ぶことはありません。もし仮にヒトから、戦争や差別・迫害含め、悪というものを取っ払うのだとしたら、すべからくとして、全ての生存的・生物的な欲求を棄てる必要があるでしょう。そして、それは生体であるが故に不可能、悪は正義と共に、既にヒトに刻まれている」
「……君は、物事を俯瞰して捉えるのが好きなようだ」
「俯瞰……ですか。俯瞰、あるいは客観視というのは、あくまで妄想でしかありません。主観によって受け取った情報を思考により拡大解釈し、それを伝達、そうして他者になるほどと思わせたもの・他人に何かを真実であると刷り込ませた者に与えられる称号でしかありません。故に、いわゆる褒め言葉としては、些か雅さに欠けると思います……それでも、受け取りましょう。お褒めいただき、ありがとうございます」
「現存されていれば、学院の資料を君に読んでもらいたいくらいだ。そうだな……哲学は知っているかい?」
「哲学……ですか、拝見したことは何度もあります。ですがあれらは結局のところ、悲しみに暮れた孤独な者が、自己を救済する為に書き列ねた、回想録に見立てた備忘録……という印象からは出ない、という結果に終わりました。私は自分で思っているより、他人には興味がないのかもしれない。あるいは、自分に忙しいだけかもしれない」
「ははっ、そうか」
「ところで、何を思ってあなたは善悪にこだわるのでしょう?その観点から言えば、この国で最大の悪は君と彼女でしょうから……」
「……衣食住の完備は自由を育んだ、自由は思想を育んだ、思想は価値観を育んだ、価値観は心を育んだ。だが価値観がいくら変わろうとも我々が、求められる世界になる訳ではない。許容というぬるま湯のなか我々は多数派によりなだめられ、公然とは対なる位置、水面下、無意識に落とし込まれ、慣らされる。そうあっても良いという認識と、その方が良いという認識では……本質が違うのだよ。我々が誠に求められる時代は訪れることはない。私は力ある者として、自分と彼女の認識して欲しかったのだよ。我々は、普通にはなりえない……だが、たった一つだけ希望があるのだと思った。それは、自由が持つ毒性だ。自由が価値観を育み思想を形成するというのならば、価値観により外れ値の思想が産まれるまで、心を育めば良い。極限まで統制を取らない、そう、自由という薬の投与は、あるいは我々を求める心を育むかもしれない。少数派による多数派の弾圧というのは、自由という薬の過量摂取【Overdoce】でこそ、あるいは実現可能なのかもしれない……そう思っただけだ。そうだな、私は自分が善だと誰かに言って欲しかっただけなのかもしれない、すまない」
「相談事という体裁で自分を相手に肯定させる、ヒトがよく行う行動です。ヒトなのですから、お気になさらず……しかしお気をつけ下さい、主義主張というのも結局のところ担い手次第なのです。ヒトは弱さすら武器に変えてしまう、主義主張という言葉の束はさながら弾丸の入った弾倉、自分を律するか他人を叩くか、後者にこそヒトはその弾倉を利用するでしょう」
「私もあなたも少数派としての弱さを武器に、悪を為すことを、自己完結で善しとした者だ。お互い気にする必要はないでしょう……しかし、疑問でいえば私もそうだ、君らはなぜ私の計画に協力を?魔天教はなぜ君を指導者に?君は……ヒトなのだろう?」
機関車の汽笛が微かに聞こえる。
「英雄は、どこにでもいるものではない……だが、やはり悪がいる以上善もまたどこにでも現れる……悪と同じように、形を幾度も変えて。計画が間に合うと良いですが」
「もうすぐ……もうすぐだ……君も、どこか楽しくなってこないか?」
「……さぁ。私はただ、悲しみをどこにも埋めたくないだけですから」
「そうか、君は優しいのだな」
「過ぎた善は悪に等しい、分かっていて尚、私の行動は止まらなかった……」
「……あるいは」
「……?」
「君は、もっと別で大切にしているものはないか?」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




