十一話 過去の自分と
十一話 過去の自分と
リンデはガスマスクを装着。下から上まで、機関車の全体を火炎放射器で炙ると、這って入り機関部を確認していく。
(死神を引き殺してここに到着……あれ、でも意外と詰まってるワケじゃないわね?これなら人手増やして、焼いた肉剥がすだけでも十分。でも……たぶん内部の貯水槽とかは分解しないと、水ごと絶対腐ってるし、炉はたぶんススだらけだろうし、ちゃんと機能してるかは全部見ないと……元の機関車は利確のために港へ返す、部品の流用とか、あぁでも無駄な部品とか一個もなさそうよねぇ……あぁもう胸ジャマ……って、こんなこと考えてたら、ノイにぶっ飛ばされるわねぇ)
リンデは機関車から這い出ると、ガスマスクを外して呼吸する。
「……ふぅ」
リンデが振り返り、機関車を眺める。
(……やっぱ違和感ね、経験したことないのに、できる、分かるって。ヴァルト、あんたどうやって覚えたの?覚えたからって、私がなんでできるようになってるの?)
リンデは、工具箱を漁る。いくつか道具を取り出していく。
(それだけ叩き込んだってこと?なんで?好きだったからとか?こういうの。いや、あるいは……ううん、どれだけ頑張っても、結局アイツの心までは分かってこないわ)
リンデが再び機関車を見る。
(……ノイのこと、好きだったのかな……分かったら、教えるのかな、私。ううん、きっと教えない。なんか辛いや、なんでだろ?やっぱ私……)
リンデは背中を細々と触られたようで、はね上がるような声を上げて、背中をかくように振り返る。
「ひぃ、えっ、あっ、ん何ぃ!?」
ノイが人差し指を構えるようにして、目を合わせる。すぐに顔がくしゃくしゃになり、笑顔になった。
「あっはっはっはっ!」
「何、えっ、何したの!?」
「さっきここの子にやられたのよ。でも、こんな効くんだあっはっはっは」
ノイの指先が黒く汚れている。
「ってぁあもうノイ、私の服いま汚れてるのに……」
「えぇ?」
ノイが指先を見て驚く。
「うわ黒、えぇ?なんでぇ?」
「私の服のやつよ、まったく……」
「いいよこんなの、服でテキトーにさ。で、直りそう?」
「うん、とりあえず人手増やして、ちゃんとすればね。専門的なことはやらなくてもどうにかなりそう」
「……そっか」
「どうしたの?」
「いや、暇でさぁ?」
「作業でも見てようって?」
「うん」
リンデは再び機関車へ潜り、ボルトを閉めなおすなりの簡単な作業をして這い出る。
「水洩れ、これでどうにか……」
「水?なんで?」
リンデは立ち上がり、手を払う。
「これ、水を沸騰させて、ピストンっていうのを動かすのよ。油圧の機械にピストン繋いで、何倍にも力を増して車輪を動かして……あぁ、ノイには分からないか」
「なっ!」
「うぅん……分かりやすく……いや、ちょっと無理かなぁ……」
「いいよいいよ、いつもそんなだったし」
「……あぁ、えっと、ヴァルトと?」
「うん」
ノイは、とぼとぼと機関車の周りを歩き始める。吸い込まれるようにリンデは歩いて追う。
「……ヴァルトが何作ってるかなんて、全然分からなかったな。たまに聞いても、んぁ?お前に分かるかぁ?とか言われて」
「いまの、マネ?」
「ん?そう。で、強がって、分かるしぃとか言ってたことあるんだ。でも結局分からなくて、なんか反射で返事するようになって……」
「……あぁ、見てたのね、その……ヴァルトのこと」
「なんかさ、顔が必死なのにどこか笑顔……分かんないなぁって思いながら、でもいいなぁって思ってみてた。暖炉とかでも鍋とかでも、家だって剣だって、作るための道具も1からぜーんぶ用意して、何も、なんだけ、せっけいず?無しでだよ?」
「何それ、スゴすぎじゃん……」
「そう。全部頭の中で決めるんだって、設計図書いてる時間も紙もないとか言ってた。スゴくて、でもお仕事じゃない感じずーっとやってて……」
「そこが、好きだった?」
「……あぁ、リンデには言ってなかったっけ。私、道具とか材料とかよく運んでて、ヴァルトに力凄いなって言われたことあったの、そのときの私、力が強いから自分のこと女の子っぽくないって思ってたの。でも、ヴァルトはそんなの眼中にないっぽくて、よく丸太みたいな重たい材料のとき、手伝い任せられるようなったの、届くまでがはやい、ありがとうって言われたりしてさ。そうしたらこう思ってたきたんだ……ヴァルトの前だったら、わたし女の子じゃなくていいんだって、そういうこと考えなくていいんだって……そしたら、逆に、逆にだよ?もっと、女の子になりたいって思ったんだ。一緒にいると気が楽になって、でもそれが逆に、私のことどう思ってるんだろって思わせて、グルグルグルグル、モヤモヤ、モジモジ……好きなんだなぁって分かるのにも、頭悪いからかな、時間かかっちゃった」
ノイの足が止まった。機関車の正面。
「……言えなかったなぁ」
リンデがゆっくりと、ノイの隣へ来た。
「……ごめん、変わりには、なれないや」
「えぇぇ??」
ノイは驚いた様子でリンデを見ると、鼻から吐き出すように、口角を上げて小さく笑って、息を吸い込み、目を閉じる。
「……なーれてたまるもんですかー」
ノイは歌うように吐き出した。
「ははっ、何それ」
「えぇ?あぁ、ごめん、なんか謝らせちゃった」
「いや、むしろいいわ。目標がハッキリしてきた感じ。越えてやろうじゃない、私の、私の……なんだろ」
「……前?」
「結局、私とヴァルトって、何で繋がってるのかしら?」
「元がリンデ?いや、ヴァルト?」
「それ、オフェロスとずっと話してるの。でもオフェロスは、私しか知らないみたいで……ねぇ、ヴァルトってたぶん本名じゃないでしょ?」
「おじいちゃんがそう、はんだんしたんだって」
「記憶にあるわ、ハルトヴィンよね?ヴァルトの本名は確か、ジークヴァルト・ライプニッツ……」
「ジーク繋がり?」
「名前だけでどうやって関係があることになるのよ」
「おかしなこと、でしかないね、今は」




