九話 スタンピード
九話 スタンピード
「世界が……滅んで……!?」
「……ベストロが現れたのは、ちょうど50年ほど前。報告の限りじゃ、奈落から復活を遂げたというのが我々の西陸に関する最後の情報だ。君らが他国へ干渉できるほど、国力に余裕がないってのはまぁ予想つく。君らから他国への干渉が50年前からないのは、それで説明がつく。だがその逆、他国から君らへ干渉がなかった理由は、とくに思い当たらないとは感じないかい?」
「……西陸は、ベストリアン差別によって国際的に忌避される土地だと、聞いたことがあります」
「それもあるね、だからとりわけ西陸人には関わりたくないと思うのも不思議じゃない。だが、科学を否定し技術を、他国に打ち勝つ方法をほっぽりだしたような民族・宗教がなぜ今日まで生きながらえているのか……フアンくん、西陸の凄いところってなんだ思う?」
「……気候?あと、資源?」
「おぉ、正解正解。寒くはあるが安定した気候、土地としては欲しくてたまらない。あと鉄は豊富だね。ミルワードは西陸と陸続きな球凰【キュウファン】がいつ内政に干渉するか見張って、牽制し続けてきた。お互い色々と均衡してた部分もあってね」
「……ミルワードからの干渉は、リヴァイアサンによって不可能……球凰にとっても良い出来事、いえ、でも球凰には」
「ザションね」
「……なぜそれを?」
「ここからが本題だよフアン君。結論はさっき言った。世界は滅びたと」
「……まさか」
「ベストロ、ザションだけじゃない、様々な国、街、村、それら全てにおいて同時多発的に、伝説に存在するような怪物たちが姿を現し、突如として人を、動物を、襲っていった」
「世界で……!?」
「分析の結果、怪物たちは土着の伝説の容貌とほとんど確実に一致するような生態をしており、強み、弱点も全て、伝承に由来している。ベストロも、例えば銀が効果的だったりしなかったかい?」
「……そう、確かに効果がありました。ではザションに塩というのは」
「西陸から東、東陸の文化圏では主に、塩は魔除けの道具として信仰されてきた、という情報がある」
「そして、実際に効果はあった……」
「様々な小国家は徒党を組んで、あるいは我々のミルワードの傘下に加わることで危機を回避しようとした。ミルワードではこの事件をスタンピードと呼称、だが我々も対応には相応に時間がかかる。それと、何よりも面倒な個体がいた」
「……リヴァイアサン」
「大砲だって、塹壕や帆船……支配をしたい国の建造物が破壊できればいいから、大口径じゃないし性能も悪い。輸送船もろとも沈められるなんてしょっちゅうあった。そして何よりも、それ以前から国内が不安定だった」
「魔天教……」
「ご時世に違って、まさか同情票で勝ち残って、案の定内政をぶっ壊した。ミルワードの国民の平和ボケには、産まれる前の僕も心底驚いた。急速な増税法案などを提示し、国民は困窮」
「国内は荒れに荒れ、そして、謎の感染症……」
「国としての機能をさせられず、国外への支援は打ち消し。外交官たちの行方もろとも……本当のホントに、ごちゃごちゃ」
「……世界に、ベストロのような怪物が」
「バディヤブル、アヤカシ、モンスター……言い方は色々あったらしいが、もう国外でまともに生きている国があるとは思えない」
「……でも、何かおかしい。そこまでの物量や強さを有していたんですか?」
「どういうことだい?」
「西陸においてベストロは、いくつもの段階を経て、徐々に強くなっていきます」
「……はぁ?」
「まずベストロには、デボンダーデという状態になります。そしてベストロの襲撃は3段階に分かれ、デボンダーデ自体も一定の周期が存在し、季節あたり2回以上は、キホンあり得ませんでした
「何だいその都合の良い化け物は!?スタンピードは地平線が埋まるほどの物量だ。そのデボンダーデというのは、あまりに軍勢として弱過ぎるんじゃないか……?」
「……」
「……いや、まぁこんなことで一鬱しても仕方ないか」
「ははっ、そうですね」
「だが、ベストロも化け物も。発生時期は同じ……そして話を聞く感じ、ベストロの発生源とされる奈落で、ベストロが産まれているワケではなさそう……鍵となるのは、その天使とかいう連中と、それが残した暗号……確かに貴重そうに見えるね、罠だったとしても」
フアンに近寄り、おもむろに本を覗き込むエリオット。
「……暗号っていやぁ、まず文字を50音順に並べて、同時にいくつかずらした感じのがあったりするがぁ」
「例えば、AをDに、EをHのような感じで、4つずらす、とかですか?」
「そう、だからまず二重線で引かれた箇所を順をおってリストアップするのがいいだろう。暗号ってのは、バラバラになったパズルをまずダメ元でも組み上げるっていう動作が必要になる。それと確かメモがあったはずだ、鍵はきっとそれだよ」
「……文字をずらす順番が隠されている……とかでしょうか?」
「かもね、そのへんは僕の友人に聞いてくれ」
「誰か心当たりが?」
「いま、サルディス工廠までの斥候をしてるんだ。弾薬が足りなくなってきていてね、やはり早々に奪取するほかないと踏んで、先んじて調査しているってワケさ」
シュノンが、人文の区画から書物を引っ張り出し、ひたすら読んでいた。エリオットが寄る。
「マイロード、何か気になる点でも?」
「あぁ……こう言ってしまうのはなんだが、あの現象を知りたくてね」
「あの現象?」
「多民族を従える側である我々ミルワードの国民は、いったいどのようにして植民地人に対して、いわゆる同情というものを行い、あまつさえ魔天党に投票を行ったか……植民地人を苦しめる加害者側が、なぜ善の感情を抱いたのか。そしてその善意がどうして魔天教に集中することになったのか。見方を変えればあの一連の流れは、戦争を行わないでの他民族からの政治的支配に他ならない。僕はその流れを詳しく調査したいとおもっていた。その危険性を国民は危惧できなかったのか、国民は何を思って投票したのか……」
エリオットが、息を詰まらせるような音を発する。
「ふふっ……」
「……えっ、あれ僕、いま噛んだかい?」
「……ふふっ、ははは。いや、あぁ失敬」
「そうならそうと言って下さいよ、キング様?」
「あぁ、やめて下さいその呼び方ぁ!鳥肌でちゃいますからぁ!」




