七話 ニガヨモギ
七話 ニガヨモギ
車体は安定して死神を引き殺して回る。服装は多種多様で、様々な文化の衣裳と思えたが、丈夫で汚れた青い布地が、青ざめた肉によく合っていた。肌の色はもはや区別できず、同じ人種のように伺えてしまう。
「色んな人がいるって思ったけど、そういう訳でもないんだね」
ノイがシャノンが言っていた。搾取という言葉を思い出すと、シャノンは語り始める。
「分かりやすく階級が別れていたんです。ミルワード内であっても。ここは労働者階級の住まう区画です。ミルワードという島は、外周に行くほど貧しいのです。港や駅近郊を除いては、ですが」
「機械が発展して、色々と便利になってるはずよね?」
「便利になった分、元手を持つ資本家はより利益を追及していきました。安定した食料の供給は人口増加をもたらした反面、人が溢れ、結果、賃金の低下が発生しました。児童労働の問題も色濃くあり、路頭には死体と馬糞が混ざる始末……サルディス工廠と王都ペルガモに挟まれたジェームズ川なんて、臭いで気絶するほどに汚れてしまいました」
「ひょっとして、工廠から変なの流してたとか?」
「察しが宜しいですね。それに、水死体に偽装する、ということもよくありました。犯罪率は、夜間、川付近ではハネ上がります」
「怖い話ね」
「……ミルワードがこうなってしまう前、おかしな事件が多発した地域も、その川付近なんです」
「何かあったの?」
「元々は極秘だったのですが、時を境に一気に多発したある事件があります。周期的に、女性が襲われ……その……」
「……何?」
「お腹の、その……えっと、子宮が、くり貫かれる事件が」
「はぁぁ!!??なに、えぇ、キショ……」
「くり貫かれるだけなら、まだマシだったんです。元々くり貫き事件と呼ばれていた、王都でのみ発生していた事件なんですが、噂が広がり中央の貴族や上層の娘が外出を控え始めた途端、下町の娼館などでも多発するようになりました。その時期から、死体はくり貫かれることなく、なんというか、歯形があるというか、完全に捕食されているような具合にまで成り果てていき……」
「……うえぇ、なんか酔うとは別で気持ち悪くなってきた」
「すみません……」
「いや、でもいいわ。どうせ到着まで時間はかかるんだし……そうだ、何か別の話はない?」
「……えっとぉ」
「……ないんだ、ね」
「申し訳ありません、ムタリカであれば、このようなことにはならないと思いますが……」
フアンがシャノンに寄る。
「そうだ、変な話繋がりでなんですが、魔天教とこの国の関係って……」
「50年前、西陸との国交断絶直後、とある船団がスミルナ港付近の海岸に難破しました。船団の乗組員を回収、病院で療養している中で、耳や尻尾を切断されてはいましたが、それらは亜人や獣人を中心に構成されている集団、魔天教であるという話ねが、通訳を通じて分かりました。ベスリアン差別に対する疑問視の価値観はそこから始まりましたが……すると、その流れに乗じて、魔天教は王都内で布教活動、果てに魔天党なる新興の政党を樹立させ、国政へ参加を開始しました。彼らはうまく、人種差別に疑問を持つ、いわゆるリベラルな議員にすりより支持と政治資金を獲得していき、1代~2代もしないうちに国政で、野党第2位まで登り詰める結果となりました」
「変な話、ですね……」
「はい、明らかに速度がおかしかった。しかし民衆は、差別可哀想、被害者可哀想という同情のみで彼らに続々と投票していく形になりました。王政でありながらも議会制を主に採用する我が国のにおいて、選ばれるというのは、つまり特権階級への躍進……力を余らせていたのか、なんなのか、理解は不明ですが、突如としてその流れが不可解なほど国民へ牙を剥き始めました。理由もなく説明のない、収入や所得への課税、植民地における賃金増加や減税、特権や専売の配布、裁判における不可解なほどの植民地の人種に対する事件の不起訴……自国を優先しない、植民地あるいは国外の人間の優遇……国民は明らかに悪化し困窮した生活の中で、沸々とした怒りの矛先を、ある宗教に向けました、それが……」
「魔天教……だったというワケですね。それは、確かに僕に銃を向けることにもなりましょう。怪しさ満点ですね」
ノイが疑問に思う。
「えっ、でもそれ……ホントに魔天教と関係あるの?」
シャノンが、少しうつむいた。
「……なくても、良かったのでしょう。怒りの矛先として正しいとさえ思うことができれば。父も母も、何もできなかったそうです。選んだのは国民だからと、国民にこそ主権があるのだと、王はもはや飾りになり果てたと、常々ボヤいていました、民主政治の恐ろしさは、一度腐ったときの治りにくさです。誰を殺しても意味がないのですから……あぁ、申し訳ない。また辛気臭い話を」
リンデは、言葉が出そうになり、飲んだ。
「……何か?」
リンデの視界に、大きめの建物がうつる。
「いえ、その……ん!?」
機関車の前方に、何十や何百という死神が纏わりついたような、機関車と同程度に巨大な肉の塊が形成され始める。それらは急激に全身に腫瘍を形成し破裂させていき、一つの怪物が生まれた。
「なにあれ!?」
シャノンが汽笛を鳴らす。
「ニガヨモギです!死神は集団になると、ああして巨大な卵のようになります!」
「死神は名無し、蒼騎士が名付き、じゃあアイツってつまり……」
線路を大の字で塞ぐ、巨大な口を持った不定形の怪物が、いくつもの触手と共に立ち塞がった。
「絵付きの卵ってことね……シャノン、このまま突っ込もう!!」
「賛成です。郊外は死神の巣窟、増援は無限に来ます!!」
フアンとノイが大急ぎで石炭を炉に入れていく。
「学院の駅まで飛ばすわよ!!」
バルブを開けながら、レバー思いっきり前に押し出し、急激に速度を上昇させていく。立つ黒煙と蒸気は大きくなっていき、そしてその無数の牙とヒダを持つ怪物と衝突した。似合わない真っ赤な血液をふんだんに飛び散らせ、ガラスごしの窓のは内臓で真っ赤になる。
「シャノン、駅まであとどのくらい!?」
シャノンが地図を取り出し、速度の計測器と体内時計、僅かな周辺状況を把握する。
「目算で1分、あと40秒で急速にブレーキ!!」
「凄いじゃないシャノン!!」
「予想でしかありません!!」
「到着したらどうするの!?」
「僕が兵士の指揮を取ります。周辺の死神や蒼騎士はなんとかできます」
「じゃあ、私ら西陸組でコイツを!?弱点とかある!?」
「触手で中・遠距離を攻撃、捕縛されたら食べられます。炎に対して意識を強く持っていて、懐に入れれば以外と安全です!」
機関車はさらに加速していき、駅手前まで走り込んできた。シャノンは秒数を唱える。
「5、4、3、2、1、ブレーキ!!!」
リンデはレバーを急速に引っ張り、バルブを閉じる。
ペダルから足を離して、汽笛を鳴らした。鉄道の軋む音と機関車の雄叫びが合わさり、それはエペソ学院に響き渡る。速度を落としきることはできず、機関車は駅に止まっていた別の機関車の貨物車に突っ込む。車体は大きく揺れ動き、怪物はひしゃげ悲鳴を上げる。隙間からぬるりと這い出て、血液を全身から吹き出しながら叫びあたる怪物を前に、リンデたちはガスマスクを装着して下車した。
貨物車からは続々と兵士たちが降りてくると、その背中には大容量の容器を背負い、革製の布で配管の銃に繋いだようなものを手にしていた。周囲には、青ざめた死体が順々と起き上がってくる。シュノンが息を吸った。
「消毒開始!!」
一斉にその配管から炎が吹き出る。死神たちは途端にうごめき、わめき、倒れておった。灼熱が燃え移っていき、火炎に包まれる。
「M81対塹壕・要塞用火炎放射器。雑魚は我々に任せて!!皆さんでニガヨモギの対処を!!触手に気をつけて!!」
ノイが腰横に肩当てを持ってくる。肩当てらしきものの中央にあるボタン式の引き金を押し込むと、竜が吐き出すかのような火花が発射され、辺りの木箱や瓦礫もろとも、その触手だらけの球体、ニガヨモギを燃やし尽くした。柔らかく湿ったつんざく悲鳴が鳴り響く。
ノイは回転式の蓋を開閉し、片手いっぱいの大きさの専用弾を詰め込み蓋を閉める。しなる鞭のような触手がノイに襲いかかるが、フアンが側面から散弾銃を射撃した。
散乱しながら盾のよいにノイの前方を覆い、触手がたじろぐ。フアンが左手で剣を構え、思いっきりニガヨモギに投擲する。刺さった瞬間に焼夷弾で止血させながら、剣を踏み台に球体の頭頂部へ移動、装填を繰り返しながら6発、両引きで燃やしていく。
意識が正面からそれた所を、リンデがブラッドが言ったよう、中指で引き金を引くようにして構え、しゃがみながら発射した。発射された弾丸は、所々にある眼球の一部を損傷させる。さらに強く悲鳴を上げうねり動く球体の眼球を、的確に狙撃していくリンデ。
(これスッゴいわ、所々曇ってるけど見やすい。それに狙いながらボルト後退できるって便利ね……)
10発射撃して、7の眼球を潰したリンデは装填に入る。悶える球体にフアンが振り落とされ、一発ずつ弾丸を込めるリンデに触手が襲いかかる。
ノイがリンデを体当たりで吹き飛ばすと、ノイの脚の片方に触手が絡み付く。横転しながらボルトを前進させ装填を途中で止めるリンデは、回転の終わりと同時に伏せ、ノイが踏ん張り張った触手根元を狙撃してちぎる。
フアンは落とされた拍子に1つの樽にぶつかる。破裂した内容物から、鼻を切り裂きけぶるような匂いがした。
「……これ!!」
フアンはそのとなりにある2~3のタルの内容物を確認すると、ノイを呼びつける。フアンの指示をリンデが聞くと、リンデは一部の兵士を引き連れ、火炎放射器で注意を引く。
球体が威嚇するように触手を広げ口を開けた瞬間、火炎の後ろからシャノンが果物のような形状の爆弾を投げる。口内に入り大きく爆発すると、目だって外傷をつけ、口内に血がたまっていく。ノイは側面から樽をすべて口内に投げつける。その香りに、シャノンが気付いた。
「酒樽!?」
リンデの指示で、兵士たちは一斉に、死神の討伐をやめて機関車の、比較的安全な場所まで避難した。ノイやフアンも死神のよろめきを回避しながら、機関車のほうに集まっていく。フアンがニガヨモギを確認し続け、シャノンは様子が気になった。
「……やはり、鈍重ですね。脚もなければ、転がる知恵もない。まさに卵です」
「君はいったい何を?」
「……見ていれば分かりますよ」
ニガヨモギはフアンたちを睨んで、ほんの少しずつ移動してくるが、次第に動きが止まる。
「……まぁ、言ってしまえば酔い潰した感じです。口の中をケガさせれば、飲み込まずとも血管のなかに酒を入れられる。ヒトの集合体なのであれば、ヒトらしく酔わせてしまえばいい。でもこんな上手くいくとは思いませんでしたよ」
兵士たちが一斉にニガヨモギを取り囲み、焼却していく。シュノンが、フアンに向けて拍手を送った。
「素晴らしい機転だったよ。ニガヨモギは放置するとさらに別の姿に豹変していくんだ。助かった」
「そうなんですか?」
「毎度聖典に記載のない新種を生み出すから、困ったものさ」
「新種……」
フアンは振り返り、ニガヨモギが焼却されていくのをじっと見つめていた。
「どうしたんだい?」
「……いえ、なぜ酒樽があったのかと」
「香りの感じは、ミルワード北部の特産品です。植生の研究ついでに酒の改良でもしてたのでしょう。ニガヨモギには勿体無いほどに、スモーキーで素晴らしい香り立ちです」
「シュノンさん、お酒飲むんですか?」
「ははっ、王城務めは基本的にはほぼ営業職です。社交が多く知識を求められますからね。それに何より、水より安全です」
「川が汚れていると言ってましたしね」
「紅茶が人気なのも、水の臭いを打ち消せるからだという説が有力でした」
兵士の1人が、シュノンに向かって走ってくる。
「焼却完了しました。ですが、中まで火が通っているかどうか……」
「燃料は粗悪だから気を付けろ。ブラッド様が仰っていましたね……レアは美味しいですが、ニガヨモギは別……」
フアンが焼け焦げたニガヨモギを見る。表面は黒く焦げていて、炭の塊にしか見えない。
「何か問題でも?」
「ニガヨモギは、確実に始末しなければ、中身が機能している場合があるんです」
「中身……では、爆破してみますか?」
「それもいいが、研究所内には植生研究所以外にも色々とある。兵器の試験場から大砲を運び出せれば確実だ。君の機転で素早く仕留められたけど、時間は待ってはくっrない。さっそく捜索を……」
ニガヨモギの付近にいる兵士が、滴るような音と共に持ち上がった。腹部から真上に向かって伸びた触手が兵士の軍服を貫通している。血を吹き出しながらわめいていると、焼け焦げたニガヨモギの口が開いた。リンデやフアンはすぐさま銃を構え発砲。しかし、撃ち抜いたそばから触手が兵士を貫き、悶えながら絶命する。
「……ごめん!!」
兵士の担いだ火炎放射器の燃料入れに発砲して爆破させる。しかし爆炎から晴れても、兵士の跡形はなかった。ニガヨモギは口を蠢かせている。シュノンが号令をかけた。
「全員、研究所方面に撤退だ!!A班を先頭にして、死神を片付けて進め!!」
シュノンを後ろに、兵士をたちは縦三列で、交代しながら火炎放射を行う。リンデたちはがシュノンより後ろから走る。
「C班は建物に到着しだい野戦砲と対空砲を探せ!!弾薬もだ!!」
視界の正面、建物から弾丸が飛んでくる。ニガヨモギへの弾着と同時に赤く点滅するように光るそれに、シュノンは目がいった。
「火力支援!?誰が!?」
建物方向から、10発売以上の砲弾が、郡をなしてニガヨモギに着弾。徹甲弾、榴弾、焼夷弾がすべて撃ち込まれ、ニガヨモギは焼けた肉として四散した。
肉片の一部が、リンデとノイに降ってくる。ノイとリンデはお互い体当たりしようとした瞬間。視界の外からやってきた金髪の男が、傘を二本、盾のように使って肉片は血液から二人を守った。
「I’m sorry, it was so sudden that some shrapnel was mixed in with the shelling…Ladies, are you hurt?」【すまない、なにぶん急だったもので、榴弾が混ざってしまった……お怪我はありませんか、レディース?】
肉を振り払った男は振り返ると、衝突をお互い回避しかけて、若干転びながら身体を引っ付けている二人がいた。
「Oh my, it looks like flowers are blooming all over my site.」【これは、視界いっぱいに花が咲いているようですね】
リンデが慌てて離れる。
「Eh, ah… c’est bon」【えぇ、あっ……大丈夫】
「アドリエンヌ語……?あぁ、えっと、ケガがあればすぐにアンゼンな場所へ」
「大丈夫……ノイは?」
ノイは膝や肘を確認する。
「うん、大丈夫だよ。ありがとね。なんかたぶん、お互い守ろうとしてたね、えへへ」
「……うん、そうね」
金髪の男は、お辞儀をしようとするが、シュノンが目に入った。
「……おぉ、マイロード!ご無事でしたか!えっと、シツレイレディース、さすがにこちらをユウセンさせてくれ」
早々とリンデたちから離れ、シュノンの前にいくと、お辞儀をした。
「マイロード、お怪我は!?」
「君は……エリオット・キング上院議員!?」
「お名前を覚えていただけているとは!そうです、エリオットです!」
「いや、まさか生きているとは……キング様、さっきの火力支援は」
「ここに駐屯していた警備隊と、偶然合流した軍隊の混成部隊です。設計士の発案で組み上げた防衛設備が上手く機能していまして、今日まで生き残ることに成功しています。まぁ、植民地人の部隊が混在しているので、士気はそんなですが……うまくやってます。マイロードがいれば、きっと士気は、鳥が空に羽ばたくように上昇するでしょう!」
「……植民地人、ね」
「それとキング様はやめて下さい、恥ずかしいですから……」
「ははっ、確かに。まるで君が王様みたいだ」
「子供の頃からそうやってイジられてるんですから……ホントにもぉ」
「父上も母上も、きっとご存命でいらっしゃる。僕がキングになるのは、まだ先のことさ」
「……僕にとっては、一番時代の王に相応しいと思いますよ」
「煽てるのが上手いのか、ただ操りたいのか……あぁすまないが、研究所まで案内頼めるかい?調べ物があるんだ」
「調べ……もの?」




