二話 堕胎
二話 堕胎
ゆったりと進む一隻の帆船は、帆を張って少ない風を受け、前進する。幾人かの亜人や獣人が船を操舵して、海を割っていく。リンデが一人の亜人に声をかける。
「ごめんなさい、いま何日くらい……だったかしら」
亜人の羅針盤は北西を指し示す。
「4日です。最短ではもう着く頃合いですね」
船の周囲は霧に包まれており、まったく周囲が見えない。
「霧でまったく見えないわ」
フアンが近寄る。
「霧の都、ミルワード。産業革命という時代の変化が訪れ、狭い島国にところ狭しと工事が並び、煙が雲を汚し、雨のように汚れが降り注ぐ……夜には廃棄煙の汚れを含んだ霧が発生し、霧に乗じた犯罪が横行しているとか」
「そうなの?」
「これはイェレミアスで、アクセルという人物に教えられたものです」
「あぁ、聞き覚えあるわ……あれ?じゃあ、人間には大きく分けて、3種類しか人種がないってのは?その人から聞いたりはしなかったの?」
「そのときは言われませんでした。あくまでもそれは、亜人や獣人からすればという話なのでは?それに、そうした人種を区分する言葉は、やはり対立を生むため、基本は言葉にしませんし」
「……でも、不思議よね。ギムレーがどうやってそういう人種の情報を手にしたの?」
「ギムレーの成り立ちは、確かイェレミアスからの亜人・獣人の逃亡。そこに、ミルワードからアドリエンヌへ密輸した兵器関連の資料が流れ、あのような機械文明が誕生した……という話です。ミルワードとの繋がりが多少あれば、そうした人種に関する情報も伝わるのでは?」
「……でも、ちょっと違和感あるのよ。持っていく情報としては、ぶっちゃけあまり価値がないよねって」
「言伝で伝わっただけでしょう」
「……そう、よね」
「何か、思うところが?」
「……いいえ、考え過ぎよきっと」
船の側面で大砲を整備する亜人が1人いる。ノイが砲弾の箱を片付けている。
「これだけ霧が濃いと、火薬が湿気っちまうよ。ノイさん、急いで片付けてちょうだい」
「分かった」
亜人の耳に、船の側面に何かが当たる音がする。
「ん?何か船に当たったわ。船内じゃない、海に何か浮かんでるのかしら……」
亜人は船から少し乗り出して下を覗く。
「いやぁぁぁ!!」
過呼吸になって船内へ倒れる亜人を、リンデが支えた。
「どうしたの!?」
「あの、えっと、人が……いや、えぇ、人???あれがヒト???」
リンデが船の側面を除く。船の下にあるのは、表面のうごめきが若干ある、水死体であった。表皮はただれたように溶けており、青ざめている。
「……死体!?」
船の上で、単眼鏡を構える亜人が、叫ぶ。
「あたり一帯に死体があるぞ!!」
どれもこれも同じくただれ、青ざめていた。フアンが、オルテンシアの地下を思い出す。
深い霧の中に、確かな臭いが漂ってくる。船にいる全員が、呼吸缶を2つ備えた仮面を被り、伸縮性のある縄で頭部と固定した。呼吸の音が響き渡る。ノイが、北西を見る。
「どうなってるの……ミルワードって、いまどんな……」
一匹のサメが、死体に食らいついた。音でフアンが反応する。
「……落ちたら、ああなってしまいますね」
リンデが少し怯えると、サメの動きが止まる。それは、突如逆さまになった。
「えっ……死んだ?」
フアンが声に出した瞬間、サメの腹は引き裂かれ、皮がめくれる。羽化するようにして、人の体裁を保った、鋭い爪を持つベストロが現れ、海に沈んでいった。フアンは、クロッカスでの出来事を思い出し、結論を出す。
「……モルモーン!?」
リンデが、聞き覚えのある言葉に感じてフアンに話しかようとすると、海から船に爪を立てて、モルモーンが登ってきた。乗員は慌てながら各員銃を構え引き金を引く。弾丸は出なかった。
「……くっそ、湿気ってやがる!!!」
モルモーンが乗員に襲いかかったところを、ノイが戦棍で殴り付け転倒させる。フアンが爪を切りつけながら応戦。リンデは、背中に背負った。
小銃に、太い針のような銃剣を取り付けて突き出して、頭部を貫いた。
「モルモーンって、クロッカスの……あれよね、村長の奥さんが豹変して、あとゼナイドが集会を襲ったときの……えぇ?」
リンデは違和感を持った。
「ゼナイド……?フアン、ゼナイドって」
「……ハーデンベルギアで、船に乗っていたはず。まさか、生き残った?」
「ミルワードはもう……ゼナイドの手にかかっている?」




