一話 愛なき、嘘なき論文
一話 愛なき、嘘なき論文
木材や鉄材で裏打ちされた、巨大な時計台の建造物。南方に見える棟の部屋。換気されていない籠った紙と埃のなか、明るいうちに、二人組がいた。
「ははっ……おい、とんでもない論文があるぞ」
「どうした、急に元気じゃないか」
「いや、やっぱりこういう史学もいいよなぁって……俺もちゃんと育ってたら……ふむ、だが書きかけのようだ。作者は……不明。不明じゃないといけない人物ということか?」
「内容を聞かせろ。要約してな」
「論文を要約とか、シェフに味なしの料理を注文してるようなものじゃないか。無理だよ無理……どうだ?」
「感想文に近いな、無神論者だというのは分かる。だが事実、ベストロはいるんだ。西陸から来た最後の報告があったろう。神がいると考えたほうが自然だ」
「だね、だからこれはベストロとかが現れる前の論文だ。きっとスタンピードが発生しらその時点で、神の存在を否定しきれなくなり、書ききれなくなったんだろう……題名から想像つく、これだけ大量のデータのページを用意して、結論が急にひっくり返されたんだから」
「題名は……人文地理学から求める、宗教の存在理由、か」
「無神論者が書いてる……ようにみえて、結構な聖典教信者だったのかもね、事実カヴェニャック派のことは、特に詳細に書かれている」
「……ふむ、であればこの最後の情報調査と考察で、存在理由は不明なのはなぜだ?」
「読み飛ばすなよぉ、書かれてるって」
「えっと何……宗教が、仮に神の存在なしである場合、存在理由はただ1つ、生存戦略である……あぁ、えっとそれから……」
「読むのが遅いよ……」
「待ってくれ、俺は年だぞ……伝承、おとぎ話、神話、戒律。これらは、先達の経験をより色濃く後世へと受け継がせるための、情報における血統。以下の情報は、様々な部落における宗教と、その傾向を表したものである……あぁ、表が出てきやがった、こういうのは苦手なんだ」
「そっから下は丸っきりデータさ、続きはこう書いてある。以上を持って私は上記の答えをつけた。だがその場合、聖典教カヴェニャック派には、1つの疑問が浮かぶ。なぜベストリアン差別を行っているのか」
「大きく出たな。一大宗教を敵に回すとは」
「あぁ、だがこの感想文あるいは考察は、一行の余地がある。それにはこう書かれている。宗教における戒律には、よく食料に関する記載が存在する。一定の地域では、豚だったり、牛だったりに関するものは飲食禁止、理由は穢らわしい、あるいは神聖視するためだ。その理由を深掘りしていくと、どうやら原因は環境に起因する食料問題に行き着くという。例えば豚は糞尿すら口にする穢らわしい存在とされているが、綺麗な水や食料があればすぐに飛び付くし、飼料1ポンドあたりの肉への変換効率だって良い。でも、豚を食べない宗教や部族が存在する地域は水がなく、環境は悪い。おまけに、豚の飼料はコーンみたいな、そのまま人間が食べられるものがほとんどで雑草は無理、豚を育てるよりもコーンや小麦を食べた方が良い。だから、旨いからって育てたら餓死するから、信仰として駄目になったと」
「ははっ、お笑いか?」
「牛は、雑草が生え、しかし土地を耕すのに力がいる土壌の地域でよく神聖視される。これは、食料が雑草という、人間が食べない食べ物で育てられ、土壌の良い地域ではよく、日光の量で乾季になりやすいから人間では耕せない。食ったら旨いけど、食ったら土壌を耕せなくて餓死する、だから食べないようになった」
「まったく、そうやって旨いから食って死んだのも先達だというワケか?」
「そこはまぁ個人の判断に委ねられる。ただここで筆者が伝えたいことは、育てない、食べないことが、生存に有利に働くという、一見すると意味不明な、常人では思いにもよらない不利を、宗教的に誘導して、どのような知能の人間にも失敗させないという、優しい意図が含まれている」
「で、それがなんでベストリアンに繋がる?」
「ベストリアンは、全員動物に似ているだろう?」
「というか、見た感じはベストロよりも動物に似てるだろう。そして同時に、ヒトだ」
「そう、だからおかしいんだ。同時にヒト、つまり食料じゃない。穢らわしいみたいな蔑視をする必要もないくらい、食べない。ていうか、なんだったら協力した方がはるかに便利。筋力はあるし耳も目も良い、言葉だって通じる。あと可愛い」
「だから、ベストロの末裔だろ?」
「そう、だからよっぽどおかしいんだ。動物に似てる、がイコールでベストロの末裔になってる。書いてあるだろ?神がいない場合って、つまり超常的現象、おとぎ話全てを否定した場合、ベストロが存在しない場合、ベストリアンをベストリアンとして扱うには、完全に無理があるんだ。続きには、ベストリアン差別は菜食主義など、動物にとって不利な思想を事実台頭させ、食料問題が発生したという記載がある。人類と同程度の知能を持つ食料事情も被った存在との敵対は、西陸という非常に安定した気候を持つ地域・環境では、まったく意味をなさない。他には歴史的に【毛髪への宗教的忌避】なんかがあったそうだ」
「どういうことだ」
「毛髪、これって実に獣らしい外見的特徴だろ?」
「まさか、髪の毛?」
「毛の一切を否定し、一時期はハゲがモテる文化もあったそうだ。瀉血の要領で、穢れを取り除く行為として、脱毛に技術が過去存在していたとかなんとか」
「意味不明だ」
「とにかく伝説を否定、ベストロを否定した瞬間、ベストリアン差別は意味不明となり、ベストロという存在がなぜ伝承として語られているかも、理屈の上では不明となる。聖典教の聖典の存在理由は、結論、意味不明になる」
「……まるで思い立ったことを書き並べたような、話にならんのではないか」
「そう書いてあるんだから仕方ないだろう。それに言っただろう?一考の余地があるって。まったく、アホはこれだから……」
「……お前の頭が良いのは昔っから知っている。だがあまり鼻を高くするのはやめろ、切り落とされても知らんぞ?」
「……あぁ、ごめん。そのナイフぅしまって?」
「まったくこのガキめが……」
「刺されるといたいなんて、どぉんなアホだって知ってるよぉ」
「……っ!!」
「……ん?どうしたんだい?」
「……いや、すまない」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




