十四話 идти
十四話 идти
その夜。リンデは1人、寝台に転がっていた。天井を見つめ、ノイとのことを思い出す。
(……私、どうしちゃったんだろう?あのとき、あの一瞬、本当に心が、ザワッて、ビクッて、でも温かかった)
寝相悪く、回転する。
(私、でも……そうよね。記憶のほぼ全部、ヴァルトとして、つまり男として生きてきたワケよね)
目を開けて、壁のシミを見つめる。
(おかし……くはないのかしら?でもこんなの、絶対ダメだって……私は、私は……!)
扉が弱々しく叩かれる。夜は、遅かった。
リンデはそろっと扉を開けると、ノイが寝巻きで立っている。ボサボサの髪の毛は、しかし洗ってあるように思えた。
「……ごめん、ちょっと」
「えっ、あぁ……っと、どうした、の?」
ノイの目蓋は赤かった。
「なんかね、寝れないの」
「怖い夢……見たとか?」
「分かんない、なんかね?泣いちゃうの」
「……とりあえず、入ったら」
ノイはリンデの寝台に寝転ぶ。リンデは寝台に座り、ノイを見る。
「……なんで、だろうね?立ち直ったって、思ってたのに」
「……そりゃあ、難しい話……よね」
リンデは、鼓動を落ち着かせるように深呼吸をすると、ノイの隣に寝る。
「1人じゃ寝られなくなっちゃった?」
「……寝れる、はずなのに、おかしい」
「ノイのその感情、たぶん数日で治るものじゃないのわよ。もっとゆっくり時間をかけて、それこそ周りの協力もあって、やっと治すものなんじゃないかな?」
リンデは、多めにノイに布をかける。
「私、話してるばっかり。ごめん」
「いいよ、気にしないで」
リンデは意決するように深く深呼吸すると、ノイをぎゅっと抱き締める。
「……これで、寝れる?」
ノイはリンデの胸部に顔をうずめられる。ノイが顔を自力で出す。
「くるしい」
「あぁ、ごめん」
「……羨ましいなぁ」
ノイは緩くリンデを抱き締めながら、目を閉じた。しばらくして、微かな寝息を発する。リンデは、胸元に手を当て、呼吸を整える。ノイの顔を見ながら、ゆっくり頭を撫でた。
緩やかに香油が漂い、寝台を包む。リンデは、眠ることができないまま、朝日が登り始めた。
ノイは目を開けると、やや強くリンデを抱き締めて、起き上がり背伸びをした。
リンデは寝たフリをしてごまかしていると、耳元で小さく「ありがと」と聞こえる。ノイが部屋を出ていったあと、若干過呼吸になりながらリンデは目覚めた。顔は真っ赤で、しかし心地よく笑顔である。
(あれっ……あれぇ……やっぱ私、おかしい……!)
―会議室―
リンデ、ノイ、フアン、ナナミはヴァルヴァラの呼び出しで議会に出席していた。議題となったのは、リンデの行動であった。ヴァルヴァラが、現状を報告していく。
「偵察によればリヴァイアサンは、尻尾のいくらかが残っただけで、大半の身体は硫酸に沈んでいる。頭部はもはや原型を留めていないことから絶命したといえよう。炭鉱を潰して、硫酸の湖も枯らしてしまった、だがこれは快挙である。限りある時間のなかで、よくこの答えを導き出した」
リンデはしかし顔をうつむかせていた。
「……でも」
「炭鉱はもはや利用できる状態ではない。仮に撤去が完了しても、硫酸の出す有毒な空気が炭鉱を充満させ、採掘どころではないだろう」
「……つまり、ギムレーは」
「あぁ、鉄資源を取る場所を失った。そして硫酸もまたあらゆる工業製品の源でもある。リヴァイアサン討伐による成果は、国家としてのしばらくの延命に留まったといえよう。だが気を落とすな。伝はある」
「……えぇ?」
ナナミが手を上げた。
「妾が再びイェレミアスに向かい、バックハウス家とギムレーを繋げる掛橋となろう。バックハウス家経由で一度ナーセナルやクロッカスに物資を密輸し、そこからギムレーへ運べは、資源は手に入る。あるいは、ヴァルヴァラ本人を交渉の席に持っていくことも可能じゃ」
フアンが手を上げる。
「その場合、ナナミさんはミルワードに……」
「そうじゃな、ゆけぬ。じゃがそれがどうした?」
「いえ……」
「あっ、というかお主ら。ミルワードの言葉は喋れるのか?」
リンデが手を上げる。
「……たぶん、できる」
「たぶんじゃと?」
「記憶が、その……」
「ヴァルトはいったい、1人でどこまでできようとしとったんじゃ……まぁある程度通じれば身振り手振りでどうとでもなら、気負いすぎるなよ、リンデ」
「……うん」
ポルトラーニンが、部屋に入ってくる。
「手配通り、帆船を一席用意しておいた。ミルワードまでは4~5日かかる。いまのうちに飯をあるかぎり食っておけ、海上は食料も不足しがちじゃ。太るくらいで丁度よい」
ヴァルヴァラがにこやかになる。
「えらく気合いが入っているな」
「……まぁ、ノンナが最近笑顔じゃしの」
「構ってくれてありがとう、助かってるよ」
「……ふん」
海上は静寂に包まれており、霜か霧のようなものが降りていた。ポルトラーニンは、空気を透析する呼吸缶を2つ取り付けた仮面を渡す。
「持っていけ」
フアンはそれを手に取ると、大きさを確認する。
「これは?」
「ミルワード……あそこは霧の都と呼ばれるほど、廃棄煙が街を覆っておると聞く。まぁほぼ効果はないじゃろうが、あって損はない」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「それから、聖典教に関する道具、聖典みたいなのは出来るだけ持ち込むな。アドリエンヌとミルワードは、宗教上の仮想敵国同士じゃ。アドリエンヌは、教皇カヴェニャック一族が率いるカヴェニャック派、科学をもって世界を解明しようとし弾圧を食らって移動したのが、ミルワード王国の聖典教の分派、プレイステッド派じゃ。混同すれば、現地の人間とは仲良くはなれんじゃろう。その天使、ヴァーゴ・ピウスとやらの目的はいまだ不明じゃが、ナナミの報告をそのまま受ければ、あるいは我々に情報を渡したいのかもしれん。罠の可能性は考慮も十分考慮し」
ヴァルヴァラが会話を止める合図を送る。
「その辺にしてやれ、長いぞ。簡潔にな」
「……気張れよ、若造ども」
―北海を越えた先―
(テオフィル……テオフィル、起きて下さい、テオフィル)
(……あぁ、もうそんな時間ですか?)
(朝です。いつまで研究してるんですか)
(……僕は、えっと)
(これしかできない、ですか?なんでもできるじゃないですか、この前エヴァリストさんから剣術で一本取りましたし)
(エヴァリストさんは、少々強引な戦いをします。しっかりと間合いを掴めば、受け流すことも可能です)
(もう少し、自信を持ったらどうでしょう?)
(善処します)
女は振り返りどこか外へ出ていく。胸元に、握り拳を携えた
(……いえ、やっぱりだい、じょうぶです)
(何か?)
(……やっぱり、謙虚な方が良い、です)
(……はぃ!!??)
(うるさいです!)
彼女の持つ本が顔に投げつけられる。遥か遠く北、1人の男が海岸に流れ着いていた。
「ゼナイド……様?」
黒いボロ布を纏った幾人かが、薄く汚れた砂浜で、ゼナイドを囲んでいる。ゼナイドは立ち上がると、胸元の探る。何かをなくしたように、慌てはじめた。
「君ら、僕の本を知らないか?流れ着いていたりは」
「……いえ、とくには。それより、船で来られる手筈だったのでは?他の方々も、見当たりませんし……まさか、難破されましたか!?」
「天使だ」
「……えぇ?」
「いや、どうだろうな。状況だけ伝えよう。魔天教の信徒計61人は、リヴァイアサンと思われるベストロに船ごと飲み込まれた」
「そんな!」
「残ったのは私だけだ……あの船には、亜獣解放戦線の人員の血縁者もいたというのに」
「……では、あのソル・フィリアという天使が」
「それは分からない。分からないことを仮定に物事を解釈するな。それは愚者の行いだ」
「……はい」
「同士よ、そしてミルワードでの戦果は?」
「現在、ミルワードは……」
砂浜の先に、一つ黒い影があった。それはうめき、うごめき、青ざめてただれたような外見上に人間を様相するも、それはいっさい自我を持っていないかのようにして、こちらに両手を伸ばして歩を進める。
ゼナイドは香りをかぎ分ける。
「油の燃える匂い、鉄臭い、銃弾の発砲の痕跡……廃棄煙の霧、路上に撒かれた馬糞……しかし、それらを貫く、この異様なまでの血の臭い……」
「現在ミルワードは……青ざめた肉に覆われています」
「それで……いい」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




