十三話 幽天七海、這い穿つ勇魚
十三話 幽天七海、這い穿つ勇魚
ギムレーとキスロータ硫酸湖周辺の炭鉱を繋ぐ路線の通り道。断崖絶壁の下は波により削られ続けている。イェングイが下を覗く。
「ここなら、あの高波も恐れることはない」
森を背に、三日月を想起させるような崖の海岸線。機関車で運ばれた大砲は、土嚢であしらわれた陣中に整列させられていた。兵士の一人が、戦列の最前で腕を組んで立つヴァルヴァラに報告をする。
「配置、完了しました」
兵士が立ち去ると、ヴァルヴァラは大きく1つ呼吸をしてから、振り向いた。
「諸君、今日とて狩りの時間だ。方法は1つ、特殊な餌による一本釣りである。奴はなんらかの攻撃をしかけるとき、海底から飛び出るという行動を行う。やつにとって、攻撃がそのまま海面を飛び出るということだ。我々は、それを逆手に取る。手順を確認しよう。まず餌で奴をここへ誘き寄せ、飛び上がった瞬間、我が軍の全力をもって生産された硫酸の砲弾にて表皮を破壊、露出した皮膚に列車砲の弾丸を食らわせる算段だ。当然ヤツも抵抗する、手順の通りいかせるワケは、敵にはない。そこからはキサマらの根拠に委ねる他ない。森方面からベストロやザションが現れるだろう、配置に付いているものは、白兵戦も覚悟の上でいるんだ」
兵士全員の顔をよく見る。黒い影が顔を覆っていて、それはうつむきに由来していた。
「そうだ!!みな、その顔だ!!死を恐れよ、死地に飛び込むな。恐れは知恵を育み、キサマらを一人でも生かさんと躍起になってくれる、味方だと思え!!いつなんどきもキサマの側にいるのは恐怖だ。噛みしめ、しかし刻め!!キサマらの大切な者に、それを味合わせることはないと!!」
軍靴は一斉に響き渡り、雄叫びのような返答が全員から返ってくる。
「全軍、配置に付けぇぇ!!」
土嚢の枠組みに勢揃いの砲台。森方面にも大量に配置され、それら全てに砲弾が装填された。波は崖下で白い泡を形成し、毎度毎度打ち付けられる。ナナミがヴァルヴァラに寄った。ナナミに、ドミニが手渡される。異様なほどに生暖かく、時々、生まれたての動物の赤子のように鳴く。
「これはまた奇っ怪じゃ、よくここまで復活できるものよ」
「少量餌を与えただけだそうだ。しかし、このベストロはやはり聖典に記載がないそうだ」
「天使は、人類などより、よほどベストロに詳しいという訳か」
「殺傷を起点に仲間を呼びつける動物は中々いない、だが死ぬ直前に泣き叫び、周囲の仲間に危険を察知させる動物は多くいる。恐怖が叫びに変わるのも、その理屈だろうな」
「じゃが、コヤツそこまでデカイ声で泣くのかの」
「いいや、泣かなくても伝えられる方法はある。動物でそれが可能かは知らないがな。原理は不明だが、生き物には何かそういった機能もあるのかもしれない」
「言葉不要の通達……推し量るにコヤツは、他のベストロに対してその逆、ここに来いと指示を出せるというのじゃな?」
「故に予想では絶命させる必要もないはずというのがナタリアの見解だ。即死させない負傷が妥当、だから殺傷に長けた君に託す」
「合点がいった……では、離れておれ」
ナナミは左腕に抱えた、毛玉のようなベストロが、頬を擦っているのを感じる。耳飾りの鈴を鳴らす。
(めんこく生まれたものじゃのお主、殺されぬためか?しかし危険と分かれば同胞に殺害を命じる、遊女のように末恐ろしいものじゃ)
包帯で巻き上げた刀剣は、ほどかれ、その刃を光らせる。少しゆっくりと優しく右手で握った。抱えたまま、鈴で知覚した首あたりに優しく置くと、少し毛が落ちた。
「……後免」
脂身に食い込んだような、水が弾けるような音と共に血が吹き出る。浅く甲高い嗚咽がナナミを包み込んだ。フアンが若干震えた。リンデが、フアンの手の震えを見る。
「……大丈夫?」
「……はい、やはり怖いですね」
吹き出た血液が少し、眼を覆っている包帯を汚した。左腕を血で少し染めながらも、崖下に放り投げられる。崖下には、1つ帆船が収まっていた。ノイが下を覗く。
「……なんで船?」
フアンがノイを下がらせる。
「ハーデンベルギアのとき、リヴァイアサンは船を飲み込んでいました。あるいは、その再現ができると思い、急遽ヴァルヴァラさんに提案したんです」
「そう、だったんだ……」
水面に1つ波紋ができると、ヴァルヴァラの声は崖に反響する。
「総員、警戒体制ぇ!!」
海面は静かに波打ち、水平線は真っ直ぐ。風は弱く、雲は小走りともいかない。白い息が微かに視界を覆う。煙が消えると、ヴァルヴァラの視界の先で、水平線が動いた。
「……来たぞ、ヤツだ」
水平線が徐々に盛り上がり、うごめき、1つ山を形成し始める。ゆっくりと確かに海面をその巨体で黒く染め上げて、真っ直ぐと崖に向かってくる。
兵士のたちは、崖に向かって砲身を向け、やや上向きに照準を定めた。海面から黒い影が、姿を消す。潮の音だけがこだました瞬間、まばたく3度ほどで崖下から顔を出したそのクジラのような蛇は、帆船を口に放り込みながら飛び上がる。
ヴァルヴァラとリヴァイアサンは、その一瞬目があったように感じていた。
鋼鉄のような鱗で崖の表面を荒く削り、蛇腹の皮膚すら鉄板に見えるリヴァイアサンは、その巨体半分ほどの長さを海面から飛び上がらせた。ヴァルヴァラが上空に向かって一発、限界まで切り詰めた小銃で空砲を放つ。
「放てぇぇぇ!!!」
秒間でも数十は下らない連続した砲撃が、リヴァイアサンの巨体に命中していく。鱗は剥がれ落ち大砲めがけて落下し、押し潰す。鳴りやまない白煙の連打が、完全にリヴァイアサンを包み込んでいた。
砲撃が鳴り止むと、大きな薬莢の空の音が一斉に響き渡り、各員が装填を始めた。煙から顔を見せたリヴァイアサンは口を開けて、落下するように大砲の一団を頬張りながら、地面と激突した。
崖側の戦力何十人が消え去り、その落下した頭は少しよじれ、それだけでも数人の兵士をすり潰し、顔をヴァルヴァラへ向けた。
汽笛が鳴り響く瞬間、ヴァルヴァラの手が振り下ろされ、空間が切り裂かれるように、崖の北方、硫酸湖や炭鉱のある方面から砲弾が届いた。
傷の付いた表面を吹き飛ばし、爆炎に紛れて真っ青な硫酸がリヴァイアサンの顔の側面に飛び散る。焼けるような音が響き渡り、リヴァイアサンは空気を蒸かせるような、それでいてどこか深海を思わせる神々しい唸りを上げて苦しみ悶える。蒸気で不確かながら、ヴァルヴァラは腰に備えた銃を空に構え引き金を引く。
うめき声で指示の届かない兵士にも、その信号弾は見えた。赤色の花火が打ち上がる。ポルトラーニンが倒れた兵士を退け、砲弾を装填し息を強く吸った。
「砲撃開始ぃぃ!!」
ポルトラーニンの放つ砲弾の弾着は蒸気にまみれた傷口に。順々に、装填が完了した大砲が砲撃をしかけ、溶解した表面から内側をえぐり、ただれた肉片が飛び散る。絶叫は海を越えるほどに大きく、顔の半分が完全にただれた、崖の北側方面に向いた、リヴァイアサンの片眼や頬が剥がれ落ちるようになり、蛇腹で這いずりながら崖下に後退していく。ヴァルヴァラが全体を見渡している。
「動けるもので全隊再編成、大砲を機能させろ!!」
リヴァイアサンの黒い影が崖から一度離れると、海面から何度も頭部だけ姿を見せてはそのまま泳ぐ。顔の面が剥がれ落ちてない方向で常に、探るようにして隠れた。機関車に搭乗しているノンナ、リンデ、ノイ。リンデは違和感を感じていた。
(……何、何か警戒してる?そういうこと、いや記憶にある。兵器を覚えて対策するみたいなこと、確かナーセナルでベヒモスと戦ったときも……何を警戒、いや、位置を確認?まさか列車砲!?)
ノイが列車砲に硫酸の砲弾を装填しようとする。リンデは大声をかける。
「翼付弾頭に切り替えて!!」
「うぅわ、分かった!」
大慌てでノイが砲弾を切り替えながら、海側に砲身を海底させていく。リヴァイアサンはある程度距離を取って、巨体をうねらせ海面を縫い合わせるようにして移動を開始する。車両が重みで少し傾きながらも、少しずつ回転する。
「ノンナ、砲撃お願い!!ノイ、私が合わせるから、榴弾を顔がない方向に投げて!」
リヴァイアサンは、その口を大きく広げ、海底にように底の見えない口膣を覗かせながら列車砲に飛び込んできた。リンデは回りを見渡し、兵士から小銃を拝借する。
回転が完了し、そしてほんの少しだけ過ぎるよいに照準を完了する。ノンナは列車砲の装置に手を掛け発射、弾頭が分裂し、一本の矢が顔面の勢いを止めるように、露出した肉に突き刺さり、軌道が少しずれる。ノイがその弾着に向かって榴弾を、過去にやったように真っ直ぐ弾頭が相手に向くように投げつけると、リンデはしゃがみこんで息を止め、照準を合わせて雷管に射撃。弾丸が撃鉄代わりに砲弾を発射させ、リヴァイアサンはリンデたちの背にする森に向かって突っ込んだ。森をえぐり、大地を削り取り、南側への路線をひしゃげさせながらリヴァイアサンは、その速度を落とし、止まる。動きはない。ノイは喜んだ。
「やった!倒した!」
「違うわ、たぶん脳が揺れただけ!!砲弾とか爆薬、できるだけ持ってきて!!」
リンデが銃を携えて走っていく。ポルトラーニンは走り込み、兵士にふれて回った。
「最低限の人員だけを残して、爆薬や砲弾を持って至急リヴァイアサンの頭部へ向かえぇ!!やつの頭部を吹き飛ばす!!」
森側の戦力はリヴァイアサンにより若干分断されていたが、ナナミやフアン、イェングイによって戦力としては保たれていた。フアンがイェングイと、リヴァイアサンの頭部に向かっている。
「さすがに、破城釘じゃ威力足りませんよねこれ」
「おそらくポルトラーニンさんあたりが、全体を指揮して向かってくるはずです。リンデさんとノイさんも」
「では……」
リヴァイアサンの口膣周辺には、倒れたリヴァイアサンの血肉を貪ろうと、わらわらとベストロやザションが群がり始めていた。フアンが、それらを数えると、遠くから砲声が鳴り響き、続々と片付けられていく。
「あんなのあったら、僕ら出番ないですね」
「いや」
一体、砲弾を弾き飛ばして、威嚇するように叫ぶものがいた。人と鳥の中間のような身体に、銅でできた像のような牛の頭、額のみ鉄であった。蹄は鉄でできた鉤のようで、頭の角はそり反り返った弓のようになっている。腕には杭のような剣を持ち、それはベストロを区別して切断、貪り始めると思いきや、フアンたちに気付いて目を合わせる。
「そういう訳でもないようです」
フアンとイェングイは、自身の武器に塩をもみこんだ。
「ザション、蚩尤【シユウ】。ベストロでいう絵付きでしょうか。額や頭部は固い、です。それを支える首元を狙い、失血死を狙うのが基本です!!」
「了解!!」
シユウは鳥の脚で大きく飛び上がり、杭の剣を縦に振りかざしてきた。地面に激突した剣が石や砂利を飛ばすのを横目に、フアンはひるがえすようの懐に入り、下がった喉と脇を同時に切断。
低く飛び込みながら股下を回転しながら切り刻んで背後へ回る。シユウが背後に振り向いた瞬間、腰に向かってイェングイは、振り回して遠心力をつけた三節棍を叩きつける。
姿勢を崩したシユウは回転斬りして距離を取らせ、怒りに任せるように剣を振る舞わし始めた。フアンは二撃、三撃と剣で受け流すと、突きに対して身を屈め、半身になって回避。シユウの手元を斬り付け、痛みで一瞬止まったところを切り上げ手首ごと剣を払った。
イェングイは空中でその杭のような剣を手にして首元に投げつける。シユウは頭部を振りかざして剣を弾いた。視点を下にしたその瞬間にフアンは懐に入り込む。
「……ここ!!」
フアンは左腕に装備した破城釘を繰り出す。首元に大きな穴が開き、火薬の勢いで繋がった首の皮がちぎれ、勢いよく首が飛んだ。全身からいっきに力が抜けるようにシユウは倒れる。
「装備あってのことですが……絵付きではないですね、名付きほどです」
「ははっ、こちらは懐に深く入り込めば一撃ですからね。投げ物が手に入る敵は、ワケナイといったところでしょうか」
「銃を使えるようにしたかったんですが、ほんの数日で実戦には持ち込めませんでした……」
「その分、身体を動かして貢献しましょう」
ナナミはリヴァイアサンの反対側で、眼に向かって刃を遠そうとする。閉じたまぶたの間に剣を通そうとするが、入らない。
「カッチリとまぁ密閉しとるのぉ……砲撃でやってもらうしかないか」
ナナミは耳飾りの鈴を鳴らす。中距離に、大振りの棍棒を持った羊のようなベストロがいる。
(サテュロスといったか?)
走り込んでくる兵士が二名。
「俺が羊型だったら、あんな感じになんのかよぉ!?」
「センパイは棍棒持ってないっッス、あと服着てるッス!」
「おんまえこういうとき冗談出るのな!?まぁいい、俺は足だ、お前は頭狙え!!」
2発の銃声と共にサテュロスの頭部が撃ち抜かれた。声に、ハッキリとナナミは覚えがあった。
(パーヴェルと、セルゲイか……出くわしたくはなかったのぉ。でも、ああいう奴らなんじゃな、本当は……ん?)
耳飾りの鈴を再度鳴らす。音でセルゲイが気付く。
「あいつ……おい、何してんだ!!!」
ナナミは、足音の刻むのが早い音を察知する。その音はパーヴェルたちに向かっており、それに遅れてセルゲイも気付いた。
「なんだありゃ、イノシシか!?」
鉄の毛を持った、口から4本の牙を生やしたイノシシが向かってくる。銃撃を行うが、すべて弾かれる。セルゲイが後ろを見る。
「くっそ、大砲はまだか!」
「まだッス!」
「くっそ、どうする!」
ナナミがリヴァイアサンから飛び降りると、走りながら声を上げた。
「脚を狙え、爪と間接あたり!!あとは妾がやる!!」
パーヴェルが狙撃を一ヶ所に集中して転倒させると、ナナミが走り込んでいき、転倒の拍子で空いた口の中に、その長い刀剣を、少し上向きに突き刺した。幾度もそれを繰り返し、そのイノシシは動かなくなった。
「……ふぅ、やはり口の中までは鉄ではないか」
セルゲイが近寄った。
「おい」
「なんじゃ」
「……いや、なんでもねぇ」
パーヴェルが振り返ると、兵士たちが爆薬や砲弾だけを担いで走ってきた。先頭にはポルトラーニンがいる。息を切らしながら走る兵士は、リヴァイアサンのまぶたが開き、じっと見ていることに気が付いた。
「あっ、アイツ起きてるぞ!!」
地響きはリヴァイアサンの動く音。蛇腹は鉄板を重ねた甲冑のようにカチカチと音を立てて動き、首が持ち上がるにつれてこびりついた地面が剥がれていく。
徐々に上がっていく首に対して、兵士たちは小銃を構えて射撃する。全弾は防がれ、凹んだ弾頭が地面に落ちてくる。ポルトラーニンが、爆薬のつまった袋を肩に下げながら、全体を見渡していた。
すると、リヴァイアサンの上がっていく首元に、誰かがいる。黒い髪をなびかせ、列車砲の砲弾を一発、背中に縛り付けるようにして、鱗や皮膚をえぐるように掴んで、山のように登っていく。
「……ノイ、何をしておる!?」
ノイは力いっぱい腕を使って軽快にリヴァイアサンを登りながら、リンデからの指示を思い出していた。
(いい?砲弾を一発、私が背中にくくりつけるわ。ノイはこれを目元まで運んで、眼球におもいっきり突き刺すの。私が反対側で、狙撃の得意な人に雷管を射撃するよう指示するわ)
(目、閉じてたらどうするの?)
(えっと……)
(……いや、そこは任せて!こじ開けてやるわ!)
ノイは眼球の真上に到達する。大きく吠えるリヴァイアサンはノイの動きを把握し、まぶたを閉じた。
「開けなさい、よぉぉ~!!!」
ノイはまぶたに片手で捕まると、もう片方の手でまぶたの間に指を入れ、力いっぱいにそれを引き上げる。
「開けてって、言ってるのよぉぉ~!!!」
まぶたが徐々に開閉されていき、瞳孔が少し見える。
「こんの、んんんんぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
人間3人ほど。それほどに大きなまぶたをノイは破り捨てるようにしてこじ開けた。
リヴァイアサンの絶叫が響くなか、ノイは片手で自身に回された太い縄を破りさり、片腕で列車砲の砲弾を担ぎ上げ、全力で開いたまぶたの奥の眼球に叩きつけた。弾頭が眼球にえぐりこみ、血と涙が吹き出す。
リヴァイアサンが首をよじり、大きく振り回していく。ノイはしがみつくも、耐えられず勢いよく振り落とされた。リヴァイアサンの胴体にぶつかり、しかししがみつくように減速。だが握力が足りず落下する。
下方で、リンデが走り込んで飛び込みながらノイを受け止めた。砂塵が舞い、息切れたノイがリンデの腕のなかにいる。
「狙撃兵、あの雷管を撃って!!!」
パーヴェルは誰よりも先に、伏せた姿勢に入り、脇で締め上げるように身体を固定、息を止め、照準器の線の交差する一点に、雷管を定めた。
(……今度は、外さない!!)
小銃から鋭く尖った弾丸が飛んでいき、それは回転しながら雪に反射する光をさらに反射する。雷管にあたり大きく凹む。
瞬間、砲弾は放たれ、大口径の薬莢が吹き飛び、爆炎が眼球を包み込んだ。リンデの腕の中で、リヴァイアサンが再び倒れていくのをノイが見る。リンデは必死に走って、それに巻き込まれない距離に到達した。
ポルトラーニンが血相を変えるように、走った。
「今じゃ、いけぇぇぇぇ!!!」
倒れた木々を縫うように兵士たちは前進していき、リヴァイアサンが横向きに倒れるのに向かった。口は地面と垂直になり、黒々と先の見えない口膣はやはりおぞましく、兵士たちは一瞬ためらう。
「続けぇぇ!!走るのじゃぁ!!」
ポルトラーニンは真っ先に開いた口へ向かい、その上顎と下顎の間の地面を走る。連れられて、各員が持ちよった爆薬や砲弾を抱えて走り、ポルトラーニンの設置した爆薬を基準に高く積まれていく。
「顎ごと舌を吹っ飛ばしてくれる。致命傷にならずとも、失血死は免れん!!」
全体を指揮して口内から脱出すると、導線を引いてポルトラーニンは全体を下がらせた。
「……点火ぁ!」
火打石を擦るような加工品で点火され、導線は素早く燃えて、その火は口内に入っていった。
火の揺らめきが見えなくなった瞬間、嵐が突き動かしたかのような突風と共に、口膣は赤く光り、根元からえぐられた尖った歯や、赤々としてただれた歯肉が飛び散り、散乱する。
爆風で顎間接あたりから亀裂が発生し出血、火炎が吹き出した。ポルトラーニンが黒い煙が落ち着くまでみている。
(顎を吹き飛ばせなかった……兵士100人以上で担ぎ込んだ爆薬で、何が足りない?威力か……いや、そうであっても、おそらく根元から舌を破壊したはず……)
顎が、亀裂の入った方向に向かって崩れながらも持ち上げていく。強い風が洞窟を通るような音と共に、ポルトラーニンの後方にいる一団の場所に首を向け、外れた顎で地面をえぐりながらリヴァイアサンは突撃した。首を溜めて弾くようにし、一瞬にして何十という兵士を飲み込み、すり潰し、銃火器を破砕した。
汽笛が鳴り響き、ポルトラーニンの視界に赤色の花火が見える。すると、リヴァイアサンはいっきに姿勢を低くしていった。
「砲撃が来る、伏せるんじゃ!!」
リヴァイアサンの下がっていく頭部に列車砲からの砲撃がかすれる。ポルトラーニンが目を疑った。
「……避けた、じゃと!?」
フアンはリンデに近寄り、ノイの状態を確認する。
「大丈夫ですか!?」
「えぇ、骨も折れてないみたい。凄いわねノイって……」
リヴァイアサンが、這いずりながら方向転換をし始める。顔の向きは徐々崖方向に向かう。
「リヴァイアサン、いま砲撃を……」
「いや、そんなことあるんでしょうか?」
「……ねぇ、砲撃を前って、かならず汽笛を鳴らすの?」
「はい、もっともそれは直近で決まったらしいですが……まさか!」
フアンは、洞窟に風が吹くような音を思い出す。
「……リヴァイアサンは、五感全てを完全に使いこなせるのではないでしょうか!?」
リンデは疑問思った。
(……いいや、それだったら目に頼った動きなんてしないし、砲撃だって警戒できるはず。おそらく五感一つ一つ、練度が違いはず。視覚は水中でも必要、嗅覚は機能するのかしら?耳はかなり良い……全部利用したらあるいは……)
リンデは懐から地図を取り出す。線路を重点的に見て、終点を確認する。
(……この地形なら、ひょっとしたら!)
リンデはノイを立たせる。
「ノイ、急いで機関車に向かって、今すぐ!フアン、砲兵隊にノンナの指示を聞くよう伝えて!!」
ノイはリンデを、姫であるかのように抱えた。フアンが待ったという前に、ノイは走っていってしまう。
「えっ、あっちょっと!!」
ノイはうごめくリヴァイアサンの表面を斜めに登るように走って登り、そのまま反対側へ走っていった。
「リンデ、倒す方法思い付いたってことだよね?」
「そう、だからお願い!」
ノイは倒れた木々や折れた枝、這いずりで飛んでくる岩を縫うように回避しながら、リヴァイアサンの移動速度をはるかに超えて機関車まで走った。ノンナは装填を兵士に手伝ってもらっていたところにノイが息切れしながら来て、驚く。
「えっ、どうしたの!?」
「分かんない!」
リンデはノイから降りると、ノンナに少し小声で指示を出した。
「大丈夫、私の身体は、私一人のじゃないから」
「でも!」
「ノイ、ノンナを大砲がいっぱいあるところに待避させて!」
ノイはノンナを背負うと、リンデを見る。
「……本当に、大丈夫?」
「……ちょっと、最後あたり賭けだから。列車砲に合わせて、迎えに来れたら、正直嬉しい」
「……分かった」
ノイはノンナを連れて、リヴァイアサンに向かって走っていき、リンデのときと同様に登って反対側へいった。
リンデは、機関車と列車砲を繋いでいる連結器を外す。石炭の貨車を繋ぐのみとなった機関車の側面で、リンデは腕を視界の前方へ持ってくる。
(……記憶の感じだと、極端な疲労蓄積か失血を引き起こす能力って感じね。でも、そうだったら多少無理しても回復するってことよね。想像、展開……放射!!)
リンデは全身を光らせる。髪は浮き立ち、全身からわき出た雷は腕の前に集約されていく。その量は、リンデの記憶のなかにはない量であった。
(あれっ?)
リンデは、想像を越えたほどの量の血液を機関車に浴びせる。鉄臭さが匂い立つも、リンデは体調の悪化を感じていなかった。
(なに……いや、全部あとよ!身体が動くんだから、いいじゃない!)
機関車に乗り込むと、器具で石炭を詰め込んで火力を上げる。
(ヴァルトの記憶に、機械に関する設計図が丸々入ってた。だからかな、操作が全部分かる。2~3日でこれだけ覚えられるなんて、彼は凄かったんだ……そりゃ、復活してほしいよね)
機関部に繋がれた紐を引っ張ると、上部から勢いよく蒸気が吹き出て、その勢いで汽笛が鳴らされる。リヴァイアサンはそれに反応し進路を変更してリンデの乗り込む機関車に向かった。
(やっぱり……このベストロ、全部の感覚で動いてる。汽笛の音、車体の血液、これで誘導すれば!)
リヴァイアサンはうねりながら加速する。
(撃たれる覚悟で早々に決着をって感じね。でも残念、砲主はもう逃げてるわよ!)
機関部を稼働させ、一気に機関車を加速させた。揺れと速度でリンデは倒れる。煙突や左右の車輪付近から吹き出し、汽笛を鳴ら続けリヴァイアサンの注意を向ける。
「所詮ベストロ、血には反応するみたいね……一騎討ちってやつね、いいわよ、そのまま来なさい!!アンタを至天ってトコに送ったげるわ!!」
加速が乗り、石炭を乗せた貨車からそれらが溢れ出ていく。
海岸線を徐々に内側に入っていき、線路が軋んで火花を森に撒き散らし、黒煙と蒸気を噴射しながら、地形に沿って曲がっていく。
リヴァイアサンは走り去った後の線路に沿うようにして、段々とその這いずりで接近してくる。地面から木々を根元から引き裂いて横転させ、冷えきった雪ごと粉々に混ぜて開墾するリヴァイアサンは、大きな口を開けて接近し、やけただれ、血の匂いを漂わせる。リンデは焦るなか、登場席の隅っこにある麻袋を見る。
(……これ、見たことないのに記憶がある。確かヴァルトが)
袋を開けてみると、内部には真っ赤に塗装された筒状の爆薬が入っていた。リンデの中に、流れるように記憶が再生される。ノンナが前にいた。
(……助燃材、ね)
ヴァルトの声も響く。
(機関車は起動するまでに時間かかるっていっただろ。色々混ぜて、一瞬で速度上げられる上がる。配合の分量は書き起こしてあるから、ほしかったら作れ)
リンデは少し笑いながら、その筒を機関車の炉に放り入れる。
(置き土産、なんて言わせないんだから)
石炭の燃焼が急激に早まり、機関車は加速。
噛み付こうとするリヴァイアサンの攻撃を回避した。所々の配管から蒸気が漏れでているのを、リンデは紐で縛るなどで対応していく。
いくつか助燃材を使って攻撃を回避すると、森を抜けて谷を越える橋と、奥の炭鉱が見えた。炭鉱の上は山なりになっており、火山に見えるが、地図の記載では硫酸湖となっている。
(ここね!)
リンデは信号弾を上に放ち、赤色の花火を打ち上げた。ノンナと砲兵たちが、一斉に地図から距離を計算し、列車砲や大砲たちは射角を変更して待機する。
「次の指示で、射撃するよぉ!」
助燃材を一気にすべて突っ込んで、橋を突き抜けるリンデと機関車。機内に存在するほとんどの計が危険値を振り切り、完全に機械として機能が麻痺し始めた。
リヴァイアサンは橋をすりつぶしながら一気に前進し、機関車を捉えた。
リンデは、汽笛を鳴らす機材を、鳴るままで固定し、携行できる爆弾を一つ懐から出すと、火をつけて爆発。
その威力で、リヴァイアサンの横幅を大きくそれて、機関車から脱出した。止まることのない機関車は限界を迎え配管に亀裂を入れながら、終点である炭鉱の入り口で線路を外れ、横になって慣性で洞窟に入っていく。リヴァイアサンはそれを追いかけるように洞窟に突っ込むと、首を洞窟に突っ込んで、抜けなくなってしまった。二発目の信号弾丸を発射すると、ノンナが列車砲から全体を見渡す。
大砲の照準が、すべて45度以上傾いていること、そして準備が完了していることを目視で確認すると、列車砲に戻り、機関部を操作し始める。
「目標、キスロータ湖側面。撃って!!」
一発の列車砲と、数百以上の大砲から放たれる弾丸は弧を描くように飛んでいく。
キスロータ湖をつつむ火口にも見えなくはない地形をある程度集中して破壊していった。地響きが繰り返され、その地形に亀裂が入り、内部に溜まっていた硫酸がリヴァイアサンに向かって流れ始める。
炭鉱の洞窟に埋まっているリヴァイアサンの顔を残して、順々にその巨体が溶液にまみれ、焼ける音が甲高く神々しい絶叫がこもって響き渡っていた。腹部位は完全に焼けただれ、硫酸はただの肉の液体となっていく。
その漏れでた硫酸は、刻々とリンデにせまっていた。リンデは逃げようにも、直前で崖を渡るための橋が、リヴァイアサンにより破壊されていることに気が付く。すると奥から、息切れしながら突っ込んできた女の子が一人。
「リンデぇぇぇ!!!」
およそ人間が飛び越えられる距離ではなかったがノイは崖を飛び越え、リンデを抱え込むとすぐさま方向転換して、助走少しでまた崖を飛び越えた。そのままリンデを背負う。
「掴まってて!」
ノイは硫酸が絶対に届かないであろう場所まで、突っ切っていく。歪んだ線路の破片があちこちに散らばっており、道中は到底道とはいえなかった。
「ノイ!?こんなにはやくこれるなんて……!?」
「ノンナを置いてすぐ、リヴァイアサンに掴まってきた!」
「掴まってきた!?」
「途中で落とされちゃったけど、間に合ってよかった!!っていうか、リヴァイアサンは!?」
「……炭鉱に突っ込ませて伸びてるところを、砲撃で決壊させたキスロータ湖の硫酸で溶かしたわ」
「……よく分かんないけど、凄いね!」
ノイが走っているところに、怪物が襲いかかる。ノイがはベストロなのかザションなのか分かってはいないが、左腕でリンデの裏ももを支えながら、右手で戦棍を持つと、相手の接近に合わせて、顔面を殴打して吹き飛ばす。
続く2~3頭も同様に正面から叩き伏せると、爪を引き抜いて飛行する怪物に投げて落とす。
奥から、純粋に巨大なクマのベストロが現れたが、横転した木を蹴り飛ばして転倒させ、頭部に戦棍を振り下ろし絶命させる。戦棍を引き抜いてすぐに固定具に片付けると、また走り始めた。
「つっよ……」
漏れでた言葉にノイは視線を若干向けることで反応したが、リンデは気付かない。走り込んで数十秒、2人は戦闘地域から少し離れた、崖際の海岸線に来た。
「……あれ、迷った?」
「仕方ないよ、このあたり地形ぐちゃぐちゃになっちゃったもん。地図もお手上げよ」
「そっか」
ノイはリヴァイアサンの上げる絶叫が消えていくのを感じ、炭鉱や湖のあった方向を見る。空に届くほどの蒸気が下から溢れていた。
「ここまで来れば大丈夫、かな……?」
「そうだね……あぁ、えっと。下ろせる?」
「あぁ、そうだね」
ノイはリンデを下ろす。リンデは崖際へほんの少し近寄ると、ノイに振り向いた。
「……ごめん、ね」
「えぇ、なんで?」
「……私、自分だけの身体じゃないって分かってるのに、結局危ないことしちゃった」
リンデの手は石炭で黒くなり、服装は爆弾の影響でやや焼けている。
「……そう、だね」
波の音は心なしか静かだった。
「……いいよ、別に」
「……えぇ?」
「……ヴァルトもね?結構危ないことしてるんだよね。いきなり倒れるなんてしょっちゅうだし、いきなり連れていかれたこともあるし、危ない役を、私に教えもしないでやっちゃうんだ」
「そう、だったの?」
「きおく、にない?」
「……あぁ、言われてみればそんな記憶があるわ」
「ヒドいんだからね!?ホント、てか、ヴァルトおかしいところいっぱいあんたもん!アドリエンヌで、いきなり考えもなしに力使って倒れちゃうし、イェレミアスのときなんか特にさ、扉叩かないで部屋入ってくるの!初めておしゃれして、緊張してたのに、いきなり入ってきて心臓飛び出るかと思ったわよ、勇気出してさ?どう?って聞いてもあぁとかおぉとか、そんだけ!浴室にだって扉叩かないで入って来たんだよ!?あり得なくない!?マルティナだっていたのよ、私全力で蹴っ飛ばしちゃったもん!!」
「なんかベタ惚れって感覚だったんだけど、以外とそういうワケじゃないんだね」
「……でも、やっぱり……」
ノイはうつむいてしまった。リンデは困った様子で顔を覗こうとすると、雲が晴れいくようにして、二人に光が差し込んだ。
「……リンデはさ、私のことちゃんと頼ってくれるよね」
「……えぇ?」
「危険だって教えてくれて、その上で私を頼ってくれた。ちゃんと教えてくれて、お願いって言ってくれた……私いっつもそういうの教えられないからさ……正直、スッゴい嬉しかったんだ」
「ノイ……」
ノイは、うつむいた顔を上げて、口角をしっかりと上げながら、真っ直ぐで紫の目でリンデを直視する。
「……ありがとね!」
波風はなく、ゆっくりとした時間が流れていく。ノイの目の輝きは差し込む光でどこまでも澄んでいるのが分かる。リンデは、その目を見ているうちに、そこに吸い込まれていくように一歩を踏み出した。気付けば、リンデの鼓動は早まっており、顔は少し赤かった。
「……あぁ、えっと」
「どしたの?」
「……いいや、帰ろっか」
「そうだね、帰ろっか!」
二人は、道なき道を歩んでいった。軽快に道を踏んでいくノイに対して、リンデはおぼつく。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




