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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第五章 冷土戦々 二幕

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十二話 準備段階

十二話 準備段階


大小の歪みはあれど駆動に問題ない程度に修理された機関車は、ギムレー内部に存在する、路線を組み込んだ積載場から発車する。機関部につぎ込むための石炭、砲身が入れ替わった列車砲、貨車にはところ狭しと砲弾や大砲に食糧、小銃。列車砲の後ろの貨車は、他の鉄色の貨車とは違い赤色で塗装されていた。ポルトラーニンが現場の指揮を取っている。


「小銃、弾丸は後からいくらでも運べる!!まずは大砲と砲弾!!列車砲の砲弾はキスロータ湖の硫酸が詰め込んである!!指示のないものは触れるな、死ぬぞ!!」


ドナートが調理場で、巨大な鍋を両肩を限界まで伸ばしてかき混ぜている。


「これ全部昼の分かよ、どんだけ動員してんだぁヴァルヴァラは……まぁ、いいけどなぁ!!」


ナタリアはズラリと並んだ重要装歩兵の前を歩く。


「頑張ってねぇ、頑張ったら頑張ったら分、ご褒美あるからねぇ~」


腰と尻尾を振り一同の士気を上げながら、書類を見て、歩きながら判子を押す。


上がった太陽は頂点を通りすぎ日が傾き、しかしノンナのいる工場は常に稼働し、鉄の叩く音は常に響いていた。


「私たちは作戦当日、現場にはいられないの。だから、今ここが私たちの戦場。死ぬことはなくっても、死ぬほど頑張るよ、みんな!!」


ノンナの声掛けに技術職の全員が大声で返事をし、炉の火のような熱気が駆け巡る。

ナタリアとが会議室で、ヴァルヴァラに書類を渡し、作戦は最終調整に入った。


「結局、アンタも行くんだってね?」

「あぁ……士気を上げなければならないからな。しかし、ヴァルトくんのあの炎ですら、損傷を与えられていなかったように見えた」

「そう?でも引いていったじゃない」

「今の我々の技術力で、あの存在を打ち倒せるのか……」

「そういう、どうやってっていう部分は、全部部下に任せた方が良いわよアンタ」

「だが」

「いいのいいの。アンタの方針はいつだってみんな信じてる」

「それは血統に対する信頼なだけだろう。私の親は代々、かなり高い割合でこうした官職に就いているからな」

「国の一番上を官職ってくくりにしちゃうの?」

「それ以外なんだと言うんだ?官僚というのは、汗水垂らして働くみんなの方針を固める設計者、工事における図でしかない」

「それがないと機能しないから、ちゃんと偉いしお金だっていっぱい貰えるようにしてあるのよ。一時は女に任せられるかって揉めたクセして、いっちょまえに論破してたじゃない」

「……あれだって、正直半信半疑だった。何かを担うというのは、確かに女だと辛い部分はある。第一に男と違って、女には生理・妊娠・出産という、生まれながらにして立ち止まらねばならない期間があるからな。学習し経験するのが何かとものをいう先導者というのは、やはり責任が重い」

「部屋いっっぱいに子供作っておいて何いってんだか……」

「あれはアイツが……」

「お盛んなことを他人のせいにしちゃダメよ?もっと自分に正直じゃなくっちゃ、後悔するわよぉ~」

「……はぁ」

「それに、正直死にやすいんだから、このご時世それくらいが丁度良いかもしれないわ」

「そんなこと言われてもなぁ……そういうお前は逆になんで子供いないんだ。全員隠し子にでもしてるのか?」

「あぁ、私、前は使ってないの」

「……???」

「分からない?」

「……分からん、前ってなんだ?」

「ふふっ、少しは緊張、ほぐれた?」

「……あぁ、そういう意図があったのか。ありがとうナタリア」

「ん……本気で、分からないのね?」

「???」


話しているうちに夜は訪れる。ヴァルヴァラは、リンデ、ノイ、フアン、ナナミを会議室へ呼び出した。


「君たちに、1つ言っておくことがある……リヴァイアサン討伐は、あくまでも我々の問題である。故に、参戦は強制ではない。戦意は変わらないか?」


フアンは、じっとヴァルヴァラを見る


「……友達の、仇です」


ノイは一歩前に出る。


「す、好きな人の仇」


ヴァルヴァラは少しだけ微笑む。


「……よく言った。そして、残り二人だ。私は主に君らに聞いているつもりだが」


ナナミは、議席に包帯で巻き上げた刀を立て掛ける。


「……妾の属する集団は、夜修羅と呼ばれておった。この言葉は決して平和や自由を表すものではない、むしろ戦争や略奪、殺人の意味合いが強い。税を無作為にかけ私服を肥やす役人ども、試し斬りと称して街人をあたら殺した武者、男にフラれら腹いせにその親を殺させた一国の姫君。そうした狂人どもを斬って回っておった。長であるおじじは、妾にこう言った。【力及ばずとも、まずは一歩、歩み寄ること。助けるとは、まずそこからじゃ】とな。まぁなんというか、妾はそんなお人好しの殺し屋に育てられた影響か、こういう誰かが困っておる状況になると、まぁ手が出てしまう性分なんじゃよ、だから、戦わせてはくれんか?」


フアンが、首をかしげる。


「でもイェレミアスのときは、結構自分本意で動いてませんでした?」

「あのときは妾も余裕がなかった。異邦で人間がどう生きるか、それは利害一致での行動じゃ。出会ったあのときに妾が、【妾は善人じゃ】と言ったところで、誰が信じた?刀剣を持った瞽女【ごぜ】を前に、略奪を思わん人間の方が多いじゃろうて」


「僕らは……いえ、確かにあのときは信頼はなかったかもしれません」

「言葉というのは、何を言うかでなく、いつだれがそれを言うかなんじゃ、お主となんら関係のない人間の善性など、欠片も信頼はないじゃろ?」

「……でも、僕は信じています」

「ハッキリ言われると……なんじゃ、照れくさいの、やめぃ」


ヴァルヴァラは、リンデを見ていた。


「君に、戦う理由はあるのか?」

「……私は、まず第一に、ノイのためになることをしたい。私はノイに心を救ってもらった。恩を返す……これじゃ、ダメかな?仇とか育ちとか、今の私には無縁だし、じゃあヴァルトのように、自分のできることをキチンとやって社会に貢献できるって訳でもない。こんなフワフワな理由だけど、私は……」


ヴァルヴァラ、1つ書類に判子を押した。


「君のその感情は、尊敬、敬愛に類するものだろう。君はまず、沸き出る自分の感情に、少しずつ名前を当てはめて、ゆっくりと自我を構築するがいい。私の提唱した仮説も、結局希望的観測以下なのだから。私が言えたことではないが、君は君としてまず生きなさい」

「……では」


ヴァルヴァラは、リンデの歩兵としての登録証のようなものを机に置いた。


「リンデ・シュナイダー。兵士として、最善を尽くすことを期待する」

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