十一話 小動物
十一話 小動物
「とまぁそんなことがあってな。アンスガーはヴァーゴ・ピウスで確定というワケじゃ」
議席には、ナナミがイェレミアス帝国から持ち帰ったものが置かれている。資料や本、そして箱である。
「開けるぞ」
ポルトラーニンが箱にかかった枷を外して、ゆっくりと中を見る。そこには、衰弱死しかけの、丸みのある、毛玉のような小動物がいた。全身は黒く、ベストロの様相は確かに持っていた。ナナミが耳飾りの鈴を鳴らす。
「寝息を発しているようじゃが、ほぼ死にかけじゃ。あやつをの言葉を信じれば、飯を食わせたりせねばならんらしい」
ヴァルヴァラは、その様相から、思案した。
「おそらく、天使の方でも管理が難しいのだろう。絶命を皮切りにベストロらを呼び寄せるとなると、勝手に動かれても困る……だからこそ、低い健康状態で管理する必要がある、という訳か。当日、作戦開始と同時にこれを復活させる」
ナタリアが書類の束を片手に、ヴァルヴァラを見る。
「食事を摂らせても、十分に時間を経過しないと体調は回復しないわ。ベストロを呼び出せる仕組みは分からないけど、おそらく生体に基づいた現象のはず。全力で呼んでもらわないといけない。小型であることも考慮し配置完了までを逆算するべき、私が管理してもいいかしら?」
「では、ドミニに関してはナタリアに一任するが、全員、意見はないな?」
全員が了承する。次に、ナタリアが書類の束の内容を確認する。
「確認したところ、これは、どうやら外務省は、各大臣や家々の貴族の弱みを握っていたようです。外務省は確か、優秀な者を厳選しているはずです。弱みを握りつぶす変わりに、優秀な人員を独占……なんてことも可能だったのでしょう。その上で何か、政治的支配、なども可能だったはずです」
フアンが、書物に目線を向ける。
「外務省は、イェレミアス帝国に対して、想像以上に内政干渉を行っていた可能性大……ということですね。しかしヴァーゴ・ピウスという首領が突如消え去ったことで指揮系統は混乱、この書類の紛失はすぐに広まり始めるでしょう。ユリウスによって、あとは時間で国政は安泰するということですね」
リンデが、持ち帰ってきた本を見る。
「その本は?」
見る本は、本としての分厚さが顕著であった。リンデは、表紙を眺める。
【Geschichte des Reiches des Jeremias】―イェレミアス帝国史―
おもむろに開いてみると、中は年表や、人名、場所や戦争、戦いの勝因などが絵柄付きで書かれていた。文字の所々が二重線で強調されている。ポルトラーニンは少し笑う。
「ははっ、イェレミアスは確か、聖典教にくみする前は戦争によって国土を徐々に広げたという。殺し回ったと書くだけでそこまで分厚くする必要があるか?」
フアンが書籍を手に取り開く。そこには、単語の一文、あるいは二文字に、まばらではあるが
(大切なものを保管する場所に、そのようなものを?)
ナナミがフアンの後ろから、書籍を覗き見る。
「私は私で動くと、ヴァーゴ・ピウスは言うておった。何か重要なものはないか?」
「どうでしょう……」
「例えば暗号じゃ。あやつを味方と仮定して、何か情報を伝えようとしているなど」
「その場合、誰の手に渡っても良くないといけません。ヴァーゴ・ピウスの味方になるような情報が隠されている?」
「隠すか……文字の色が違う部分を照らし合わせる、あと夜修羅が経験したことのあるものだと、分厚い書籍で頁数が途切れ途切れになっていて、その途切れた頁の番号を特定の言語の音階に並べるなどがあった」
「そこまで仕込む時間が、果たしてあったでしょうか?それに、気付かれない可能性もある」
「もっと簡単な……そうじゃ、ノイに渡してみてはどうじゃ?」
「……それどういう意味です?」
「一番阿呆は何を考えるかと思うてな」
フアンは渋々ノイを連れてきて、その歴史書を渡す。
「えっと、暗号が隠されている可能性があって……」
「……えっ、私……が、なワケなくない?」
「それは、そうなんですが」
「言われるのも癪だなぁ……」
ノイは、とりあえず表紙を眺め、とりあえ見開きを観察してみる。
「ゴメンけど、見たり触ったり、分かりやすいのでもないと私分かんないからね?」
ポルトラーニンはノイの持つ本を取ると、懐から極めて短い刃物を取り出した。
「えっあ、ちょっと」
ポルトラーニンは表紙の裏、見開き分厚い箇所を観察し、刃物を入れて剥ぎ取った。
「なるほどな、万人がまず書物に対して行う行動。表紙を見て、とりあえず見開きを確認する……確かにどんな者でも気付く可能性はあるな」
ノイがただ困惑するのを、フアンが落ち着かせる。表紙の裏面から、同じような大きさの紙が、折り畳まれることなく中にあった。ポルトラーニンが、それを確認し、長机にそれを置いた。
「……書かれているのは、1000年以上前のイェレミアス帝国の経済状況。200年から300年までの期間を切り取った内容じゃ」
ヴァルヴァラが首をやや傾げる。
「そんなものが何を意味する?」
「分からん……じゃが数字を見る限り、ある一定の時期、突如として経済状況が回復しておる」
フアンは、ユリウスたちを思い出す。
「革命が起きた……とかでしょうか?」
ポルトラーニンが鼻で笑った。
「だとしても、分からんことは多い。第一、イェレミアスは聖典教にくみする以前は戦争により強引に領土を拡大していた。戦費はめっぽう増えるばかりじゃろうが、勝てるうちは国内は安泰のはず……ん?」
ポルトラーニンは、再度紙を確認した。
「……つまりこの紙きれは、イェレミアスの戦争経済が破綻した時期を表している?そのような歴史があると?」
「いや、むしろ、それこそがイェレミアス帝国の……ヴァーゴ・ピウスが隠していた、何らかの情報?」
「……外務省にこの情報をがあるのもおかしなことじゃ。こんな情報をばらまかれでもすれば、専制君主の制度に必要不可欠な、忠誠心は不足するじゃろう」
「いえ、僕らの情報では、既にそういったものは形骸化しています」
「形骸化してもなお、戒律や何らかの了戒などが機能しておるはずじゃ、しかしそれらすら破綻しかねんぞ。予想でしかないが、外務省に対する抵抗がイェレミアスで弱かった原因は、この情報を握られていたからではないか?そして、あるいはアドリエンヌこそ、イェレミアスの経済状況を悪化、あるいは回復させたのやもしれん」
ポルトラーニンが、歴史書を読み始め、また語り始めた。
「一定量の格差のある相手に戦争をふかっけ、略奪と開墾を繰り返す。そうして、戦争経済は成り立つ。しかし欠点がある、戦費確保と支配維持じゃ。兵士も武器も砦も何もかも、金がいる。採算が合わない戦争を行い続ければ、領土こそ広がれ、治安維持やどにも支障が現れ、奴隷とした異国の労働者階級は一挙に徒党を組んで革命を起こす……戦費、忠誠、何より民族としての団結力を強くするのにもっとも効果的なのは……はっ、なるほど、イェレミアス帝国は、その一環として聖典教にくみしたというワケか」
フアンがポルトラーニンの語りを聞き続けていた。
「……イェレミアス帝国における聖典教の役割は、そうした利益のための手段ということでしょうか?」
「かもしれん。あるいはワシがアドリエンヌの大臣などであれば、戦費を賄う変わりに布教活動の許しを取り付けよう。イェレミアスは、アドリエンヌの下にできる」
「……下に見ているのであれば、兵士はイェレミアス人になるのでは?」
「代理戦争に買われる異国の兵士というのは、結局生きることを最善とする。何らかの形で死を恐れない必要があるのが戦場、ゆえに自国民で賄うのも1つの手じゃ。これら全ての情報は、アドリエンヌからの内政干渉を助長することに繋がっているんじゃろうが……それがどうした?我々を仲間にする気があるのか?こやつは」
紙の裏面を見ると、文章が書かれていた。
【安らかなる眠りこそ、企みを露にする。海を越えた先、朧気なる言葉は、後天を嗣ぐ】
ポルトラーニンは、所々の二重線を眺める。
「ふむ、暗号じゃな。じゃが法則は見えん。二重線のある箇所をただ連ねただけでは、まったく意味を持たんの」
ナナミは、ミルワードへ行けというヴァーゴ・ピウスの発言を思い出す。
「海を越えた先というのは、あるいはミルワードを意味するのではないか?」
ナタリアが別の資料を一束にまとめ上げた。
「……天使の要求に応えようにも、まずはリヴァイアサンを討伐する必要ありね。一通り読んだけど、弱点とかの情報はなさそう。ぶっつけ本番、って感じね」
ヴァルヴァラは、手のひらいっぱいほどの判子押した。
「……これより、作戦準備段階に入る。各員、事前に指示のあった通りに動け。あのデカブツを、叩きのめす」
ノイは困惑したが、回りに合わせて返事をした。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




