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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第五章 冷土戦々 二幕

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十話 同業者

十話 同業者


「兄さん、これは?」

「……いいんじゃないかな。アマデア様は、優しい香りの花を好まれていらっしゃる」

「ずっとお父様といっしょなんだよねぇ、お姉さん」

「いいじゃないか。家族というのは、そういうものだ」

「……兄さんは私と、結構一緒だよね。れど、れう」

「レドゥビウス、まぁ少し言いにくいのは分かる。アイツは……本当に何をしているのか。いつも傷だらけだもんな」

「私も何かあったとき、えいってできるようになりたいな……」

「この前は、駆けつけられなくてすまない……あぁそうだ、人間が使っていものだが、武器をやろう。非力でも十分に使えるやつだ」

「へー」

「……許しては、くれないか?」

「……ありがと、兄さん!!」

涙を流しながら、椅子にもたれ掛かる男は1人、うっすらと目蓋を開ける。

「私は、いったい、間違えた……私は、ただ、あの頃に戻りたいだけだというのに……」


扉が優しく3度叩かれる。


「……入れ」


扉が開けられると、黒を基調とした給仕の女が入ってきた。


「アンスガー様、お夕食の準備が整いました」


アンスガーは部屋の窓を見る。外は暗く、雲すら見えなかった。


「……そうか、もうそんな時間か」

「お疲れでしょうか?」

「少々、仕事がかさばっていてな」

「……場内で小耳に挟みました。昨今、帰還兵制度による混乱に乗じて、正規の手段を取らずにイェレミアス人に帰化する兵士が度々発見され、帝国の議会でも問題視されているとか」

「……さすがに妄想が過ぎるだろう。第一、そんなことをする必要がどこにある?家族はどうするんだ?」

「……家族がいない者らが、犯行に及んでいるとすれば、話に整合性は付きます」

「アドリエンヌに未練がない、ということか」

「兵士の多くは男性でございますし、アドリエンヌにおいて兵士はよく死ぬので、あまり結婚の対象にはなたないとか」

「悲しい事実だ……では、つまり兵士たちはここで、幸せを知ったとでも?」

「幸せの定義は図り知れません。一晩抱いただけで、愛を知ったと勘違いするほどに、兵士は男としての人気が少ないという可能性も」

「君、兵士に対して口が過ぎるぞ」

「申し訳ありません。雑種に興味など毛頭ないので」

「君も生粋のイェレミアス人というワケか」

「選り好みをするので、どちらかといえば感性は貴族よりです」

「……まぁ良い。夕食だったな」


アンスガーは立ち上がると、部屋を出ようと扉を触る。


「随分とお部屋の換気がされておりません。お掃除などは如何でしょうか?」

「……いや、やめてくれ」


アンスガーは扉の前で立ち尽くした。手をそのまま振り返る、後ろには給仕の女が1人。


「……いや、やはりやっておいてくれないか。食事をしたら、すぐに寝る」

「就寝場所はどちらですか?」

「自室、つまりここだ」

「お相手は?」

「いない、それにいらん」

「かしこまりました、では掃除が完了次第、私もお休みさせていただきます」

「……では頼んだ」


部屋は閉じられ、光は1つとなかった。極めて薄く月光が雲を照らし、ほんの貸すかに部屋が、少し青く照らされている。


女は窓を開け、風を入れ、肺に空気をいっぱいに入れ、背伸びをする。薄く開いたその目は、やがて部屋中を見据え始めた。


(ここまで来るのに、結構時間がかかってしまった。外務省内からの郵便物は、何故か検閲される仕組みになっている以上、ユリウス様への報告ができない。早々に切り上げておくべきだったが、やはりどうしても調べる必要がある。前々からおかしいと感じていた。外務省だけ、妙なほどに人材を選りすぐっていた。イェレミアスの中で唯一、賄賂も女も効かない。あのフェリクスの人脈がなければ、潜入はできなかった。そしてそのフェリクスすら、外務省を疑い、そして外務省大臣であるアンスガー・フォン・バルヒェットを怪しんでいた。あの人物、おそらくユリウス様以上のクセ物。賭けに乗るには十分……)


窓を締める。鼻から息を吸った。


(香りに変化なし、特殊な装置や火薬の類いはなさそう。であれば、書類や小切手が怪しい。棚?いいや、どれほど疲労していようが、重要な情報は確認を即時に行いたいはず。あるとすれば作業用のこの長机。引き出し)


引き出しには簡易の鍵が施錠されている。


(……暗いけどやるしかないわね)


女は懐から細い鉄棒を2本取り出すとしゃがみ、少しずつ差し込んでは回転を繰り返し、解錠する。中の資料は、暗くて確認できない。


(……火をつけるべきか?いや、この暗がりで火を使えば、この部屋の外から見ても衛兵は変化に気付く。この時間帯はすでに官僚は仕事を追えている。であれば、確認はできないか)


引き出しの中に入っていた様々な資料や判別のつかない本を手に、立とうとする。上から、鈴の音と、布が擦れる音がした。ひょうしで上を向いた瞬間、上から糸を垂らして降りてきた人影に首を絞められると同時に、短剣が喉元に近付く。


(誰、何!?誰かいたの!?そんな、物音なんて1つもない、誰かに附けられた?いや、そんなはずは)


口を女の耳に擦り付けるようにして、極めて小さな声で、会話が始まった。


「……それを、渡せ」

「これは、この国の大切なものよ」

「どうせ同業者じゃろ?雇い主は……まぁさすがにいわんよなぁ」


その女からは、鈴の音が聞こえる。


「あんた、そのうるさいのやめなさい……死にたいの!?」

「お主ここまで来るの大変じゃったろ?ここは人間も設備も堅牢じゃ。妾も久方ぶりに手こずった。なぁ、渡さんのならこのまま物音をひっきりなしに出すぞ?お主は掃除の名目でここに残っておるようじゃ。それが、鍵開けして書類を強奪。お主はきっとまだ仕事があるじゃろうに、可哀想。ここでお主はお縄じゃ」

「……そうね」

「じゃがその情報を渡すと言えば、妾はできるだけ騒ぎを起こして退散しよう。お主はただの給仕で、襲われたと証言するだけでよい」

「……そっちに取って、どれだけこれが重要なんだか。保証もなしに、呑めるワケないわ。あなた、何者?」

「……未来の、味方じゃ」


首を絞められているのに対する抵抗をやめ、一気に締め上げられて女は気絶した。


(ヤケに、すんなりと。もうちっと張り合いがあると思うたんじゃが、まぁよい。確かに都合がよいのも確かじゃ)


女は息を強く吸い込んだ。


(獣臭さの1つもない。あのチッコいベストロ、どこにおるんじゃ?使用用途から考えるに、扱いは完全に消耗品の類い。そう遠くへは置いとらんはずじゃが。いや、聖典教内では確か動物を飼うことは禁止じゃったっけ。ひとまず状況を把握したい。妾えがあれば書類も片っ端からしらべられるのじゃが……いや、仮にアンスガーが件のヴァーゴ・ピウスとやらであればいくらでも)


外から足音が、扉に向かってくる。女は急いで書類などを懐に隠し、鉄棒など給仕の痕跡も回収して窓から外へ出る。窓枠の、部屋から見た死角で耳を澄ます。


勢い良く扉を開けられ、アンスガーが入ってきた。手元に大きな箱を持っている。給仕が倒れているのを発見し、しかし動かなかった。ゆっくりと扉をしめ、給仕に近寄る。手に持ったものをゆっくり長机におろして、蝋燭に火をつけた。


「……私の目算でしかないが、君、バックハウス家のナナミではないかね?」


ナナミは驚きはしたが、ただ窓枠にゆっくりとぶら下がっている。城壁の上の兵士は、松明を掲げて外ばかり見ている。


「……君、いや君たちには、これが必要なハズだ。ギムレーを守るには、あのクジラのような蛇を相手取る必要がある」


ナナミは、黙っていた。


「……1つ、頼まれてくれないか?」


手に持っていたものは、腕で抱えられる程度の、堅牢に閉ざされら鉄の棺。その周囲は花で包まれており、しかしナナミにはそれが異臭にうつった。


(花で隠しておるようじゃが、なんともまた獣臭いものじゃ)


アンスガーは、ため息を1つついた。


「……ミルワードへ向かってくれ。君たちにもっと協力したいところだが、私はこれがバレたらすぐに殺されるだろう。短く端的にいくぞ。鎖やツルを外して、眠りから覚ませ、肉でも野菜でも少量食事を取らせて消化を待て、呼びたい場所へ連れていき、コイツを殺害しろ。名はドミニ。アマデア様はそう呼んでいらっしゃる。聖典には記載されていない」


アンスガーは自身の黒い服装を捨て去り、白く薄い衣を着る。


「私は私で、動く。君たちもそうするといい。世界の謎は深まるばかりだ。私もまた、困惑している。もはや今、敵味方の区別など必要ない。私は、ただ家族のため、主たる父のため……最善を尽くすだけだ」


ヴァーゴ・ピウスは、窓から身を乗り出して飛び去っていった。


「ベストロか!?」

「トリだ、トリのベストロがいるぞ!!!」


その影に兵士たちの視線が釘付けになっている間に、ナナミは次々と窓に手を掛け、降りていき、陰に消えていった。

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