九話 イェレミアスの揺らぎ
九話 イェレミアスの揺らぎ
「……つまり、ヴァルトくんたちは、憲兵に紛れ、倉庫を爆破し、そちら側の憲兵を数人殺害していた、と?」
ユリウスは自分の書斎で、男と話をしている。その男は、非常に白い様相で、十字に輝く銀の首飾りをかけていた。
「はい、そのため、聖典教上層部、枢軸議会に判決により、彼らを死刑にせよと、我らはその任を任され、勝手ながらここバックハウス家に侵入させていただいた運びです」
「……まぁいいよ。殺人犯を招き入れていたっていうのは罪だし、何より教皇様の決めたこと。バックハウス家の屋敷、結構壊れちゃったけど……」
「今後とも、我々アドリエンヌの民とどうかご贔屓にという話でございます。バックハウス家で起こった出来事については、既に偽の情報を流させてもらっています。殺人犯に、妻であるマルティナ様を人質に取られていたという、情報が。法的に、大事になることはないでしょう」
「それはいい話だね。では、この件は、なかったように?」
「えぇ。つきましては、屋敷の修理代や業者の手配も我々が」
「それはご遠慮させていただきます。ご厚意に甘えたいところですが、すでに業者には連絡させてもらっていますので。何より、自力こそ、バックハウス家の得意とするところです」
「やはり、行動がお早いですね。バックハウス家は」
「親父から学ばせてもらいました」
男はユリウスの書斎から出ようとする。
「……そういえば、イェレミアスは何だか様変わりしているようですね。如何わしい店や、街道に並ぶ娼婦も減少しているようで、貧民街の解体作業や畑の開墾、銀行の設立、各種投資……住民の暮らしが、明らかに向上しているように見えます」
「きっと、皇帝陛下の采配あってのことじゃないですかね?それに、補給拠点であるイェレミアスが豊かになることは、そちらにとっても都合が良いでしょう?」
「雑談に付き合わせてしまい申し訳ありません。ではあなたにも……」
男は胸元の正しく十字の首飾りを優しく握る。
「十字の御光が在らんことを」
ユリウスの部屋から、男が出ていった。扉が閉まると、閉じていた目が開け放たれ、青色の瞳が覗く。
(……業者に装って刺客を送る気満々じゃないか。しかし、なぜ目を付けられた?僕がイェレミアスの実権を握っている可能性は、表に出ていない情報だぞ?)
ユリウスは頬杖をしてため息を漏らす。
(いったいどうなっているんだ、ヴァルトくんらが憲兵を殺害?そもそも彼らはしっかりと変装していたという話じゃなかったか?バレていたというのであれば、憲兵がヴァルトくんらをその時点で殺害するはず。第一、建物の劣化を利用した武器の奪取作戦、あれをどう殺人と結び付ける?何か証拠があったと?いや、あるいはそうやって枢軸議会が触れ回った?)
ユリウスは、書棚の鍵を開けて中から一冊分に纏められた資料の束を取り出す。
(いや、それよりもまずこの事案からだ。そろそろナハトの連中からも収穫があるといいけど……オルテンシアの諜報員からの報告が遅れている現在、頼れるのはナハトだけだ)
扉が軽快に数度叩かれる。声が聞こえた。
「……羊が一匹、入荷しました。毛は刈りますか?」
「……そのままでいただこう」
「では例の場所で」
ユリウスは、空き部屋に向かった。バックハウス家の前当主の自画像が飾られている。
(……親父、まだまだイェレミアスの平和は無理そうだ。あんたのその優しそうな丸い目、俺にあったらな)
書棚の本を押押し込むよ、暖炉が煤をはいた。中に開けられた、地下への階段を下りる。螺旋を降りていくと、次第に籠った声でわめく女性の声が聞こえ始めた。ここから出せと懇願しているように聞こえる。
降りきったその場所は、イェレミアスを転覆させるための作戦会議などで使用した部屋だった。床材と固定された椅子が1つ、置いてあり、その上には、たいそう艶かしい服装の女性が、厚化粧を崩して、縄を口に巻かれて、椅子と縄で縛り上げられていた。
「……っと、キタキタ」
男がユリウスに近寄る。
「羊の入荷、完了いたしました。当主さま」
「いいってそういうかしこまった感じ、本当に苦手なんだって……」
「我々を拾っていただいたご恩は忘れませんよ。嫁もたいそう喜んでおります」
「そりゃ何より」
ユリウスは男から短剣を受けとる。口の縄を切ると、すぐさま喉元にそれを近付ける。
「聞きたいこと、実は結構あるんですよ」
「……なんですの、唐突に、それにそこの男、見覚えがあるわ。あんた、ナハトイェーガーでしょ……何をやっているの!?あなたたちの仕事は、我ら貴きイェレミアス貴族を守るためにあるようなものじゃない!」
男が近寄る。
「……貴いと言われましてもねぇ。まて見覚え……そうか、あんたつまり密会にも参加してたんだな?」
ユリウスが男を見る。
「密会?」
「貴族間で行われる、愛人の交換会。その場でおっぱじめるのが慣わしの、ね」
「マルティナを外に出さなくて正解だったな。俺も貴族だったら、ああいう会にも参加しないといけなかったのかと思うと、俺に貴族は似合わねぇな、嫁が不憫でならねぇ。まぁ旨い酒は飲みてぇけど……」
女は必死に縄をほどこうともがく。
「じゃあ、尋問といきますか、ユリウスさん」
「その前に、彼女の名前を聞きたい」
女がユリウスを睨んだ。
「私を、知らない!?そんなことがあるか!」
「あぁ思い出しました。この前屋敷に戦いを仕掛けてボロボロに負けた……バルシュミーデ家、イルメラ夫人」
「イルメラ・フォン・バルシュミーテよ!フォンを付けろ、不敬な!」
「確かにフォンって貴族にしか付かない特別な名前だったっけ……でも、むかし貴くっても、今はどうだろうね?」
「なんですって!?」
「いま喉元に剣があるの忘れてない?まったく、血なんて成果でいついかなるときでも貴くなれるってのに……貴さってのは、ようは実績でしょ?過去の。僕の親父だって、金を大っ量に上納できるほどに稼いだから、成果として貴族に加わり、フォンを継いだんだ。あんたの家も、芸術関係で一時バズレール家と争ったほどの名家だった、だからフォンを継いでいる。言葉の意味だけ知ってても、意味合いを知らなきゃ、あんたの厚化粧みたく。存在価値は薄くボロボロになり果てる……本題だ」
「……何を聞こうったって、私に情報などない。私の家は貴族の中でも確かに上層だが、もう……若くはないから……」
「芸術家としての価値などこの国ではもう必要ない……それとこのところ、家全体で若い女性が不足している。悔しい、ですよね?」
「ふっ、これも性よ。この国ではそうなの。女の価値は、若さ、器用さ。寝台の上でどれだけ美しく舞えるか」
「あんたの家だけ、特別に税を免除してやってもいいし、良い男を紹介してやる」
「……はぁ?」
「だから教えるんだ。ジャン=ポール・バズレールと、あんたの家との関係を」
イルメラは、目を見開き、唾を飲んだ。その額には冷えた身体にしては汗があり、ユリウスは、それを見逃さなかった。
「……うちの情報網に、とんでもないのが引っ掛かったんですよ。ジャン=ポール・バズレール。バズレール家の長男にして、格別なほど芸術家としての才能を持った……今世紀もっともきしょくの悪い色男。噂は本当でした、食人の趣味、しかも女限定……食欲と性欲が繋がっていたようです」
「……それがどうだというのです?」
「私はそれを知ったときこう思ったのです。アドリンヌの人間とは、到底思えないと」
イルメラは、額の汗を増やした。
「……最近帝国内部で、徹底して戸籍を徹底して調査することにしたんです。イェレミアス人としての尊厳を最低限担保するためにね。帰還兵制度により、人の移動が一極集中しやすく、またイェレミアス人の性格上アドリンヌの兵士との子供も生まれやすい。故に戸籍情報などいくらでも煩雑に管理されてしまう」
「……それで、何がどうして」
「あなたの家……バズレール家と一度婚姻を結んでいますね?」
「……」
「帳簿もすべて漁らせてもらいました。そしてあなたの家も、です。情報がどんどん出てくる、吐き気がするほどに」
「……」
「私の知り合いも、ジャン=ポールの被害を被った。だから、これはその復讐でもあると思ってください。食人の血を同じくもつあなた方の家系に、この国で生活する資格などない」
「待って、何を。情報を引き出すためなんでしょ!?」
ユリウスは短剣をその女性の太ももに刺した。
「あああああ!!」
「男に刺されるのはいつものことじゃないか」
「……私を殺して、どうするというの!」
「いや、これはただの序曲さ。もっとも楽しい音楽のね」
「何を、知りたいの……」
「ジャン=ポールは、バルシュミーテ家とバズレール家、両家の御人が無事結ばれることで誕生した怪物だ。だが……結ばれたその直後、君の家は多額の借金をすぐに返済した」
「あの家から支援金を頂いたからですけれども」
「バズレール家の金の動きからして、そんなことは一切していない」
「あなた、まさか勝手にバズレール家のことを調べたの!?」
「あぁ、でもこれ、外務省がよくやる手口だよ。やり返しただけさ。でね?」
ユリウスが短剣を太ももから引き抜いた。
「……これは推察なんだけどさ、君らの受け取った金、たぶんイェレミアスから出てるよね?」
「……」
「だから思ったんだ、これは結婚を利用したイェレミアスによるアドリエンヌに対しての諜報活動だって」
「何を根拠に」
「根拠がないから、君から情報を搾りだす。君から出なかったら、もう数少ない君の子らから。傷物はさ、意外と人気ないよ?」
「家を、人質にというわけね」
「そそっ」
「……ねぇ、今のイェレミアスを牛耳ってるの、あなたね?」
「さぁ」
「誰だって、ナハトがここにいるなら嗅覚が働くわ」
「犬じゃあるまい」
「私は強者に腰を振る女よ。分かったうえで私にナハトを見せたでしょ」
「さぁ」
「……いいわ、でも教えられるものには限度がある。なぜか?私たちは、指示を完遂していないから。何も情報は持っていない、教えられることは一つ」
「……」
「あの家には何かがあって、それはあらゆる勢力が狙っていた。最終的にジャン=ポールはそれをみつける前に趣味に走り、ヤツからの連絡が途絶えた直後、あの家は燃えた。そもそも、バズレール家の本当の家は隠されていたのよ。だから、交流があったうちから婚約相手を辿って、その本拠地を見つける算段だったのでしょうけど……考えるに、バズレール家を燃やしたのはイェレミアス側ではないわ」
「その誰かって?」
「イェレミアスは犯し脅かす種族よ、この西陸で最後に残った、イェレミアスが奪える国土があるとすれば」
「……アドリエンヌ。まさか、バズレール家をもやしたのは」
「聖典教はバズレール家をかぎつけた。そしてありえる話だけど、ジャン=ポールもそこに関与してる。私が話せるのはここまでよ」




