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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第五章 冷土戦々 二幕

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七話 記憶と人格

七話 記憶と人格


ノイとジークリンデは、ノンナと一緒にとある建物に入ったいった、隣には小川が流れており、手すりなどが設置されている。脱衣場で装備などを奥とさらに内側の扉を開ける。大量の蒸気でノイは蒸せてしまった。


「……なっ、なにこえ」

「入って入って~、今なら独占だよぉ~」


ノンナに押されるようにして中に入ると、中は暑さがこもっている。


「……あったかい?」

「蒸し風呂、かしら?」


ジークリンデでノイの手を握り、敷物がある場所に腰をかけた。ノンナは室内にある焼石に水をまくと、温度が上昇する。


「うん、これくらい……かな」


暖炉のそばでにある鍋の水を容器に入れると、ノイとジークリンデにかけていく。


「冷たくなかった?」


ジークリンデは、鳥肌は1つも立っていない。


「なんていうか、ぬるい?」

「よかった。普通は冷たい水なんだけど、人だと冷たすぎるかなぁって思って、ちょっと温めておいたんだ」

「ありがとう、ノンナちゃん」

「……ねぇ、本当にお姉さん、あのヴァルトさんなの?」

「そうらしいね……実感ないけど」


ノイは、ジークリンデに寄りかかる。


「どうしたの……?」

「あぁ、えっと……改めて宜しく、ジークリンデ」

「……オフェロス、私の父親からの提案なんだけどさ、リンデって呼ばない?長いし」

「じゃ、リンデ」

「うん、それがいい。ノンナちゃんも、それで宜しく」


ノンナは気付けば、大きな葉っぱを持っていた。


「分かったよリンデ姉さん、じゃあ後ろ向いて、叩くから」

「叩くかって言われて、後ろ向く奴はいないんじゃ……?」


ノイが首ふりで相づちをすると、ノンナは頬を膨らませた。


「そういうものだよ、バーニャは!」

「バーニャ?」

「ギムレー伝統の蒸し風呂!!」


ノンナの持つ葉っぱの束のハタキが構えられる。


「絶対痛いじゃん……」

「ほんのちょっとだって、こうバチンって!」

「バチンで痛くない方が珍しくない……?」


両者背中をノンナに向けて、葉っぱにしばかれる。


「いっ……!」


リンデが声を出すと同時に、胸が揺れてふわりと上がった。


「リンデの姉さん、おっきいよね」

「そ、そうなの……?」

「うん、お母さんのよりおっきい」


ノイが自分の胸がほぼ平であることを、触って確認した。


「……はぁ、ぜんっぜんないや私」


ノンナがノイの頭を葉っぱで撫でられる。


「大丈夫だって!」

「育つって信じてたんだけどなぁ……」


リンデは、ノイの身体にある傷跡に目がいった。


「本当、よく頑張ってたんだね、ノイは。あぁでも、お腹周りキレイだね」

「……そりゃ、避けてたし」

「……?」

「お腹壊れたら、赤ちゃんがさ、ほら……ね?」


ノイの言葉を受けてリンデは、自身の頭部を強めに殴る。


「こんな子放置して、あんたはどこいってんだか……」

「……へへ、なんかありがと。私には、ヴァルトを責めることなんて出来ないや」


ノイの下半身にも複数の傷跡が確認される。しかし、下半身が潰れたというには、その箇所は綺麗に治っていた。しかし、所々の傷跡は残っている。


「ノイ、下半身が潰れたっていうけど、今普通に動けるんだよね?」

「……そうなの、それがよく分からなくて」


ノンナが立ち上がって、蒸し風呂の温度を少々上げる。


「本当に、再生に近いってことなのかな。でも再生だとするなら、傷跡を残すこともないはず、やっぱりヴァルト兄さんのやったことは、創造でも再生でもない、復元に近いものなのかな」

「……でもヴァルト、雷が撃てたんだよ」


ジークリンデのなかに、シレーヌを討伐したときの瞬間が現れた。


「……シレーヌ、オルテンシア、第三次デボンダーデのこと?」

「それだけじゃないよ、部品を1から作るとき、足りない素材を自分で、こう……作るとも違うの」

「顕現、って言えば良い感じ?」

「分かんないや……でも、ヴァルトが考えてた以上に、あの力は何だってできるんだと思う。でも、雷撃ったり……あと、モノを作り出すときはひどく消耗するの」

「消耗……まって、でも彼の身体でいま、私が生きている。まぁ仮定の話だけど……消耗力の代償というなら、身体がごと消滅しているんじゃない?私やオフェロスが存在していることがおかしいわ。大波を砕き、山を溶かしたって言われてるあの炎の剣は、何を代償に発動したの?」

「……分かんない」


ノンナが、リンデを見つめていた。


「……人格、とか?」

「えぇ?」


ノイがノンナと目を合わせる。


「人格を、使ったとか?」


リンデが立ち上がり、髪の毛や身体の汗や老廃物を、室内のぬるい水で流す。


「人格って……物を作り出すだけで消耗が激しい力よ。あの威力の攻撃を使って、人格の消耗だけで足りるっていうの?」


ノンナは顎に手を当てて考える。ノンナとノイに水をかけて綺麗にしていく。


「そもそも、人格っていうのは、そういう代償として良いものなのかな……?」

「ノンナちゃん、それどういうこと?」

「火を起こすのに必要なのは、燃えてる状態の物と、燃えやすいものの2つが必要なの。この暖炉でいうと、火打石を弾いて起こした火種と、薪だったり石炭。ヴァルト兄さんが仮に人格を消耗した場合、それは燃料として正しいものなのかなって。その力そのものを火打石としても、燃料として人格は消耗可能なのか……」


ノイがリンデを見る。

「……ねぇ、ヴァルトはリンデの中にいるんだよね?言ってたよね?」

「あぁ、私は人格を消耗したとは思えない」


リンデは脚を組んで、少し下を向く。


「そもそも、人格と記憶では違いがあるはずなの。記憶っていうのはそのまま、過去の経験・学んだ言葉だったり作った物だったりの、1つ1つ単一のもの。対して人格っていうのは、そういうのを積み重なった結果生じる生き様、身体に刻まれた人生の道筋とか、歩き方じゃないかな。記憶が少し失われたからって、人格が全部なくなる訳じゃない。話に聞けば、ノンナの母さんヴァルヴァラは、記憶を失っても夫であるドナートさんに、改めて求婚されたそうじゃない?私自身、ノイやフアンさんとはもっと仲良くしたいと思えている。記憶になくとも、確かにそこに存在しているの。心とか魂ってやつに、人格は似てると思う」

「……じゃあ、やっぱりヴァルトは」

「私の中の仮説は2つ。1つは、オフェロスのように別個の人格が宿っていて、何らかの休眠状態にあること。もう1つは話している通り、私に記憶を戻すことでのヴァルトへの回帰が可能になること」

「……ヴァルトとリンデ、どっもいれたらいいのにな」


ノンナがノイにくっつく。柔らかく湿った毛がノイを包む。ノイがノンナの頭を撫でると、リンデはノイの頭をなで始める。


「えぇ?」

「気が楽になってる今のうちに、できるだけ気分よく過ごして欲しいからね。あんたは私の恩人でもあるし」

「……ありがと」


身体を石鹸、髪は油などの混ぜ物で洗い、再度も水で流し、十分に温まったことに着替えて外に出た。


「うわぁ、涼しい」

「お姉さんたち、それ今のうちだけだから。ささっと部屋戻って暖炉の前にいくよ!!」


小走りで外に出て急いで室内に入る。ノイが寝ていた部屋の暖炉のは燃えていた。3人で座り、暖を取る。ノイは自分の荷物から小瓶を取り出すと、中の半透明な液体を顔と手に塗る。


「二人とも、保湿する?」


ノンナとリンデは手に硬貨一枚ほどの大きさで液体を受け取り塗っていく。さらにノイは香油を取り出して、髪につけていく。花の香りがうっすらと立ち込めた。


「それ何?」

「ヴァルトが作ってくれてた、髪の毛のゴワゴワを治す油だよ」

「お姉さん専用じゃん!!」

「……作り方、分かんないけどね」


リンデの脳裏に、制作方法が浮かんだ。


「砂糖、植物の油、花の香りは、油に花を漬け込んで移す」

「……何?」

「私それ、作り方分かる」


ノイは、目を見開いた。


「……ナーセナルに戻ったら、補充できる。だから、惜しまず……あぁ、っていう訳にもいかないよね。ヴァルトが作ることに、意味あるよね、ごめん、変なこといっちゃって」


ノイは、塗れた髪のままリンデに寄りかかる。ちょうど肩に乗ったノイの顔は、保湿剤でしっとりとしていた。ノンナもリンデに寄りかかる。


(重い……けど、嫌じゃないな)


3人で綺麗に並んで、髪や毛が乾いてきた時間、部屋の扉が叩かれた。その音はどこか優しい。ノンナが扉を開けると、フアンがいた。


「……あの」

「フアン兄さん!」


扉が開け放たれ、ノイとフアンは目があった。


「ノイ、おはようございます」

「……ごめんね、迷惑かけちゃって」

「えっと、その……謝るべきは、僕なんです」

「……えぇ?」

「僕……ノイと、ジークリンデさんに、謝らないといけないんです」


片膝を折り畳んで、しゃがみこむようにしれ頭を下げた。


「ノイ、僕があなたの気持ちを計り知れなかった。だから、何て声をかけたらよ良いか分からなくて……部屋に行くこともなくて、避けるように行動していました。友人として、これ以上ないほどの無礼な行動をしました……ごめんなさい」


ノイは、ただ言葉を受け止めていた。フアンはジークリンデに姿勢を向ける。


「ジークリンデさん……先ほどノイと交わした会話を記録し、我々は報告を受けました。身勝手に情報を集めたうえで申し上げます、僕は、あなたをちゃんとあなたとして、もっと真剣に向き合うべきでした……申し訳ありません」


ノイはフアンに近寄って、肩を叩く。フアンが頭をあげると、目線を合わせた。


「……私が言った言葉も、記録してるの?」

「……はい、一言一句全て」

「……良かったらさ、読ませてくれない?」

フアンは、手元にあった書類を1つ渡す。走り書きのアドリエンヌの言葉で、句読点でいっぱいの、百や2百は超える単語で綴られたノイの言葉は全てヴァルトにむけられており、彼女がどれほど彼を愛していたかどうかが、読むたびに心身に染み渡っていく。ノイは、涙を流しながら、手紙を抱き締めた。


「こんなに気持ちがあったのに、私ヴァルトに何もできてなかった……あぁ、きっとヴァルト、私のことなんか……あっ」


ノイは思い出した、ヴァルトの部屋からナタリアが出てきた瞬間を。


「……ナタリア、ナタリアはどこ?」


ノイは部屋を飛び出していった。会議室や居間を捜索するも見つけられず、ついに彼女の寝室にやってきた。玄関前に置かれた壺には棒など1つもない。ただ、中から溜め息が聞こえた。


ノイは扉を叩く。


「どうぞ」


ノイは部屋に入ると、ナタリアは驚いていた。机にある書類は少なく、やけに部屋のなかの寝台が荒れている。2つや3つの寝台が重ねられた、どんな寝相でもおちることはなさそうなもの。書棚には様々な生体の記録が並べられている。暖炉には火が着いていた。


「……動けるようになったんだ、良かったじゃん」

「リンデを動かしたのって、ナタリア?」

「さぁ、なんのことかしら」

「リンデだった。ヴァルトじゃなかった……私に、そうまでして動いてほしかったの?」

「……なんの話をしてるのやら」

「ねぇ、ヴァルトの部屋から出てきたとき、何してたの?」


声は、決して問い詰める声色ではなかった。


「……何で、あそこにいたの?」


ナタリアは立ち上がると、机の引き出しを開けて袋を取り出す。歩き始めて、暖炉の前に立って、それを捨てた。


「なに、してるの?」

「これ、男からの贈り物なの。なんだと思う?」

「……食べ物、あぁ、傷んでたとか?」

「……ソイツの嫁だった女の耳よ」

「……えぇ?」

「俺にはもう家族はいなくなった。だから俺の傍にいてくれって……あのクソ野郎、ご丁寧に死亡確認のために、自分の嫁の耳を渡してきたの。私、誰かのモノになるなんてまっぴらごめんだってのに」

「なんで、そんな」

「ノイちゃん、男っていうのはね、いや女もそうなの。どこまでいっても、ゴミはちゃんとゴミなの。良い男っていうのは、良い女と一緒にいるべき、そう思わない?」

「……あの、えっと」

「私ね、生きててたった一度だけ、そうたった一度だけ、恋におちたことがあるの。とても惨めで覇気なんて1つもないヒョロガリの羊の亜人……近所に住んでたの。話しかける話題も重い浮かばなくて、私は必死に綺麗になって、話しかけられるのを待ってたわ。でも、その子も段々と大人になっていって……好きな人ができて、料理でその女に寄っていって、兵士になって成果を上げて、お金が貯まったころに結婚をしたそうよ……」

「……詳しい、ね」

「当たり前じゃない、その結婚相手、私の友達だもの」

「……えぇ?」

「ヴァルヴァラよヴァルヴァラ、ヴァルヴァラ・ダンチェンコ。あの子、隙あらば惚気話しするんだもの。子供が可愛いのなんのとか、ドナートの飯が旨いのなんのとか……友達でいたいわよ、私綺麗だったから近所の女子に軽く虐められてたし、でもヴァルヴァラとダンチェンコの血筋が脅しをかけてくれて、それがなくなったの。男に産まれてたらなって考えたこともあったわ……」

「ナタリアさん……」

「存外、自分から行動した方がどうやら夢は叶うらしいの。慎ましやか?清楚?純心無垢?走らなければ獲物に逃げられるのと同じ、恋愛っていうのは狩りと同義よ。あなたを見ていると……昔の私を思い出すの……ごめんねノイちゃん、いたずらなんかいっぱい仕掛けて。ヴァルトくんに迫ろうとしたのも、あの日偶然を装って目の前で部屋から出て見せたのも、あなたに焦って欲しかったからよ……」

「……じゃあ、部屋にいたのは、イタズラのため?」

「まぁあの時間に本人がいないだなって思わなかったけどね。普通、捕虜同然の扱い受けた直後、研究室で寝泊まりする?根っからの工作坊やだったのね。それに、私の胸も脚も、お尻にだって目を向けることはなかった。女として随分と傷付けられたわよ」

「そう、だったんだ」


ノイは、ある噂を思い出した。


「……ねぇ、ナタリアさんって、その……いっぱいの男性と知り合いなんだよね?」

「知り合……ふふっ、まぁそうね。いいわよ、そんな包んだ言い方しなくっても。不貞な奴だって、分かってるんでしょ?」

「なんで?だって、なんていうか……こう」

「……ドナートはね、一度記憶を失ってるの」

「うん、知ってる」

「……記憶を失う前、私ね、一言も彼に話しかけたこともなかった。ずっと待っているだけだったの、彼が結婚してからもずっと、どこか機会はないかって、ずっとずっと、伺ってたの……」


ナタリアは自身の机に腰をかける。広がる尻の接地面積の大きさは計り知れなかった。


「……私、彼が記憶喪失になって聞いたとき……嬉しかった」

「……えぇ?」

「驚きでしょ?好きな人が記憶喪失になるような負傷をしたっていう情報が、私の中で、希望に見えてしまったの。あぁ、ひょっとしたら転機が訪れたって、そのとき一瞬、本当に心の底から喜んだの……でも、でも……ヴァルヴァラは泣いてたの。心の底から泣いてた、でも泣いてたのは記憶を失ったからじゃなかったの……ヴァルヴァラはね、彼が生きてることを喜んで泣いていたの。あれは絶対そうだった……ヴァルヴァラも、いまのドナートも、私のことを友達として思ってくれている。私はそんな自分とはまったく違う他人からの評価が嫌いになった。自分を虐めたくて仕方がなかったの。だから……男を漁るようにした。自分を限界まで、存在としても、メスよしても嫌うために。不倫相手、都合が良い相手、そう言われる日々が、私にとっては居心地がいいの。本当の私を評価してくれてるみたいでね。私の自己否定は、自己実現でしかなくなったわ。ノイちゃん……私みたいにならないでね。好きな人を好きなだけ思って、綺麗なままで生きてね?おちるのは簡単だから、もういい、ほっといてなんて言わないでね?」

「……でも、でも。私、ヴァルトのこと」

「大丈夫、どれだけあなたに自信がなかろうと、彼が君を愛していたのは、私としては確かよ」

「……なんで?」

「あなたが瓦礫で潰れたとき、私は彼を見たわ。あり得ないほどに血相を変えて、指が折れるほどに瓦礫を掴んで、喉が潰れそうなほどにさけんでいたの。記憶にあるかしら?」

「……叫んでるなって、思ってた」

「……そう、ね。実感ないか」

「えぇっ?」

「そうね、実感がやっぱり欲しいわよね……」


ナタリアは、ノイが貰った贈り物を思い出していた。


「……記憶にある中で、ヴァルトが君を愛していたことを証明すれば、あなた、もっと立ち直れるかしら?」

「えっ、どういう、こと?」

「……お互いお子ちゃまね。私はそういうの憧れるけど」

「えっ?」

「さっきからえっしか言ってないじゃない。頭を使いなさいよもっと……そうね、答えを教えるだけじゃつまらないわ、英雄の妻に相応しい素養を身につけるために、ここで問題を出しましょう。鍵となる言葉は1つ……青菜」

「あおな?」

「……じゃ、頑張ってね」


ノイは部屋を出る。天井を見つめながら、ぼーっと歩く。


(ヴァルトが、私のこと、好きだった?そんな訳、なくない?)


頭の中で、悪い考えがぐるぐると侵食し始めるも。頬を叩いて意識を保つ。


(……でも、ナタリアさんが私を応援してくれてたのは確か。ナタリアから見て一瞬で分かるってことだったのかな。ヴァルトとナタリアの接点……あおな、あおなっt3何?ご飯の話?それだったら、ドナートさんに聞けばいいのかな?)


ノイは調理場へ向かおうとする。すると、ナナミがいた。


「あぁすまんノイ。食堂や調理場へ近寄るのはよした方がええ」

「なんで?」

「人が嫌いな連中が、気を立てておる。いまフアンに合間を取りはかってもらっておっての。朝起きてから今日この昼過ぎまで、まだ食事を取っておらんのじゃ」


ノイのお腹が鳴る。


「……おや、腹が減るということは、随分とマシになってきておるな……すまん、妾も、なんて声をかけてやれば良いか分からんくての。会わない方が、余計なこと言わずに済むと思うて、避けておった……」


ナナミは頭を下げる。


「……すまんかった」

「えぇ、いいっていいって……私が原因なんだし。あぁ、そうそう」


かなり強引に掴んで頭を上げさせる。


「いたい、いた、いたた。ん、なんじゃ」

「あおな、って何?」【Que sont les légumes verts ?】

「日輪の人間にお主の母国語の質問とは……ん~確かその言葉、あぁなんじゃったかのぉ」


フアンが料理を持って、廊下を歩いてきた。


「ノイ、あなたの分も持ってきましたよ」

「フアン、青菜って何?」

「青菜?えっと、それがどうかしたんですか?」

「何かって、知りたい」

「濃い緑色をした、葉野菜の総称ですね。光をよく浴びないと育たないので、気候が安定した西陸なんかでは、芋や根菜に続いてよく収穫されています。食べると元気になれますね」

「そう、なんだ」

「どうかなさいましたか?」


フアンの持つ料理は、根菜が多く使われていた。


「……それ」

「これは、魚と根菜の煮物です。緊急時によく出される品物だそうで、安価で美味なんだとか」


ノイは、目を見開いていた。ノイは気がつくと、歩を進めていた。頭巾を被って外へ出る。通りで復興を手伝っている者らの視線がいくつかあり、服装から人間であることは把握されているようだった。


通りの先で、瓦礫のなか、佇んでいたお店があった。辺りに人影が多数あり、それらは物々交換によって魚を野菜と交換していた。店主が声をあげる。


「金が吹っ飛んじまったやつは、物々交換でも受けるぞ!!今は少しでも復興を早めるんだ!!だが俺だってタダで働く訳にもいかない!!安くしてはあるが、理解してくれ!!」


店主の傍から手が伸びて、凍った肉の塊を盗む子供がいた。店主はそれに気付き、しかし、店を離れる訳にもいかなった。子供が走っていく


「……くっそ、誰かあいつを!!」


ノイが子供を抱き締めるようにして捕まえる。ノイは、炭鉱で働いたお金を取り出すと、店主のところへ向かう。店主にお金を渡す。


「これで、足りる?」

「あんた、そんな大量に金を持つな。狙われるぞ」

「大丈夫、誰が来たって倒せるから」

「あと、ああいうガキには施すんじゃない。次またあったら、付け狙われるぞ」

「子供が生きてるって、良いことじゃない?」

「……何かあった口だな、その感じは」

「……うん」

「今日は連れの男、いねぇのか?」

「えっ?」

「値段交渉もなしに気前よく買っていった奴だ。どんなアホでも覚えるさ」

「えっと」

「そういう、ことか」

「なんか、えっと」


店主は、在庫のなかから青野菜を引っ張り出して、箱に入れる。芽のような青野菜の大小、茎のような青野菜、白い人参、芋類が詰められた。店主は小声で、耳元で囁いた。


「お前、人間なんだろ?連れもたぶんそうだったんだろ?人間が1人死んだっていうじゃねぇか……なぁ、お前の男なんだろ?」


肩を叩いて、箱を渡されたノイは少し涙を流した。


「あのガキを殴らなかった礼だ」

「……なんで、私、ヴァルトの傍にいただけで」

「何言ってやがる。アイツ、ここき来て一言……食って元気になる奴を箱に詰めてくれって言いやがったんだぞ?お前さん、仕事終わりかなんかで、蒸し風呂にも言ってねぇからか汚れてたじゃねぇか。あの男、たぶんそれ気遣ってやったんだろ」

「……えぇ?」

「箱に詰めるときも、俺はあくまで善意で、安くて旨いのを詰めようとしたんだが……青菜も入れろって言われたんだ。この街でこの冬、青菜の収穫なんてまったくないに等しいから、いくら元気になるからっても、値段が高過ぎて売れ残ってたくらいの代物。それをあの男は大量に買っていったんだぞ」


ノイは、涙の量が増え始める。


「コイツは、俺の長年生きた経験則でしかねぇんだが……お前の男はお前のことをよく考えてたと思うぜ。お前さんらくらいの年頃の俺も、なんつうか直接は恥ずかしくて、どうしても遠回りしねぇといけねぇことがたくさんあった」


ノイは露天の真正面で雪道のなか震えるように座り込んだ。一滴一滴、涙は箱の中の野菜に積もった雪を溶かす。


「お前さん、愛されてたんだな、あの男に」


鼻をすすったノイは、声を抑えながら、その場を後にする。店主の露天には、いつの間にかお金が置かれていた。


「……ったく、大人ぶるんじゃねぇよ。ガキはガキはらしく、ずっと鼻水垂らして笑ってりゃ良いんだってのに」


店主は空を見る。曇り空。


「見えてんのかねぇ、聖典教が信じる、至天の楽園っつうとこから、神ってのがよぉ……正気じゃねぇよ、こんなの座して観て、いったい何考えてやがるってんだ……」

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