五話 違いを見つけて
五話 違いを見つけて
ナナミは、頭巾を被ることなく建物のなかを歩いていた。兵士の1人が前から歩いてくる。
「あんた!」
「ん、なんじゃ。兵士か?」
ナナミは耳飾りの鈴を鳴らした。
「これ、食ってくれ。支給された糧食なんだが、余っててよ」
「今、余るものか?それなら子供んらにでも……」
ナナミは半ば強引にそれを渡された。極端に硬い焼き菓子の類いであることが香りで分かる。ナナミは、兵士の足音が消えたのを確認すると、香り高いそれを、さらに注意深く、仰ぐように嗅ぐ。
(……完全にカビておるな、食べ物には申し訳ないが、諦めて棄てるかの)
進行方向には、廊下に敷設された暖炉がある。
「なるほど、まともに廊下が歩けるのはそういう仕組みなんじゃな。ちょうど良い、供養するかの」
暖炉に投げ入れ、頭の前で手を静かに叩くように合わせる。進行してきた方向とは逆方向から、舌打ちが聞こえた。
(……わざと、か)
ナナミは歩き、宿舎を抜けて食堂へ入った。石材を基準に木材で枠組みがされている部屋で、奥では調理器具を振り回すかのように、勢い良く料理人たちが調理していた。
(腹が減ってとりあえず来てはみたが、あの調子じゃと……ひょっとして面倒事になるか?)
ナナミから聞こえて左方向から、勢い良く席を立つ者が1人。大きな身体を持つ牛の獣人が歩いてくる。威嚇するような低い唸りを挙げ、また一歩、ナナミに寄った。
「おい、てめぇ人間だろ?」
「あぁ、そうじゃが」
牛の獣人は、拳を大きく振り払う。ナナミは姿勢を低くして一方引くと鈴を鳴らし、付近で食事を途中でやめてそれを見物していた兵士から包丁のような食器を取り上げて構える。
「……おい、失せろ人間。てめぇらが持ち込んだ面倒事のせいで、何人死んだ思ってるんだ。俺がこの手で担いで埋葬した数だけで、村が一個はできるんだぞ……?」
「……そうか」
「そうかじゃねぇんだよクソアマ野郎が!あの球凰【キュイファン】野郎どもだってそうだ!てめぇらがここに来なきゃあのシュエンウーとかいう怪物も、ベストロも全部いるはずがねぇだろ!どうせお前ら人間が、俺たちを殺すために差し向けたんだろうが!!」
「いや、さすがに知らぬ。ザションは何度かあったが、まともにあのベストロとかいうのと戦ったのは初めてじゃ」
「違ぇってか!?ならなんでお前らが来た途端にこの有り様なんだよ!俺たちがいまままで戦ってきたのは、ザションだけだった。それに、物量だって今までの比じゃなかった!!」
「お主、一旦落ち着かんか。なんというか、お主らがこう、色々と不幸な存在だというのは、妾の住んでた日輪でも伝わっておる。じゃが、ザションもベストロも日輪とは何の関係もない。矛先は、少なくとも日輪の民である妾などではないじゃろうて」
「さっさと出てけぇ人間風情が!!」
「じゃから、妾に怒ることではないじゃろ。怒ったところで」
言い合いになっている所に、フアンが入り込んだ。
「あの、すみません」
「てめぇ……あぁ、コイツらと入ってきた奴なんだろ!?」
フアンの肩を、牛の獣人が掴んで激しく揺らした。
「なぁ、おいどうした、なんで人間の味方してんだよ。てめぇだって、散々聞かされてるはずだろ!?散々惨めなめにあってるハズだろ!?いったいどうしちまったんだ、目を覚ませって!!あれか、誰か家族が人質にされてんのか!?」
激しく唾液を飛ばす牛の獣人だが、その声は怒鳴るというには優し過ぎていて、どこか泣いていた。
「……分かります、皆さんの気持ちは。怒りの矛先が分からず、混乱する気持ちが。悪くない自分に対して、決して世界が優しくないことに対する怒り、悲しみ、虚ろか気持ち。亜人や獣人が追いやられてきた歴史に、僕自身泣いて震えることもありました。でも、皆さんのなかに優しい人はいるように、彼ら人類にも、優しい人がいることを僕は知っています。お互い傷つけないための手段として、僕はまず話すことを心がけています」
「おい、お前やっぱおかしいぞ!」
「おかしくなどありません。皆さん亜人や、獣人の気持ちと、彼ら人類の気持ちは同じなんです。優しい心を持ち、見ず知らずの人間を助けることもあり、平和を望む人々もいるんです!!」
「だからお前は……なんで同じなんだよ!!」
「貴方はいったい何に怒っているのですか……!?」
「くっそ、いいか!?」
フアンはわしづかみにされる。
「いいか、よく見ろ!」
フアンは食事場を一周、ぐるり見渡すように身体を回転させられる。視界に移るのは全員亜人や獣人であった。馬、羊、狼、猫、犬、牛など、様々な亜人や獣人がいる。
「……全員、同じか?」
「……何を」
「いいか、俺たちはな。ずっとヒトくくりにされてきてんだ。亜人・獣人、たったこの2つの言葉に、俺たちの多種多様な外見が、内面がヒトくくりにされて、同じように卑下され、罵倒され、虐げられてきた。いいか、言葉に染まるな?俺たちはいっしじゃない、ひとりひとり、見渡す限り形の違う俺たちは全て別の人種なんだ。ギムレーは亜人・獣人の国じゃない。ここは、多民族国家なんだよ!」
フアンは、何か全身から力が抜けるようになった。
「なぁいいかフアンさんよ。教えられたことはないか?俺たちはな、元はまったく違う人種だったってよ。でも人類がたった2つの人種に俺たちを当てはめ、虐げた。俺たちの先祖は、全然違う人種同士一つに団結して、たった2つの人種という個性を、これを最後の尊厳として生きていた。俺たちは今、違う人種であるという認識のもと、それでも生きるために、互いを尊重して生きることに決めたんだ!!もう1つ言うぞ、俺がなんで人間だの人類だのってヒトくくりにしてる理由だ。いいか?良く聞け、俺たちは多民族だ。角、牙、鼻、耳、毛並み、何が得手不得手か、生まれた瞬間から、全っ部違う!!全部違うのにまとまって、国を立ててなんとか団結してるんだ!!あのな!?俺たちがこんなに違いを持ってそれでも団結してるってのに、人類が団結してねぇなんて、誰が思い当たんだよって話だよ!!」
「……え、えぇ?」
「お前知ってるか、いや見たことあんじゃねぇか!?俺たち亜人・獣人に比べりゃな、人類なんてほぼ3種類しか人種ねぇんだよ!!白いか、黒いか、黄色いかだ!!濃淡含めても、大きく分けりゃたった三種類だぞ!?」
「……彼らにだって違いはある」
「俺たちと比べろやおい!!なぁ、その日輪とかいう国の人間と、俺たちの祖先を殺しなぶりまくった奴らが、同じじゃねぇ方がおかしんだよ!!俺たちなんかよりよっぽど違いがねぇんだ!!目を覚ませフアンさんよ、お前は騙されてんだよ!!まだ戻れる!!なぁ分かってくれ!!人間は、人類は、俺たちをいまだ殺したくって仕方がねぇんだよぁぁ!!」
力が抜けたように牛の獣人が、それでもフアンを抱き締めた。その顔は涙に溢れている。立ち尽くすフアンの背中は、大きな手で撫でられる。
ドナートが料理場から飛び出てきた。
「おいおい、何やってんだてめぇらぁ!!!」
鍋を混ぜる器具を片手にして一歩寄ると、驚いたよ様子で棒に立った。
「えぁ、えっ、セルゲイ……!?お前、泣いてんのか!?なんだおい、どうしちまったんだよ!?お前そんな奴じゃ……」
食器をドナートに渡そうとする1人の兵士がいた。
「ドナートさん、お疲れッス」
「お前、たしかセルゲイの部隊の」
「はい、パーヴェルと申します。隊長が、大変な失礼をしたッス」
セルゲイという人物は、他兵士に連れられて食堂を出ていった。
「何があった……?」
「感情が高ぶってしまい、人間に対する怒りが爆発したみたいッス」
「だから、この熱血野郎がなんで」
パーヴェルは、ドナートの耳に口を近づける。小声で話し始めた。
「……防壁の崩壊に巻き込まれ、避難中だった隊長の家族が……その……全員亡くなられたみたいッス。正直、飯食えてるだけ凄いッス。街の復興も、仕事だからといって無理に」
「……マジ、か」
「復興活動にあたって、隊長が最初に焼いた遺体は……木材で貫かれた乳母車、その中にいた、隊長の娘さんッス」
ドナートが手に持つ食器を落とす。
「状況的には……遺体があるだけ、まだ良いかもしれないッス」
ナナミはどこか遠くを聞くように首をあげており、フアンはまだ立ち尽くしていた。パーヴェルが食器を片付け、そそしてナナミに近寄った。
「俺は、その……正直、人間さんありがとうっていう気持ちがあるッス。犠牲になった人間がいることも聞いたし、犠牲になった人間が好きだった人間がいたっていう話も聞いて、その人間がいま寝込んでるってのも聞いた。辛い気持ちは分かるし、1人でも犠牲者が減ったと思うと、感謝したい気持ちでいっぱいッス。でも、そこからさらに一歩頑張ってる人もいて……こちらから言うのは失礼かもしれないッスが、もうお互い言い合うのも謝るのも、やめた方が良いと思います。少なくとも隊長……セルゲイさんとは、距離を取ることをオススメするッス。すいません、俺にはこれ以上何を言えば良いか……」
「……分かった」
兵士たちは冷めた料理を早々と食べ、去っていった。ナナミのところに、ドナートは料理を持ってくる。
「嬢ちゃん、飯食ってねぇだろ」
「あぁ……そうじゃな」
ナナミは、カビた糧食を故意に渡されたことを思い出す。受け取ろうとした手は、あまり伸びない。フアンが料理を受け取る。
「……えぇっと、ナナミさん。部屋を移しましょうか。あと、僕のもお願いします」
「あぁ、そうかすまん坊主もだったか。わりぃわりぃ」
ドナートの料理を2人前持って、フアンとナナミは食堂を出て、宿舎を抜け、会議室を抜け、階段を上る。
「ここまで来れば…ナナミさん、とりあえずお部屋に戻って食事を、では僕は」
「すまん……少し話したい」
「……えぇ?」
フアンはやや強引にナナミの部屋へ連れ込まれる。料理をとりあえず机に置いて、向かい合って座った。
「……あの」
「あぁお主、人前で食べられるか?」
「あぁ、まぁ仮面の下から入れればなんとか……」
「……話したいこと、妾から話してもよいか?」
「えぇ?」
「お主も散々言われたじゃろ?じゃが、結局はお主の問題ではない。歴史はどこかの個人で背負えるほどのものではなかろう」
「でも、ナナミさんが話したいから……と」
「……すまん、そうじゃったな。まぁ、その、なんじゃ」
ナナミは、椅子に座りながら身体を丸めるよいに縮こまった。
「妾、見た目……分からぬ……」
フアンは、言葉を受け止めた。
「分からぬ、分からんのじゃ……さっき、ずっと妾怒られてた。そんなん、知らん……分からんのに……」
ナナミの声はどこか幼くなっていた。
「僕も、どこかやはり彼らとは違う価値観で生きているのでしょうね。初めて聞きました。彼らは、外観の違いが顕著ではあるものの、アドリエンヌの言葉でいう、亜人・獣人という人種であると、そう考えていました」
「お主も、その獣人なのであろう?」
「……でも、彼らとは違うというのは、ここに来て初めて分かりました。それに、人間には別の人種が存在していることも、考えてたことすら……」
「……妾の顔はどう見える。あぁ、まぁ半分は包帯で巻いておるが」
「それなんです。あなたは、西陸にいる方々とは違うのですか?」
「どうじゃろうな……じゃが、夜修羅には肌の黒い者も在籍しておった。話を聞く限りじゃ、鼻の高さや唇の厚さも多少違うとか。じゃが、妾はその3種類という言葉が分からんな。日輪は日輪の人間の国じゃ、日輪の人間は日輪の人間で他国とは違う人間で、国内にいる人間も多種多様じゃ。国同士で人間の種類を違えてもなんの問題もなかろうに……分からん連中じゃ」
やや落ちた声で、ぼやくようにナナミは語っていた。
「民族的な帰属意識……とでも言いましょうか。彼らはたった2つの単語にその意識を培う余白を押し潰され、また培える歴史を持たずここまでその血を繋いで来たのでしょう。国も持てず、民族としても雑多に統合された結果、彼らには内面的特徴によってではなく、外見的特徴の差異を元に民族を違えるという意識があるのではないでしょうか?そうであれば、セルゲイさんの発言には説明が付きます」
「……外見、なぁ
」
うずくまったまま、ナナミの声量が落ちた。
「あっ、その……」
「なぁ、何を思えば良い、妾は。違うだの同じだの……よお分からんのじゃ」
「……我々の問題ですし、少なくとも気負う必要はないと思います」
「そうは言われても、怒られてしもうたし……」
(ナナミさんって……こういうの傷付くんですね。接し方は、彼女なりにきっと模索するでしょうから、まずは心のあり方が必要でしょうか……難しいですね)
フアンは思考を巡らせる。
「……ナナミさんは、何を基準に相手を判断しますか?」
「ん?まぁ、音、じゃな」
「人によって、音は違いますか?」
「心拍、声色、息遣い……服や装飾の擦れる音。まぁでも、妾は声色をなんだかんだ信じてしまう」
「声色……」
「あの男、真剣にお主を説得しようとしていたのが伺えてな……でも妾には無理じゃ。世界は、世界を見える奴が中心にきっと作ったんじゃからの。見えることを基準に言葉はできておる。その言葉を紡いで、文として語られる。妾は最初の一歩の時点でつまずいておる……」
「でも、やはり明らかに文化の違う日輪の人に怒るのは、違うかなと思いますよ。何より、彼はナナミさんの言う、見える人間です。しかも、だからなんだと離れる訳ではなく、親身になろうとしている。彼に心の余裕がないのはありありと分かりますので、そこは配慮するべきでしたが……あれ?」
「……やはり、どうしようもないのかのぉ」
(片方は外見のことを考える余地がない人生、もう片方は、外見が顕著に違うなか団結するしかなかったという事実……)
フアンは運んできた食事を一瞬で流し込むようにいただいた。ナナミは音で顔をあげ、皿が空になっているので驚く。
「クジラかお主は」
「とりあえず僕が言えるのは、ナナミさんが優しいということだけですね」
「……はぁ?」
「最初は、分からないことで責められて腹を立てていると思ったんですが……どちらかというと、分かってあげられなかったことを悔いているように感じます」
「そう、なのか?」
「そうだと思いますよ?」
「……妾には似合わんな。生きる為に殺しを生業としているのじゃから」
「だからこそ、優しさを保てることは素晴らしいと思います。善良な心を保って一線を越えることは、難しいはずですし」
「お主はだってできておるではないか。まだ指折りじゃろうが。姉上もそうじゃった、おじじもそうじゃった……」
「なら、似合わないこともないんじゃないですか?」
ナナミは顔を上げた。
「……分かった、そう思っておくとしよう。はは、すまんな、お主だって大変じゃろうに、話聞いてもらって」
「なんというか、話を聞いていたりする方が落ち着きます」
ナナミは食器を使って料理を食べようとするも、食器がなかった。
「……おや、お主妾のは」
「あぁ、すみません。どこかへ落とした……のかな」
「よいよい、お主の使うぞ」
ナナミは勢い良く食器を取ると、皿に乗った冷めた料理をたいらげていく。
「あぁ、ちょっと!」
「あっ、すまん。気にするタチじゃったか……?」
「えっと……」
「すまん、夜修羅はこんな感じじゃったし……あぁそうじゃお主、妾が渡した辞書、どこまで呼んだんじゃ?」
「……ヨミマシ、タ、ヘァンブン」
「ヘァンではない、ハンじゃ」
「ハンブン」
「ん~~、まぁちょっと違うが宜しい」
「日輪の言葉は、単語同士の組み合わせによって、まったく別の意味になりますね。球凰【キュウファン】の言葉もそうですが、西陸ってそういう言語が多いんでしょうか」
「要は連想じゃな。面白いか?」
「はい、凄く」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




