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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第二章 社会捕食寄生

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五話 現場調査

五話 現場調査


パメラとフアンが同時にため息をついた。そして現場に到着すると、消火が完了しているように見えた。

「……とりあえず調べるのは、寝床があった塔の残骸と地下か」

「地下は私とレノー君でどう?兄のこと、少しはわかるだろうし」

「んじゃあ俺とフアンで残骸だな……モルモーンの死骸はどうする?」

リカルドが彼らに気付き、駆け寄ってきた。

「パメラさん、皆さん、モルモーンはと倒したままで置いてあります」

「リカルドさんお疲れ様ぁ、メロディちゃんから話いってて良かったわ」

「他ならぬ団長の指示です」

「あはは、あの子のこと狙ってる?」

「とんでもない、私は別にいます」

「あらそう、良かったわ」

「現場は全て監視はしていますが、瓦礫の撤去を進めたくらいで一切触ってはいません、砦以外にかなり今は人員を割いていますので……」

「ヴァルトさん、1ついいですか?」

「なんだぁガキんちょ」

「ガ……えっと、何でもそうですが、推理する際に大切なことがあります」

「……作家の視点か?」

「物証を何か見つけても、すぐに関連性を探らないこと。事件が1つに収束するとは限りません。まずはこれがある、これがある。一旦回収してからが最高効率です」

ヴァルトらは団員から松明を受け取り、別れて調査を始めた。ヴァルトらはまずモルモーンに近寄る。

「……つう言われてもやっぱ考えるよなぁ。とくにこのモルモーン……タチアナがモルモーンって、変じゃねぇか?」

「えぇ……何せ今まで姿を現さなかったですから」

「フアン、状況をもっと思い出してくれ。俺はもっと探る」

ヴァルトは瓦礫を登っていく。

「つっても埋まってるんだよなぁ」

獣人達が集まってきた、熊や牛の獣人である。

「どかすぜ」

みるみると低くなっていく瓦礫の山に、ヴァルトは驚いた。

「獣人の力すげぇよなぁ。つかノイで忘れがちだが、人って弱いよなぁ」

「人は強いですよ。ヴァルトみたく色々と思い付いて作ってしまうのは人の強みなのでは?それこそヴァルトの刀剣しかり、火薬とかまさにそうです」

「いや亜人も獣人もできんだろ?環境が同じなら亜人獣人の方が強い。あと火薬は性能低いから、ある程度優勢、良い奴じゃねぇとダメだ」

「酒場の火薬は回収したんですよね?」

「装填すればまぁいけるが、純度の保証がねぇから、できれば使いたくねぇわな」

「まぁ、誰かが死ぬよりは良いですね」

ヴァルトは血塗れの瓦礫が撤去されるのを見る。

「そこからは待ってくれ。たぶん寝床あたりの瓦礫だ。そのあたりに何かをあるかもしれねぇ」

瓦礫が撤去されていき、少しづつ物品を回収していく。葡萄の香りのする緑色の瓶の欠片。

「布、酒瓶の欠片、まぁん何かが出る訳じゃねぇよなぁ」

フアンは何かを見つける。

「……ヴァルトこれを、葡萄酒の瓶以外の欠片です」

「嗅ぐとかは無しだぞ?ジャン=ポールが渡した何かかもしれねぇ」

「普通にこういうのがあってもおかしくはありませんよね……?」

「あぁそっか…アイツの言ってたように、確かにすぐ関連付けるのは危険だな。そうなると証拠無しになるが……」

フアンは探すなか、タチアナの服らしきものの跡を見つけた。

「タチアナの服ですね、たぶん……」

「どうでもよくねぇか?」

フアンはタチアナが正体を表した場面を思い出す。それは、確かに腹から徐々に変化していた。

「……ヴァルト、1つ良いですか?」

「なんだ?」

「正体を現すっていうのが、何か引っ掛かったんです」

「というと?」

「何でしょう……これ、本当にそう感じただけというか、その……タチアナが正体を現したときって、まずラウルを食べていたんです。そしたら体から……」

「それがどうだってんだ?」

「例えば、まぁ考え方でしょうけど……こう正体を現すって、例えば体を破る感じで、全身が大きくなって……元の容姿から変形をしていくと思ったんです」

「……まぁ、そりゃそうだろうな。いわば擬態、虫とかはそうやって生きてることも少なくない。でも相手はベストロ、虫じゃなくて哺乳類だ」

「はい、ですがもう1つ……モルモーンの変容は、お腹から起こっていました」

「変容にしては随分と負担がかかる?」

「本当の姿を現す理由は、まぁ人の口で人は食べられないでしょうしそれでしょう……でもにしたってあれは、なんというかまるで食い破るような……」

「食い破る?」

「はい……」

ヴァルトは、顎に手を当て考え始める。

「……可能性が0じゃないだけの妄想、聞くか?」

「レノー君と合流しましょう、言われたことできませんでしたね……」

「……いいだろ、こういうのは初めてだ。お前はとくに潜入でよくやってくれたと思う」

「ありがとうございます。それノイにも言って下さい」

「……はぁ?」

「なんでそこで難色を示すんですか……!?」

ヴァルトフアンは地下の貯蔵庫に向かうため、宿舎に入る。

「あの、ヴァルト。少し良いですか?」

「なんだ?」

「貯蔵庫って、香草や香水も入れるんですか?」

「いや、普通に地下は気温より温度が低いから、水分量の多い根菜類の貯蔵が効く。香草なんてのは結局、味付けだろ。それに色々なのに匂い写ったら、食ったときに不味くなるだろ。」

「香水がやけに香ってたんです」

「アイツら、まぁどうせ不倫関係だったんだろ?そういうのは臭いが出るもんだ、生臭い感じを隠そうとしたんじゃねぇか?」

「備蓄をする倉庫でやることですか、まったく」

ヴァルトは貯蔵庫前の下へ続く階段の側にくると、饐えるような異臭がした。同時にフアンは、パメラが泣くような声が聞こえる。

「ヴァルト、母さんが泣いています!」

走って階段前に到着すると、レノーが吐いていた。食事なんてまともに取っていない、液のみの吐瀉であったが、それでも彼とこの先にある異常性を現すのに十分であった。

「レノーおい大丈夫か!?フアン、パメラを頼む!」

「はい!」

フアンが駆けつけると、葡萄酒を保管する所にある扉が開いており、その貯蔵庫と蔵にある境目でパメラが脚を外側に折って座り込み、泣いていた。

「なんで……なんでこんなこと……!!なんでよ!!皆、何もしてないじゃない!!」

「母さん、何か……うっ!!!」

レノーが吐いた正体の一端を鼻で感じる。腐敗した肉や糞尿を焦がしたような臭いを、最高品質の葡萄酒の芳醇さが引き立て、理知のそれに合致することのあり得ない、喉から手が出て鼻を覆うようなほどの異臭がフアンの仮面ごしに届いた。

「母さん、何が……」

葡萄酒の蔵の下、伸びる空間が見える。蔵の床が蓋を開けたようになっておりそこからくり貫かれたような石がパメラの側に置かれていた。しかし、置かれていたのはそれだけではない。

「……蛆?」

パメラが振り返る。

「フア……ン……みんな、何も……何も……」

蔵の穴から血痕と蛆が、パメラの側に引きずられたように伸びている。狭い蔵の真ん中の道を封鎖するように並べられているそれらには藁でで作られたようなものが被せるようになっており、生皮の無い足が出ていた。

「母さん、これは……?」

「見ないであげて……おかしいってこんなの」

レノーが入ってきた。

「……喉を一突き、刺殺されています。皮膚を剥がされており所々焼けています、耳や尻尾がある者が多いです。それからその……全員女性で、そしてその……見紛ったと思いたかったですが……焼けた跡に歯形があります」

フアンが、ただ拳を握る。

「匂い消しの香水は、これをバレないためにあえて濃くしていた……ジャン=ポールは、女性だけを標的にした殺人犯なんてものじゃない。殺した遺体をわざわざ焼いて、食べている……!?」

レノーは話し始めた。

「穴の奥は隠し通路で、砦の後方に繋がっています。そこから逃げたのでしょう……それからこの本、見覚えは?」

フアンは泣くパメラを外に出しに行った。ヴァルトがレノーに答える。

「表紙に見覚えは?」

「……ない」

「僕もです……」

「関連性は薄そうですね……」

ヴァルトの記憶にある一対の旅人という書物は、2人の男女が手を繋ぐような表紙であった。しかしこの書物は、手ではなく、別の所が繋がるように、こびりつくように互いが互いを纏っている様に見える。

「……きっしょ、蛇かよ」

「これが藁の寝床に置かれていました」

「……俺とフアンの考え、話して良いか?」

「彼らに、まずは敬意を。我々にあの狂人の素性を教えてくれたのです」

しばらく経って地下室の外、レノーとフアンヴァルトが集まった。ジェリコがリカルドの腕で眠っており、少し距離がある。パメラは片隅でうずくまっていた。

「母さん……大丈夫でしょうか?」

「ヴァルトさんの考えを聞いてもいいですか?」

「……フアンの考えを元にしたんだが、モルモーンは寄生するように進化そたんじゃねぇかな?」

「唐突ですね」

「フアンの見た、タチアナがモルモーンとしてなる過程は、蛆から羽化するハエ……いや、今のは忘れてくれ。サナギから出る蝶みてぇな感じだ」

「虫と哺乳類は違いますよ?」

「モルモーンが虫だなんていう訳じゃない。そうじゃなくて、モルモーンってのは寄生するベストロかもしれないって話だ」

「宿主を使って餌を集めるようなことを、ベストロが?」

「まずそもそもの話ベストロはいつの時代だかに、奈落に封印だったか?された化け物なんだろ?んでそれからどんだけ経ったか分からねぇってなら、生態が変化したっておかしくない」

「まぁそれはそうですね……では……ヴァルトさんの思考も踏まえ、更にとっぴおしもないものになります、聞きますか?」

「それも作家としてのか?」

「問題が複雑過ぎる点から、そうするしか問題を接合できないんです。今から話すことは、もはや妄想です。ですが、バラバラな事件が絡み合っているとしても、人為的な行動は高い確率で1つの筋道が立ちます。強引に一本化するとしたらこれしかありません」

レノーは話し始めた。

「アレはオルテンシアでもこの件同様に、人を食べて生活していた……完全な趣味として。何らかの人物に接触され交渉を持ちかけられた。例えば罪を黙ることを条件に家を燃やし、交換条件としてここクロッカスに潜入し、モルモーンを使う」

「使うってお前」

「タチアナを懐柔し彼はタチアナにそれを寄生させ、その陰で食人を行った。これは、ヴァルトさんのいうように、モルモーンが寄生するような存在である場合、そしてそれを人類でも管理と保管が可能であると解釈しての考えであり、フアンさんの言っていたタチアナが渡されたののという謎の物品がそうならば説明が付くものです」

ヴァルトは少し笑った。

「……バリバリに妄想だな」

「えぇ、でも敵に追い付くにはもう、見切って動くしかない。謎の解明はいつだって、数少ない証拠という素材を元に鍵を作って、箱でも扉でも開ける作業です。素材が足りなければ、予測して自分達で素材を集めるしかないです……」

「ここを知ってるやつが聖典教内部にいる必要もあるだろ?」

「カルメさんに指示を出した上司」

「可能性はまぁ無くはねぇか。まぁやれることはそれしかねぇ……んで、1つ大切なことがる」

「……アレが接触したのは、タチアナだけじゃない可能性」

「一番怖いのは正直、メロディだな……」

「関わってはいますが……彼女を落とすのは難しいかと?兄さんの杭ではないですし」

「…まぁ過去が過去だしな」

「そうなんですね……大切なか者との死別だったり?だとしたら、アレの難敵でしょう。アレは傷ではなく隙に入り込み、自分を相手に使わせるように仕向け、果てに利害関係を作ろうとする」

「フアンが言ったタチアナとの会話もそんな感じだったな、タチアナの不満を解消してる感じ」

「えぇ、アレの得意はそれです」

「ここで、強い欲を持つ人物?」

「……待ってください、もしモルモーンを本当に渡せるような存在であるとします。例えば薬品のように」

「嘘でもなんでもいえば渡すこと、それ自体は可能?」

フアンが手を上げる。

「病気を治すでもなんでもいえば渡せるでしょう」

「そこまでアホな奴がいるとは思えないが?ジャン=ポールだぞ、」

「……動物が馬鹿になる瞬間って何だと思います?」

「前例として、タチアナがある。同様に、現実に不満な場合?」

「……それを軸に考えると、知る限りでは2人に絞られる」

「誰だ?」

「……セヴランとシャルリーヌ」

「はぁ!?酒場のアイツらか!?なんでそうなる!?」

「セヴランはシャルリーヌを、シャルリーヌはセヴランを思っていました」

「じゃあ大丈夫じゃねぇか」

「……お互いその事実に気付かないままで」

「なるほど?そのどっちか、あるいはどっちも?いやまて、やっぱりお前の兄にそれを懐柔できるのかよ」

「モルモーンを何らかの惚れ薬として渡すことはできる」

「すがる思いで、それを相手に飲ませる?」

「手順は分かりません……」

「取り押さえるか?」

「恋慕なんて隠れているだけで無数にあります、極端な話ジェリコやリカルドという方ですら無理ではないです。可能性が低すぎる……でも」

「何だよ」

「シャルリーヌならやりかねない。アレは手段を選んでいなかった、でもにしては遠回しで……なりきれていない?自信がない?」

「要は追い込まれてたってことか?女が焦るとしたら年齢か?あいつそんなに年いってるのか?」

フアンが思案する。

「ヴァルト、あまりに確証もなしにどうこう言うのは」

「はあ?誰かが死ぬよりいいだろうが、俺らは今、誰が次のモルモーンかを探る必要があんだよ」

「兄じゃなくてもどうにかできそうな程に……」

「セヴランになにかあったとかか?」

「……むしろ、何もないうちに?」

「とりあえずあの辺りに張り付けば良いか?」

「……何もなければいいです、もし捕食のそぶりがあれば、討伐しましょう」

「あいよ」

「……移動も急いだ方がよくないですか?」

「誰かが分からねぇなか急ぐっていう動作は、その誰かにバレる危険がある……」

「どした」

「……レノーさん、1度あの本を貸してください」

「気になりましたか?」

「いえ……やっぱ良いです」

「あとで渡してください。ジェリコの側に置くわけには、いけませんからね?」

「扱いが完全に春画じゃねぇか」

ヴァルト達は、酒場に戻る。ノイが目の下を黒くそて座っていた。

「……おか、えり」

「マジで起きてるとは思わなかったぞ。寝とけって」

「そんなこといったらヴァルトだってそうでしょ……」

「ノイ、シャルリーヌさんとセヴランさんはどこですか?」

「二階で寝てる……」

「物音とかはしませんでしたか?」

レノーが一礼する。

「ありがとうございます。ヴァルトさん、フアンさん、確認にいきましょう」

ノイが慌て出す。

「ちょ!?何しようって!?」

ヴァルトが、歩みを止めるように階段を塞ぐ。

「説明は後だがシャルリーヌかセヴランのどっちかがモルモーンの可能性があるんだよ」

「……本当?」

「か、どうか調べる必要があるんだよ」

ヴァルトはノイを退かし2階へ抜き足であがろうとする。フアンが先んじてレノーと一緒にノイを回避し2階へいった。小声でフアンとレノーが会話する。

「ヴァルトにノイを任せましょう」

「ノイさんを食い止めるのに、彼はうってつけでしょう」

「やっぱり分かりますか?」

「とりあえず、見過ぎですね……あよ、シャルリーヌさんはどうやら亜人のようですので」

「切除された方ですか?それでしたら、聞き分けることができませんので、逆に接近しても大丈夫ですよ」

「……」

フアンとレノーが扉越しに聞き耳を立てる……寝息が2つ並んでいるようにフアンは感じた。

「……寝てますね」

「演技の可能性は?」

「分かりません。鼓動は聞こえますが、生きているかどうかくらいしか判別はできません」

フアンは、ナーセナルでの一件を思い出してしまった。

(もっと、何かできるこ)

「そうですか……」

扉から離れ階段付近に向かった。

「睡眠薬というの彼の発言から思ったのですが、あるいは睡眠こそ、覚醒の引き金なのでは?」

「その理論でいくと、彼らは安全?」

「どうでしょう?動きを徹底して監視するのも変ですし……何より彼ら以外にも恋慕なんて十分に存在し得るでしょう。僕の身近な人物だからと、把握しておるが故に杞憂し過ぎましたかね?」

「……下にいって情報を集める方が先決でしょうか?」

「フアンさん、聞き耳だけは立てておいてくれませんか?」

「ここからだと、寝息は聞こえませんよ?」

「近付き過ぎても、犯人だった場合バレたら面倒ではないでしょうか?」

「……少しだけ近寄ってみます」

「その判断を信じます」

酒場の1階へ降り、レノーはヴァルトとノイに合流した。

「ヴァルトさん、とりあえずフアンさんが聞き耳を立てています。眠っているそうなので一旦大丈夫そうかと」

「あぁ、じゃあ俺が考えてた睡眠が引き金ってのはナシか?」

「あなたもそうお思いでしたか」

ノイが首を傾げる。

「へ?」

「まぁお前にいってもしゃあねえか。そういやあの本どうすんだ?」

レノーが胸の内側から、ジャン=ポールの隠れ家にあった本を取り出す。

「……燃やしたいですが、何かアレが書き置きをした可能性もありますので、開かない訳にはいきません」

レノーは椅子に座り、前の机に本を置いた、いかがわしい表紙が周囲の自警団員の視線を集めた。

「いやぁ、堂々としてるねぇ」

「なにそれ、眠気覚まし?」

ノイは赤面になり、ヴァルトの後ろに隠れた。

「いきなりそういうの出さないでよ……!!」

「まぁ俺は遠慮しとく、そういうのからは離れろっつうじじいからの教えだ」

「……では、失礼します」

表紙を一度めくり、まためくり、めくった。

「……これ、一対の旅人ですね」

ノイがそれに反応し、ヴァルトの背中から出るように本を覗く。

「いきなり聞き馴染みのあるものだな……本当に?」

「えぇ、それもかなり古いものでしょう。所々掠れて読めませんが、やはりそうとしか思えませんし……おそらく絶版した、古い型番のものかと」

「こんなキショイ表紙してたらそりゃな……でもジャン=ポールとかタチアナみたいなアホ野郎にはうってつけの代物って訳か。だがどうしてここに」

「もう少し調べてみます」

ノイはヴァルトの部屋の匂いを思い出し、顔を赤くした。

「ノイ、どうした?」

「えぇあぁ!?いやぁ何もぉ!?」

「んな訳ねぇだろ」

顔の赤みが消えていった。

「……懐かしいなぁって」

「俺の部屋にあったんだけどな」

ノイは拳を強く握った。

「……絶対、タダじゃいかないんだから」

フアンは聞き耳を立ててヴァルトらの会話を聞いていたが、部屋から声が聞こえる訳ではなかった。

(あの異常な捕食行為、何だったのでしょう? 捕食と求愛紛いな行為を同時に……搾取、搾精とも言えなくはないあの感じ……まるでサキュバスでした。聖典教はサキュバスを発見したことはあるのでしょうか?ナーセナルで集められる情報はそこまで多くも新しくもない……謎が増えるばかりです)

フアンは溜め息をこらえ聞き耳を立てるが、やはり聞こえはしなかった。寝息よりは多きな、布擦れの音と共に……喋り声が微かに聞こえてきた。

「……起きてたの?」

「寝れないってさすがに」

足音が聞こえた。

「そっか、ありがとね。まぁ私も寝たのか寝てないのか……わかんない」

「気絶だったもんな完全に」

「……ねぇ、私で本当に良いの?)

「それは俺が聞くべきことだシャルリーヌ、亜人なんだって?」

「……うん」

「人間が怖くないのか?俺の先祖だってどうせ亜人や獣人をいたぶってきただろうし、同年代の亜人も獣人も、結構いるじゃないか……」

「……私ね?記憶もない小さい頃に、耳も尻尾も切られたの。痛かった記憶と、安堵したような両親の顔だけが、私の幼少の記憶の全部……物心付く前に、2人とも亡くなっちゃって……私、顔が分からないの」

「耳と尻尾……確かにそれだけじゃ分からないよな」

ぶつかるような音と布擦れの音が聞こえた。

「自分が何者か分かんなくて、自分を持つってどんなだろうってずっと思ってた。種とか型とか。それが私には分からなかった。憧れちゃた……」

「憧れた……?」

「……亜人や獣人がもし、自分と違う型の相手と子供を作ったらどうなると思う?」

「えっと……どうなるの?」

「父親か母親か、どちらかの型を受け継ぐの」

「……そうなんだ」

「じゃあ人と亜人だったら?」

「……人か亜人のどちらか?」

「そう……私ね?セヴラン君……自分の子供を見て、私の型を見たかったの……私、それでいままでずっと……ずっとあなたを狙ってた……ごめんなさい」

「……」

フアンはただ、聞いていた。

「私が最初に声をかけたの、覚えてる?」

「うん……」

「あの日に丁度そう思って……あなたに狙いを絞ったの。人間で、私の知ってる顔で、相手が私のことを顔だけは知ってる……私で手が届きそうな人間をって思って……そんな失礼なこと考えて、あなたに話しかけた」

「……」

「話してて分かった、セヴラン君はとっても良い子だって……狙えるなんて考えて話しかけた、なんでもない普通の会話もよく覚えてくれて、好きになってくれたのかなとか……私の方が何倍も好きになってた……自分なんてないのに、自分が嫌いになった………そのクセ頭ばっかり回して、自信ないクセにいっちょまえに恋愛上手みたいなこと言って、結局堪えられなくなって私からいって……もう……もう……」

「……」

「嫌って、嫌ってやっぱり……ねぇ私、こんな……こんな……」

「えっと、えっと、シャルリーヌその……その、あぁえっと……sの」

フアンが唐突に走り出して、扉を開けると2人の眼前に姿を現した。

「フ、フアンさん!?」

フアンは、シャルリーヌを見ていた。

「……自分って、何なんでしょうね?」

「フアン……さん?」

「自分っていうのは、多分きっと……生まれと育ちの果てにあるものなのでしょう。生まれが分からないから自分が分からないっていうのは、確かにそうかもしれません……でも、最近思うんです。僕やあなたを大切にしてくれている方々にとって、僕やあなたの生まれや過去は関係ないかもって」

「でも……私……」

「泣いている、後悔している……それは貴女が努力して、過去を過去へと成した、その結果ではないでしょうか?貴女は既に愚かだと、そう思った自分を克服しています。貴女にしか分からない苦しみを、それでも背負って一歩進んだんです。貴女からの告白は、それを意味していますよね?分からない貴女ではないでしょうし、それを包めない相手だったら、貴女はセヴラン君をきっと好きになってなどいないハズです。貴女の前の男を見てください。自分を認めてくれている人を、見てください。今の話を聞いて、離れようとしていない彼を……どうか見てください」

シャルリーヌは赤い目の越しにその青年を見上げるように視線を合わせた。

「とりあえずその、大層なこと言える頭じゃないけどさ……なんだろう……えっとさ……」

セヴランはシャルリーヌを抱き締め、耳元に口を近付ける。

「……好きだよ、それだけなんだ。単純でごめん」

シャルリーヌは泣いた、ただ悲しみの混じっただけではない。それは光が指した雨雲のように、ただ美しく泣いていた。セヴランはただ彼女の背中を優しく撫で、やがて少々の嗚咽にすら届かぬ音になり、彼の胸の中で、おそらくもっとも深い眠りに、落ちた。

「フアンさん、ありがとうございます。僕じゃ何も言えなかった……亜人と獣人とか、その子供がどうなるとか……俺ってやっぱ、未熟だな……」

「君、いくつですか?」

「……15」

「ヴァルトの2個下あたりですかね?」

「ヴァルトさんって17なんですか?」

「……まぁ正確には分からないんですけどね?

セヴランはシャルリーヌの頭を撫でた。

「めちゃくちゃ自慢、して良いですか?」

「恋の話は、好物ですよ」

「最近シャルリーヌ、可愛いなぁって思うっていうか」

「ははっ、のっけから凄いですね」

「いや本当なんです、知ってます?シャルリーヌ、前までソアホスとかあったんですけど、ここ1ヶ月でかなり治ったんですよね」

「あるいはそれが多少、彼女を後押したのでは?」

「かもしれません、ここ1ヶ月……誰かがいなくなった、増えただの色々ありましたが、シャルリーヌだけはなんとも……という訳ではないですが、良かった……絶対に彼女を、その兄とやらから守ります」

「えぇ、お願いします」

フアンは部屋を立ち去ろうとする。

「1つ、貴方は睡眠を取りましたか?」

「いいえ」

「……今日は寝ないで下さい。できれば日が登り、彼女が起きてからで」

「見守れということですか、了解です」

「……失礼しました」

「フアンさん、ありがとうございました」

フアンが扉を閉めようとするが……締まらない。

「……あれ?」

フアンが何者かに肩を叩かれ振り返ると、酒場の店主がいた。

「……うん、扉壊れてるねぇ?」

「……で、ですねぇ。あはは」

「……うちの子の邪魔したねぇ?」

「え、あぁ確かにそうですねぇ……」

「……ツラ、貸しな?」

「……仮面だけはやめていただきた」

フアンはおもいっきり腹をぶん殴られ、倒れた。伸びたフアンが1階に運ばれてくると、机に横にされた。

「……ったく、せぇっかくあの超良い子がわざわざ捕まえくれたってのに」

ヴァルトとノイがやってきた。

「……お前何してんだ、急にデカイ音出しやがって。駆け上がって状況確認しようととしたら、そこのばばあに止められるし……」

「あの娘が裸になってるかもしれなくてね、殴られるのは少ない方が良いだろう?」

「なんだぁその理屈?」

レノーがフアンを叱責し始めた。

「変な真似しないで下さい、そうした行動が許されるのは、緊急時だけです。緊急時とはつまり、命の危険です

「ごめんなさい、でもあれは……」

「言い訳ですか?」

「それにしかならないのでもう良いです……」

ヴァルトは周囲を見渡す。

「つか、ジェリコとパメラはどこだよ。砦に置いてきちまったか?」

リカルドとパメラは酒場に入ってきた。

「じき朝になるぞ。あとは夜行性の俺らみたいなのに任せな。さすがに寝た方が良いだろ」

「リカルドさん、お母さん!」

「……ごめんね、ちょっと取り乱しちゃった」

「いいえそんなこと……」

「じゃあ俺はまた巡回にいってくる、くれぐれも頼んだぞ」

「あの、メロディさんは?」

「団長も今は巡回中、なんだまさか疑ってるのか?」

「いえ……その」

「いいと思う、それで」

「……えっ?」

「いや何……ここ住んでる皆、なんだかそういう目線ってのが足りてない気がするんだよな。全体的に鈍いっていうか……だから、そういうことができるってのは凄いことだ。俺は来て日が浅い、俺のことも疑ってくれよな?んじゃ、俺はまた巡回に行ってくる」

リカルドはささっと出ていき、酒場を後にした。自由扉の揺れる音の中、ヴァルトは机の側の椅子に腰掛ける。

「自分から言い出すかねそんなこと?まぁでも確かに、怪しい奴だけなら結構いるだろうし、それは俺らも該当か……まだ、何1つ解決しち……っ」

ヴァルトは机に体重をかけ、寝た。レノーは驚いた。

「えぇいきなり……!?」

フアンとノイは、いたって普通の顔で側によった。

「正直、一番寝て欲しいのはヴァルトでしたから、ちょうど良かったです」

「今のヴァルト、体力全然ないもんね」

パメラが近寄った。

「ナーセナルでの一件で、ヴァルトくん相当消耗したんでしょ?」

「えぇ、でもその……」

フアンは黙った。ノイはそれに合わせた。

「正直、砦での行動はかなり無茶をしていたんです。本来あの刀剣を扱える程に回復している訳ではないのですが……」

「メロディちゃん言ってたわ、本調子じゃないって。動きはしっかりしてるから、怪我とかじゃないはずよね?何があったの?」

ノイはあたふたした。

「えっと、それは……」

「母さん、寝ているんですから静かにしましょう?」

「……そうね」

フアンはヴァルトが、天使になった瞬間を思い出していた。

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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