四話 ある女の選択
四話 ある女の選択
夜間、歩兵が1人、疎らに現れるベストロやザションに、防壁の上から腰を下ろして、二脚を置いて、脇でしまいこむように狙いを済ませる。
単眼鏡にしては長く細い照準器で、暗いなか月光が反射する爪の上を狙い引き金を引いた。一体、また一体と倒れていく。その兵士の目は、ひどく暗かった。
(俺があのとき、あの羽根の生えた野郎を撃ててたら……俺のせいで、たくさんの人が……)
下唇を噛み締めて息を殺し、また一体と葬っていく。その後ろから足音が聞こえる。
「どんなに狙いが正確でも、弾は強くはならないわ」
厚い上着など着ることもなく、肌の露出の激しい獣人が兵士に話しかけた。兵士は無言で、狙いを定め続けた。
「貴方、交代を断ってずっと任務に就いてるみたいだけど……休憩してる?」
また一体、屠る。コッキングを済ませ小銃の肩付けをやめ、薬莢が防壁に転がる。肩に回した帯状の弾の嚢から5発装填の挿弾子を取り出し、解放されたボルトの溝にはめて押し込み、挿弾子を捨ててボルトを前身させる。
「……私と一緒に寝る?」
「……穴兄弟はいらねぇッス。それに、俺みたいな雑魚の子供をこさえる暇なんて、今のギムレーにはないッス」
兵士が息を止めたのが、息の白いのがなくなるので、ナタリアは理解した。
「……何もできなかった、その無力感は、全ての兵士が感じていることよ。1人の戦士の犠牲、しかも人間の犠牲によって、今のギムレーは成り立っている。防壁の修繕をする必要も、彼がなくした。大蛇が詰まるように防壁が修繕されてると思ったけど、内分は大蛇の遺体を避けるようにして補強が施されてもいた」
「……俺たちは、ここまで1つに固まっていてもなお、人間に頼る他なかった」
「そう卑下する必要はないわよ……ただ、全てが想定外だっただけだもの」
「……俺は、自分でも驚くほど人類に、今は好意的になってるッス。聞かされてきた差別の歴史も、目の前で起きた奇跡で、消し飛んじまったんス」
「……住民のなかでは、亜獣第一党の党員であっても、少なくとも防衛戦に参加した人間にはある程度好意的らしいわ。でもこれは私たちのなかに、人間であっても悪人が全てではないという考え、善性があることの証明ともいえるわね」
兵士は銃を下げた。肩を休めるように、揉む。
「……でも思うんス。俺っていうのは、存外ここのことに興味ないんスかね?」
「えっ?」
「言葉とか行動だけで、それまで親御に差別の歴史を聞かされて育った、その価値観がこうも呆気なく覆って……心が簡単に動いて、人だって全員悪いって訳じゃないって思って。俺は……俺は、ひょっとしたらこの国にいる誰かを守りたいとか、そういう感覚がないかもって思って……俺は、自分の引く引き金が、自分の為に引いてるかもって思うと、どうしても……自分を虐めずにはいられないンス」
「わぁ、おっきいこと。まぁ自分を虐めるのは勝手だけど、貴方、肝心なときに戦えない身体作ってどうするのっていう話になるわよ」
兵士は、うつむいていた。
「パーヴェル・ゴルスキー上等兵、至急交代なさい。これは上官命令です」
「……Я понял」【了解しました】
「どうする?私と、寝る?」
「それ、どうせ俺以外とも寝るっすよね?」
「まぁ、いっきに相手する方が楽しいし」
「お断りします」
「変ねぇ、私の知り合いみんな元気なのに」
「……上官殿の周囲は、たいへん活力に溢れているようで」
「ハッキリ言っていいわよ」
「……あんたの周りがおかしいだけッス」
目線を一切動かすことなく、ナタリアは耳と尻尾をしならせる。
「……あっ、まさか効いたンスか?すんません」
「まさか、私は異常者よ?」
ナタリアはパーヴェルと防壁を降りる。パーヴェルが宿舎へ向かうのを見送ると、そのまま建物へ入りナタリアは自室へ戻っていく。ナタリアの自室の前には花瓶が置かれており、枝が3本入っていた。
(今日は三人。結構減ったわね、死んだのかしら?)
花瓶から枝を取り出し、扉に手を掛ける。
(私は異常者……そう、異常者よ。今さら何?何も考えることはない。私はただ、ただ)
扉を開ける。
(……これが、私にはふさわしいの)
扉は固く閉じられた。




