三話 空白
三話 空白
ノイは、暗い部屋で寝台に寝転び、天井を眺めていた。目の下は黒く、腕を前髪の上にのせて、視界の半分を腕で覆っている。
(復興、手伝わなきゃ……)
寝息に紛う呼吸は全て溜め息であり、浅く、身体に力は入っていなかった。
(なんでこんなことになったんだろ……私何か、悪いことしたのかな?守ったはずだったのに、全員どこにもいなくなる。私だけ残ってる)
角膜が斜め下に動き、脇下にすっぽり挟まるようのノンナが眠っている。
(寝るべきだよね、でも無理、なんでだろ。お腹が空かない、目を閉じたくない……次、次目を閉じたら、誰か消えてるかもしれない……あぁ、気持ち悪い、頭が痛い
、考えるたびに悲しくなって、眠れなくなるのに、頭から言葉が止まらない、なんで、なんで?何を考えてるっていうの私は……何を思い付きたいっていうのよ私、頭悪いんだよ?)
ノイは、再び視界を天井に戻した。外では、復興で働く声が響き渡っている。材木はノコギリで加工され、散らばった石材は回収されていき、家々は釘が打たれ、穴が塞がれていく。刻々と過ぎていき、時間はすでに夕方を終えようとしていた。
ノイは溜め息をやめると、埋まったように沈んだ身体がほんの少し震えるように動き、顔を緩めることなく、声を立てはじめる。
それは部屋を虚ろに響かせて、もやはノイ自身に向けているようであった。耐え難き小さな、全てが裏腹の奇声が小さくこだまし、ノンナが目を大きく見開いて、ノイの身体を揺らした。
「お姉さん……お姉さん!?」
「……ノン、ナ」
吐き出すように名前を呼ぶ。
「なんでそんなに……わらってるの?」
ノンナの声は震えていて、ノイは首を動かさずにそれを見る。
「お姉さん……目、泣い……てる」
ノイは、自分の眼から涙が垂れるのを感じた。
「ノンナ、私……こんなどうしようもないのに、まだどうにかならないかなって、頭回してるみたいなんだ。でもなんだろ、何も思い付かなくて、何もできなくて、ずっと誰かが先にいなくなっていって……」
「お姉さん……」
「ハンナっていう、私の妹みたいな子がいるの。その子、好きな人が殺されちゃったんだ。自分で死のうとしたんだけど、それでも生きることにしたの」
「ハンナ……ちゃん?」
「私、もう動きたくない。このままずっと、石みたいになってたい……ハンナ、凄すぎだよ。どうしよ、私、もう……もう……」
ノイは、言葉を募らせる度に涙を増やしていき、息も絶え絶えになっていった。
「……もう、何もしたくない」
ノイの耳に響く、外の工事の音は、全てヴァルトがよく起こす音であった。ノイは工事の音から、ヴァルトが作業している様がありありと浮かばせてしまっていた。夕日も消えていった。部屋の扉が叩かれる。ノンナが、寝台を出て扉を開けると、シュエメイがいた。両手に紙を持って、読み上げる。
「ご飯、時間。私、ここいる」
後ろで腰に手を当ててシュエメイを支えるイェングイが、部屋を覗き込む。ノンナは振り返り、ノイを見つめていた。シュエメイはノンナの頭を撫でる。
「交给我吧」【大丈夫よ】
ノンナは部屋を出ていった。その尻尾や耳は落ちている。
シュエメイは部屋にある、座面が揺れる椅子に座る。ノイは首を動かさずそれを見ていると、シュエメイは小さく手を振った。
「晚上好」【こんばんわ】
ノイは、極めて小さな声で返事をする。シュエメイは口の動きを確認すると、振るのをやめた。比重の変化を知らせるように椅子の木材がこぎみよく軋む。ノイはシュエメイのお腹に目がいくも、自然とそれは顔に向けられてしまう。視線に気付かれ、首をかしげられた。
(……なんでこここにいるの?まぁ、どうでもいいや)
フアンとイェングイは、工場のなかで汗を滴しながら働くノンナや技術者を横に、できる範囲で武器や装備の修理を行っていた。刺突の銃剣を研ぎ、銃を分解して研く。技術者のなかにはイェングイを不遜な視線で見る者もいる。
(ノイは、大丈夫でしょうか……あっ)
フアンは修理している小銃の銃身を、手を滑らせて作業台に落とす。
「シュエメイと、あと部屋の外に、私がここで知り合った兵士を付けています。雪梅シュエメイであれば、少なくとも余計なことを言ってしまうことはないでしょう。西陸の言語は、分かりませんから」
「シュエメイさんって……妊婦、ですよね?僕はヴァルヴァラさんに、できれば力強い人をと」
「その指示ですが、ノイ様をヒトだからと、寝込みを襲うような人物がいるとは到底思えませんでした。力強く、なによりこの街を守るために奮闘されていたことは、彼女が戦闘中に頭巾が外れたことで、ギムレーにしれ渡っています。あるいは何か理由が?」
「……僕たちの故郷が襲われたとき、恋人を失って直後、自殺を図った子がいるんです。辛うじて止めることはできたのですが……」
「なるほど、それで……でしたらお気になさらず。少なくとも凶器、あるいはそれに類する物は確認できませんでした」
「……ありがとうございます」
「そこまで心配というのであれば、貴方が側にいてあげれば良いのでは?」
「……その」
「何か?」
「……僕は、いえ僕も、ヴァルトを守れなかった者の1人です。彼は、かけがえのない友人でした。僕自身も、彼の喪失は……ですが、ノイの感情はその比ではないはずなんです。ヴァルトがどれだけ凄い存在だったかは傍にいたから知っていますし、ノイがどれほど思っていたかなんて見れば分かります。おこがましくも、ただの友人の分際で、思い人の喪失に、同等の同情を持って寄り添い、慰められるか……すみません、ひょっとしたら僕は、ただノイを元気付けられる自信がないだけかもしれないのですが」
「優しいのですね、フアン様は」
「いいえ、僕は責任から逃げているだけです」
「あなたも、悲しいですか?」
「……当たり前です」
「そうですか。ですが、ヴァルヴァラ様のお考えによれば、ヴァルト様の喪失はまだ早いように伺えます」
「その場合、ジークリンデさんはどうなるのですか?」
「それは……1つも保証できません」
「……彼の中にいる、天使」
「確か……オフェロスという、あの?」
「彼の、既に半分は諦めていた娘。その存在を、僕は否定したくありません。彼の助力があったから僕らは、この世界の真実を少しずつ知ることができた。それは事実なんです」
「天使とカエルム。私には判断致しかねますが、嘘にしては規模が大きく、天使は実在した。あの防壁の上で、私も見ました」
「……僕は、どうすれば良いのでしょうか」
「私も人生経験が豊富という訳ではありません……申し訳ない、先人として何か言うべきでしょうが……」
「政治局に勤務でしたっけ」
「顔色を伺う日々。友人と呼べる関係には疎いもので……あぁ、申し訳ない、自分の話をしてしまいました」
「いえ、大丈夫です……でも、シュエメイさんとは出会えたんですね」
「彼女はまぁ、少々特殊ですから」
「そういえば夕飯はもう?」
「いえ……」
「食べてきて下さい。よほど大事でない限り、空腹でなくとも、食事は取るべきです」
「……分かりました」




