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ブルートアウス ~意思と表象としての神話の世界~  作者: 雅号丸
第五章 冷土戦々 二幕

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二話 シュナイダー

二話 シュナイダー


北方、ギムレーの街には雪が積もり、防壁の崩壊で飛んだ瓦礫が街中を砕いていた。流れた血が雪や煉瓦に染み込んでいて、海岸には死んだ魚が大量に打ち上げられていた。お腹を空かせた幾人かの子供がそれを回収して。そのまま食べている。


兵士たちは街中で救護活動に専念しており、炊き出しを行う、羊の角を持つ亜人が、大声を上げて鍋をかき回している。片方の角は折れていて、顔に傷がある。


挿絵(By みてみん)


「しゃあああ!!飯の時間だごらぁぁ!!」

器に次々と盛って、住民に渡して回るその亜人の男は、面の血気盛んぶりに対して、繊細な手付きで包丁を使う。魚を丁寧に捌いたかと思えば、アラを鍋に投げていく。ナタリアが歩いてきた。

「さすが料理長、どんなときも元気ね」

「おぉ、ナタリアじゃねぇか」

「ヴァルヴァラさんのことだけど」

「脚がどうにかだったか、でも歩けんだろ?」

「えぇ、処置は私がやったわ」

「なら心配ねぇ。ここは良いから、さっさと他の兵士たちのところにも行ってやれ、どうせお前は日頃から兵士たちと仲良くしてるんだろ?色々とな」

「……そう、ね」

「あんまり穴兄弟を増やすんじゃないぞ、ヴァルヴァラだってお前のことを大切にしたいって思ってんだ」

「……貴方は?」

「勿論俺だってさ」


ナタリアは目を少し広く開ける。耳と尻尾が少し揺らいだ。


「あらドナート、いま誘った?」

「何言ってんだ、俺が誘うのは、ヴァルヴァラちゃんただ1人だけよ」


器に魚と野菜の煮物を盛り付けて、男はナタリアに渡した。ナタリアの耳は、垂れ下がっている。


「ほい、うち上がったテキトーな魚の煮物 かき集めた野菜も煮込んで」

「料理っぽく言われても……大丈夫なの?」

「食えば分からぁ」

「いただくわ」


窓の外から香りが立ち込めて、ジークリンデが目覚める。フアンが傍で椅子に座って待機しており、ジークリンデが身体をお越した。


「あぁ、起きなくても大丈夫ですよ。ジークリンデさん」

「……起き、ます」

「……えっと」

「何を、どれくらい話しましたっけ?」


ジークリンデが、少しうつ向く。


「えっと、この頭の中で響く声が、オフェロスさん……私の父親」

「思い出せませんか?」

「子供の頃の記憶ですから、それに彼との話によれば、私が赤子の頃には、すでに展開に帰還していた」

「……僕は」

「フアン・ランボーさん。ナーセナルにて生活していた、獣人の1人。親族が球凰【キュウファン】の血を引いていて、服装や戦闘がそこに影響を受けている」

「……本当に、ヴァルトの記憶を」

「受け継いでいる……ということでしょうか。ですがあの黒髪のかたは……」

「……ノイ・ライプニッツ。あるいはノイ・メイデントール、ノイ・レルヒェンフェルト。どれかは分かりませんが、ひとまずノイ・ライプニッツでお願いします」

「血縁者が多いのですか?」

「やはり、ノイに関しては記憶を受け継いでいないのですね」

「忘れているというには、記憶に空白があるような感じです」

「……あなたの記憶の始まりは」

「私の母親、マリア・シュナイダーと、ハーデンベルギアから逃げているところまでは、私として生きていました」

「幼少のころジークリンデとして生活していた記憶……そして現在までの、ヴァルトとして生活していた記憶が混在」

「いったい、私に何が起こったのでしょうか」

「……あの」

「はい?」

「いえその、適応……とでもいいましょうか?もっとこう、慌てふためくものかと、思っていましたので」

「……なんでしょう、私は、感情の起伏が乏しいのかもしれません。何かこう、えっと……なんでしょう、虚ろ?」

「あまり、興味がないような感覚がある?」

「そう言うのが、正しいかもしれません。全部自分のことなのに、全部自分じゃないような、そんな感じというか」

「……あるいは、まだ受け止められてないのかもしれませんね。大丈夫です」

「でも、私は……いえ、そうなのかもしれません」

「……」

「貴方は、どうなのですか?えっと、フアンさん」

「どう、ですか」


フアンは立ち上がり、歩き、窓の外を眺める。雪が降り始めるなか、住民たちは瓦礫や死体を運搬していた。


「……ヴァルトはいなくなった、それは確かに悲しいことです。それに、貴方という存在が、元々ヴァルトなんて存在しなかったことを匂わせる。重ねて、悲しいことです。ヴァルトは亡くなったのか、消えたのか、あるいは天使のように、貴方の中に存在するのか……確かめる術のないなか、ノイはどうすれば良いか分からず寝込んでしまった。ノイにあなたの現状は伝えましたが、ヴァルトが消えた、これだけ理解しただけです。正直、僕も状況に心が追い付いていません。」

「ノイさんは……」

「ヴァルトのことを思っていました。いまは……そっとしておいてあげて下さい。死別とは言いきれない、泣けば良いのか、泣かしめば良いのか……咀嚼できない現実に、ノイはいま完全に打ちのめされています」

「誰か、傍にはいるんですか?」

「ノンナさんが、一緒にいます」

「あの幼い、この国の技術者ですか?」

「それも記憶にはあるのですね」

「何を知っていて、何を忘れているのか……まだハッキリとはしませんが」

「大丈夫です。ゆっくりと行きましょう」

「ゆっくりで大丈夫なんですか?リヴァイアサンという怪物は、まだ倒せていないはずでは?」

「……大丈夫です。ヴァルトの攻撃によって深手を負っているはずですから」


フアンは部屋を出る。扉を静かに閉め、廊下を歩く。両開き扉の前、会議室の前でで、ポルトラーニンが待機している。


「来たか」


ポルトラーニンが扉を開け、部屋に入る。椅子に座ったヴァルヴァラが、書類に目を通していた。


「フアンくん、ジークリンデという人物はどうなっている。記憶に欠損があることは聞いているが……」

「やはり、ノイに関する記憶はありません。他の記憶に関してですが、時間をかけて調査していくしかないでしょう。実体験の伴わない記憶、何を覚えていて何を覚えていないのか……しかし、ヴァルヴァラさん」

「んだ?」

「記憶の欠損を報告した直後、貴方は僕の指示を出しました。どの記憶がないかを調査しろと……いったい、何を考えているのですか?」


ヴァルヴァラは書類に目を通すと、それを机に片付けていく。


「……直感だ」

「直感?」

「頭部の損傷、飢餓・失血、精神疲労……記憶の欠損というのはおおむねそうして生じ、そして記憶の欠損は人格を変化させることもある」

「ですがジークリンデは明らかにその症状とは違います」

「いくらかの記憶を引き継ぎ、幼少の記憶を回復させ、しかし記憶の欠損を有している。救護隊による彼女の身体検査では、胸部を有し撫で肩を確認。生殖器の形状からも完全に女性であった。人格ならまだしも、完全に性別が変わっている」

「……」

「我々が把握できている状況は、記憶の欠損から人格が変化するという部分だけだ。ヴァルトとジークリンデ、そしてオフェロスという存在は、別々の記憶を有しているのだろう?不可解な現象であるオフェロスとヴァルトの存在としての同居、ヴァルトからジークリンデへの変容……たった一つだけ存在する、記憶とう鍵。私はこう考える……ジークリンデという存在から、幼少の記憶が欠損した姿が、ヴァルト・ライプニッツだ」

「……何を、言っているのですか!?」

「そう私は考えた。それだけだ」

「……では」

「私の中で、ヴァルトとジークリンデは同じ存在だ。それを繋げるのが、記憶。記憶の欠損を君に調べてもらったのは他でもない……ヴァルトがジークリンデになった経緯を調査し、ジークリンデに記憶を回復・欠損させれば、ジークリンデがヴァルトに戻る、私はそう考えた。とは言っても、やはり仮説……いや、もはや妄言の域を出ないな」

「……なぜ、そんなことを」

「ジークリンデ本人にとっては悲しい決断かもしれないが……私はな、分かるんだよ。彼女の……ノイちゃんの悲しみが、少しね」


部屋の中に、扉を叩くこともなく押し掛ける、片方の欠けた逆巻きの羊の角を持つ、顔に傷のある亜人、ドナートが入る。


「ヴァルヴァラぁぁ!!飯持ってきたぞぉ!!」

「アンタ、相変わらず声が大きいねぇ……脚は大丈夫よ」

「あぁ、ナタリアが治したってな!!さっき言ってたぞ!」


ヴァルヴァラの口に、ドナートは食器を使って料理を突っ込んだ。


「あっつ!!」

「食え食え、食えば治る!!」

「アンタねぇ!!」

「ガキどもは心配いらねぇ、俺の知り合い総出で面倒見てるからなぁ!!」

「助かるわ」


フアンが、ドナートの後ろからヴァルヴァラと、ドナートの顔を覗き込む。


「おぉ、坊主。メシ食ってっか!?」

「えっと……」


ヴァルヴァラが、動く片足でドナートを軽く蹴る。


「コイツはドナート、私の旦那だ」

「坊主、ヴァルヴァラちゃんが不機嫌になったら俺に言え!!飯作って飛んでくるからよ!!」

「……まぁ、聞いての通り声がデカイ。昔は兵士だったんだが、負傷して今は給仕を担当してる。料理長って呼ばれてるわ」

「魚ってのはな……内臓取って煮込めば、だいたいは骨ごと食えるんだ」

「お前さん基準の料理を吹き込むんじゃないよ」

「でも旨いだろ?」

「……否定はしないわ、でも小骨が喉に」

「だろ!?」

「あぁ、もうヨダレ飛んでるわよ……すまないね、小汚ない奴で」


フアンは、顎部分の仮面に手をかける。


(小汚ない方が料理人って……大丈夫なんだろうか?でも、なんだか陽気な方なようです。ヴァルヴァラさんは、良い旦那さんを持ったようですね)


フアンは、ドナートの笑顔に降りたその顔の傷や折れた角が目に入る。ドナートは、ヴァルヴァラの空の食器を携えると、両開きの扉を片手で開けた。


「おかわりは!?」

「民に与えなさい」

「あいよ!」


部屋からドナートは出る。一気に静かになった部屋で、ポルトラーニンが溜め息を付いた。


「あやつ、いっそううるさくなっておるな」


フアンが、ヴァルヴァラを見た。


「あの、ひょっとしてですが……ドナートさんは」

「まぁ、話の流れだとそう考えるさな……ドナートはね、元はあそこまで元気なヤツじゃなかったのさ」

「頭部の負傷?あの片角や顔の傷は……」

「その跡さ。私とアイツは幼馴染みでね、昔はだんまりこいて、遠くでモゾモゾしてて……だが、やけに一緒にいると……こう、心が温かくなるんだ。アイツは飯を旨く作れてな、よく食べにいったものだ」

「それでも兵士に、なったんですね」

「住民を守るためだと、ほっそい図体のわりに大きな事を口走るやつだったよ……しかも、兵士として驚くほど、その身体は成長していった。他の兵士と遜色ないほどにね。行動と言動の全てで、結果は出す男だったよ。そんな男が、私のところに来て脚を震えさせながら、涙すら流して、一緒にいてくれって頼んでくる。惚れない要素はどこにもないさ……だが結末はあぁさ。損傷がきっかけで性格は変化、明るくなったのはまぁ受け入れるとして、その前の記憶がないときた」

「あれ、でもあの方は……」

「ははっ、何を考えてるのか、もう一回言い寄って来たんだ」

「なんと」

「私からも言い寄る気満々だったんだが、意表を突かれたね」

「……」

「私は、決して大切な人を失った訳ではない。でも、大好きな人が突然どこかへ行ってしまうその感覚は、ほんの少し分かるんだよ。私がアイツに言い寄られる前までは、私も心から深く思ったものさ。元に戻らないかとね……さっきの、ジークリンデをヴァルトに戻すっていう考えはな、元に戻らないかという過去の私の記憶がノイちゃんの心と重ねてしまってね、私なりに考える、こうだったら良いのかもなという妄想に過ぎない」

「ですがそれは、ジークリンデさんの存在を、完全に無視した思考です」

「あぁ。でも、どちらかと言えば私はノイちゃんに寄り添いたいかな……と、思ってしまったんだ」


ヴァルヴァラは、机に両腕でほおずえを突きながら、深く沈み込んだ。


「……少し、罪悪感がある。私も、一瞬でそんなことを思い付くとは思わなくてな。どうやら私は、存外良い人格は持っていないようだ」

「……ありがとうございます。少なくとも、いまノイに寄り添おうとしてくれたことは感謝するべきですね」

「ずっと寝込んでいるんだとな」

「いえ、眠っている様子はないようで……」

「不眠か……私も、ドナートが負傷した日からはしばらくそうなったな」

2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。

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