十六話 さよなら
十六話 さよなら
「……君、すごいね。この前見かけたけど、丸太、まるまる一本持ってた」
「……ん、何??」
「聞こえてなかった?」
「いや、なんか色々作ってるなぁって。オモチャとか、金槌とか、棚とか」
「うん、僕はなんでもできるよ」
「……なんでも?」
「そうなりたい」
「へぇ……」
「僕、顔に何か付いてる?」
「うん、油」
「……はやく言ってほしかったな」
「ごめん……でも、なんていうか、楽しそうだったからさ」
「えぇ?」
「えっと、なんだっけ……そざい?足りてる?何か、持ってこようか?」
「じゃあ……鉄、持ってこれる?あっいや、釘とか、箱でもいいんだけど。確か西館に……」
「いいよ、得意だし」
「……僕、ヴァルト」
「ノイだよ、宜しくね」
ノイは、握られた手の感触が、光景とは少し違うことに気付く。視界は虚ろで、頭は白い。呼吸のしかたは分からず、ただ視界の先に、とても近く、さきほどの少年が大きく育ったような者が、いた。
「……ヴァ、ルト」
「くっそ、喋んな!!」
「……えぇ?」
ノイは、空が見えることから、自分が仰向けになっていることに気付く。ヴァルトの顔がひどく、眉間にシワの寄ったようでいた。
「……怒って」
「喋んなって!!」
ヴァルトの声は荒かった。視界からヴァルトが消える。ノイは徐々に、自分の身を悟りはじめる。
(……あぁ、そっか)
視界の外で、ヴァルトが何かをしている。懸命に、一心に、力を込めている。
「くっそ、誰か、手伝ええぇぇ!!!」
ナタリアの声が聞こえてきた。
「これは……ヴァルト様!!」
「うっせぇ、だぁあって手伝えクソがぁあ!!」
ノイは、空を仰いでいた。雲っていて、灰色で、鼻先は鉄臭い。
「……寒い」
「分かってんだよ!!あぁぁ、動け、くそが!!」
ノイは、呼吸が浅いことを自覚し始め、腕を動かそうとする。下半身の感覚がない。ノイは、ヴァルトを突飛ばし救出をした。そして、潰れた。
巨岩がノイの腰か下の半身をすり潰し、出血が地面の石材の間を縫って、あたりを幾何学的に染め上げていた。ノイは、自分が道中、死体を踏んで飛んできたことに気が付く。
(……そりゃあ、こうなるよね。誰も助けないで、私が思ったことやっただけ。蛇を退かさないといけなかった、ベストロを抑えないといけなかった、やらないといけないこと、全部ほっぽり出して、誰のことも助けないで)
フアンの声が、頭をよぎった。
(フアンに、ヴァルトをって言われて、完全に頭がそうなっちゃったな。聞かなきゃよかったかも……しれないのかな。ヴァルトを見捨てて、みんなのために)
浅くなっていく呼吸が、ヴァルトを呼んでしまう。
「おい、息しろ……息しろって!!」
ヴァルトの首元から、首飾りが垂れ下がる。ノイは、ラファル・ド・ソレイユと書かれたそれに、目がいった。
(……何も、できてないじゃん。何も、やれてないじゃん。誰も守れてないじゃん)
ノイは、クロッカスで死んだシャルリーヌやセヴランを思い出す。
(なんで、私何もできないんだろ。戦うとか守るとか、そういうことできる身体してるのに……)
オルテンシアで、肉を食べさせてしまった少女を思い出した。
(謝れてない……私、悪いこといっぱいしてる)
付き合わせてしまった、マルティナのことを思い出す。
(……結局、わたし頼ってばっかりだ。何もできない、何も返せてない)
指先から感覚がなくなっていく。ヴァルトの声が遠くなっていく。
(遠い……いつもそう。好きな人にすら何もしてない……いや違うや。わたし、ずっと自分に自信なかったんだ、自分で遠くに、してたんだ。元々ヴァルトのことが好きな理由だって、私の自信のないところ……腕とか肩が大きいのとか、頭がよくないところとか、そういうのを気にしないでいてくれそうっていう……不純すぎだった、甘過ぎだったんだ。これは罰なんだ、全部ひっくるめて、罰なんだ……)
ヴァルトの顔だけが、近い。叫ぶなか、その息は温かく、自身の身体の冷たさを感じた。すべてが遠くにあるように感じ、五感は衰える。
(何もしてないからだ、いままでで一番近いや……死にかけなのに、なん……私、あれ?嬉しい?なんで?あれ、痛くない、あれ?どうして?)
ノイの意識から、その内から、言葉が吐露される。
(あれ、おかしい。なんか、あれ?あれ?)
涙と疲れをはらんでいた。
【もう、いいや】
ノイは残った意識のなかで心からその言葉が反響し、それが腕を動かした。
首が着いていかない頭を強引に動かし、ほぼ眼前で叫び続けているヴァルトの唇に、ぶつけるように自身の唇を当てた。ノイは頭が地面に落下し、血が飛び、かがんでいたヴァルトの膝や、肩を掴んでいた腕の袖を濡らした。
ヴァルトは、切らした息をさらに荒くしていき、うめき、手の甲の血管が破裂しそうなほどに力んでいく。喉の裏から口の先まで裏返るようなほどの声を堪え、そして、ヴァルトの身体から雷が湧き出る、纏っていった。
その雷は周囲に帯びるように霧散していき、ノイを潰す巨岩に纏わりつく。その雷は光のように輝くと、巨岩は光に包まれ、強く発光した。そして巨岩は、忽然と姿を消していた。ヴァルトの髪はふわりと動いていて、また雷が溢れ始める。その雷はまた霧散していくと、ノイから溢れた血や潰れた跡にこびりつく肉や粉のような骨を、ノイ自身の傷跡ごと雷が、そして光が包んでいった。
その光が凝固するようにして収集していくなか、ヴァルトは立ち上がり、防壁にふらつきながら近寄っていく。ほんの少し背中を丸め、うなだれるようにいく。その後ろで、輝いた光の凝固が色を発していき、形を成していき、それはノイの下半身を、服装ごと再現するように作り出していた。地面を染め上げていた血液はそのままであり、ノイの目に、色が戻り始める。
ノイは、ほんの少し、肺が膨らんだ。ヴァルトは防壁の、大きく開けられた穴を見た。その奥から山々から覗く玄武【シュエンウー】が見え、ベストロの大群が押し寄せ、いくつかのベストロはすでに穴から侵入していた。ヴァルトはそれを視界に入れ、手を伸ばす。
「近寄んな」
怒りに任せるような声と共に雷が集まり前方へ霧散すると、ベストロたちは穴へ向かって吹き飛ばされる。穴をさらに広げるような突風がヴァルトの手先から溢れるように吹き荒れる。ベストロは踏ん張りが効かず防壁の外に投げ出される。ヴァルトは、防壁をぼんやりと見る。
「何壊れてんだオイ……」
ヴァルトの身体から溢れる雷が地面を伝い防壁に辿る。
「飛べ」
徐々に光に包まれていくなか、背中に雷光を溜めると、放出するように光る。ヴァルトは真っ白な羽毛に覆われた翼を生やすと、光で包まれた防壁の上空へ向かった。奥で、大蛇が侵入してきた箇所、欠損した防壁が見える。
「そこもだ……」
声はか弱かった。ヴァルトの身体から溢れるように出る雷が、防壁の損傷箇所を包み、詰まった大蛇の死体の箇所もろとも包みこむ。損傷した両箇所は、次第に元の防壁になっていく。
ヴァルトは頭をかかえる。次第に高度が低くなり、防壁に着地した。折り畳まれたような翼はそのままに、ヴァルトはしゃがみこんだ。前方を望むと、累々のベストロの山をベストロが覆い尽していた。死の絨毯は二重に敷かれており、ヴァルトはそれを睨み付ける。
「……この数を、やる?一体一体、しちめんどくせぇ」
息を絶え絶えに立ち上がると、手を下で広げる。空を見上げ、目を閉じた。一呼吸おくと、目を開いた。
「……全部、焼く!!」
手を防壁の外へ、そして斜め下に向けるようにかざした。
「ふりしぼれ俺……いいか、よく聞け俺ぇ!!全部だ、全部!!全部だ……焼き尽くせ……焼き尽くせぇぇぇ!!!」
ヴァルトの腕の伸ばす先に雷光が集い、それらを基点として青色から始まる灼熱の炎が溢れ初め、一本の滝のように地面と衝突した。
順々にそれらは濁流として広がり初め、骸のすべてを焼き付くし、黒々とした獣たちは色濃く黒々となり果て、遂に防壁の外にある戦場すべてを、炎と黒煙で包み込んだ。
ヴァルトは腕を挙げるようにすると、その炎は持ち上がっていく。火炎を吐き出すヴァルトからは雷光が溢れ続けてており、ヴァルトの表情が暗く落ちていた。
その背後で、迫り来る海底からの腐臭が漂い、それはリヴァイアサンの接近を示していた。まばたくことの4度や5度以上の時間をかけて、天まで届くような図体をさらすリヴァイアサンは、自身が海そのものであるかのように、低く唸っていた。ヴァルトは、歯をくいしばる。
「……凝固、圧縮。絞り出せ絞り出せ絞り出せ。炎も絞れば、水みてぇに……クソぶっ飛ぶだろうがぁぁぁ!!!」
ヴァルトが放つ炎は一つの束のように集約していく。極めて太い灼炎は、空から差す一筋の光の逆行のように伸びていき、天を散らぬくほどの射程をもつ一筋の火炎の光になった。空が火炎を中心に、雲を溶かし晴らしていく。
「……飛べ!!」
ヴァルトは背中に生えた翼を広げ空に飛んでいく。
羽根が散り、降りていった。上空にたどり着くと、天空から勢いよくリヴァイアサンに向けて、その光を縦に振り下ろした。
リヴァイアサンは縦向きに、海面から出ているすべての身体を焼き焦がされる。なおも唸り続けるリヴァイアサンを、斜め横から殴り付けるように光をぶつける。リヴァイアサンは悶え苦しみながら、しかし海面に強く身体を叩きつけ、その衝撃は災害を引き起こした。巨大な波がギムレーに押し寄せる。
ヴァルトは水平線ごと横に凪払い、熱による水面の爆発によって、街一つを飲み込む濁流を一瞬にして相殺。振り抜いた影響で、空までも切り裂いてしまい、箇所は晴れていた。ヴァルトは振り替えると、再度、波動を放とうとして全身を震えさせるシュエンウーを目撃する。
「……やらせねぇ」
ヴァルトは、その灼熱の大剣を、大きく振りかぶった。
「やらせねぇって……言ってんだろがぁぁぁ!!!」
真っ直ぐ空を切り裂いて振り下ろされる灼熱の大剣は、その山を越えた図体に命中する。箇所から広がる火炎の濁流はシュエンウーの全身を焦がし、溶かし、全てを黒く染めていった。次第に炎の外から見える輪郭が朧気になっていき、山を一つ二つと消し去り、そうして炎の柱は費えた。
ヴァルトは呼吸することなく落下していく。視界に地面を捉えるも、腕はすでに動いていなかった。目を瞑った。身体から光が溢れ初め、全身を包み込むと、ゼブルスが現れる。地面と激突しようとする瞬間、急速に翼で進路を変更し旋回。防壁内の家屋に激突した。
「なん……だ……?」
オフェロスは困惑のなか、気絶した。ノイの顔に、ヴァルトの羽根が落ちた。
(ヴァルト、私……)
半目から目を開いて光が反射し始めるノイは、目を瞑り、眠りについた。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




