十二話 ウズノーチ作戦
十二話 ウズノーチ作戦
フアン、イェングイ、ポルトラーニンは、防壁を降りて外側にいき、ザションの進行する進路から大きく外れながら走る。ポルトラーニンの背には、即席で組まれた撃鉄などで囲われた、爆弾に改造された榴弾を背負っていた。フアンがポルトラーニンに歩幅を合わせる。ポルトラーニンは、あきらかに過剰なまでの装甲を着込んでいた。
「……あの、ポルトラーニンさん、大丈夫ですか?」
「ワシだって兵士じゃ、榴弾の一発くらい、背負って山を登り降り、余裕よ。人間になど負けぬわ、おぉ無精髭、キサマはもっと先行して索敵せい」
「フアンさんは獣人で、たしか話では耳が良いと……」
「砲撃の影響で耳の精度が落ちるはずじゃ。人間よ、我々亜人・獣人は強いのではなく、その身体能力がどこか尖っているだけじゃ、胆に命じよ、便利に考えるでない」
フアンは、遠くで見えるシュエンウーを見つめる。山を押し潰すようにしているその腹部はそうして赤熱して見えている。
「重さで地面を抉っている……摩擦で表面が赤熱して、あれに近寄って大丈夫でしょうか」
「発火装置は、あるいはいらんかったかもしれんな。コイツも旧式の発火装置であまり精度は高くない」
「そんなものを選んだんですか……!?」
「ヤツの傷口に投げ込むように使用するんじゃが、発動させてから少し猶予がなければ、投げた本人が死ぬだけじゃ」
イェングイは、少し先行しながら後ろを振り向く。
「作戦を確認します。1、列車砲による牽制でシュエンウーの気を引き、傷口を開ける。2、我々が接近し、砲弾の命中箇所に超近接で榴弾を炸裂させ、脚部を破壊」
「作戦の完了と同時に、即時撤退じゃ。さいあくの場合、ヤツが斜面を滑って山の麓まで落下する。山の上から山が滑り落ちる……ギムレーまで巻き込む大惨事になるかもしれん」
「それに対する対抗策はあるんですか?」
「半年前に配備して運用せず終わった、特殊作戦の名残がある。それを使う」
「どんなでしょう」
「百回聞くより、一度見てみよ。見れるかは……分からんがな」
雪に覆われらた岩肌を跳び跳ねるように移動する三人に、集団を外れた一体のザション、人二人ほどの大きさのある、有翼の狐が上空から襲いかかる。
「獙獙【ヘイヘイ】です」
「塩が効くんじゃったな」
ポルトラーニンは懐から塩の瓶を取り出し、振り撒く。ヘイヘイの鼻先や顔面が爛れるように損傷していき、溶け始める。イェングイは懐から三節棍を取り出して、振り回して損傷位置を殴り絶命させる。打撃後がまた一段と溶け出していて、液状化した肉片が三節棍に引っ付いた。
「塩を表面にまぶすだけでも効果的です。フアンさん、これをどうぞ」
フアンは塩の瓶を受け取ると、刀剣の片方にまぶした。
走って山を登っていく。砲撃の弾着によって吹き飛ぶザションたちが見える。雪雪の斜面を平行に走っていき、徐々に霊仙は視界を覆っていった。
「山、なんてものじゃない……ですね。榴弾一発で足りるでしょうか?」
「この榴弾は仕掛けがあるんじゃ。ヴァルトの小僧も関わっておる。ヴァルトが来る以前にワシとノンナで考案した、対重装甲用硫酸弾、命中箇所の装甲を脆くするたのものじゃ。じゃが塩が弱点とはな」
「硫酸の砲弾……!?」
「不安定すぎて砲身に入れて大丈夫かと、ヴァルヴァラからしかられてしもうたがな。じゃがこういう使い方もある。これをやつの傷口に叩き込んで、骨まで溶かして同時に吹き呼ばしてしまおうというのがこの作戦じゃ」
ポルトラーニンは、銃身の先だけが太い、拳大の小銃を取り出す。
「信号を送り、列車砲の援護であの大蛇を避ける。砲弾は大蛇が受け止めるはずじゃ、良いな?」
「ここにきて最後に信頼するのが、敵の強さですか……ポルトラーニンさん、お願いします」
引き金を引こうとするポルトラーニンの手元に、瞬きする間に飛ぶ投石。小銃に当たり落下し、岩にぶつかり、崖に落ちていき、雪に埋もれた。
「なんじゃ……!?」
次々と空から降り注ぐ投石は異様な速度をもっており、相応の威力を持っている。ポルトラーニンの装甲に凹みがうまれる。何発か避けると、イェングイの後ろに隠れる。
イェングイは三節棍を振り回して、次々と飛んでくる投石を弾き、捌ききった。
「競争社会出身をあまりナめないようお願いします。政治局では、奇襲による失脚も多かったからです。何より、私には妻と子がいるんです。死は許されない」
雪のようにしんしんと、羽根が舞い降りてくる。フアンはそれを見るやいなや、二刀を槍にして構え、上空を眺める。
「上です!!上に敵がいます!!」
雲の間や雪と雪の間を見渡す。地面が揺れ、一同がしゃがみこむ。投石が飛んできら方向なども含め、全員が周囲を見るが、敵などどこにもいなかった。
「上……フアンくん、敵とは、その攻撃に経験が!?」
「……嫌な、予感がします!」
地面の揺れがひどくなる。シュエンウーは動いていない。周囲にあるのは、足跡……投石の跡……山の乗る山のような亀……大蛇……投げ捨てられるように回転しながらこちらへ向かう巨木。
「避けて下さい!!」
伏せるようにして全員が回避する。
「もっと引く投げるべきだったか……資料の山に埋もれて、腕も鈍っているようだ」
首や指を鳴らしながら、雪の上をあるく、筋骨の強い、翼の生えた男が一人。あきらかに服装が薄く、装飾が珍しい。ポルトラーニンが見つめる。
「翼……まさか、まだ生きておったのか、鳥型の、お主、亜人じゃな!!よく生きて」
フアンが槍を向けて、睨むように構える。
「違います。あれは敵です、ポルトラーニンさん!!」
「何を言うておる!」
「あれは天使……僕たちの故郷を襲ったやつの仲間。人類、亜人、獣人、全ての敵です!!!」
イェングイが、三節棍を構える。
「故郷を、などという言葉が反射的に出ることなどありません。何より、今のあなたの声の圧力……フアンさん、援護します!!ポルトラーニンさんは、銃の回収を!!」
ポルトラーニンが、会議での会話の中で、確かにフアンやヴァルト、ヴァルヴァラからも天使という言葉があったのを思い出した。
(くそ、一瞬でも期待したワシは……愚かにもほどがある。話にあった天使、コイツの目的はなんじゃ?ワシらの妨害か?)
ポルトラーニンが銃の回収に動くと同時に、フアンと炎輝【イェングイ】が攻撃を開始した。天使は羽根で雪を仰ぎ煙幕をはる。煙幕を羽根で押し込んでフアンたちを包む。フアンと炎輝【イェングイ】が、煙から離れようと走る。
ポルトラーニンの懐に天使は舞い降り、蹴りあげた。びくともしないポルトラーニンは、重層の鎧を誇らしげに、即時反撃として、開いた足を掴み取り、自分の懐に引き込んで、関節に向かって飛び込んだ。天使は翼で羽ばたき、体重を寄せた間接の破壊という狙いを回避する。
小打を打ち合っている間に、フアンと炎輝【イェングイ】が後方から同時に、三角で囲い混込むようにし、攻撃を開始する。天使は羽ばたきでぬたうつかのように羽ばたかせ、地面を抉るような風圧を展開する。フアンと炎輝【イェングイ】は阻まれる。しかし、ポルトラーニンだけは立ったままだった。背にある榴弾は無傷である。それごと天使は縛り上げるように腕で締めた。
「重たい装備だな……」
「あぁ、小娘ごときに吹っ飛ばされたがな」
フアンとイェングイが近寄る。
「ポルトラーニンさん!!」
「手を出すな。下手にキサマらの武器が弾丸に当たればここで爆発じゃ」
天使は、弾丸を見る。
「……なるほど、狙いはヤツの討伐か」
天使は前方で構える二人を見る。一方は見たことのある人物像、もう一方は見たことがない人物像。
「……これがなければ意味がない。そういう顔に見えるな。なるほど、傷口にこれを使うならば、討伐も可能だろう。たしか球凰【キュウファン】でも同じ作戦があったな」
フアンは違和感を持った。
(……ベストロのことだけじゃない。この天使、たしかゼブルスのいうヴァーゴ・ピウス。ここにいる理由は分からない、けどヴァーゴ・ピウス、あなたはベストロだらけの西陸だけじゃない、他国の情勢も知っている。ベストロだけじゃない、ザションへの関与も有り得る。そうなった場合、つまり天使の標的は……あるいは世界にすら広がる!?)
フアンは動けないなか、視界のなかに小銃を探すしかなかった。ポルトラーニンなんとか少し首を曲げると、天使の目線が緩く落ちていた。力を入れて振り払おうとしても、それは変わらなかった。ポルトラーニンはその視線に気付く。
「……朧気に、その気迫がない。いや、なくなったと見える。大切な何かが欠けているような」
天使は驚いた。
「ワシは上の立場に立って、気付いた。悲しみを帯びるものと……そうでないものの違いを知っておる。それは、顔に現れる……長年見てきた、まるで選別を受けたかのような面構え。何を失ったことのあるものは、そうでない者と比べて、戦いに対する尺度が違う」
「何をいう」
「……戦う必要を、何に感じる?」
「……」
「何を、守りたい。何を、叶えたい?何を思う?戦う理由は、そこにある。戦いとは、答なき問題に、決着を付ける手段じゃ。目的なき手段の行使は、自壊を誘発する。その自壊のとき、キサマは砕ける」
「言葉を小難しく並べているだけだ」
「更にいえば、きっとお主はの戦いは、失わないための戦いではない。あるいは、自分を失うための戦いじゃ」
「!?」
「……ワシは、そんなヤツは殺れん。殺れんのじゃ!!」
一瞬の天使のほころびに、ポルトラーニンは少し拘束を外し、即座に起爆のための装置に手を掛けた。
「すまんの、名も知らぬ戦士よ。生憎とワシはまだ孫の顔が見たいんじゃ。そしてその孫が作った爆弾はのぉ、ここから起爆しても十二分の火力を発揮するぅ!!キサマ諸とも、ここで発破じゃぁぁぁああああ!!!」
手元にした引き金のようなものを引く。鉄と鉄が鳴り響き、部品はぶつかり、多少の火花が飛び散りながら、最後の部品……撃鉄が作動した。
「くっそ!!」
天使が大きく翼を羽ばたかせ離れる。焦るような顔は、一瞬で真っ青になるように、爆弾の、その撃鉄部分を見た。撃鉄が振りかぶり作動していた、確かにしていたが、弾丸と衝突するその手前で、ポルトラーニンがその手を伸ばし、撃鉄の針を手の甲に突き刺して、発破を防いでいた。ポルトラーニンは笑顔だった。
(部品数の多い旧式の点火装置じゃ!発破までの遅延がある機構で助かったわい!!)
息を吸い、強く吐き出す。ポルトラーニンは脚に意識を集中させた。
(猪は、走る。ただ前へ、ただひたすら、前へぇ!!!痛みなぞ知らん、恐れなぞ知らん!!いくぞ老骨、粉になってもひた走れぇええ~!!!)
ポルトラーニンは、砲弾のような爆弾を抱えて、雪の山岳を突っ走っていった。イェングイによって天使が足止めされる。
「フアンさん、銃を!!」
フアンは崖を飛び降りていき、落下の音の記憶から居場所を特定、雪に埋もれた銃を発見する。
「……!?」
銃を拾い、しかし一度ボルトを作動させ、弾丸を取り出す。内部に詰まった雪を振り落とし再度弾丸を込める。先端に広がった銃口の中にある火薬が湿っていないことも確認し、上空に構え、引き金を引いた。おそらく発射された銃弾の衝撃で、先端に仕込まれた特殊弾が発射され、空中に上がっていく。その軌道のさきから赤色の花火が生まれる。
照準器から見ずとも上がったそれが確認でき、ノンナが列車砲の操縦席に座った。煙の上がる方向に大蛇が向き、大きく口を開けている。フアンはその口膣に見える絶望に、体を固まらせていた。
「……あぁ、あぁぁ本当にマズイ、本当に、マズイ!!!」
大蛇が口を開けて、山肌を抉ろうとしたとき、列車砲は放たれる。一発、甲羅を貫通して損傷を与えた。もがき苦しむように亀と大蛇は身を震わせ、大蛇は甲羅の保護のためにフアンへの攻撃を中止して戻る。
フアンは、腰を抜かしてその場で倒れた。
イェングイが三節棍で、相手の進路を塞ぐように立ち回り、時間稼ぎに奮闘するなか、雄叫びを上げて一人、斜面であり平原のような場所をひた走る。
(弾丸が発射され、ヤツが弱ってから突撃が作戦。距離を稼ぐための疾走。砲弾が降ってくる可能性も低くないんじゃ……)
ポルトラーニンは、列車砲の火炎を見る。
「外すんじゃないぞ、ノンナあああああ!!!!!」
列車砲の砲撃が甲羅に再び命中。金属がうねる低くい音が鳴り響き、ポルトラーニンのところへ、回転しながら降ってくる。飛び込むようにして回避し、すかさず走り込んでいき足元まで到着した。シュエンウーの足元から傷口まで一気に駆け上がり、撃鉄を元の位置に戻す。列車砲の砲撃がまた直撃し、揺れる。しがみつきながら、ポルトラーニンは引き金のような装置を作動させ、血液の吹き出てくる傷口に、放り投げ、跳び跳ねるように足元を離れる。
「麓まで、落ちやんかぁぁぁぁあい!!!」
一気に距離を離しいくなか、爆弾は起爆した。炸裂し、傷口のなかで硫酸が浸透し、発破の威力はそのままに、破裂させるようにして爆炎が血飛沫と共に広がる。突如として体制が崩れたシュエンウーは、比重が狂い体制を崩し、引きずり落ちるように、山肌を赤熱させ落ちる。
がなるような音をあるかぎりの空に響かせながら雪をすりつぶし、岩肌を抉り、その麓まで落下する。
麓までの道中に存在した全ての雑凶は平らな赤い絨毯となり赤熱に焼かれ爛れていく。麓に落下してもなお、シュエンウーの慣性は残っており、そのままザションが余多存在する戦場へ投げ出される。山である亀は地面と自身の狭間で、ザションの身体をごと潰し、骨と肉や内臓の見分けが近いほどにしながら動く。砲火の射程に入りそうになると、ナタリアがその豊満な体をいかんなく振りながら走ってきた。その手にはポルトラーニンが持っていたような。信号を撃つための銃弾があった。
「点火準備完了!」
「点火ぁぁぁぁ!!」
信号弾が発射される。血と硝煙が霊山に擂り潰されていくなか、その南方から徐々に、地面が連続的に隆起していくのが見える。それは戦場全てを飲み込むかのように突き進んできて、シュエンウーが滑り到着するよりも前に、残りの戦況・戦場を全て吹き飛ばすかのようにして去っていった。シュエンウーの流れる方角から、ひときわ大きな音と振動が響き、大地を揺らした。汚泥と砂利と土と血の煙幕で、落ちてきた山すら見えない。ナタリアは持っていた銃を落とし、腰を抜かしてしゃがみこむ。
「なん、ですか……これ」
ヴァルヴァラが大笑いしている。ノイは顎が外れていた。
「……ぁぁ、ぁえ???」
ノンナが操縦席で跳び跳ねていた。
「ブライシュベニエ作戦……おじいちゃんが昔考えてたって言ってたやつだ!!想定される戦場一体に地下深くから爆薬を伸ばし、地層を一段吹き飛ばして、自由落下させる作戦!!」
ヴァルトがその隣でノンナの話を聞いている。疑問しか浮かんでいなかった。
「んなのが、作戦なワケねぇだろうが!?」
「でもでも、これでシュエンウーは止まったし、残りの……なんだっけ、とりあず敵は壊滅だよ!!」
防壁直下にいるザションに小銃が向けられ、片付けられていく。ヴァルヴァラは、笑うのを中断し、ノンナを見た。
「列車砲、あのデカブツを狙えぇぇ!!」
ノイは目を覚ますように顎を元に戻して、弾丸を装填する。
「装填完了!」
煙の隙間に見えた、玄武【シュエンウー】の頭部に照準を定める。
「照準よし!!いけるよお母さん!!」
「発射ぁ!!」
弾丸がシュエンウーの頭部で、爆発・貫徹などを引き起こしながら次々と発射されていった。ノイが砲弾を装填しようと保管場所を見ると、一発もなかった。操縦席に向かい、梯子を昇り、ノンナとヴァルトと目が合う。
「砲弾、もうないよ!!」
「これで死んでくれなきゃ困るワケだが……まぁ最悪の場合は全員で普通の大砲ぶちこむしかねぇな」
煙が晴れていく。シュエンウーの動きは完全に止まっており、大蛇は下を出して、目を開けて倒れていた。ヴァルヴァラが手を上げる。
「砲兵、念のためだ!!照準合わせぇ!!」
防壁の大砲は全てシュエンウーの、抉れた頭部に集中した。
「撃てぇ!!!」
手を振りおろし、大砲は次々と発射される。防壁から大口径の薬莢が溢れ、落下する。しばらくその落下による響きは。止むことはなかった。
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




