四話 蠢
四話 蠢
地下室に突撃すると、つんざく香水の香りに鼻をやられた、次に深い葡萄の香りが貫く。積まれた穀物や野菜の先に葡萄酒の倉があり、その深部に明かりが灯されている。
高そうな布地を来着た、十字の光の首飾りが目立つ色白の男が、乱れた藁の敷かれた寝台に座っていた。
女性物の物品が傍にいくつかあり、また一冊の本と栓の抜かれた葡萄酒がいくつも置かれている。
「これはこれは……君がフアン君ですね?お仲間のことも全て、タチアナ様から聞いております」
「あなたが、ジャン=ポール……」
「私を発見したということは……我が弟は兄である私を裏切ったと相違ないですね?」
「……目的は?」
「なるほど、最初にして最後の裏切り。あんなに家族愛を説いたというのに、さすが我が弟ですね」
「……余裕そうですね」
「あなたに、人を殺せる覚悟はおありで?」
フアンは袖を振り、二刀を取り出す。
ジャンは腕を広げた。
「では、どうぞ……」
「目的を、あなたが何をこの街にしたのか……それを止める必要がある」
「というもっともらしいことを言って、殺人から逃げましたね?」
「は?」
「いえそうですね、貴方はどこか……他人をを恐れているのでは?」
「……」
「弟も、そうだったでしょう?人の機微に敏感なのですよ私も……貴方は極まった局面でない限り、自分に常に留め具を着けている……しかし、求められれば率先して行動したりは、しませんか?たとえばここにいるように。ここにいる理由も、貴方が適任だと誰かに言われたからでは?たとえば親友と思っている……いえ、思いたい人物から?往々にしてそういった機微の全ては産まれと育ちに帰結し、その服装から察するに……あなたの容姿が、そうさせているのでは?」
フアンは、二刀でジャン=ポールの首を挟む。
「素晴らしい怒りをお持ちのようで……」
「あまり余計なことは喋らない方が良いですよ?」
「……ふふ、余計でなければ良いのですね?では、オルテンシアの情報を1つ」
「うるさい、目的は……!?」
「……まず、現在の聖典教は、2つに分かれています」
「カヴェニヤックとプレイステッド」
「カヴェニヤックがですよ。古典派と革新派、古典派はその言葉通り、今までの教えを守る信徒で構成されています。古典派の主張は主に採食主義、科学の否定。革新派は……科学の研究、それらを踏まえたベストロの討伐とデボンダーデの研究、新兵器開発等々多岐に渡ります」
「革新派がベストロをって……まるで革新派が、聖典教のカヴェニヤック派そのもののような言い方に」
「……それが現状です。もっと驚きなのが、革新派が上層の聖職者が過半数ですが、古典派は信徒がほとんどなのです。アドリエンヌはこのため、劇的な弱体化を受けているとも捉えられます」
「話がてんで入ってきませんね。ではなぜあなたはイェレミアスに国民は逃亡しない、あの国は今、後方陣地だとか?」
「逃がせないのです……イェレミアス帝国はここ50年、オルテンシアの後方陣営として活動してきましたが……首都レルヒェンフェルトの更に東側に位置していた城塞都市ハーデンベルギアが、15年ほど前に突如陥落。農地拡大の必要性に基づき首都レルヒェンフェルトの防壁内は手狭になってきており。人口を減らす方針が決定され、多くの市民や奴隷身分の亜人・獣人が無残に、口減らしのために強引に徴兵され、事実上処刑されました」
(そんなことバックハウス家は一言も……これはハッタリです!しかしハーデンベルギア……じいさんが言ってたような……突如陥落、ナーセナルと同じだったりしたら……いや、全てに保証はない。策に呑まれるな)
フアンは少し間を開ける。
「情報量で圧倒する手法は、情報の弱い相手に商売をするとき、詐欺師が使う手法です」
「ほぉ……では続けましょう。食いぶちを減らそうにも国民を見捨てれば当然、宗教的価値は低く見られます。これは予測ですが、ベストロ根絶を見据えて、宗教的価値を損なわずにギリギリの所で政治とベストロ討伐を両立させているのがオルテンシア……アドリエンヌの全貌かと」
「それが?」
ジャン=ポールは少し間を空けて話す。
「……倒すなら、今ですよ」。
「あなた、何を言っているんだ」
「ふっふっふっ、はっはっは」
「何を笑っているのですか!?」
「そろそろ、タチアナ様は彼を襲っている頃合い……確証はない、だがあの者らの言うことが正しければ証明完了です……見せなさいタチアナ……」
声色が低くなる。
「見せろタチアナ、私にその醜態を、恥辱の限りを、諸人の一切は悉く、獣である。人の定義を私好みに映せ、人の価値を下げよ、私に心の自由を与えたまえ」
「タチアナさんに何かしたんんですか!?」
「ご自身の目で確かめてみては?」
フアンは嘲るジャン=ポールを後に部屋を出る。外から扉に木材を立てかけ、地図を思い出しながら宿舎を駆ける。それを見かけた巡回により騒ぎは一気に広がり、松明を持った自警団が宿舎を囲う。ヴァルトはそこにいち早く駆け込み、フアンと出くわす。
「なんかあったのか!?」
「ジャン=ポールはタチアナに何かをしました!奴は今、地下室の奥ですのでヴァルトはそちらに!僕はタチアナのいるであろう寝室へ行きます!」
「分かった!」
砦を駆け抜け、リカルドのいる塔と反対側に位置する塔に到着した。人だかりなどはない。
螺旋階段を登り中腹の赤い扉をフアンは蹴り飛ばすように開ける。
「タチアナ……タチアナ……もっとワシを……もっうっぐ」
ラウルに股がるタチアナが、ラウルをその口で引き裂き、食らっていた。四肢は変形し黒い毛が生えており、兎のような耳は赤く染まり、目は兎らしく赤いがより黒く赤い。
「こ……これは一体!?」
タチアナは体を蠢かせると、口を先頭に頭や腕やと全身が裂け始め、毛と角や歯が全身に入り交じったベストロが姿を表した。
「……タチアナが、ベストロに!?」
毛のような触腕でラウルを持ち上げ、力任せに捻り、呻くのを一切聞かぬままねじり切る。別れた半身達を取り込むように食らっていく。体が大きくなっていき、その大きさは部屋を満たすほどの大きさになっていった。フアンは半狂乱でその場を脱出し塔を後にすると、ヴァルトがそこにいた。
「おい、ジャン=ポールいなかったぞ!?」
音を立てて塔にヒビが入っていく。
ヴァルトがフアンを連れて走り出す。背にした塔の中腹が破裂し、倒壊する塔に押し潰されることなくしてそれは、全身を覆うように舞い上がる砂塵を叫びの1つで吹き飛ばし、人が3人ほどの大きさはある、奇形な姿を露にした。明かりの傍でたじろぎ集う餌を、その禍々しい眼球で捉える。
自警団達は震え上がり、松明や腰を落とすものが現れ、数名が正門へ逃げた。焦点をそれらに絞ったベストロは高く飛び上がり、正門へ走る自警団員を着地で潰す。いつの間にか生えていた尻尾らしきもので数人を叩き、倒れている隙にそれらを全て食らう。それは食らいながら、更に大きくなった。団員達が慌て出す。
「正門が!」
「こいつなんなんだよ!?いきなり湧いてきやがった!」
様々な情報不足が彼らの情緒を乱す中、塔の上で遠吠えを上げる獣人がいた。
「離れろ!!」
リカルドがそう声を発し、壺を投げる。ベストロに当たったそれからは少し黄色を帯びた液体が飛び出した。合わせるように数人が火の矢を放つ。濡れた所から強く燃え始め、ベストロは暴れだす。ベストロは暴れだし、付近をひたすらにのたうち回り破壊される。
「ヴァルト、どうします!?」
「とりあえず鎮火するのを待て、だがここから出ようとするなら、もう俺らが突っ込むしかねぇ!!」
リカルドが塔に爪を立て降りてきた。
「燃やして良かったかなこいつ?」
「正直デカくて毛の深い奴ぁ燃やさない方が良い。暴れまわったら収拾つかねぇからな……つかコイツなんのベストロだぁ?」
フアンが情景から察する。
「タチアナさんです。タチアナがラウルさんを捕食していました!そしたら急に体が弾けてそれで」
「じゃぁタチアナはベストロだったってか!?」
「いえ……ですが1体だけいるんです。人や亜人、獣人に化けるとされるベストロ……モルモーン。あれは人の言葉も話せる。絵付きの中でも説明が複雑で、それでいて今まで1体も確認がされていなかったですが、遂に現れたといった具合ですかね」
「あのじじい騙されてたってことかよ!」
悲鳴のような叫びが動きと共に止まり、消化が完了したそれはヴァルトらを睨み付ける。ヴァルトは鞘に火薬を装填し構え、フアンは袖から二刀を取り出し槍に変形した。リカルドは咄嗟に弓を構える。
「リカルド、もう燃やすな」
「ヴァルトっていったか?よろしくな!」
リカルドの射撃に会わせてフアンが動く。
塔が崩壊するよりかなり前、ノイはパメラを担いで酒場へ向かっていった。
「お酒臭いぃ……」
「んぅあ?ノイひゃん?」
「なんで呑みながら、しっかり戦えるのフアンの母さんはぁ……」
「わはしさいきゅぉだはあえ……すぅ……くぅ……」
「しゃべりながら寝た……!」
ノイはヴァルトとフアンを心配に思いながら、酒場へ到着する。日が落ちて少し時間が経ったが、酒場は何人かまだ誰かいるようで、明るい。
「まだやってるんだぁ、暗くなったら寝ようよ……まぁ私は寝れないけど」
「ねぇノイちゃん」
「えぇ……寝てたんじゃ」
「ヴァルト君と、どうなの?」
「ここに来てから、それしか聞かれてない……」
「どう?」
「……ちょっと、難しいかなって」
「なんで?」
「……私、女の子っぽくないじゃん」
「髪は結構キレイだと思うよ?ほら、ラウルのお爺ちゃん言ってたじゃん?よいのぉって」
「あれは受け取れないわよ……」
「でも実際そうだと思うけどねぇ」
「私の女っぽい所……ぶっちゃけそこだけじゃん……」
「……確かに」
「少しは、な、なんかあるでしょ……!?」
「歯とか、ちょっとギザギザしてるしねぇ……でもその目の色、あんまり見ないよね?」
「……内面の話よ」
「内面はまだよ、私ノイちゃんのことまだ全然知らないもの……でも綺麗事な髪のままで戦ってるなら、それ相応にあなたは強くて美しい……と思う」
ノイは歩を止めた。
「……これしか、私は女じゃない。私実は言われたんだよね昔ヴァルトに、戦うなら髪邪魔じゃない?って……私の唯一の女な所、ヴァルトいらないんじゃないかって言われたことあって……」
「それ、ちゃんと怒った方が良いよ!」
「いいよ、だってヴァルト……たぶん、あんまり女の子に興味ないもん」
「えっ……?」
ノイはパメラを持つ力が弱くなっていった。パメラはノイから降りて顔を覗くと、ノイは泣いていた。反射で優しく包容した。
「溜め込んじゃいけないよ?」
パメラはノイをおぶって歩き始めた。
「私、ちっちゃい頃に自分が、とんでもなく力が強いって知って……悲しかった。女の子って、やっぱり弱かったり……可憐だったり、じゃない?お花とか似合う感じの……力があったから、すぐにナーセナルで仕事貰ってその、男の人に混じって普通に働いてたの……そのまま育って、後から気付いたの……色々と女の子らしくないって」
「そうなんだ……」
「うん……でね、私その頃にヴァルトと出会ったの、出会ったというか、知った?」
「意識?」
「認識かな。それで、まぁ男の子じゃない?ヴァルト。何だか恥ずかしかったんだよねあの時、意識じゃなくて……その」
「ひょっとして、それまで男の子と……」
「話したことなかった、普通に丸太とか運べたから、働いてて、周り大人だらけで……その辺のおっちゃんに言われたりしたの、そんな男っぽいとお嫁さんになれないぞって……悲しかった。ずっと、童話みたいなのに憧れてた、アレ分かる?」
「一対の旅人ね?たぶんそうでしょ、女性の方が強くて可愛くて」
「うん、まぁ強い所にはみんな興味ないんだけどね……そういうのもあるんだぁって思って……女の子らしさなんてないけど、半分くらいはやっぱ、こう……憧れてもって……愛?……みたいなの……とか。うわぁなんか恥ずかしい」
「そこから、どうやってヴァルトに引かれたのよね」
「何だろう……色々言われたんだよね。まぁ今でこそ筋肉ぅ!!とか言われるけど……ヴァルトにとって私って、女でもないけど、男っぽいなぁとも思ってないっていうか……話してて思ったの、ヴァルトは相手を……うぅん……こう何だろう、うぅん……そう!形?で見てないの!これで伝わる?」
「ふふっ、ははっ……凄いねぇヴァルト君。ノイちゃん、そういうのは女性象っていうのよ。へぇヴァルト君、そういうのないんだぁ~」
「たぶんだけど、ね。フアンのこともすぐ受け入れてた印象ある。普通の男の子じゃ相手されないだろうなって思ってて、悲しくなって、でもヴァルトとなら私……って……そしたらなんか……なんか……あぅ……あぁああもう!!」
「あっはは!ノイちゃん、意外と頭良いんじゃない?」
「えっ?」
「いい?思いを言葉にできるって凄いの。ちゃんとこうだって言い切れるのはもっと凄い。女の子らしさとかは一旦置いておいて……」
「置いておくの!?」
「ノイちゃんとしてできること、ないかな?」
「……それで戦ってるの、私はベストロを怖がりたくない。怖くないわけないけど……でも、ヴァルトの傍には、戦えればいられるから……でも、ねぇパメラさん……私……その……」
「何も一気に話すこともないわ、疲れたでしょ……今日はここまでにしましょう?続きはまたいつか……そろそろ酒場に付くわ」
ノイは涙を流していた。
ノイは目を瞑り、強くパメラにもたれた。ノイの顔がパメラの装束に埋もれる。
「ありがとう、お母さん……」
パメラは立ち止まった、パメラは泣いた。
「うん……頼って良いからね、私は……お母さんなんだから」
「……ん」
「寝てていいよノイちゃん、起こすから」
「寝れない、不安……ヴァルト達体上部かな」
酒場に到着し、パメラが自由扉を開けようとしたとき……中が突然騒がしくなった。驚愕する声の中に確かに聞こえた肉を切り裂き血が出る音が、パメラを動かす。
扉を開けた先では人だかりが一点を中心に開いている。中心には腕を負傷して倒れているメロディと、それを抱えるルノー。ルノーの視線の先には、白い装束を着た頭巾の者が、短剣を血で少し染めている。
「ごめんね……おばさん、貴方を傷付けたい訳じゃなかったの。そこの少年に用があってね……坊や、ちょっとおばさんとお話ししようじゃないか。兄は一緒じゃないのかい?できればそれとも、むしろそれとだけ話をしたいのだが……」
ルノーが形相を変える。
「どうしてここに!?」
パメラがノイを下ろして、白頭巾に殴りかかる。拳を腕で受け止め、短剣をパメラに向けた途端、動きが止まった。その隙にパメラは急接近し、腕で作った溜めで拳を勢いよく殴る。
「虎穴陣、発勁」
白頭巾は受付の長机に叩きのめされる。吹き飛ばされた際に頭巾は外れ、十字光の首飾りが跳ねる。パメラはその顔を見て驚いた。
「あなた、昼に一緒にお酒飲んだ……」
ルノーは、もっと驚いていた。
「お前達なのか……うちを焼いたのは!?なぜ行動隊がここに……オルテンシアの守りの要が何故ここに?お前達、何を……企んでいる?」
パメラはルノーに近寄り、メロディをも庇うように構える。
「強いの?」
「オルテンシアの防衛を担う保安課という組織……その中の選りすぐり中の選りすぐりです……この女はその1人。行動隊二番……シルヴィー・カルメ」
不意打ちで突き飛ばされたはずが、スッと立ち上がるのを見て、パメラは彼女の強さ驚く。
「パメラさん……いい拳だったよ、あの子らと遜色ないね。人相手はやっぱ、私ら弱いね」
「良いの、入ったはずよね?」
「おばさん……ちょっと頑丈なんだよね」
「あなたの仲間が、この子の家族を……?」
「疑心は仕方ないけど……でもね、あの子らがあんなことするハズがない。犯人は調査中……でもこちらとしては都合は良かった、だからこそ怪しい……連続殺人犯の容疑がかかった兄、その共謀の疑惑がある弟、その家族は家ごと家紋も消え、私は上司より上から何故か、兄弟の生存を聞かされ派遣された……君の家族は兄を残して全員亡くなった。でもねあんなこと、おばさんの仲間はやらないよ。あの子供らの名誉のために、強引にでも聞くね」
「名誉……今さら何を、僕らは死体と暴力の上に立っている」
「単純にいこうか坊や。あの日何が起きたのか私は知りたい……でもどうせ信用してないよね、嘘を言うかもしれない。だからちょっと強めに聞きたい、だから一緒にオルテンシアに戻ってもらうよ?レノー・バズレール」
2階の部屋から、シャルリーヌとセヴランが出てきた。その隣の部屋から、眠たそうなジェリコが出てくる。
「ねぇ、今ルノー……戻ってもらうって……何?レノーって何?聞き違い?だよね?」
「……僕は、オルテンシアで育った」
シャルリーヌは目を見開く。少し弄るように、頭を触る。セヴランに抱えられるようにして部屋へ戻っていく中、小さく声を出した。
「嘘、付かないでよ……」
ジェリコがシャルリーヌ飛び付いた。
「……ねえちゃん!!」
「ごめんね、姉ちゃんちょっと……なんか、ごめん……」
「一旦部屋へ、シャルリーヌ」
「ありがと、セヴラン……でもごめん、あの……気分が」
「いいよ、僕らの時間はいくらでもある。ジェリコ、お姉ちゃんを」
ジェリコは出てきた部屋に、シャルリーヌを連れて入った。扉の閉じるを見ると、セヴランは階段を降り始める。カルメがパメラと目を合わせる。
「……彼女、いくつ?」
パメラが答える。
「15」
「あるいは初めて、まともに被害者意識が生まれたのかもね。しれっと嘘を付かれて……」
ルノーは聞く。
「被害者意識……?彼女は人……いや……」
「頭を三角巾で覆っていた……たぶんだけど、親に耳か角を切られたんじゃないかな?尻尾もたぶん……人に近い亜人なら、ままある話ね」
カルメが短剣を落とす。
「……戦う理由は、まぁ正直ない。ここで騒いだら、彼女が眠れない。でもこの場にいる皆には説明が必要。弟くん、私は少し辺りを散策してみるよ……帰ってきたら話をし」
なにかが崩れるような低い轟音が鳴り響き、地面が少し揺れる。パメラが入り口に向かう。
「これ、砦の方向から!!」
自由扉を蹴飛ばしその方角を見ると、砦の方角から叫び声や唸り声に、狼の遠吠えが聞こえた。ノイが走りだした。
「ヴァルト、フアン!!」
その後ろには既に短剣を持ったカルメがいるが、ノイはそれを置き去りにする。
「はっやあの子!!おばさん、負けられないよ!」
セヴランが裏から取ってきた布でルノーはメロディの傷を治療する。完了と同時にパメラがメロディを担ぐ。
「自分でいける……!」
「出血してすぐ動くと倒れやすいから、我慢しないで!」
パメラは走った。
「ダメだ、お前だけでもいけ!子供の命が最優先だ!」
「駄々なんかこねて、あなたも十分子供よ!でも、戦えるから連れてくわ!」
「……分かった」
ノイが砦に到着すると、正門が崩れており入れない事態であった。中から喉を絞りながら叫ぶような大きな叫びが聞こえる。
「ベストロがいるの……!?なんで!?」
後ろから走ってきたカルメは、腰から棒切れを取り出すが、腕を捻って回転させると4つ折りのそれがしなる反りに変形する。カルメの持つのは、折り畳みが可能な軽弓であった。
傍で荷物を積んだ馬車を見るや向かい、大きな木箱を縛っている縄を外して矢に結ぶ。
砦の壁上にいる者に声をかけ、矢を放つ。壁にかかったそれを伝って登りきる。後ろを振り向いてノイに声をかけた。
「君もはやく!」
ノイはヴァルトを思いだし、行くのを躊躇った。
「先、行って!綱もいらない!!たぶん耐えられない!」
ノイは足りない頭で考えた。
(ヴァルトって、あの剣だけ持って入っていったわよね……フアンも剣2本とねちゃねちゃ縄1本だし……あれ?あのカチッとやってバーンな筒どこだろう?クロッカスには持ってきてはいるよね……ヴァルトが用意してない訳ないしその辺りに……そういえば何この馬車……まさか!)
縄の失くなった木箱を破壊すると、中から破城釘と火薬の袋が見つかる。
「よしっ!!持っていこう!!あれ、でもどうやって!?まぁ綱は無理だって思ってたけ……あっ!」
ノイは壁のヒビを思い出し、袋ごと全て片手で担いで走り、ヒビの箇所に到着する。担いだそれを振りかざし、衝突の瞬間に引き金を引いた。
壁が破壊され、中に突入すると、ヴァルトらが灼熱の中モルモーンと戦っていた。
「ヴァルトぉ!!これ持ってきた!!」
ヴァルトが振り返り、血相を変える。
「アホ!火薬を入れるなぁ!」
ノイが即座に袋を外に投げ捨てようとしたとき、既に袋はなかった。
「あれ、火薬がない!!」
カルメが既に袋を持って、ヒビのあった場所の外に投げていた。
「もう捨てたよ。全くとんでもないもの持ってるくるねぇ嬢ちゃん……何だいそのデカブツは?大砲か何かかい?片手でそれ持つって、とんでもないねぇ本当に……」
ヴァルトとフアンが、腕に刺さるように生えてきた爪での攻撃を交わしながら攻撃を仕掛ける。膝に付けた傷に向かってリカルドが矢で追撃し体勢を崩し、フアンが槍を回し遠心力をためて頭部に叩きつける。深く食い込んだのを抜き、眼を抉り後退する。立ち上がろうとする所をヴァルトが傷付け、今度は転倒させた。
「さすがにベヒモスより弱いな!」
「断然マシです!」
リカルドが目を見張った。
転倒の勢いを使って回転しながら後退するモルモーンは、転がる拍子に自警団員の死体を加え、体勢を立て直すと同時に捕食し始める。
「いま食うかよ、気色悪ぃなぁおい!」
「モルモーンは、捕食によって傷を癒すんです、瞬時に!」
フアンが叩き付けた所でから出ている多量の出血が止まる。
「マジかよ……自警団員、結構やられてるよな……アイツの土俵じゃねぇかこりゃ」
ノイがヴァルトらに近寄った。
「皆、食べちゃうの!?」
「あぁ……」
「そんな……」
「戦いながらやるしかねぇ……1ヶ所に集めてまとめて火葬しながら戦うぞ!」
辺りは飛び散った木材や血や脂肪が落とした松明などで引火し、所々燃えている。
「燃えてる所に皆を置くってこと……!?」
「ノイ!ちゃんと燃やましょう!アレに食べられるより全然マシです!彼らのためにも!」
「……分かっ」
「……待ちな、子供んら」
カルメがヴァルトらを止めた。
「良い判断過ぎて、おばちゃん悲しすぎるよ。そこまでキッパリと切られては、亡くなった者とその家族に面目立たない、大人として私はね……彼らを安らかに眠らせようじゃないか。どれここは……」
カルメは前に1人出る。腰に巻いた帯にいくつも連なる筒から極小さな、遊びの投げ矢に使うような大きさの矢を取り出す。やけに光るその矢じりはカルメの軽弓……その弓柄に置かれ、指でそれを押さえながら彼女は弦を引いた。折り畳まれていた箆が現れ矢となり継がれる。口に加えられた数本が、彼女の持つ荒々しさを醸し出す。
「保安課・行動隊の強さ……御覧に入れようか……!」
瞬きのようなの隙に6本は放たれた矢は、各々が特異な羽根を持っていた。不均等に並べられたそれらは、直線上や曲線を描き、しかしモルモーンという1点の的に収束していく。追っていくように飛ぶそれに、大袈裟に数発避けたモルモーンだが2本dsけ命中した。頭部と骨盤付近に当たるとすぐ、その当たった速度に見合わないよいな刺さり具合をし、傷痕から蒸気のようなものが吹き出る。
「……まぁこれ私が見つけた訳じゃないけど。うちの子がやった成果でね。理屈なんてさっぱりで、現象を発見した奴自身、まさか効果があるとは思ってもみなかったよ……銀はベストロの体を破壊する」
更に速く継ぎ、10本の銀矢を放つ。モルモーンは全てそれを腕で防ぎ、もう片方の腕の爪で攻撃をした。懐から光る短剣を取り出しわざわざ爪に斬りかかると、通常の刀剣ならば切断不可能な速度で振られたにも関わらず、爪は押し退けられ損傷した。
爪を弾かれた衝撃で転倒するのに巻き込まれそうになるも、前転を幾度も繰り返しながら回避、唐突に弓を収納し落ちている弓と矢筒を回収。
低い姿勢や回避を繰り返し、その動作をする度に一発また一発と、通常の矢が放たれた。針山のようなモルモーンが瞬く間に出来上がる。モルモーンの後方から頭部など前方にかけて跳躍、回転しながら次々と矢を命中させ、モルモーンを背にヴァルトらの前で着地した。
「これで……」
モルモーンは最後の力で立ち上がろうとするのを、後ろ向きのまま矢を放ち、相手を見ずに頭部を、通常の矢で貫いた。
「……まぁ倒しちゃったけど、火葬の余裕くらいは稼げたかな?」
炎に靡くその金色の髪、顔の若さに似合わない自称と、細すぎる目。それら一切を忘れる程の驚異的な戦闘力をみせつけられ、モルモーンは火事の中に倒れた。倒れた瞬間、そのベストロから赤い首飾りが、腕の傷に垂れる。
「これはなんだい?」
カルメがそれを引き抜くと、リカルドが話しかけた。
「それは……タチアナ様のものだ」
「食われた……んだったらお腹から出てくるよね?」
フアンは、状況を説明するが、さすがに質問した。
「あなたは誰ですか……?」
「ジャン=ポールを追ってきた。カルメ、おばさんがしゃしゃり出てすまないね……」
「ノイがおばさんって……」
「あ、えっとね?んと……」
ノイができる限りの説明をする。ヴァルトが要約し確認を求めた。
「つまり、オルテンシアがジャン=ポールとレノーを追ってて、お前がその刺客。差し出せば危害は出さないから、さっさとしやがれと?」
「そこまで野蛮なことを言ったつもりは、おばちゃんにはないかな」
「……ノイ、説明が下手すぎる。もっと分かってる奴を頼む」
ノイが落胆した。
「えぇ、えっと、えっと……」
「ん?待て、お前らどうやって入った?」
「えぇ?そりゃこれで、カチッとやって、ヒビ入ってた所をばぁんって」
「……あぁ、そうか、さすがにお前でも破城釘の装填くらいはできるか」
「……装、填?」
「保管状況……まぁこれは俺が勝手にしてるだけだが、実際に使う瞬間まで、できるだけ消耗しないよう火薬とかは装填しない……まぁたまに忘れて入れるときもあるが……」
「えっ……えぇ?」
「んで質問だ、お前装填したか?」
「えっと……」
「もう1個……気付いてねぇようだが、破城釘の砲口が妙にボロボロだ……引き金を引いてぶち当てたなら、当たるのは内部から飛び出たクソデカイ釘だ。推し測っていくと……お前は砦の壁を殴って壊した!コイツを鈍器代わりにな!」
「そ、そんな訳ないでしょ!?」
「確信犯だろが!!どこまで生き物やめる気だ!!」
「ごめん!!」
カルメが近寄った。
「おばさんのこと、信じられる?」
「ここの連中に任せる、すまん……ちょっと色々と理解が追い付かねぇ」
「はっはっ、頑張れぇ嬢ちゃん」
リカルドがカルメに近寄った。
「……俺はここに来て日がまだ浅い、彼らは歴史という枷を持てない。だから単純な評価だけ」
「つまり?」
「……ありがとう、助かった」
「……信用とは違うけど、まぁその方がここらしい感じね?ここのこと、おばちゃんちょっと分かったよ」
「おばちゃんと言うのは、少し若すぎるように見えますが?」
「これでも42よ」
「ベストロが現れた後の産まれですか」
「そう……おばちゃんね?ベストロ出現の衝撃も、その後の亜人獣人が受けた屈辱……いや、大虐殺もさ……ギリギリ知らないの。君らもそうだろう?」
「……だと思います」
「私も歴史を、分かってない奴なりに、動いてる。ここであの時期を生き延びたのは誰か残ってるかい?」
「……もういません」
「皮肉なものだねぇ……あの時期を直で知ってるのってもう人間の、しかも安全な地位にいる奴。聖典教の内部か、イェレミアスの上層くらいしかいないってことだよね」
カルメはモルモーンの死体に、小石を投げて近寄る。
「死んでるかな?しかし何百と見てきたけど、モルモーン……初めて見たね」
フアンはヴァルトとノイを治め、正門の方を見る。
「あの、ところで母さんやメロディさんは?」
ノイがそれに気付き、少し慌て出す。
「確かこっちに向かって……あれ?いない?」
カルメが壁に向かって走り出すし、ノイを呼びつけた。ノイは近寄り指示を受け壁上にカルメを投げる。着地して壁外を見渡すと、1ヶ所明るく、そして煙の上がっているのが見えた。
「家が燃えている!君らも急げ!外に出たら煙を目指すんだ!」
すぐ傍にある家の屋根へ飛び、連なる家々を駆けていった。
ヴァルトは自身の持つ火薬でを破城釘に装填し、正門の瓦礫に向け使用しそれらを吹き飛ばした。ヴァルトは当たりを見渡し、煙を発見する。
「あっちか……くっそ、もう火薬がねぇ」
リカルドが袋を投げ、ヴァルトがそれを掴む。
「それ、壊れた防壁のところに落ちてたぞ。お前のか?」
「……あぁ、最高だ!」
ヴァルトらは走り、乱立する家の隙間を塗っていった。煙の火元は1軒の家であったが、そこに立ち尽くす黒装束がいた。
「母さん!」
フアンがそれに近寄り火元から離す。
「何やってるんですか!離れて」
「中に、メロディが入ってったの……ここあの人の家で、大事なものがって。でずっと出てこない!」
ノイが水を被ろうと、駆け付けた火消しの人員から樽を取った瞬間、メロディが出てきた。ボロボロの布に覆われた丸そうなもの、大事そうに抱えていた。その目はどこを見ているか、本人も分かってないような動きをする。そしてつまずいた。
「メロディちゃん!」
パメラはかけより、倒れるメロディを抱える。
「良かった、良かった無事で!」
ヴァルトがパメラをどかす。
「まずはしっかり呼吸させろ!煙吸って頭おかしくなってるはずだ!」
メロディは、しかしゆっくりと自分が抱えるものを見る。
「……ぅあぁうあっ」
それを捨てるように急に手放した。地面に落ちる、布からこぼれ落ちたのは拳3つほどの石だった……角が赤い。
「…ぁ…あぁ」
パメラがメロディを抱き締めた。
「大丈夫!あなたはそれで良いのよ!メロディ!あなたは正しいことをしたの!」
メロディは目を暗くしながら、少し頷いた。ヴァルトはパメラに話しかける。
「何があった?」
「走ってる最中、砦の方から誰かが逃げていったの……不思議じゃなかったんだけど、匂いがその……葡萄の香りがして、ポワティエ家って実は50年前まで、ここから南にいった所の畑で葡萄作って、それをお酒にしてたの……今それを飲めるとしたらラウルさんかタチアナさんだと思って、でも動きが怪しくて、裏路地入っていって……色々と良くも悪くも可能性があって、2人で付けて回っていたの……そしたら、この当たりに来たら突然姿を消して、急に家が爆発して……皆が来た。オルテンシアから来た殺人犯……ここで何をしようとしているの?」
「初耳だなそりゃ……だがまず」
ヴァルトは指をなめて、立てた。
「……風はない、つか防壁で囲われてりゃそうだよな」
集まっている人らに声をかけるヴァルト。
「となり同士の家を取り壊せ!燃え移ってここが火の海になる前にだ!」
ヴァルトの指示で、それらは家を取り壊し始めた。
パメラはヴァルトに話しかける。
「燃え移る前に……凄いね。判断が早いなぁって、私だったら、家に誰か住んでるのにってちょっと遅れるかも……あっ、そのヴァルト君のこと悪く言ってる訳じゃないよ!?本当に凄いなって……」
「……おぉ」
ヴァルトは話題を変えた。
「なぁ、あの石なんだよ?」
パメラは、渋々と答えた。
「えっと……まぁ、いいよね。メロディちゃん、子供いたんだよね、男の子」
「いた……ね」
「殺されたの、オルテンシアから出された人に。息子が門番をかい潜って外出ちゃって、バッタリ出くわしてそれで……あの石は、犯人をメロディちゃんが殺したっていう、その凶器」
「でもアイツ投げたぞ?」
「メロディちゃん、よく思い出すの……殺されて間もない息子の顔、それで怖くなるって。なんで助けてくれなかったのって言われている気がずっとしてるって……彼女の子供好きって、その反動なの……せめて他の子はっていうか。彼女、忘れたくないけど、忘れられないっていうの?それがさっきの石を投げちゃったことの理由だと思う……私らの先祖みたいに、過去を棄てられないの」
「先を見るか、子供を背負うか……」
「彼女はまだ答えは出せないでいるの……」
「軽率に聞いた……すまない」
「ありがとう……彼女今は何も聞こえてないと思うから、私が話したってあんまり言わないでくれると……」
「あぁ。しかし何でコイツの家が……」
フアンが近寄る。
「ヴァルト、ジャンル=ポールはタチアナを通じて既に僕らナーセナル組をしっていました。恐らくですが、メロディさんのことも……」
「喋ったのか?」
「えぇ……地下の葡萄酒を貯蔵している所で。タチアナと丁度面会していたので、内容に信憑性はあります」
「……んで、何か掴めたか?」
「この炎、不自然だと思いませんか?」
「木造の家ではあるが、なんつうか燃えすぎだな」
「……油みたいなものを、事前に準備すればあるいは?」
「タチアナを通じてここの重要人物を、いつでも殺害できるよう仕込んだってことか?んで、丁度良く相手をまくために使った?」
「えぇ……それと、ジャン=ポールの家は誰かに燃やされた……」
「結果が共通している点が怪しいってか?」
「僕はこう考えます……彼らの家を燃やしたのはジャン=ポール自身」
「あるいは家を襲わせたのもか……だが、アイツがここに来た理由とか、諸々全部の説明にはならねぇ。まずあののベストロが意味わかんねぇよ」
「後は彼に直接聞くしかありません……」
「なぁ……ちっと思うんだが」
「はい?」
「ここにある建物全部、同様の仕掛けたがあるんじゃないか?」
この場にいる者全員が固まった。
「……あり得ます」
「普通に生活してたら引っ掛からねぇ構造のはずだ。焦らず、冷静に、仕掛けを解体するぞ。一軒一軒調べる必要も……いや、さすがに時間かかるな」
「レノー君はいつからここにいましたっけ?」
パメラが振り向く
「秋の終わりくらいにはいたわ、今は冬の初め、そこまで時間があった訳じゃない」
「主要な場所……こいつの家に仕掛けがあるとすれば、パメラの家と酒場に絞って動くか」
「ヴァルトは酒場を、僕は母さんの家です!」
「勝手に触んなよ、何か見つけても俺がいくまで待て!」
「分かりました!」
「てか、あのバアアはどこにいんだ!?」
「カルメさんなら、ここに来てすぐ防壁へ向かったわ」
ノイが走る。
「私、そっちいく!」
「待てノイ!カルメはたぶん、ヤツを付けてる。いくな!追跡は人数不利だ!」
「分かった!」
それぞれが動き始めた。ヴァルトとノイは酒場に到着する。酒場の中にいる者がぞろぞろと出てきている。レノーやセヴラン、シャルリーヌやジェリコがいた。ヴァルトが大声で話しかける。
「お前ら、もっと離れろ!」
ノイがシャルリーヌと話す。
「大丈夫!?」
「そっちこそよ!服が煤だらけじゃない!何かあったのね?」
「ごめん、聞かせて、何かあった?」
「レノーが突然、酒場から出ろって言ってきたの……セヴランは信用してるみたいだから、皆も一応話聞いてそれで」
「ヴァルト、早く調べて!」
「分かってら!」
ヴァルトはまず外周を調べ、次に酒場へ入り床を足でつついていく。
(追手から逃げる為に放火したなら、そこまでめんどくさい場所に仕掛けがある訳じゃないはずだ……建物全体を放火する何か仕掛けを張り巡らせてあって、それを作動させる何かがあればあの燃え方はできる。一見は見つかり辛く、でもあまり触りにくい場所ではない……)
ヴァルトは階段を見つめ、その下層に空いている空間を見た。余った机や椅子が雑多に置かれている。
(……ありそうだな)
ヴァルトは階段下層で少し机を退かし、床を爪先でつつきながら壁を沿っていく。
(音は変化ねぇな、床じゃねえなら……壁か?)
壁を叩いて進むと、音が軽くなった箇所があった。ヴァルトは鞄を広げた。おそらく手製であろう様々な工具が揃っている。
ヴァルトは、葡萄酒の栓を開ける道具を大きく太くしたような、刃の螺旋を描く釘を備えた道具を取り出す。
ヴァルトは壁をくりぬき、まずは覗いた。
(……さすがに見えねぇな、ここから徐々に切っていくか)
細いノコギリを取り出して壁を少しずつ解体していく。ヴァルトは壁内の空間にある縄の弦を数本見つけ、それを操作するような取っ手を発見した。
(これアイツが仕掛けたのか?どうや……いや、そもそもこの酒場も何もかも、結構作りとしては雑だしな……製図とかも無しで、感で建てたって感じだしな、いやそれはそれで凄いけどよ……どこなり簡単に工作はできるか。この綱が建物の柱とかに繋がっていて、操作1つで、火種と油で一瞬で建物を燃やすって具合か)
ヴァルトは仕掛けを予測し、建物の柱の床を次々と解体していき、装置に取り付けられている油と火薬や火打石を発見していった。それらを回収し、鞄の中の袋に詰め込んでいった。
(これどこで入手した?それだけじゃねぇ、アイツらどうやってここまで来た?フアンと情報を擦り合わせよう、色々あって全部後回しになってたが……1回も相手に追い付いてねぇ)
ヴァルトが外に出ると、その場にいる全員に家を調べるように指示を出した。ノイが話しかける。
「ヴァルト、その……私は」
「あぁなんだ、まぁ一旦お前は休んで良い。罠の解除なんてお前にはできないからな。ここのは全部解除した、もう安全だ」
「……えっとね?その、酒場に私がいれば良い?」
「そうだな、安全確保頼んだ」
ヴァルトは走っていった。ノイにシャルリーヌが話しかける。
「付いていきなよ」
「……いい、私は邪魔だから」
「いいじゃん、一緒にいれば」
「……ダメ」
「そっか……凄いねノイちゃん」
「えっ?」
「……自慢。今日から私は!!セヴラン君と一緒の部屋で生活します!!!」
セヴランが顔を真っ赤にしてシャルリーヌに近寄る。
「うわぁ大声でいうなぁ!」
「いいじゃん!良いって言ったじゃん!」
「やめろぉ!」
レノーがジェリコを背負って歩いてくる。
「……ひょっとして、シャルリーヌから行きました?」
「えっ……あぁ、うん……」
シャルリーヌは、一本下がった。
「シャルリーヌ、俺はもうレノーを信じてる」
レノーはシャルリーヌをまっすぐ見た。
「シャルリーヌさん、僕はあなたの信頼を裏切った。僕はもうしわけないが、1度失った信頼を再び得る方法を知らない……だけど、僕を信じるセヴラン君なら信じられるでしょう?」
シャルリーヌはセヴランに抱き付いた。
「……なんでジェリコはあんたにいったのよ!」
「わからないですよ」
「部屋でさ!?私を慰めてくれてたんだよ!?ねぇちゃん大丈夫……?って!セヴランがいなかったら、ここにいる皆だぁれもあんたのことなんか信じてないから!1日1回感謝しなさい!」
ノイは酒場を出る直前のことを思い出し、尋ねた。
「あの後、どうなったの?」
レノーが前に出る。
「それは僕から、あの後僕はずっと言葉を詰まらせていたんです……さっきも言ったように、僕はどうすれば信頼を得るかを知らない……物語として落とし込めても、理解はできていないんだ。周囲からの怒りを少しずつ感じ始めたとき、セヴランが色々と話をしてくれた」
シャルリーヌがいまだにセヴラン抱き付きながら言う。
「いったいどうしたら皆、この人を信じられたの……」
セヴランがシャルリーヌを抱き締めた。
「お前の方から俺に声をかけるって、レノーが的中させたんだよ」
「えっ……?」
セヴランは真剣に語った。
「お前、レノーが現れてからずっと付き添ってたよな?それでその……シャルリーヌはレノーにお前のこと任せようかなって思って、思いきって話したんだ……あいつの結婚してやってくれって」
「どういうこと?」
「そしたらその……あれは演技だぞ、そうやって嫉妬して不機嫌そうにしていれば、あっちが動くぞって。ノイさんとヴァルトさんで混ざって話した後すぐに、お前からほら……言っただろ、一緒になろうって。本当に当たるとは思わなかったよ……だから俺は信用する。これはレノーの成果だ、分かるか?分かるだろ?ハッキリ言おう、俺はレノーに感謝している。シャルリーヌのその周到な感じが出るきっかけだった……今までのままだったら、俺はシャルリーヌに何も言えなかった……でもそっちから来た、だから」
シャルリーヌは白目を向いていた。レノーがため息をする。
「羞恥心でほぼ死にかけてるじゃないですか……とりあえず部屋へ運んでおいてくだだい。あと今日は普通に危ないので、手を出さないでしっかり寝なさい」
「分かってるよ!!」
「人はそういうのに弱い、だから僕はそういうのは好まない……でも僕はここでは部外者だからあまり口出しできない……念のため、ジェリコさんは僕が預かります」
ノイが焦り出す。
「わ、私1階にいるからね!?警備しなきゃいけないし!」
「だからぁあ!」
セヴランが落ち着いてきて、ノイに話しかけた。
「……なぁ、兄ってのは結局どうなった?」
「カルメさんが追いかけてるはず」
レノーが話す。
「そうか、保安課ならまず間違いないだろう……兄はもう時間の問題だ。でも……」
ヴァルト達が早々と帰ってきた。ノイが真っ先に見た。
「あれ?ヴァルト早い」
「パメラの家にゃ見当たらなかった。まぁ酒場の仕掛けがデカすぎたからな」
フアンが手を上げた。
「……あの、カルメさんがジャン=ポールを追っている以上。僕らにできることは少ないです。一旦状況を整理しませんか?」
「じゃあパメラの家で会議だな。さっき自警団と話したんだが、酒場は暫定的な避難区域になっていく予定だとよ」
ノイが手を上げた。
「私はどうする?」
「すまんが警備を頼む、備蓄もそうだが……お前には酒場を担当してくれ。ここだって結構資源がある、つかここ酒場っつうか配給所だろ?」
セヴランが前に出る。
「まぁ呼び方くらいはせめて平和的にね?配給所って、戦時中じゃあるまいし」
「……それもそうだな。だがベストロっつう敵がいる以上、ある意味ずっとここ50年戦時中でもあるぜ」
ヴァルトとフアンとパメラとレノーは、パメラの家へ向かった。メロディがやっと正気に戻ったのか、パメラに再び抱き締められた後に残された。
「あの、メロディさん……さっきはその」
「……すまない、先走っ」
「ごめんなさい」
メロディは完全に目を点にした。
「……え?謝るのは私だろう。勝手に飛び出して倒れたんだから」
「私、何もできなくて」
「……ノイ君、自分を責めるなと私は言えない。でも私は……そうだな。はっはっ、お互い言葉が出てこないな」
メロディはノイを抱き締めた。ただただ優しいそれは、冬の始まりの夜中でノイに確かな癒しを与えた。
「……我々は言葉を持ち、確かに日々に勤労し、文明の中で息をする。しかし同時に、毛と皮に包まれ、足で歩き、この大地に生きるていることを忘れてはいけない……極論、言葉なんていらないかもしれない。こうして抱き締めあるだけでも、救いはなる。私がパメラにされたように、今の君には必要だろう……休んでいけないことはないよ。辛いことがたくさんあったんだろう?」
「メロディさん……」
「ノイ君……嘘は着ける?」
「苦手過ぎるくらい」
「そっか、なら良い。大切な誰かに嘘を付くとね?おかしくなってくるから気を付けて」
「……えぇ?」
「酒場の警備は任せる、私は残ってる皆と、壁の中だけでも巡回するわ」
「外は?兄ってのが逃げるかも」
「外なら手は出せない、単純に夜間に森ってのは危険なんだ。外にいったというのなら、熊でもベストロでも、好きなのに喰われれば良いさ」
シャルリーヌはセヴランによって部屋へ連れられていった。ノイはそれを見届け、数人の自警団員と酒場に残った。
―クロッカス防壁の外側―
夜の森に白い髪の男が、静かに歩いていた。
「まったく、聞いたのよりずっと難関ではないですか……あっ」
ジャン=ポールは口を塞ぐ。
(いけない、ついつい声に出てしまう……後ろに気配はない……やはり数が足りない、あぁもっと殺したかった……しかしやはり帳尻合わせのというものは中々に面白いですね、こちらとしても都合が良い。あるいはこのまま別の集落でも探して……)
ジャン=ポールの後方の10歩程後ろの木の上には、カルメがいた。細い目を開けている。
(おばさんなめないでよぉ坊や?しかし、なんでコイツここまで来れた?外に出るにしたって、警備の交代を狙って動いてたし……タチアナと繋がっていれば訳ないか)
木々を伝って追跡するカルメの視線の先でジャン=ポールが、熊に出くわしておいるのを目撃した。
「な、なんだぁ!?」
慌てふためくジャン=ポールをカルメはただ見ていた。
(このまま死んだら色々とマズイよね?助けるしかな……)
熊は肉として四散しており、カルメは視線に何かを捉える。
(なんで……どうして……!?)
カルメは震えていた。
ヴァルトらはパメラの家へ到着した。パメラが玄関を開け、中へゾロゾロと入っていくと、冷えきった飲み物や食事が置かれていた。
「夕飯だったけど、もう夜ねぇ」
「ここ日に3回もメシ食うのか?」
「あぁ確か、ナーセナルだと朝と昼だっけ?」
「うちは昼と夕方。お腹空いたままじゃ寝れないじゃん?」
「朝に腹減ったままで農作業できるのかよ?」
「うん、だってお母さんだから」
「何も説明になってねぇよ」
「母さん、だいたい酒場で調理済みのを受け取ってるって今日言ってませんでしたか?」
「……あぁ、えっと」
レノーが手を上げる。
「……えっと、多分ですけど、フアンさんとパメラさんはご家族ですよね?そして、色々あって別の、確かナーセナルという所から来た……それは今日。つまり、パメラさんは息子と久しぶりに食事がしたくって、家に食事を準備しておいたとかでは?今までの会話はただ、それを恥ずかしく思い、ついた嘘では?」
「……ぅ言い当てないでよぉ!」
フアンは食事に指をさした。
「お母さん、じゃあせめて自分で作ったものを出しなさい。これ絶対酒場でミラベルさんに調理してもらいましたね?」
「いいじゃない!母さんそういうの下手くそなんだから!」
レノーはジェリコを背負ったままに連れてきていた。
「ジェリコさんが寝てますのでどうかお静かに」
「お前、こっから俺ら色々やるんだぞ?」
「起こすのもどうかと思いまして」
「お前いつの間に仲良く……」
「この方が急に……」
「兄が年上なら、お前は年下ってか」
ジェリコはパメラが寝ている場所に置かれ、会議が始まる。
「まずフアンだ。ジャン=ポールと話したんだろ?」
「はい……ですが、正直信憑性にはかけますよ?」
「言うだけいってくれ、何話したんだ?」
フアンはジャン=ポールとの会話や、タチアナと会っていたこと、オルテンシアの現状などを話した。フアンに対するジャン=ポールの見解は話していない。
「……意味が分からねぇな」
「彼自身の目的に繋がるものは何もないと思います、全てオルテンシア関連の情報でした」
レノーが情報の全てを肯定した。
「イェレミアスの低迷とか、マジで関係無いものアホりだな。そもそもの話だが、あのベストロはなんだよ」
レノーが答える。
「モルモーンとは、人や亜人に獣人、それら全てに化けることが可能なベストロです。我々の社会に完全に溶け込んでいたのか、今まで発見されなかった……」
「にしては中々クソみてぇな瞬間に覚醒しやがったな、ああいう生態だったか?」
「いえ……そういうものではありません。捕食の瞬間に正体を現すのがモルモーンです。被害者にしかその全貌は分からず、だが凶暴で、再生能力を有している」
「あの野郎、人食って体生やしやがった」
「絵付きにしては色々と曖昧なベストロではありますが、照らし合わせると確かにあのベストロはモルモーンですね」
「タチアナはモルモーンだった……変な話だ、なんで今までバレなかったんだ?」
パメラが話し始めた。
「最近、急に失踪するっていう事件がよくあったの。ベストロが来る前から起こってたんだけどタチアナ、モルモーンがやったのかしら?」
レノーが聞く。
「正確な時期は分かりますか?」
「……その、レノー君が来てから」
「いやもう、それジャン=ポールだろ。アイツ殺人犯なんだろ?」
「かもね、でもだとしたらおかしいと思うのよ」
レノーは喋り出す。
「兄と関わった女性は消えやすい、保安課のいう兄が連続殺人犯というのを答えと過程した場合……消えたのは女性だけですか?」
「ちょうど半分は男性よ」
「兄の殺人ではない……?」
「他に何かなかったの?フアン、耳良いでしょ?壁越しから何か聞こえなかった?」
会話を思い出した。
「……そういえば、何か言ってました。タチアナは最近、夢遊病だったとか?」
「続けろ」
「……タチアナは、何かをジャン=ポールから受け取っています。1つ目は不明です、2つ目は、夢遊病に効く薬……会話の感じただただ睡眠を快適にする飲み物だと思います」
「夢遊病……ねぇ」
ヴァルトは首を傾げた。
「……パメラ、最近のタチアナの様子はどうだった?」
「凄い若返ったような感じだったわよ、とても60手前とは思えないほど。あと確かに夜中出歩いてることあったわね。兎の亜人って珍しいから、それもあるかもしれないけど……」
「そういや俺も見たことねぇな、ネズミとかリスみいねぇな」
「大虐殺で、ひょっとそしたら執拗にやられたのかもね……」
「なんでだよ?」
「えっと、私達亜人や獣人ってね?型になってる動物の特徴を、見た目以外でもちょっとだけい似てるの。兎の場合はその……」
「繁殖力……出産までが早いとかか?」
「そう、しかも双子の確率も高いのね」
「増えやすい……はぁなるほど?できる前に殺したってことか、数が増えたら脅威だっつって」
「かもね……他にも鳥の型なんてほぼ全滅してる」
「飛ばれると厄介?」
「違うわ、ほら……天使ってやつ」
ヴァルトは少し表情を悪化させ、フアンは黙り込んだ。
「あれ、どうしたの?」
「いえ、続けて下さい」
「聖典教の信者はベストロを恐れ、その末裔であるとして亜人や獣人を差別し、ベストリアンと呼んで蔑む。でもね?それだけじゃなくて、獣っぽいもの全般が嫌いなの、毛とか肉とか……毛深いなんかも、酷い扱いを受けることがあるらしいわ。獣から離れるために、菜食主義になる人もいるとか」
「じゃあハゲの方がモテんのか」
「……うぅん、どうだろ。でね?天使ってほら……獣っぽいでしょ?羽根って鳥だし。おかしいって思ったこと、何度かあるの。でも一個説があってね、天使と獣は別だっていう主張のために、鳥の亜人と獣人が消されたっていうのが」
「我を通すってことか、それなら馬が文明に浸透してるいまの状況にも納得がいくな」
「どこまでも勝手なの、聖典教は」
フアンが席を立った。
「ヴァルト、地下には既にいなかったんですよね?なら、もう1度あそこにいきましょう」
「ありだな」
夜も深くなっていき、次第にヴァルトを除いた者らに疲れが見え始めた。そんな中でヴァルトらは現場である砦に向かっていた。レノーは念のためでジェリコを背負っている。
「……ヴァルト、疲れないんですか?」
「まぁ俺は夜更かしとかほぼ当たり前だからな」
「顔色、あまり変わらないですよね」
「こればっかしは慣れじゃねぇかな?イェレミアスで武器作ったときも普通に夜通し作業してたし」
レノーは話し始めた。
「ナーセナルって、凄いことしてますね。でも顔に出てないだけで、あなたも疲れているのでは?」
「……かもな」
「ノイさんはたぶん寝ませんよ?」
「マジか、1番先に寝るだろアイツ」
「……誰が指示したと思ってるんですか?」
「……俺か?それがどした?」
「いいえ、そのままで良いかと」
「はぁ?」
2025年6月3日時点で、997,634字、完結まで書きあげてあります。添削・推考含めてまだまだ完成には程遠いですが、出来上がり次第順次投稿していきます。何卒お付き合い下さい。




