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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第壱章 ふしぎなカフェー
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5.沖さんの正体

「もうっ、沖さんったら何であんなこと言うかしら」


 帰り道。千代はブツブツと呟きながら浅草の町を歩いた。なんだか頭がぼうっとして、体が火照ったように熱い。


 今思うと、凄く良い条件だったかもしれないと千代は思い直す。沖さんは少し年上だけど美丈夫だし、良い人そう。


 でも――やはり初対面の相手だし、何より両親の同意を得られるとは思えない。カフェーの店主じゃ、父親としては、政略結婚の相手として美味みを感じないだろう。

 千代は結婚して家を出たいという願望はあったが、できれば両親とはめずに、円満に家を出ていきたかった。


「はあ」


 世の女性たちのように普通に結婚して、普通の幸せを手に入れたいのに、どうしてこんなに難しいのだろう。千代は思い悩みつつ、ブラブラと浅草の街を歩く。


 女学校はここからそう離れていないけれど、行き帰りにほとんど寄り道した事は無かったし、こうしてゆっくりお店を見たりするのは初めてだ。お団子におせんべい、雷おこしなんかもおいしそう。何かお土産に買っていこうかな。


 そんなことを考えているうちに、千代の心は段々と晴れて言った。


「そこのお嬢さん、団子はどうだい?」


 千代がじっと露天を見ていると、お団子屋さんから声をかけられる。

 見ると、美味しそうなみたらし団子がホカホカと湯気をあげている。


「わあっ、美味しそうなお団子。一本もらおうかしら」


 千代はそう言いながら財布を出そうとしたのだけれど、どこを探しても財布が見当たらない。


「あれっ?」


 どこかに落としたのかしら。それとも――もしかして沖さんのお店に置いてきた?

 千代の顔からさあっと血の気が引く。


「す、すみません、ちょっと持ち合わせがなくて――ごめんなさいっ!」


 千代は急いで来た道を戻ると、カフェー・ルノオルのドアを開けた。


 カランコロン。


「沖さんっ、すみません、私、お財布……」


 だけど、お店の中はしんと暗くて誰もいない。看板には「営業中」って書いてあったのに、もうお店を閉めたのだろうか。

 

「沖さーん、入りますよ?」


 おかしいなと首をひねりつつも、とりあえずいるかいないか分からない沖に声をかけて店内に入る。

 財布を見つけたらすぐに帰ろう、そう思っていたのに、ソファーの下や通路の脇、お店の中をいくら探せども、財布は見つからない。


 お店に忘れたのではなく外で落としたのだろうか。それとも沖が見つけて預かっていてくれてるのだろうか。


 とりあえず沖に話を聞きたいけど、いくら店の中を見回してもどこにもいない。どこに行ったのだろう。


 と、そこで千代は沖が神社を裏庭の方に移したと言っていたことを思い出した。もしかしてそちらの方に沖はいるのかもしれない。


「沖さーん」


 千代は恐る恐る店の裏手へと回った。


「沖さー……」


 ――ザザリ。


 秋の風が浅草の空を吹き抜ける。遠い空に赤蜻蛉が一匹飛んでいく。

 千代は顔を上げ、息を飲んだ。


 カフェーの裏手には、沖が言っていた通り小さな神社があった。


 赤い鳥居に小さな狐の像。

 そしてそこにいたのは、長い白髪に、ピンと立った獣の耳、長い金の尻尾を持つ美しい青年だった。

 頭に思い浮かぶのは、幼い頃に見た沖の姿。長くて白い不思議な髪。


 沖さん……?


 秋晴れの空の下、揺れる金の尻尾を見ながら、千代は呆然と立ち尽くした。


 あれ、沖さん……だよね?


 沖さんに狐の耳と尻尾がある……。


 沖さんって、人間じゃなかったの!?


 千代が狼狽していると、急に背後から声がかかる。


「ダメだよ、勝手に入っちゃ」


「ひゃっ!?」


 振り返ると、そこには白くて長い髪に狐の耳が生えた沖がいた。

 今しがた神社のそばににいたはずの沖が一瞬にして移動したのを見て、千代の背筋がゾッと寒くなる。

 沖はそんな千代に構うことなく、クスクスと笑いながら穏やかな口調で話し続ける。


「バレちゃったね、結構上手く隠してたつもりなんだけど」


 千代の肩をがっちりと掴み、耳元で囁く沖さん。


 沖さんの琥珀色の瞳が、蛇のようにすうっと細くなる。


「あ、あの、沖さんは……」


 恐る恐る千代が尋ねると、沖は上機嫌に教えてくれる。


「うん、見ての通り、私の正体は天狐てんこ。この稲荷神社に祀られている神――といったところかな?」


 沖さんが狐で神社の神様?


 目の前で狐の姿を見ても、千代にはまだ信じられなかった。


 沖はクスクスと可笑しそうに笑う。


「ええ、そんなわけで――」


 沖はトンと千代の後ろの壁に手を付くと、唇の前に人差し指を持ってきた。

 吸い込まれそうな金色の目。恐ろしいほどに整った顔。ドクンと千代の心臓が鳴る。


「正体がバレちゃったからには、君をなんとしてでもお嫁にもらわないとね?」


 優しいけれど、有無を言わせぬ口調で沖は言った。


 

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