44.いばらの塔
そこからまた、常春の意識は別の場所に飛ばされた。
灰色の空、吹きすさぶ風。目の前には、黒い茨で覆われた丘と、赤いレンガ造りの塔があった。
「浅草十二階?」
思わず口に出す。
目の前にある建物は、浅草にある凌雲閣そっくりだった。
凌雲閣と違うのは、浅草ではなく荒れ果てた原野にあるということと、鉄格子のような黒い茨に覆われていること。
「ここは……千代さんの深層心理の中なのかな」
となると、千代がいるのはあの偽物の十二階の中だろうか。
さしずめ自分は、お姫様を助けに行く王子様というわけなのだろうか。
やれやれと肩をすくめ、常春はとりあえず目の前の塔に向かおうとした。だが――。
――ひゅん。
先程まで鉄格子のようだった黒い茨がムチのようにしなって常春の方へと飛んできた。
「おおっと」
常春は後ろへ飛んで茨を躱した。ついさっきまで自分のいた地面には、大きくえぐり取られるような穴が開いている。
「なるほどね、お姫様を守っているというわけか」
――ヒュン!
と、今度は茨のムチが常春頬をかすめる。
つうっと一筋、頬に血が伝った。
「うーん、当たると結構痛いな」
常春は頬についた血を拭った。
「これは、結構苦労しそうだな」
常春は目の前の十二階を見つめ、ペロリと舌なめずりをした。
「上等じゃないか」
こうなったら、意地でもあそこに辿り着いてやろうじゃないか。
***
「はあ、はあ、やっとたどり着いたぞ」
あれからどれぐらい時間が経ったのだろうか。
常春は着物も肌もボロボロになりながら、ようやく石の城にたどり着いた。
「参ったな、意外に苦戦してしまった」
あの茨は怪異……だよな?
まさかあんなに強力な怪異が千代に取り憑いているだなんて常春にも予想外だった。
あれの正体は一体?
そんなことを考えながら、常春は十二階の中をひたすら歩く。
中はがらんとしていて何も無く、ひたひたと自分の足音だけが不気味に響いている。
「しっかし、何も無い所だなー」
常春は不意に何気なく塔の壁に触った。すると――。
ボゴッ。
鈍い音がして、壁の一部が引っ込んだ。
「げっ」
嫌な予感。と思う間もなく、通路の向こうから巨大な石がゴロゴロと転がってきた。
「うわあああああああ!!」
常春はなすすべも無く壁に激突――しそうになった瞬間、壁がぐるりと一回転した。
「わあっ!?」
そして常春は、十二階の外へとごみのように吐き出された。
目の前には黒い茨。
常春は叫んだ。
「ええっ、また一からやり直し!?」
この茨の塔、攻略するのは意外と大変かもしれない。
***
そして常春は、ボロボロになりながら再び十二階にたどり着いた。
「もう今度は迂闊に壁を触らないぞ」
警戒しながら塔の一階部分を歩く。だけど――。
ボコッ。
今度は色の違う床を踏んでしまう。
これは絶対何かが起こるやつだ。
常春が何が起こるのか身構えていると、天井から三本の槍が降ってきた。
ヒュンヒュンヒュン。
「おおっと」
常春は慌てて後ろに下がって槍の仕掛けを避けた。
「良かった、大したことないやつだ」
常春はホッとしながら壁に手をついた。
すると、またしても壁面の石が後ろに引っ込んだ。
ボゴッ。
「げ、やっちまった」
今度は何だろうと身構えていると、天井から矢が三本降ってきた。
ひゅんひゅんひゅん。
常春はそれを前に飛んで避けた。
「ふう、城から追い出される系じゃなくて良かった」
そう独りごち、壁に手をつこうとして慌てて引っ込める。
壁の色が明らかに違っていたのだ。
(ふう、危ない! これ絶対、何かの仕掛けがあるやつじゃん。)
「その手には乗らないぞ」
常春は壁を睨みつけると、先を急いだ。
「エレベーター、エレベーターっと」
恐らく千代がいるのは、浅草十二階の一番高いところに違いない。
そう思い、エレベーターを探したのだけれど、エレベーターには「故障中」の紙が貼ってある。
「……ま、そう簡単にはいかないか」
現実の浅草十二階のエレベーターは故障していたから、せめて夢の中だけでも乗ってみたかったのにと常春は少しがっかりしてしまう。
(ま、仕方ない。階段で行くか)
常春は長く険しい階段をただひたすら登り続けた。
どれぐらい階段を登っただろうか、ようやく終わりが見えてきた。
「千代さん、千代さんっ……!」
常春は勢いよく最後の階段を登り屋上の展望台に出た。だけど――。
「あれっ?」
そこには、ただ古い毛布と糸巻きが転がっているだけで、千代の姿はなかった。
(千代さん、一体どこに?)
てっきり十二階の最上部にいると思っていたのに。ここでなければ、一体どこにいるんだ?
とりあえず来た道を引き返そうとして気づく。
階段の上部に「11」の文字がある。
ということは、ここは十二階じゃなくて十一階らしい。まだ先があるというのだろうか。
常春は周りを見渡して確認をする。
だがこの先に進めるような場所や隠し扉は無かった。
上じゃないとしたら――ひょっとして地下があるのだろうか。
この偽物の浅草十二階は、ひょっとして十二階建てじゃなくて、地上十一階、地下一階構造なのかもしれない。
何の根拠もない適当な推理だが、常春には何となくその考えで合っている予感がした。
だが地下へ行く階段などなかったはずだ。それともどこかに隠し扉があるのだろうか。
常春は今まで通った道のりを思い浮かべた。
(どこかに隠し扉らしき場所は……)
「あっ」
常春には一つだけ心当たりがあった。
城の一階へと急いで戻る。
「確かこのあたりに」
常春が目を皿のようにして床を探すと、一つだけ色の違う床石があった。
「よしっ、これだ!」
石を踏むと、上から槍が三本降ってくる。
常春はそれを躱すと、壁に手をついた。
ひゅんひゅんひゅん。
今度は矢が三本降ってくる。
それも先程のように躱すとと、常春は目の前の壁をじっと見つめた。
「あった、これだ」
一つだけあった色の違う石。先程は、罠かと思い押さなかったけれど……。
「頼む、当たっておくれ」
常春が祈りながら押すと、鈍い音を立てて石は動き、地下へと続く暗い階段が現れた。
「……当たりだ」
「狐火」
お札に火を灯し、地下へと続く暗い階段を下りる。
地下の空間は以外にも広く、永遠とも思える長い螺旋階段が遥か下へと続いている。
常春はぐるぐると円を描くように、足場の悪い螺旋階段を慎重に降りていった。
降りれども降りれども、真っ暗で変わらない景色。
しばらく降りているうちに、常春は自分が降りているのだか登っているのだか分からないような不思議な気持ちになった。奇妙な浮遊感と目眩、そして疲労が襲う。
だが間違いない。この先に、千代はいる。
根拠はないけれど、確信めいたものを感じた。
常春は、一歩また一歩と、千代の心の奥底に近づいているのを感じた。
やがて、長い螺旋階段は終わり、地面と黒い扉が見えてきた。
「いよいよか」
常春は黒い扉に手をかけ、グッと押した。
ギィ。
扉の先には、粗末なベッドに眠る千代。そして――。
「グルルルル」
真っ黒な狼が、喉を鳴らしてこちらを見ていた。
これが千代を襲う怪異の正体なのだろうか?




