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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第漆章 千里眼と秘密教団

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43.千代の眠り

 ある晴れた日の昼下がり、國仲がいつものようにライスカレーを食べにカフェー・ルノオルへと向かったところ、店に「CLOSED」の看板を掛けている常春を見つけた。


「あれっ、今日は休みなんですか?」


 國仲が声をかけると、常春は少しやつれたような顔を上げた。


「うん、そうなんだ。ちょっと事情があってね」


「事情ですか? あっ、そう言えば千代さんは?」


 國仲は辺りをキョロキョロと見回した。いつもであれば店の周りを掃除したり福助に餌をあげている千代の姿がない。

 國仲の問いに、常春は含むような笑みを浮かべる。


「うん、ちょっとね」


「風邪でも引いたんですか? あっ、それとも新婚ですし、その、ご懐妊でも――」


 だがその言葉に、常春は力なく首を横に振った。


「……ちょうどいい、君にも少し手伝ってもらおうかな」


「手伝う?」


 常春は國仲を自分の自宅へと招き入れた。


 白く手入れの行き届いた階段を上り、二階に着くと、常春は國仲を彼らの寝室へと招き入れてくれた。

 いくら親しい仲でも新婚夫婦の寝室に入るのは気が引ける國仲であったが、常春としてはそこは特に気にしないらしい。

 案内されて寝室に入ると、そこには天蓋つきの西洋風のベッドに横たわる千代の姿があった。


 初めはただ寝ているだけかと思った國仲だったが、少ししてその異常さに気が付いた。


「千代さん……どうしたんですか?」


 國仲に問われ、常春はぽつりぽつりと話し始めた。


 彼が言うには、カルト教団から帰りしばらくして、千代が眠ったまま目を覚まさなくなったのだという。


 國仲が驚いて尋ねる。


「ひょっとして、何かの怪異ですか?」


「おそらくね」


 常春は千代の体に手を伸ばした。


 すると千代の体を這うように覆う「何か」が現れ、常春の指をちくりと刺した。


「君にはこれ、何に見える?」


 常春の問いに、國仲は考え込んだ。彼の目には黒っぽいモヤがロープのように千代の体に絡みついているように見えた。


「えっと……縄か何かですか?」


 國仲が答えると、常春は首を横に振った。


「いや、違う。これはいばらだよ」


 常春はぷくりと人差し指に滲んだ血を舐めとった。


「茨……というと、この間の女学生の黒百合みたいな怪異ですか?」


「うん、確かにこれはあの黒百合の怪異に似てはいるね。だけど、本質的には全然別物だ」


 ひょっとしたらあれよりも厄介かもしれない、そう常春は思った。


「で、でも、沖さんならなんとかできるんですよね?」


 國仲の問いに、常春は無言でうなずいた。


「もちろん……と言いたいところだが、これは僕が今まで見たことのない未知の怪異だ。そこで、君にも手伝ってもらいたい」


「は、はい。もちろんです」


 國仲が背筋を伸ばして答えると、常春は薄く笑って真っ黒な茨に覆われた眠り姫を見つめた。


「恐らく、千代さんの魂は夢の中に囚われている。そこでまずは、僕は千代さんの夢の中に潜入しようと思う。國仲くん、君にはその間に僕の体を見張っていてもらいたい」


「は、はい。もちろんです」


 國仲が敬礼をすると、常春は千代の手を握り、目をつぶった。

 瞬間、常春はガクリと首を垂れる。


 國仲が驚いて常春の顔を見ると、どうやら彼はすやすやと眠っているらしかった。

 國仲は常春の体を千代の横に移動させると、二人が目を覚ますのを待った。


 どうか、常春が無事に千代の魂を夢の中から救い出せますようにと祈りながら――。


 ***


 千代の夢の中にたどり着いた常春は辺りを見回した。

 どうやらここは和室のようだ。

 常春の魂は、和室の天井にまるで幽霊みたいにふわふわと漂っていた。


 舌を見ると、そこには一組の夫婦と三歳ぐらいの女の子がいた。


「千代は凄いなあ。まだ三つなのにこんなに上手に絵を描くのか」


「えへへ、ありがとう」


 若い男に撫でられて嬉しそうにする少女。その顔には常春の知っている女性の面影があった。

 どうやらこの夫婦が千代の両親で、この幼い少女は子供時代の千代らしい。

 とすると、これは千代の記憶の中なのかもしれない。


 優しくて、ぽかぽかと春の日差しのように暖かい記憶だと常春は思った。

 千代の家庭環境はあまり良いものでは無かったと聞いていたけれど、この頃は幸せだったのだろう。


 常春はじっと女の子を見て微笑んだ。

 すると女の子もこちらを見て微かに微笑んだような気がした。

 すると不意に、千代の母親もこちらを見て不思議そうな顔をしたような気がした。


 (そうか、この人は視える人だったな)


 常春は慌てて天井裏に姿を隠した。

 千代の母親は、千代に似た、一見優しげだけど意志の強い目を持つ美しい女性だった。

 あの美しい母親がカルト教団の餌食になるとは何という運命なのだろう。


 と、次の瞬間、常春の意識は何かに引っ張られるかのように次の場所へ移動した。


 (何だ何だ。次はどこへ行くんだい!?)


 次にやってきたのは、銀座の街だった。

 先ほどより少し大きい、四歳ほどの千代が、母親と手を繋いで街を歩いている。

 千代は、母親とお出かけできるのが嬉しいらしく、しきりに鼻歌を歌っている。

 常春は跳ねるように歩く千代を見て微笑ましく思った。だはその後すぐに、母親が険しい顔をして足を止めた。


「お母様?」


 千代が不思議そうな顔で母親を見上げる。

 母親は険しい顔のまま、前方を見つめている。

 母親の視線の先には、若い女性と親しげに腕を組んで歩く、千代の父親の姿があった。


 常春の意識は、そこでまた次の場面に飛ばされる。


 父親と母親が口論し、母親がすすり泣く夜。

 千代は泣き続ける母親の姿を、障子の隙間からじっと見つめている。

 そして母親は、怪しげな宗教にのめり込み始める。


「お母様……何を飾っているの?」


 母親の部屋が異様な雰囲気になっていることに気づいた千代が尋ねる。


「これ? お目目様よ」


 千代の母親が飾っていたのは、見覚えのある目のマーク。


「お目目様は全てを見通せる力を持っているの。お目目様は私たちの世界から超越したところにいらっしゃるから」


「お目目……様?」


「そう。私たちも、いずれお目目様と一体化するの」


 母親は、力ない笑顔で笑う。


「そこには、痛みも苦しみも悲しみもない。暖かなまどろみが待っているとお目目様は言っていたわ」


 そして場面は飛ぶ。


「おはようございます、お父様」


 千代が朝起きると、父親が新聞を読みながら渋い顔をしている。


 新聞の見出しには「新興宗教の教団による犯行か? 汽車内で火災と殺傷事件が起き抜七人死傷」という文字が踊っている。


「お父様?」


「ああ、おはよう、千代」


 父親は、渋い顔のまま顔を上げ、千代に尋ねる。


「千代、お母さんは? 一緒に寝なかったのか?」


「昨日は私は一人で寝ました」


「そうか。母さんだが、起きるのが妙に遅いと思ってな。起こしてきてくれないか?」


「はい、お父様」


 千代はなんの疑いも持たず、母親の部屋へと向かう。

 長い廊下を、これから起こることなんてこれっぽっちも知らず、踊るような足取りで歩いていく。


「お母様。お母様ーっ」


 そしてついに、幼い千代は母親の部屋のふすまに手をかけた。


「やめろ、やめるんだ!」


 これから起こることを知っている常春は声を上げた。だけどその声は当たり前だが、千代には届かない。


「お母様、開けますよ」


 そしてそこで千代が見たのは、和室の鴨居かもいに紐をくくり、首を吊った母親の遺体だった。


 

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