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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第壱章 ふしぎなカフェー
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4.怪異祓いの店主

 千代は恐る恐る手を挙げた。


「あの、つかぬ事をお聞きしますが、沖さんって、以前、神社の神主さんやられていませんでした?」


 千代の問いに、沖の動きがピタリと止まる。


「はて、以前どこかで君と会ったかな」


 沖は顔に笑顔を張りつけたまま聞いてくる。


 どうやら沖は千世のことを覚えていないらしい。あの時、千代はまだ子供だったしあれから随分成長したから分からないのかもしれない。


「は、はい、覚えていないかと思いますが、十年くらい前に……」


 千代は十年前に浅草で迷子になったことと、不思議な神社を見たこと。神主さんに助けられたこと。そして、その時の神社を探して今日ここまで来たことを沖に話して聞かせた。


「なるほど、そうだったのか。君があの時の子供だったとは、奇遇だね」


 沖は、腕を組んで感慨深そうにうんうんとうなずく。やはりあの時の神主が沖で間違いないようだ。

 千代はホッと胸を撫で下ろすと、沖の顔を見つめた。

 髪は切って黒く染めたのだろうか。着物も髪型も洋装になってるけど、顔はよく見るとあの時のままだ。千代の胸の中が、じいんと懐かしさでいっぱいになった。


 あの時、二十代前半くらいだったとすると、今は三十代くらいだろうか。

 だけど肌つやが良いせいか沖はどう見ても二十代にしか見えなかった。むしろそこら辺の二十代の女性より綺麗なぐらいだ。やはり元が良いと、あんまり老けないものなのだろうかと千代は何となく納得する。


「あの、ところであの時の神社はどこへ行ったんですか?」


 千代はは気になっていたことを沖に尋ねてみた。どうして今まであの神社が見つからなかったのか知りたかったのだ。

 千代の問いに、沖は笑顔で答える。


「ああ、この店の裏手に移したんだ。神社の手前にこのカフェーを建てたから、見えなかったんだね」


「そうですか、それで見つからなかったんですね」


 なるほど、それでいくら探しても神社が見つからなかったのかと千代は納得する。

 でもそれってバチあたりではないのだろうか。神主がする事だからいいのだろうか。

 と、ここで千代は気づいた。


 沖は千代が探していたあの神社の神主で、今はカフェーのマスター兼祓い屋みたいなことをやっている。ということは、沖にお祓いしてもらえば良いんじゃないのかしら。そうすればもう「呪われた令嬢」だなんて呼ばれなくなるはず。


「あのっ、沖さん、実は相談があるんですが」


 千代は「呪われた令嬢」の話を沖さんに話して聞かせた。

 お見合いをした婚約者が立て続けに事故にあっていること、そして謎の黒い影が目撃されていること。


「――というわけで、私はお見合いを断られ続けているんです。どうか、お祓いをしてもらえないでしょうか。早く家を出て、暖かい家庭を築きたいんです」


 千代の話を聞くと、沖は小さくうなり、顎に手を当てて考えだした。


「それならひとつ、良い提案があるよ」


「提案?」


 千代が首を傾げていると、沖はずいと千代のほうへ顔を近づけてきた。


 (わわわわわっ、綺麗な顔……)


 見つめられると身がすくんでしまうほどに美しい琥珀の瞳。

 動揺する千代の耳元で、沖は低い声で囁いた。


「うちにお嫁に来ればいいんだよ」


 (え……ええっ?)


 沖の言葉に、千代は飲んだ珈琲を思わず噴き出しそうになった。


「な、な、な、な……何言ってるんですか!?」


「いやいや、君の話によると、会うのは二度目みたいだし、千代さん稲荷寿司は凄く美味しかったし」


「だからって――」


 確かに沖は素敵だけれど、そんなこと父親が許すはずない。

 千代の父親は結婚には家柄や財力を一番に重視する人だ。どこの馬の骨とも分からないカフェーのマスターといきなり結婚なんて了承してもらえるとは思えない。


「すみません、いきなり結婚なんて、私は無理です」


 千代はガバリと頭を下げた。


「まあ、そうだよね。残念、残念」


 沖は、残念がるどころか食えない笑顔で笑うだけだった。


 千代はほっと胸を撫でおろす。先ほどの沖の言葉はただの冗談なのだろう。よく考えたら沖のような大人の男の人が小娘の自分と本気で結婚したいだなんてありえないし、少しからかっただけなのだろう。

 千代が安堵しつつも少し残念に思っていると、沖は食えない笑顔でクスリと笑った。


「……とまあ、それはさておき、君に取り憑いた悪いモノは祓っておかないとね」


「祓ってくれるんですか!?」


「うん。普段はお金を取るんだけど、今日は特別サービス。そこに立って」


 沖に指示され、千代はテーブル席をどかし、広くなったお店の通路に立った。

 沖はカウンターの下から何やらお札を取り出す。


「火がつくけど、熱くないから大丈夫だからね」


「は、はあ」


 どういうことだろう。ひょっとしてお灸でもするのかしらと千代が思っていると、沖は千代の右肩の辺りにお札を貼り付けた。


「――狐火」


 沖が唱えた瞬間、お札がボッと炎を上げる。


「うひゃああっ、熱っ……」


 千代は反射的に声を上げた。


「千代ちゃん、落ち着いて。それは千代ちゃんには効かないから」


「そ、そんなこと言ったって!」


 (だって、燃えてるんだよ!?)


 と、取り乱した千代であったが、確かに沖の言う通り、右肩に着いた火は全く熱くなかった。

 あれっ本当だ。全然熱くない。なんでなんだろう。

 千代がお札に触れようとしたその瞬間、沖から声がかかる。


「――動かないで」


「えっ」


 沖は千代のほうへ手を伸ばしたかと思うと、肩のあたりにいた《何か》を掴んだ。


「ギイッギイッギイッ」


 不気味な声を上げる《それ》は、真っ黒い髪の毛の塊みたいな生き物だった。

 千代の背中にゾッと寒いものが走る。


「な、何これっ……」


 千代が声を上げると、沖は猫みたいに目を細めて笑った。


「これが君を呪っていた《何か》の正体だよ。人の怨念や恨み、そういう負の感情から産み出された人ならざるモノだね」


 そう言うと、沖は千代の肩にいた黒いモノをギュッと握りつぶした。


「――ミギャッ」


 黒いものは、不気味な声を上げると、黒いすすみたいになって、パラパラと床に散らばった。


「ひっ……」


 千代は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。


「これでよしっと」


 んはパンパンと手袋についた黒い粉を払うと、手袋を脱ぎ、千代に手を伸ばした。


「大丈夫かい?」


「え、ええ……」


 千代は沖の手を取るとゆっくりと起き上がりながら尋ねた。


「でもこれで本当に除霊できたんですか?」


「うん、そうだね。今のところは」


「ってことは、これでもうお見合いしても、婚約者には何も起こらないってことなんですよね?」


「だと思うよ」


 あっさりと沖は答える。


 千代は、まさかこんなに簡単に除霊が済むなんてと驚きの気持ちでいっぱいだった。


「でも気をつけて」


 千代が喜んでいると、沖は声を低く落とす。


「《あいつ》は強いあやかしじゃないけど、どこにでも潜んでる。一度は退治したけど、また出てくる可能性があるんだ。だから、困ったらまたここにおいで」


 ――あの黒いのが、また出るかもしれない。


 千代は小さく唾を飲みこんだ。


「はい、分かりました。ありがとうございます」


 千代は沖にお礼を言いつつも、不思議な気持ちになった。

 それにしても、どこであのあやかしに憑かれたのだろう。誰かに恨みを買った覚えはないし、祠や神社に無礼を働いた記憶もない。まあ、とにかく退治できたのならそれでいいのかもしれないけれど。


「あ、それと」


 沖は、うっすらと唇に笑みを浮かべると、考えこむ千代の頭に優しく手を置いた。


「――うちにお嫁に来ないかって話、あれ、本気だからね?」


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