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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第漆章 千里眼と秘密教団

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39.年またぎの儀

「大丈夫? お手洗いの場所、分かる?」


 自分の後をついて外に出てきた常春に、千代は首を横に振った。


「いえ……ただここは、何だか空気が澱んでて、外に出たかったので」


 千代の答えに常春もうなずく。


「そう。僕も感じる。ここには何か良くないものがいるね」


 と常春は軽い口調で言ったあとで、急に真面目な顔になった。


「……それも、かなり力の強いのがね」


 えっ。


「そ、それって、あやかしや怪異がいるってことですか?」


「うん。場合によっては――」


 ザワリ。と乾いた風で木々が揺れる。

 常春の声が低く響いた。


「神かもね」


 (神……?)


 千代の心に、何とも言えないザラリとしたものが絡みつく。


「千代ちゃん、ここだね」


 と、突然常春が足を止める。

 そこは、黒塗りの壁に御札をベタベタと貼った土蔵だった。

 千代は背中にビリビリと電気が走るような凄まじい寒気を感じた。


「常春さん……ここには何がいるんですか?」


 沖さんは真剣な顔でじっと蔵を見つめる。


「分からない。だけど、すごく力が強いね。おそらく神格持ちだろう」


「神格――」


 それって神様ってことだろうか。

 そんなものを相手にして本当に大丈夫なのだろうか。

 千代が不安に思っていると、急に信者の男性が血相を変えてこちらへ走ってきた。


「お前たち、ここで何をしている!」


 常春が顔に笑みを張り付けて答える。


「すみません、お手洗いに行こうとしたのですが、迷ってしまって」


 しれっと答える常春の腕を、男は強引に引っ張った。


「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」


「すみません、知らなくて……あの、ここには一体、何があるんですか?」


 千代が恐る恐る尋ねるも、男は答えない。


「ひょっとして、御神体ってやつかな」


 常春の言葉に、男はサッと顔色を変える。どうやら当たりのようだ。


「……貴様らには関係ないことだ。早く部屋に戻れ」


 男ににらまれ、千代たちはそそくさと部屋に戻った。


 *


「あっ、おかえりー」


 千代たちが元居た部屋に戻ると、加藤が明るく出迎えてくれる。

 その手元には、おにぎりとお味噌汁、お漬物があった。


「あれっ、加藤さん、それどうしたんですか?」


 千代が尋ねると加藤は笑って答える。


「野本さんが持ってきてくれたんだよ。お昼のご飯にって。ちょうど腹が減ってたから助かる! あんたらの分もあるぜ」


 どうやらいつのまにか昼時になっていたらしい。

 千代は目の前に置かれたおにぎりを見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「それじゃあ、私たちも食べましょうか」


「そうだね」


 千代はおにぎりを一口かじり、お味噌汁を飲んだ。


「はあ、良いお出汁が出てる。ホッとするなあ」


 だけど隣に座っていた常春は、味噌汁の匂いをクンクンと嗅ぐと、千代の手を掴んだ。


「……千代さん、この味噌汁。飲んでは駄目だ」


「ええっ、もう飲んじゃいましたけど」


 そう返事をした瞬間、千代の頭がぐらりと揺れる。

 千代の頭の中に白いモヤがかかっているようになる。周りの景色が、ぐわんぐわんと揺れて気持ち悪い。


 (これってまさか……毒!?)


 千代は必死に目を覚まそうでしたけれど、まぶたが重くて、目を開けていられない。


「千代さん……千代さんっ!」


 常春の声が遠くなっていく。

 そうして千代の意識は真っ暗な闇に閉ざされた。



 遠い意識の中、千代の耳に男たちの声が聞こえてきた。


「こいつらか? 今年の“にえ”は」

「ああ。“お目目様”もこれで満足してくださるだろう」

「でも、たった三人で大丈夫なのか?」

「姫巫女さまによると、こいつらはとんでもなく気が強いらしいぜ」

「へえ、見かけによらねぇな」


 まどろみのような意識の中で千代はぼんやりと考える。


 (贄……。それって、私たちが生贄になるってこと? お目目様って何?)


 そんなことを考えていると、千代は自分の体がどこか畳の床の上に転がされたのを感じた。


「それではまた、儀式の時に」


 聞きなれた声。野本だ。

 上機嫌に笑う野本の声を聴き、千代は背筋がゾッと凍るのを感じた。

 野本のことを優しいと思っていたが、今思えば最初から千代たちを生贄にするつもりだったに違いない。


 野本たちがその場を去っていくのを確認して、千代は恐る恐る目を開けた。

 辺りを見回すと、中は暗くてかなり湿気が高い。

 人一人やっと入れるほどの狭い出入口には、鉄格子ががっちりとはまっている。


 まるで座敷牢みたいな空間。

 それに手が縄のようなものできつく縛られていて、身動きがとれない。

 横を見ると、加藤も縄で両手を縛られて倒れている。


 (……常春さんは?)


 後ろを振り返ると、同じく縄で腕を縛られた常春がニコリと笑った。


「良かった。無事だったんだね」


「はい。常春さんも、平気ですか?」


「僕はあの味噌汁、ほとんど飲んでないからね。何か変な匂いがしてさ」


「そうだったんですね。私、全然分からなかったです。沖さん、すごい」


「人間にはよく分からないだろうけど、僕らは鼻が利くからね」


 そう言うと、常春はポンという音とともに狐の姿に戻った。

 常春を縛っていた縄が、パサリと床に落ちる。


「さて、千代さんの縄も解かないとね」


「ありがとうございます」


 常春が千代の縄を解き、加藤のそばにしゃがみこむ。


「加藤さん、あのお味噌汁を全部飲んでいましたけど大丈夫でしょうか」


 常春は加藤の鼻と口に手を当てた。


「とりあえず息はしてるね。眠っているだけみたいだ」


 そう言うと、常春は加藤の頬を思いっきり平手打ちした。

 パァンという乾いた音があたりに響く。


「常春さん!?」


「起きないね。もう一度」


 常春が加藤の顔をもう数往復平手打ちすると、加藤はやっと目を覚ました。


「……ん」


「ああ、目が覚めました?」


 常春は、まるで平手打ちなんてしていないかのような優しい声で語りかける。


「う、うーん、ここは……」


「どうやら座敷牢みたいですよ」


 千代が鉄格子を指さすと、加藤は目玉を落とさんばかりに目をひん剥いた。


「座敷牢!?」


 加藤は真っ赤な顔で縛られた両手を見た。


「あんにゃろー! 何だこりゃ!」


「なんか、生贄にするとか言ってましたけど」


「生贄ぇ!? そんな事までしてんのかよ、ここの奴ら!」


「動かないでください、今、縄を解きますから」


 常春が加藤の縄を解く。


「ありがとよ。これで安心して取材ができるってもんだ」


 笑う加藤。


「えっと、加藤さんは逃げないんですか?」


 千代が尋ねると、加藤は声を荒らげた。


「当たり前だ。ここで逃げるなんて、記者としての名が廃る!」


 逃げたほうがいいと思うけど、と千代は心の中で思う。


「とりあえず、いざとなったらすぐに逃げられるように縄を緩めておいて、儀式をこの目で見てやろうと思う。あんたらは?」


「僕らはどうする? 千代さん」


 常春が千代の顔を見る。


 (私は――)


 千代の心の中をもやもやとした黒い闇が襲う。今にも千代を飲み込みそうなほど巨大な闇に千代は足がすくみそうになる。だが――。


 千代は少し考えてから答えた。


「……そうですね。とりあえず、私たちも、まだカヨ子に会っていませんし、カヨ子を探さないと」


「本当にいいの?」


「ええ、一度引き受けたことだし、姉妹ですから」


 それに、この教団は自分の母に関係のある教団だ。

 このままにはしてはいけない。

 千代は自分や母のような不幸な人を増やさないためにも、何とかしてこの教団の罪を暴かないとと心に決めた。



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