38.儀式への誘い
「ほらね、誰にでも言えるようなことしか言わなかった」
姫巫女様の千里眼が終わると、常春がこっそりと千代の耳元でつぶやく。
「そうですね」
千代も少し安心して胸をなでおろした。
結局、常春が人間ではないということはバレなかったし、しょせんタダの占いに過ぎないのかもしれない。
その後、千代たちは何回か「新しい眼」の集まりに通ったが、毎回似たようなことが行われるだけで、カヨ子の姿を見かけることは無かった。
姫巫女もあれっきり姿を表さないし、野本やほかの信者にそれとなく聞いて見ようとしたけれども、「他の信者のことは詳しくない」の一点張りであった。
そしてその日も、いつもの様に瞑想と千里眼診断が終わった。
「はあ、今日も手がかりなしかあ」
千代と常春が諦めて帰ろうとしたとき、中年女性が声を上げた。
「本日は、皆様にお知らせがあります」
千代がハッと顔を上げると、中年の女性は何かの紙を読み上げる。
「もうすぐ年またぎの儀があります。参加される方は名簿に名前を書いて下さい。また、準備に携わる会員や特別修行を希望される方はお申し出下さい」
(年またぎの儀? 特別修行?)
千代が疑問に思っていると、スッと野本が千代たちの側へとやってきた。
「年またぎの儀は、毎年冬至の日に行われるお祭りですよ。新しい眼では、冬至の日を一年の終わり、死者と生者が交わる特別な日としているのです」
千代は常春の顔を見た。
「冬至って、いつでしたっけ?」
「確か十二月二十日頃じゃなかったかな」
千代の問いに常春が答える。
野本は笑顔でうなずいた。
「今年は二十二日です。どうです? この日には、泊まりがけの特別な儀式も行われますよ」
二十二日というと、これから一週間後だ。
常春は眉をピクリと動かすと野本に質問をした。
「特別な儀式とはどのようなものですか?」
「ええ、どんな儀式かは、上手く口では言えませんが、皆で篝火を囲んで祝詞を唱えたり……普段は見られない御神体も見ることができますよ」
野本が答えると、常春が千代の顔を見た。
千代は小さく頷いた。
その儀式に出れば、ひょっとしたらカヨ子に会えるかもしれない。
「分かりました。参加します」
千代が返事をすると、野本は満足そうに目を細めた。
「そうですか。それは良かった。実は、姫巫女様が御二方のことをいたく気に入られておりまして」
「姫巫女様が?」
「ええ、奥様と歳も近いですし、それに何より、お二人のまとうオーラが素晴らしいと」
「そ、そうでしょうか」
千代が額にかいた冷や汗をハンカチで拭っていると、野本は笑顔で常春の手を両手で握りしめた。
「是非ともお越しくださいね。楽しみに待っていますよ」
***
十二月二十二日は、冬とは思えないほどの暖かいよく晴れた日だった。
「ああ、よくいらっしゃいました」
千代たちが集会所に着くと、野本がにこやかに出迎えてくれる。
「こんにちは。今日は天気が良いですね」
「今年は暖冬なんですかね」
そんな話をしながらいつもの集会所の奥へと向かう。
「初めての方には、祭りの段取りを説明するために奥の部屋を用意してあります。こちらへどうぞ」
奥の集会所は千代と常春はまだ入ったことのない場所だった。
千代はぎゅっと拳をにぎりしめた。
千代と常春、野本の三人でいつも瞑想を行っている集会所の隣の棟の建物へと移動する。
隣の棟はいつもの集会所より古びて見えた。
あちこちの壁がひび割れていて、日も当たらず寒々しい。土の湿ったような、かび臭いような匂い。そしてその中に混じって、どこか禍々《まがまが》しい空気が漂っている。
「おや、大丈夫ですか? 顔が青いですよ」
野本が足を止め千代のほうへと振り返る。
常春も千代の様子を見て心配そうな顔をする。
「大丈夫? 具合が悪いんだったら帰ろうか?」
「いえ、大丈夫です」
千代は無理して笑顔を作った。
せっかくここまで来たんだから、ここで帰る訳にはいかない。
「それでは、こちらの部屋で少々お待ち下さい」
野本が襖を開けると、そこにはひとりの若い男の人が座っていた。
「おや、あなた達も、今年初めての参加ですかぁ?」
くしゃりと少年のような笑みを浮かべる男。
野本が紹介してくれる。
「綿貫さん夫妻です。加藤さんと同じく、先日の体験会で入信をお決めになった方たちですよ」
「加藤と申します! よろしくお願いします」
白い歯を見せて元気に挨拶する加藤。
千代たちも慌てて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
その様子を見た野本が目じりを下げる。
「それでは、私は祭りの準備がありますので失礼します。こちらには、また別の者が後で来て説明いたしますので、こちらで少々お待ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
野本がパタンと襖を閉めて出ていったのを見るや、加藤はおもむろに話し始めた。
「それで? あんたらは何のつもりでここに来たんすか?」
「えっ」
(な、何のつもりって……)
千代が身構えていると、加藤はポリポリと頭をかいて常春に名刺を差し出した。
「ああ、大丈夫。俺はこういう者です」
差し出された名刺に書かれていたのは、「月刊オカルト記者 加藤」の文字だった。
「ええっと、雑誌の記者さん?」
千代が戸惑いながら尋ねると、加藤は胸を張った。
「そうです!」
常春はそれを聞きぱあっと顔を輝かせる。
「うわーすごい。僕、『月刊オカルト』毎月読んでますよ。握手してください!」
「いいですよ」
二人が握手を交わす。
全く、そんな事してる場合なのかと千代は呆れる。
千代は加藤に尋ねた。
「じゃあ、ここには取材でいらっしゃったんですね」
「そそ、信者を装ってね。君たちもそうだろう?」
加藤は頭の上で手を組むと、千代たちの方をチラリと見た。
「君たちも、何かの目的のためにここに潜入してるんだろう? 俺、そういうのは結構ピンときちゃうんだよねえ」
「なるほど。実は僕らも行方不明になった人を探しにここに来てるんだ」
常春はあっさりと認める。
「そう、やっぱり。おたくら、探偵か何か?」
「まあ、そんな感じかな。知人が一人行方不明になってさ」
常春が答えると、加藤が説明してくれる。
「そうか。実を言うと、夏頃からこの教団絡みで人がいなくなったというのがちょいちょいあってね。それで潜入捜査ってわけ」
どうも加藤の話によると、居なくなった信者はカヨ子だけでは無いらしい。
しかも、夏頃から何人も行方不明者が出ているらしい。
「どうもこの教団はキナ臭いよねぇ。知ってる? ここって十年前に千里眼事件を起こした心眼教と母体がほぼ一緒だって」
加藤の言葉に千代がビクリと身をふるわせると、常春が千代の肩を抱いた。
「そうなんですね。僕も教団のマークがそっくりだと思っていました」
「そ、そうなんですね」
千代は慌てて笑顔を作る。
加藤は千代の顔をチラリと見た。
「まあ、奥さんまだ若いから事件のこともあまり覚えてないのかも知れないけどね。僕らの若い頃にはそれはそれはすごい騒ぎで」
「ええ、そうでしたね」
「死者も出たし、あれだけ騒ぎになって、教祖や巫女を務めていた女性は自殺したんでしたっけ? それでも世間の人はもう覚えてないんだなあ」
加藤の言葉に、千代の視界が歪み、心臓が変な音を立てる。
「千代さん、大丈夫? 顔色が悪いけど」
「いえ、大丈夫です。それより、お手洗いに……」
「僕も行くよ。途中で倒れられたら大変だし」
千代は常春と二人で廊下に出た




