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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第漆章 千里眼と秘密教団

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36.姫巫女様

 数日後、千代と常春は「新しい眼」が開催している千里眼体験セミナーへとやってきた。


「わあ、すごい人ですね」


 千代は思わず声を上げた。


 公民館の広い座敷には、五十人ほどの人が集まっている。


 ここにいる人たちは皆、千里眼目当てでやってきた人たちなのだろうか。


 折からのオカルトブームの影響で、巷では心霊学や催眠術、千里眼などが大流行りしていた。

 聞けば怪しげな研究者だけではなく名だたる大学の教授までもが真面目に千里眼の研究をしており、関連本も飛ぶように売れているらしい。


「急速に起こった近代化への反動なのかな。はてさて、不思議だね」


 常春は爛々と目を輝かせる。


 だが千代は胸の中がザワザワして落ち着かない気分になった。


「こんにちは。本日はようこそお越しくださいました。私は野本と申します」


 男性の声がして、千代ははっと顔を上げた。


 三つ指をついて丁寧にお辞儀をしたのは、四十代か五十代くらいの中年男性だった。


「姫巫女様はもうすぐいらっしゃいますので、少々お待ちくださいませ」


 野本はそう言うと、常春の顔をじっと見つめた。


「僕がどうか?」


 常春がにっこりと微笑むと、野本はつられたように笑みを返した。


「いえ、素敵な旦那様だな、と。奥様がお羨ましい」


「いえいえ、そんな」


 千代が手をぶんぶんと振ると、野本はちらりと上目遣いに常春を見た。


「……それに、ずいぶん変わった気をお持ちのようで。姫巫女様の診断が楽しみです」


 野本の態度に、どこか釈然としないものを感じながらも、千代と常春は正座をして姫巫女とやらの登場を待った。


「痛たたた、足が、足が痺れて……」


「大丈夫? 千代さん」


「ええ」


 と千代が足を崩そうとしたその時、外にまで響き渡りそうなほど大きな声が部屋の中に響いた


「皆さん、ご静粛に。姫巫女様がいらっしゃいますよ」


 男の人の声に、部屋の中がぴりりとした空気に包まれ、観衆の視線が前方に注がれる。


 千代は慌てて正座をし直した。


 やがてシャランシャランという鈴の音とともに現れたのは、床につくほど長い黒髪に、目を白い布で覆った若い女性だった。


 あれが姫巫女様?


 千代は目の前の女性をじっと見つめた。


 周囲からはごくりと息を飲む音が聞こえてくる。


 それもそのはず、真っ赤な唇に小さな鼻、雪のように白い頬と長い首筋。


 目が隠れているにも関わらず、彼女は息を飲むほど美しかったのだから。


「ふうん、あれが姫巫女様か。ずいぶん若いんだね」


 常春が興味深そうに顎をさする。


「沖さん、美人だからってデレデレしないでくださいね」


 千代が小声でくぎを刺すと、常春は可笑しそうに笑い片目をつぶって見せた。


「分かってるって。僕は千代さん一筋だよ」


「――なっ」


 (もう、この人は。またそういうことを言って!)


 千代は心の中で毒づくと、姫巫女様とやらをじっと見つめた。


 千代の予想とは異なり、姫巫女様と呼ばれた女性は千代の知っている御法川ではなかった。


 心眼教の教祖で、母を宗教にのめり込ませた張本人の御法川はもっと高齢だった。


 噂によると、御法川は数年前に亡くなったと聞くし、ひょっとすると、あの女性は御法川の娘か孫なのかもしれない。


「それでは、皆さまの千里眼診断を始めたいと思います」


 御法川が鈴の音のような声を出す。


 細く可憐だけが遠くまで響くような、不思議な声だ。


 御法川は、目隠しを外すと、膝をついて観客の前に座り、前の席の方から順番に観客のプライベートについて当てていく。


「……すごい。まさか本当に千里眼の持ち主なの?」


 千代がポツリとつぶやくと、常春は鼻で笑った。


「まさか。誰にでも当てはまりそうなことを言って、相手の反応を見ているだけさ。占い師の常套手段だよ」


「そ、そっか。そうですよね……」


 常春が言うのだから、おそらくあの人は千里眼の持ち主ではないのだろう。


 だけど――。


 千代の胸にモヤモヤとした黒いものが込み上げてくる。


 本当にそうだろうか。あの人も、母と同じではないのか?


「では、次の方。綿貫(わたぬき)夫妻ですね」


 呼ばれてハッと顔を上げる。綿貫というのは千代と常春の偽名だ。

 念のため、二人は正体を隠して千里眼診断会に参加することにしたのだ。


「それでは、御法川様のお眼を拝借」



 お付きの人が、御法川の目に巻いていた布を取る。

 千代の目の前に座った御法川は、切れ長で、とろんと夢見るような不思議な瞳をしていた。


「綿貫さん……と言いましたかしら」


「は、はいっ!」


 千代が背筋をピシッと伸ばすと、御法川は赤い唇でクスリと笑った。


「お二人とも、素晴らしい気をしていらっしゃるわ。特に旦那様のほう。今までに見た事が無いほどの、金色に輝く強い気を感じます」


「は、はあ」


 常春は長い時を生きた妖狐で、土地を統べる神様みたいな存在。強い気を持つのは当然だ。

 だが――千代は考え込む。常春が強い気の持ち主だと分かるということは、やはりこの人には何か特別な力があるのだろうか?

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