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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第漆章 千里眼と秘密教団

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35.ある晴れた朝の出来事

 千代の母親は、細面で線が細く、黒髪の綺麗な美人だった。

 そして、千代と同じく「視える人」だった。


「柳の下に、黒いあやかしがいるでしょう? あれには絶対に近づいちゃだめよ」


 夢見るような瞳でそんなことを言う母親に、幼き日の千代はうなずいた。


「はい、お母様」


 あやかしや妖怪変化について堂々と語るお母様を、千代は特に疑問に思わなかった。

 だって《それ》は、自分にも見えていて、いて当たり前の存在だったんだから。

 だけど千代の父親はそんな母親を見ると、決まって眉をひそめた。


「また、アレはおかしなことを言って。いいかい、千代はお母様みたいなことを外で言っては駄目だからね。おかしな人と思われてしまうよ」


「……はい」


 元々、父親と母親はお見合い結婚。情などなかったのだろう。

 やがてお父様は外に女を作り、家には寄り付かなくなった。

 そして母親は「御法川」という男に誘われ、次第に怪しげな宗教にのめり込むようになった。


 「心眼教」というその宗教は、明治の初めごろにできた新しい宗教なのだという。

 千代も母に連れられ、その集まりに何回か顔を出したけと、そこで母親の能力は「神の目」としてとても敬われていた。

 千代の母親は見た目が美しかったこともあり、教祖の愛人になったのだという人もいた。


 千代はそんなこと信じなかったけれど、その団体は、千世に取ってどこか薄気味悪く、居心地の悪いものに感じていた。

 父もその団体を嫌っていたし、千代も母に「あの団体は良くない感じがする」と何度も伝えた。

 だけど母親は、娘と夫が反対すればするほど、心眼教にのめりこんで行った。


 そんなある日、事件が起こる。


 「日本にこれから大きな災害が起こる」「日本中が火の海になる恐ろしい出来事が起こる」という千代の母親の予言を信じ自暴自棄になった信徒が、人を切り付ける事件を起こしたのだ。


「分かったでしょ、お母様、もうあの人たちの所へ行くのはやめて」


 そう懇願した千代に、母親は初めてうなずいた。


「……分かったわ。今までごめんね」


 これで母は自分たちの元へ帰ってくる。

 千代はそう喜んだ。けれど――。


 教団には捜査の手が入り、責任を感じた母親は、首を吊って自ら命を絶ったのだった。

 それはとても晴れた日で、朝日がまぶしかったのを千代は覚えている。

 それは千代がまだ六歳の朝の出来事だった。


 ***


「常春くんの力でカヨ子を取り戻して欲しいんです」


 ある晴れた日。カフェー・ルノオルにやってきた客人を見て千代は驚いた。

 それは千代が嫁入りしてからほとんど連絡を取っていない千代の父親だったからだ。

 千代を邪険にしていた父親がここまで頭を下げるということは、義妹のカヨ子になにかあったということなのだろうか。


「とりあえずこちらにかけてください。今、常春さんを呼んできます」


 千代はとりあえず父親を奥のテーブル席に通し、常春と一緒に話を聞くことにした。

 久しぶりに見た父親は、髪に白髪が生え頬もげっそりとやせ衰えたように見える。

 いったい何があったのだろうか。


「カヨ子さんの身に何があったのですか?」


 常春が尋ねると、父親は少しためらいがちに話し始めた。


「実は、カヨ子はとある宗教団体に囚われて帰らなくなってしまったのです」


「宗教団体……?」


 嫌な予感がして千代が尋ねると、父親は眉を寄せて悲痛そうな顔をした。


「ああ。千代も知っている「あの教団」だ」


 ドクン、と千代の心臓が大きな音を立てた。


「あの教団って……解散したんじゃなかったんですか?」


「それが、どうやらあの事件の後も名前を変えて存続し続けているらしい。カヨ子にはお前の母親のことは詳しく話していなかったし、女学校の友達に一緒に占いをしに行こうと言われて例の宗教施設に連れていかれ、いつの間にか入信させられていたらしい」


「そんな……」


 千代は言葉を失った。

 まさかカヨ子まであの教団に騙されているだなんて。


「警察に行っても、誘拐されたわけでもあるまいし、自分で入信したんだから連れ戻すことはできないと」


 涙ながらに話す父親に、少し突き放すような口調で常春は言う。


「まあ、そうだよね、普通は」


 常春の冷たい口調に千代は少しぎょっとしてしまう。

 だが父親はそんな常春の様子などお構いなしにまくしたてる。


「そこにいる姫巫女様とかいう女は、なんでも妖しい妖術を使うらしい。それで、警官の國仲さんに相談したらここなら何とかしてくれるかもって……!」


 それを聞いた常春少しは面倒くさそうな顔をする。


「また國仲は適当なことを言って……」


「お代は出します! ですのでカヨ子のことをぜひとも連れ戻していただきたい!」


 ガバリと頭を下げる父親。

 常春は千代の顔を見た。


「……だってさ。どうする?」


「どうするって、助けてあげるに決まってるじゃないですか。家族なんですよ!?」


 千代が言うと、常春は小さく息を吐いて聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやいた。


「全く、お人よしだなあ……千代さんは」


「え?」


 千代が聞き返すと、常春は首を横に振り、張り付けたような笑みを作った。


「いえ、千代さんの家族ということは僕の家族でもあるのですから、助けますよ、当然ね」


 常春の答えに、父親は再度頭を下げた。


「ありがとうございます。助かります! あの子は跡取りなんで、居ないと困るんです」


 常春は小さく息を吐くと改まった声で尋ねた。


「それで、カヨ子さんが囚われた教団というのに心当たりはあるんですよね?」


「ええ、ありますとも」


 そう言うと、千代の父は『無料千里眼診断実施しており〼』と書かれたチラシを取りだした。


「これです。この『新しい眼』というのが教団名です」


 千代父親の指さすチラシの下の方に描かれた目のマークをじっと見つめた。

 間違いない。このマークは青い目の人形事件で囚われた時にお屋敷の壁に貼ってあったものと同じだ。

 ということは、この前の事件と今回の事件と関係があるということなのだろう。


「それじゃあ、お願いしますね!」


 晴れやかな顔で去っていく父親の後ろ姿を見送ると、常春は千代の顔を見た。


「良いのかい。カヨ子さんは散々君を虐げてきたんじゃないのかい」


「でも、家族なのには変わりないですから。それに後継ぎがいなくなって私がまた呼び戻されたり子供を養子になんて言われても困りますし」


「えっ、それは困るね」


 と言った後で、常春はまじまじと千代の顔を見た。


「っていうか、君と僕の子供?」


「いえ、もしもの話ですよ!」


 常春の問いを、千代は真っ赤な顔になって否定した。


「……全くもう」


 ふくれっ面をしつつも、千代は母が生前のめり込んでいた教団のことを思い出していた。

 当時の教団名は「心眼教」と言ったが、父親の話によると最近になり名前を変えて新たな信徒を増やしているらしい。


 千代はチラシの眼のマークをそっと撫でた。


 あの頃とは名前もシンボルマークも変わっているけれど、間違いない。

 「新しい眼」は母を死に追いやったあの教団だ。



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