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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第陸章 青い目のアンテヰクドール

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32.囚われの千代

「それじゃあ、僕は仕事に戻るよ」


 國仲が派出所に戻り、店の中は再び千代と常春の二人きりになった。

 手の空いた千代が店内の掃除をしていると、急に常春が声を上げた。


「おや」

 

「どうしたんですか?」


 千代が慌てて常春に駆け寄る。常春は手をひらひらと振って見せた。


「いや、大したことじゃないよ。どうもお店で使う人参が切れたみたいだ。明日の朝仕入れる予定だったんだけど」


「それなら私が買ってきますよ。表通りの八百屋さんでいいですか?」


「うん、頼むよ」


 千代はカフェーの制服の上にコートを羽織り、財布を一つを持って、ドアを開けた。


「にゃあお」


 するとドアの隙間から、福助がするりと外へ出る。


「わっ、福助!」


 千代が驚いていると、福助は、そのまま隣の建物の塀を飛び越えどこかへ行ってしまった。


「福助もお散歩なのかしら」


 千代は気を取り直して、近所の八百屋さんへと走った。


「ええっと、人参、人参っと……あった!」


 常春に言われた通り、近くの八百屋さんで人参を買う。


「これでよしっと」


 千代は新聞でくるんだ人参を手にカフェーへと戻ろうとした。その時――。


 ――ゾクリ。


 千代の背中に、身に覚えのあるあの悪寒が走った。


 (まただ。また、あの視線……)


 千代が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、金色の髪に青いドレス。それに不気味な青い目を持つ人形だった。


「青い目の人形っ」


 千代は叫んだ。

 それと同時に、千代は気を失い、その場に倒れたのだった。


 ***


 ――ぴちゃん。


 だだっ広い空間に水滴が落ちる音で千代は目を覚ました。


「……ん」


 千代は目を開け辺りを見回した。そこは暗くて狭い倉庫のような場所だった。


「ここはどこ?」


 と、千代は体を動かそうとして、両手を縄で縛られていることに気づいた。


(やだ、縛られてる!)


 千代は不安になって辺りを見回した。

 土蔵のような土壁。床も土で、ひんやりとしていて湿っぽい。かび臭い匂いと土の入り交じった匂い。


 千代は慌てて出入り口に向かい後ろ手で扉を開けようとしたが、出入口には当然ながら鍵がかかっていて、他に出入りできる場所といえば少し高い所にある小さな天窓くらいだ。

 しかし千代の手は縄できつく縛られており、とてもじゃないけどあんな所からは出入りはできない。


 (どうしよう。ここはどこだろう。私……殺されるのかしら)


 千代はたまらなく心細い気持ちになって、一人つぶやいた。


「どうしよう、誰か助けに来て」


 頭の中に、常春の優しい笑顔が浮かぶ。


「……常春さん」


 千代が小さく口にした瞬間、上の方から声が聞こえた。


「うん、何かな?」


「へっ?」


 千代が声がした方を見上げると、小さな狐が天窓の上にちょこんと座っていた。

 外から差し込む光に照らされて、銀色の毛が後光のように神々しく輝いている。

 その口調と毛の色を見て、私は恐る恐る呟いた。


「えっ……常春……さん?」


「そうだよ」


 千代はゆらゆらと尻尾を揺らす銀色の狐をじっと見つめた。


「常春さん、狐になれるのですね」


「そりゃそうさ、元々狐だもの」


 銀色の狐は、スタッと音もなく地面に飛び降りると、千代のそばに寄ってきた。


「ていっ」


 鋭い爪と牙で腕を縛っていた縄を切ってくれる常春。


「ありがとうございます」


 千代はそっと沖さんの背中の毛に触れてみた。

 初めて触れる常春の毛並みは柔らかくて暖かい。


「うわぁ、気持ちいい……」


 千代が常春をきつく抱きしめると、常春はふうと息を吐いた。


「千代さん、君さあ」


 ボンと音がして、狐は人間の常春の姿に戻った。


「この狐が僕だってこと、忘れてないよね?」


 苦笑する常春。

 の千代は慌てふためく。

 それもそのはず、千代はただ小さくて愛らしい動物を抱きしめていたはずなのに、いつの間にか千代が常春に抱きしめられる格好になっていていたからだ。


「わああああああああっ!」


 慌てて飛び退く千代を見て、常春は可笑しそうにケラケラと笑った。


「あ、やっぱり忘れてたか」


 千代の顔が真っ赤になる。


「か、からかわないでくださいっ」


 千代がぷいっと横をむくと、常春は愛おしそうな目で千代を見て笑った。


「それより、早いとこここを脱出することにしますか」

 

 常春が片目をつぶってみせる。


「はい!」


 千代は力強くうなずいたのだった。

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