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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第伍章 秘密の恋まじなひ

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29.浅草のモダン美人

「ふう、今日は一段と冷えるわね」


 千代は店の前に転がってきた落ち葉を掃きながら白い息を吐いた。

 空は白く、どんよりと曇っていて風が強い。今年は暖冬かと思っていたのに、一気に冬が来たらしい

 千代がかじかむ手をさすりながら店のドアを開けると、後ろから聞き慣れた声がした。


「こんにちは、千代さん」


 やってきたのは國仲さんだ。その後ろには、依頼人と思しき若い女の人がいる。

 断髪した髪にパーマネントを当て、クロシェ帽にトレンチコート。今流行りのモダンガールというやつなのだろう。

 細い眉に大きな瞳、赤い口紅を差したその女性は、まるで天竺牡丹ダリアのように華やかな人だと千代は思った。


「こんにちは、國仲さ……」


 と、千代が挨拶しようとしたところで、連れの女性が國仲さんの後ろからひょいと顔を出した。


「わあ、懐かしいわぁ。常春さんは元気かしら?」


 「常春さん」という呼び方を聞き、千代の胸が針で刺されたみたいにちくりと痛んだ。

 どうやらこの女性は常春の知り合いらしい。

 千代は女性の美しい横顔を盗み見た。

 一体彼女は常春とどんな関係なのだろうか。まさか昔の女であったりするのだろうか。


 千代は悶々と考えつつも笑顔を作った。


「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ」


 千代が案内をしようとすると、モダン美人は千代のことを頭の上から足の先までじっと見つめた。


「……あなた、新しい女給さん?」


「は、はい」


 千代が小声で判事をすると、國仲が紹介してくれる。


「彼女は千代さん。沖さんの奥さんだよ」


「ええっ!」


 國仲の言葉に、モダン美人の顔が青くなる。


「嘘。そんなはずないわ。だって――」


「おや、お客さんかい?」

 

 そこへ呑気な顔をした常春がやって来る。


「常春さん!」


 女の人は常春を見るなり頬を綻ばせて彼に抱きついた。


「常春さん、久しぶり!」


「し……志摩子さん!?」


 常春が驚き目を見開く。


 どうやらモダン美人の名前は志摩子と言うらしい。

 それはいいとして、目の前の女が妻だと聞いたばかりなのに、その目の前で沖さんに抱きつくのはどういう了見であろうか。

 千代が口をパクパクさせていると、志摩子はうっとりとした瞳で常春を見つめる。


「久しぶり、元気してたァ?」


「ええ、おかげさまでね。あ、紹介するよ、こちら志摩子さん。昔、ここで女給をしてたんだ」


 常春が千代に紹介してくれる。


 千代はそれで常春と親しげな様子なのかと納得をした。妻の目の前で夫に抱き着いたことは解せないけれど。


「志摩子でぇす。わあ、この制服、懐かしい!」

 

 千代の制服のスカートを引っ張る志摩子。

 千代がぎょっとしていると、常春が志摩子に紹介をする。

 

「それでこちら、僕の妻の千代さん」


「ち、千代です。よろしくお願いします」


 千代が頭を下げると、志摩子の動きがピタリと止まり、顔が固まる。


「ああ、それはもう聞いたわ。それより聞いてよ、常春さぁん……」


 千代が妻であると聞いたにも関わらず、志摩子は相変わらず常春に馴れ馴れしくしなだれかかる。


 (な、何なのこの人。志摩子さんもそうだけど、常春さんもなんだかデレデレしちゃって)


 千代の胸にもやもやしたものがこみ上げてくる。

 やじ張り自分のような子供より、志摩子のようなモダンで大人っぽい人のほうがいいのだろうか。

 千代が下を向いていると、國仲が切り出してくる。


「それで、志摩子さんは沖さんに依頼があって来たんですよね?」


「あ、そうそう!」


 志摩子は、帽子を脱いで膝の上に置くとコーヒーを一口飲んで話し始めた。


「私、実は今、百貨店の化粧品売り場で接客の仕事をしているのだけど――」


「へえ、すごいですね」


 千代は思わず身を乗り出した。

 百貨店の化粧品売り場の店員といえば、美人しか採用されないとされている、デパートガールの中でも花形職業なのだ。


「それで、最近は接客だけでなく、こういうこともやっていて」


 志摩子が差し出したのは、化粧品メーカーのポスターだった。

 真っ赤な口紅を持って微笑む女の人たちの中には、志摩子の姿もあった。


「へぇ、化粧品メーカーのキャンペーンガールに選ばれるだなんて、凄いですね」


 國仲も身を乗り出す。

 常春もしきりにうなずいて同意する。


「綺麗だねぇ。ね、千代さん」


「え、ええ」


 千代は笑顔を作りつつも、どんどん惨めな気持ちになっていくのを感じた。

 やっぱり常春は自分のような地味な女より、志摩子のようなモダン美人のほうがいいのだろうか。

 志摩子は皆に褒められ頬を綻ばせる。


「ふふ、ありがと。最近はこういうポスターにデパートガールやエレベーターガールを使うのが流行ってて、うちのデパートからも何人かキャンペーンガールに採用されているのよ」


 と、そこまで言って、志摩子は少し視線を落とした。


「でも、今年に入ってから、キャンペーンガールに採用された女の子たちが相次いで失踪して――」


「失踪?」


 常春の眉がピクリと動く。


「それ、警察は? 動いているの?」


「もちろん捜査してますよ」


 國仲が横から口を挟む。


「でも、大した手がかりが見つからないのです。それに、少し気になる証言もありまして、それでこちらに志摩子さんをお連れしたのです」


「気になる証言とは?」


 常春がピクリと眉を動かすと、志摩子が青い顔で下を向く。


「ええ。失踪した女性たちは皆、失踪する前に青い目の人形を見ていたそうなの」


「青い目の……人形?」


 千代と常春は同時に声を上げた。


「なるほど、人形といえば魂が宿るものの筆頭だけど、最近ではそれが西洋人形になってきているんだねぇ」


 常春は感慨深そうにうなずく。


「沖さん、感心している場合じゃありませんよ」

「そうですよ、人が居なくなっているんですよ!?」


 國仲と千代に問い詰められ、常春は頭をかいて笑った。


「ああ、すまないすまない」


 志麻子は不安そうに視線を揺らした。


「それで、実は私も先日、青い目の人形を見てしまって……」


 志摩子が言うには、一昨日、彼女が浅草十二階に行ったところ、展望台のところで青い目の人形に出くわしたのだという。


「次に連れていかれるのは私かも知れないわ。お願いです、私を守ってください!」


 

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