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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第肆章 呪いのレコード
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24.女学生の依頼

「ありがとうございました!」


 常連のおじさんがカフェーを出ていくのを見送り、千代は頭を下げた。

 ドアの外では紅葉が落ち、吸い込んだ空気はしんと冷えて冬の匂いがする。


 テーブルの上に置かれたナポリタンの皿を片付けながら、千代は女給業にもすっかり慣れてきたな、と一人で考える。

 この分だと、もし万が一常春に見捨てられても、女給として食べていけるのではないだろうかと千代はうっすらとそんなことを思う。

 常春に限ってそんなことはないとは思いたいが、何せ相手は人間ではないし、見た目は優しいけどいまいち何を考えているのか分からないところがあるから覚悟をしておくに越したことはない。

 千代がそんなことを考えていると、不意に常春から声がかかる。


「千代さん、このお皿、しまっておいて」


「はい、分かりました」


 千代は振り返り、常春の方を見た。

 と、その瞬間、一瞬だが常春の腕に大きな引っ掻き傷のようなものがあるように見えた。


 (あれっ)


 猫か犬に引っ掻かかれたみたいな傷だけれどあれは何だろうと千代は疑問に思う。


「沖さん、その傷どうかしたんですか?」


 千代が指摘すると、常春はハッと捲ったシャツの袖を伸ばした。


「……いや、何でもないよ」


 何かを隠すように横を向く常春。


「もしかして、怪異絡みですか?」


 千代は何となくだがそんな気がして聞いてみる。


「うん、まあね」


 だけれど、常春はそれ以上は詳しく語らなかった。


 何だろう。もしかして常春は自分の知らないところでも怪異関連の依頼を受けているのだろうか。それとも――。


「それより千代さん、お客さんだよ」

 

 常春に指摘され、ドアの方を見る。

 いけない。とりあえず仕事をしないとと千代がドアのほうへと向かうと、見慣れた紫袴を着たお客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませ!」


 と挨拶をしながらも、千代は心臓が大きくなるのを感じた。

 何を隠そう、入って来た女学生が着ている袴は千代がついこの間、結婚前まで通っていた女学校の制服だったからだ。


 (あっ、この制服、うちの学校の生徒だわ)


 千代はまじまじと女学生の顔を見てしまった。

 女学生の顔には見覚えがある。この子は確か隣のクラスだった子だ。

 凛とした佇まいが百合の花のように美しいと話題で下級生にも人気で、「百合の君」って呼ばれている、坂下さかした静江しずえだ。


「あらっ、あなたは――」


 千代が思わず声を上げると、静江は怪訝そうな顔をした。

 

「どうかしまして?」


 どうやら千代がカフェーの制服せいで、静江は千代が同じ学校の生徒だったということが分からなかったらしい。


「い、いえ、私も同じ女学校の生徒だったので、驚いてしまいまして」


 千代が答えると、静江は怪訝そうな顔をする。


「あら、そうなんですの? あなた、女学生なのにカフェーで働いているの?」


 女学生といったら裕福な家庭の子女がほとんど。普通はカフェーで働いたりなんてしないから静江は驚いているのだろう。


「は、はいっ。えっと、実はこのお店のオーナーと結婚したので学校を辞めたんです」


「まあ」


 静江は目を大きく見開く。


「そうだったんですの。あの、失礼ですけど、今流行りの恋愛結婚ってやつですの?」


「いえ。えーっと、ここの店長はカフェーだけでなく色々と経営をしていてそれで、うちのお得意様の紹介で……父様がぜひそうしろと……」


 千代がしどろもどろになりながら答えると、静江は納得したようにうなずいた。


「そうですわよね。いくら文明開化の時代と言っても、好きな人と結ばれるのは難しいですわよね」


「はい。まあ、そうですよね。あっ、お好きなお席をどうぞ」


 千代が根掘り葉掘り聞かれなくてよかったと安心しながらメニューとお水を持っていくと、静江は少し落ち着いたような表情を見せた。


「あなた、お名前は?」


 静江に尋ねられ、千代答える。


「秋月千代です。静江さんとは隣のクラス同士でしたが、私は地味でしたから、静江さんは覚えていないかもしれませんが……」


「まあ、そうなんですの。ごめんなさいね、隣のクラスの子までは把握していなくて……あの、それでなんですけど、ここのマスターとお話ってできまして?」


 思い詰めたような静江の表情に、千代はピンときた。


「もしかして怪異がらみの話ですか?」


 うなずく静江に、千代は慌てて常春を呼んだ。


「常春さん、お客さんですよ」


「はい?」


 常春はカウンター越しに静江の顔を見ると、意味深な笑みを浮かべた。


「……なるほどね」


 何が「なるほど」なのだろうと千代がいぶかしんでいると、常春は営業スマイルを浮かべたまま静江の向かいに腰掛ける。


「こんにちは、お嬢さん。僕に何の用かな?」


 静江は袴をギュッと握りしめると、常春と千代に向かってポツポツと話し始めた。


「実は、相談と言うのは私の友人の事なんですの」


 静んの話によると、先週、静江は三人の友達と一緒に女学生の間で流行っているある遊びをやったのだという。


「コックリさんって知ってまして?」


「コックリさん?」


 千代が首を傾げていると、常春が顔を曇らせる。


「僕も話は聞いたことあるよ」


 常春の話によると、コックリさんというのは、アメリカのテーブル・ターニングという降霊術が元になった遊びらしい。

 明治二十年頃に一度大ブームになり、その後廃れたようには見えたものの、女学生たちの間で細々とその遊びは受け継がれ、最近になってまた再ブームとなっているのだそうだ。

 なんでも、最初のブームの時のコックリさんは、三本の細竹の上にお盆や米びつの蓋を乗せ、傾き具合で占いをするというものだったらしいのだが……。


「最近では「はい」「いいえ」や五十音を書いた紙の上で硬貨に指を乗せて、動かす形式のものになっているらしいよ」


 常春が教えてくれる。


「へえ、そうなんですか」


 静江の話によると、静江と友達三人は放課後に教室でコックリさんをやっていたのだそうだ。


「そうしたら、急に硬貨が滅茶苦茶に動き出して……その内、友達のうちの一人が倒れて意識が無くなってしまったんですの」


 話しながら手を震わせ、唇を噛み締める静江。

 どうやら相当ショックな出来事だったらしい。顔が真っ青で、ハンケチを握りしめる手がガタガタと震えている。


「失礼ですが、病院には?」


「お医者様にはもちろん見てもらいました。だけど、特に異常は見つからなくて――」


 常春はふんふん、とうなずくと頬杖をついた。


「なるほど、それで僕の所へ来たというわけなんですね。でもうちのお祓いは結構しますよ。学生の身分で――」


「お金なら払いますので、ご心配なく。うち、こう見えても結構、資産はあるんですのよ」


「本当ですか!」


 静江の言葉を聞き、常春はガタリと立ち上がると、勢いよくコートを羽織った。


「よし、そこまで言うのならば引き受けよう! 女学生が倒れたなんて大変だ! 早速その子の家に行ってみようじゃないか」


 お金があると聞くや否や、いきなりやる気満々になる常春に、千代は呆れかえる。


 もう、相変わらずお金に汚いんだから!



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