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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第肆章 呪いのレコード

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23.消えぬ思ひ

「た、助かった……のか?」


 古賀がペタリとその場に座りこむ。

 その横に女性の霊が寄り添うようにして立っているのが千代にははっきりと見えた。


「そのようだね」


 常春はくるりと刀を回して鞘に収めた。


「その女性の霊が守ってくれたんですよ」


 千代が言うと、古賀は不思議そうな顔をする。


「女の霊が?」


「いますよね、ほら、そこに……」


 だけど古賀は首を横に振る。

 どうやら古賀には女の霊の姿が見えないらしい。

 だけど女の霊は幸せそうに古賀の側で微笑む。


 その瞬間、女の幽霊の記憶が千代の頭の中に波のように流れこんできた。




葉子ようこ、俺はきっと帝都に行ってビッグな男になる!」


 若い男が胸を張る。

 少し若くて野暮ったいけど、爽やかな笑顔の持ち主は間違いなく古賀だ。


「私も応援してる。あなたの歌声は人を幸せにするわ。みんなに届いてほしいの」


 そして古賀さんは上京する。二人は離れ離れに。そして――。


「……結核ですね」


 医師の宣告する声。咳の音と手についた血。古賀の元恋人の葉子は結核に侵されていたのだ。

 だがそのことは、古賀には伝えなかった。歌手として活躍する彼の負担になってはいけないから。

 そして葉子は「別れましょう」という手紙を古賀に送り――。


 そうか。葉子は女遊びが激しい古賀に捨てられたのではなかったのだ。

 古賀の負担にならないように、残り余命少ない葉子は別れることを選んだ。

 そして葉子は死んでからも古賀の事を守っていたのだ。


 そのことを知った千代の目の奥に、熱いものがこみ上げてくる。


「大丈夫ですよ」


 千代は葉子の霊に向かって呼びかけた。

 

「ここにいた悪いものは退治しました。古賀さんはもう大丈夫です」


「葉子、そこにいるのか」


 古賀が立ち上がる。


「死んでからも、俺を見守ってくれていたのか。そうか……」


 古賀はこぶしをギュッと握りしめると、千代が語りかけた方向へ語りかけ始めた。


「でも俺はもう大丈夫だから。ありがとうもごめんもずっと言えなかったけど、これからは君を苦しませることはもうしない。だから安心して眠りについてくれ! 今までありがとう。お前のこと、忘れないよ」


 古賀の言葉に、葉子は頬をほころばせて笑い、キラキラとした光になって天へと登っていく。


「見て、葉子さんが……」


 千代の言葉に、古賀はうなずく。


「ああ。キレイな光が見える。あれが葉子なんだな? 成仏……するんだな?」


 その横顔は、嬉しそうにも、少し寂しそうにも見えた。


「ああ、そうだよ」


 常春が答え、が小さく手を合わせる。千代と國仲も慌てて手を合わせた。

 やがて光は窓から天に登っていき、完全に見えなくなった。


 (葉子さん、どうか安らかに)


 千代は心の中で何度も葉子のために唱えた。

 愛する男性を失くなってからも守った女のために、必死で祈り続けたのだった。


 ***


「結局、あのあとあのスタジオは取り壊されたみたいですよ」


 後日、國仲がカフェーにやって来ると常春と千代に教えてくれる。


「そうなんですか、何だかもったいないですね。蛟も居なくなったし、綺麗な建物だったのに」


 千代が言うと、常春が笑う。


「ま、古賀さんもあそこではもう二度と録音したくないでしょうし、一度悪い噂が立ってしまったから、もう他に借りる人も居ないだろうし、仕方ないね」


 と、そこまで言って、常春は目を意味深に細めた。


「それに、一度神格化したものは完全に取り除くのは難しいからね。工事が終わったら、また元の場所に祠を戻すそうだよ」


「そうなんですか」


 千代がうなずくと、常春はコポコポと珈琲を入れながら、誰に言うでもなくつぶやく。


「通りにガス灯がつき、車が道を走り回る時代だけど、人の魂が無くならない限り、妖怪や怪異は無くなるわけじゃない。打ち捨てられたああした古い神々の後ろにも、かつてはきっと人々の切実な祈りがあったはずなんだ。だから、元に戻さないとね」


 (人々の祈り……)


 千代は葉子の霊から流れこんできた、古賀を愛しく思う強い気持ちを思い返した。

 葉子は亡くなった後も古賀を心配し見守っていた。


 自分は、誰かのためにあそこまで切実に祈ることができるだろうか。人を思える――愛することができるだろうか。


 千代は常春の顔をじっと見つめた。この世のものとは思えぬほど整った目鼻立ち。人間ではない、自分の夫。瞼の奥にこびりついて離れない、炎に包まれた、冷たい獣の目をした男の人。


 (――私は、沖さんを夫として本当に愛することができるだろうか?)


 千代はステンドグラスの光が優しく差し込むガラス窓をじっと見つめたのであった。

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