23.スタジオの主
「『こっちへ来て』の他にも何か言っていますね」
國仲が蓄音機に近づいて耳を済ませる。
「『そっちは危ない』って言っていませんか?」
千代が言うと、常春がうなずく。
「うん、そのようだね」
一体どういうことだろうと千代は訝しがる。もしやこの霊は、古賀を助けようとしてくれているのだろうか。だとしたら――。
千代が常春の顔を見ると、常春は無言でうなずき、古賀に尋ねた。
「ところで古賀さん、このレコードを録音したスタジオはどこにありますか?」
「スタジオ? 一体どうして」
疑問を口にする古賀に、常春は静かな口調で答えた。
「うん。呪われてるのは、おそらく古賀さんじゃなくてこのレコードを録音したスタジオだね」
「スタジオが!?」
古賀と國仲が同時に叫ぶ。
「ああ、おそらくね」
「そうですか」
常春の言葉に、國仲は顎に手を当て、思い出したように語り出す。
「そういえば、警察関係者の間でこんな噂を聞いたことがあります」
國仲が聞いた噂というのは、なんでも山奥にレコーディングスタジオを建てようとしたところ、小さな祠があり、邪魔だったのでどかしたところ、工事関係者が何人も亡くなった、ということだった。
「あまりにも何人も亡くなるので、警察が事件を疑って捜査したんですが、全員ただの事故や病気だったらしいです。まさか、そのスタジオが――」
「ええっ、俺はそんな話、聞いてないよ!」
古賀が慌てる。
「スタジオが呪われているだなんて聞いたら、使われないかと思って、業者が黙っていたんじゃない?」
常春があっけらかんとした口調で言い放つ。
「そんなあ」
泣きそうな顔の古賀とは逆に、常春は目を爛々と輝かせた。
「よし、そうと決まれば、さっそく、そのスタジオに連れて行ってもらおうか」
「ええ……」
古賀はあからさまに嫌そうな顔をする。
スタジオが呪われているという話を聞いた今、そんな悪霊の巣窟のようなところに行きたくはなかったのだろう。
「でも、沖さんがお祓いをしないといつまでもこの状況は続くんですよ?」
「そうですよ、古賀さん。これは必要なことなんです」
だが國仲と千代にも説得され、古賀は嫌々ながらも三人をスタジオに案内することとなった。
***
「着いたぞ、ここだ」
古賀さんの声に、常春が車を止める。
着いたのは、幽霊が出そうなおどろおどろしい建物――ではなく、モダンで真新しい洋館だった。
「ここで間違いありませんか?」
國仲の問いに、古賀が答える
「ああ、この物件が安かったんで、レコーディングスタジオに改装したんだ。でもまさか、祠があったり工事中に人が死んでた場所だっただなんて」
千代も驚きに満ちた瞳で建物を見つめた。確かに、こんな綺麗で新しい建物に幽霊が出るだなんて誰も思わないだろう。
「ふむ」
常春が車を降り、地面を踏みしめる。
「ここはかなり地盤が悪いね」
「元々、沼か湿地だった所を埋め立てたのかもしれませんね」
國仲の答えに、常春もうなずく。
「だね。これは地震とか大雨が来たらひとたまりも無いんじゃないかな。どっちみちあまり良くない物件だよ」
二人の会話に、古賀は不安そうな顔をする。
「そうなのか? 悪霊が出る上に地盤まで悪いだなんて」
「ま、とりあえず中に入ってみようか」
古賀が鍵を開け、四人もスタジオの中に入る。
とたん、凄まじい悪寒が千代を襲った。
――ドクン。
千代の心臓が大きくなる。
「な、何これ……」
千代の体を襲ったのは、体の芯から冷えるような嫌な感覚に、目眩と吐き気だった。
間違いない、ここには何かいる。
今までにないほど、強い何かが――。
そう千代は確信した。
「千代さん、大丈夫?」
青い顔をする千代を見て、常春は心配そうな顔をして手を握ってくる。
「はい。少し、気分が悪くて」
千代が口元をハンケチで押さえながら答えると、國仲もぽつりと呟く。
「僕も、ここはなんだか嫌な感じがしますね」
どうやらここの嫌な気配は國仲も感じるほどの強さのようだ。
「な、何だよ皆して」
古賀が泣きそうな顔になる。
だが常春だけは不敵な笑みを浮かべ、天井の辺りを見上げた。
「うん……いるね。それも大物だ」
大物って?
千代は常春の手をぎゅっと握り返した。