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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第肆章 呪いのレコード
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22.古賀さんの過去

「というわけで、古賀さんの過去のことを調べてみたよ」


 常春がテーブルに雑誌や新聞の束をどさりと置いた。


「わあ、凄いです」


 千代は置かれた雑誌の束をペラペラと捲ってみた。想像よりも数が多いことに千代は驚く。


「このお店で取ってない雑誌や新聞もありますよね? こんなにたくさん、どうやって集めたんですか?」


「ふふふ、ちょっとしたコネがあってね」


 意味深に笑う常春。

 千代が不思議に思っていると、國仲が教えてくれる。


「新聞社や出版社のお偉方の中には、沖さんの崇拝者も多いんですよ」

 

「へえ、そうなんですね。やっぱり神様のご祈祷だから凄くご利益がある……とか?」


 千代が尋ねると、國仲が苦笑する。


「というより、世の中には、美丈夫に祈祷してもらいたいがために大金を出す人もいるということです」


 どうやら常春の顔目当ての客は想像よりずっと多いらしい。


「さて、問題の古賀さんの経歴だけど、十八歳の時に富山の海沿いの村から上京してるね。相当の田舎育ちだったみたい」


「そうなんですね。そんな風には見えませんでしたけど」


「ま、色々と努力したんでしょ」


 常春はふふと含み笑いをしたあと、ペラペラと記事をめくり、急に真顔にらなった。


「……それでなんだけど、古賀さんには元々故郷に付き合っていた、緒方おがた葉子ようこという彼女がいたらしいんだ。だけど『撫子の唄』が大ヒットして、彼の女遊びが激しくなって、別れたらしいんだけど――」


 常春の琥珀色の瞳がかすかな光を放つ。


「しかもその彼女、最近病気で亡くなったらしいんだ」


 千代は思わず声を上げた。


「えっ、じゃあもしかして」


「例の声は、その元彼女の声に違いないね」


 なるほど。それなら確かに筋が通る。

 これで呪いのレコード事件も解決だろうかと千代はホッと胸を撫でおろす。

 すると常春は急にずいと千代に顔を近づけてきた。


「……という訳なんだけど、千代さんはどう思う?」


「えっ、私ですか?」


 千代は黒いモヤのようなものに覆われた古賀の姿を思い出した。


「そうだなあ……私は、古賀さんの背後に何か幽霊だとか妖怪は見えませんでした。ただ、体の周りに黒いモヤみたいなのが見えて……」


「うんうん、それで?」


 興味深そうに千代の顔を見つめる沖さん。

 一体何が面白いのだろうと千代は訝しむ。


「それで……ひょっとしたら、古賀さんは誰かに呪われたり、祟られたりしているのかもって」


「なるほど、そうだね」


 常春はそう言うと、バサリと急に大きなしぐさでコートを羽織った。


「沖さん、どこへ行くんですか?」


 千代が慌てて尋ねると、常春はニヤリと口元を引き上げて笑う。


「古賀さんの家だよ。なんとなく気になることがあるんだ。國仲くんと千代さんも一緒に来てくれるかい?」


「いいですけど、どうして古賀さんの家に?」


 國仲が不思議そうな顔をする。


「古賀さんに霊が取り憑いていないということは、霊は古賀さんの家にいる可能性がある。幽霊やあやかしは、人や物に取り憑く場合もあるけど、場所に憑くこともあるからね」


「なるほど」


 千代と國仲は顔を見合わせた。

 何が何やら分からなかったが、とりあえず常春が来いと言うのだからついていく他ない。

 千代たちは、お店を午前中で閉めて、三人で古賀さんの家へと向かうこととなった。


 カフェーの外は木枯らしで、枯葉が騒がしく道を転がっていく。


「古賀さんって、どんな家に住んでるのかなあ。楽しみ」


 常春コートのボタンを閉めながらほくほくとした顔をする。


 そんなこと言ってる場合なのかしらと千代は思ったが、千代も古賀ほどの有名人がどんな立派な邸宅に住んでいるのかはほんの少しだけ気になった。


「この辺りですよ」


 しばらくして國仲が指を指す。

 見えてきたのは、高級住宅にある豪華な西洋風の一軒家だった。


「古賀さん、本当にお金持ちなんですね」

「本当、レコードって儲かるんだなあ」


 そんなことを話しながら三人で古賀の家を見上げていると、急に千代の背筋にゾクリと悪寒が走った。


「――沖さん」

 

 千代が常春の顔を見上げると、常春は口元に軽い笑みを作りうなずいた。


「ああ、いるね」


 千代たちは、急いで古賀の家のドアを叩いた。


「古賀さん、古賀さんっ」


 しばらくして、ドアが開き、古賀が出てくる。

 無事だったのかと千代はホッとしたものの、古賀の顔色は明らかに悪い。

 いったい何があったのだろうか。


「ああ、あんたらか。丁度いい、入ってくれ」


「大丈夫ですか? 顔が青いですけど」


「ああ、何とかな」


 何とかとはどういう意味だろうと千代が不思議に思っていると、家に入るなり、三人の侵入に抗議するかのようにピシピシと家鳴りがするのが聞こえた。

 霊独特の嫌な気配に、千代の背中がゾクリと寒くなる。


「沖さん、この家」


 千代が腕をさすりながら言うと、常春はうなずく。


「ああ、いるね。古賀さん、お札はちゃんと貼ってる?」


 常春の問いに、古賀は力なくうなずく。


「ああ。そのお陰かな、家の中では家鳴りがするぐらいのもんだ」


「家の中ではってことは、外では何かあったんですね?」


「ああ、新曲の録音中に雑音が混じったり機械が故障したり、舞台稽古中に怪我しそうになったり、どこに行っても安心できないよ」


「そうですか」


 まさかそんな大変なことになっていただなんてと千代は驚いてしまう。


「ふむ、敵も中々に強いようだ」


 常春は家の中をぐるりと見回した。


「……だが、この家に霊が憑いてるというわけではなさそうだ。これは、この家に渦巻く陰の気に引き寄せられてきた浮遊霊のようだし」


 家に呪いの主がいるわけじゃない。では一体古賀さんを狙う者はどこにいるのだろうか。

 千代が不思議に思っているとと、常春は少しウキウキした顔でクルリと振り返った。


「ところで古賀さん、あのレコード、もう一度聞かせてくれるかい?」


「あ、ああ」


 古賀が顔面蒼白のまま常春にレコードを手渡す。

 常春は応接間にある蓄音機にレコードをかけた。


「最新の機器だね、素晴らしい」


「ああ、高かったよ。でも歌手だし、やっぱり音響にはこだわらないとよ」


 と古賀は胸を張る。

 千代には違いはよく分からなかったけれど、どうやら相当立派な蓄音機らしい。


 やがてプツプツという音と共に、古賀の歌が聞こえてきた。

 以前聞いたのと変わらぬ綺麗で澄んだ歌声。だけど千代には以前と違うものがはっきりと聞こえた。


「沖さん」


 千代が言うと、常春は小さくうなずいた。


「うん、店の蓄音機だと気づかなかったけど、これは音質が良いせいかハッキリ分かるね」


「な、何がだ?」


 戸惑う古賀を、常春は真正面から見すえた。


「――このレコード、入ってるのは女の人の声だけじゃないね」


 そう、店の安い蓄音機では分からなかったけれど、このレコードには女の人の声の他に、ピシピシと床や壁のなる音、男の人のうめき声、小さな足音も録音されていた。


「ええっ、マジかあ」


 古賀は頭を抱え、その場にうずくまる。

 すると急に常春はレコードを止めた。


「待って、今のところ。もう一度かけて」


「今のところか? 分かったよ」


 古賀がレコードをかけ直す。

 千代と古賀、國仲の三人は常春が指摘した箇所をもう一度よく聞いてみることにした。すると――。


『……こっちへ来て……そっちは……プツプツ……危ない……こっちへ逃げて』


 小さくだけど、女の人の声が聞こえてきた。


 この声は……?



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