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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第参章 懐中時計の怪
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16.セピア色の記憶

 

 (前澤さん……どうしたのだろう)


 千代は前澤さんと付喪神の顔を代わる代わる見た。


 (――あれ? もしかして)


 その時、色あせた活動写真のような不思議な光景が、千代の頭の中に流れ込んできた。


 淡褐色セピアに染まる景色の中、見えたのは、カモメの飛びまわる港。


「例え離れ離れになっても、貴女のことは忘れません」


 目の前に現れたのは、金髪に青い目。シルクハットをかぶった異人さん。

 異人さんは、赤い着物を着た日本人の女の人に金の鎖がついた懐中時計を手渡す。


「これを私だと思って大切にしてください」


「待って、行かないで!」

 

 泣きながら叫ぶ女の人に、異人さんは悲しそうな顔で首を横に振る。


「大丈夫です。悲しまないで。たとえ離れ離れになっても、私と貴方はこの鎖のように強い絆で結ばれているのです」


 そう言って、去っていく異人さん。


 カチコチ、カチコチ。


 刻む時計の針。


 行かないで……行かないで……。


 女の人の声が千代頭の中にこだまする。


 ――忘れないで、私のことを!



 頭に流れ込んでくる記憶が途切れ、千代はハッと顔を上げた。

 これはまさか、あの付喪神の記憶なのだろうか。

 だとしたら、あの女の人は――。


 気づいた瞬間、千代は反射的に常春の手を取った。


「待ってください」


 千代の思いもよらぬ行動に、常春が慌てる。


「ど、どうしたの、千代さん。いきなり手を握るだなんて、大胆だなあ、むふふ」


「ち、違いますっ!」


 千代は慌てて常春の手を離した。

 全くもう、この狐は。


「そうじゃなくて――」


 千代はゴホンと咳払いをすると、前澤さんに向き直った。


「前澤さん、この付喪神を――懐中時計に宿った魂を消してしまって本当に良いんですか?」


「それは――」


 前澤さんは青い顔をしたままうつむく。

 常春は懐中時計に着けた火を消した。


「千代さん、一体どういうことだい?」


 怪訝そうな顔の常春。

 千代は思い切って尋ねてみた。


「あの、もしかして……勘違いかもしれませんが、あの赤い着物の女の人って、若い頃の前澤さんじゃないですか?」


 千代が恐る恐る口を開くと、前澤さんは首をかしげた。


「えっ?」


 その反応を見て、千代は先ほど懐中時計から流れ込んできた記憶が前澤さんには見えていなかったことに気付く。幽霊列車の時と同じだ。


「あ……えっと、その」


 どうしよう、何て説明すればいいのだろう。

 千代が慌てていると二人のやり取りを見ていた國仲が首を傾げる。


「見えたって、一体何が見えたんですか?」


「実はさっきこの時計の記憶が見えて――」


 千代は先ほど見た光景を話して聞かせた。

 話を聞くや否や、前澤さんはビックリしたように目を見開く。


「それは、確かに私です」


 やはりそうだったのかと、千代は納得する。

 しかし常春と國仲は怪訝そうな顔のままだ。


「どういうことなのか、教えていただけますか?」


 常春に問われ、前澤さんは少し戸惑った後、ゆっくりと昔のことを話してくれた。

 若い頃、英国から来た紳士と恋に落ちたこと。だけど紳士は祖国に帰ることとなり、自分も親の決めた許嫁と結婚したこと。


「あの人への思いは誰にも内緒にして、この時計も引き出しの中にしまいこんでいました」


 そして月日が経ち、お孫さんが就職することになり、就職祝いにこの懐中時計をあげたのだという。

 だけど、この懐中時計を貰った孫は、毎日のように悪夢に悩まされることになったのだという。


 つまり、この懐中時計に宿っていたのは悪霊でも妖怪でもなく、前澤さん自身の秘めた記憶と未練の情だったのだ。

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