15.懐中時計の怪
「前澤と申します。國仲さんに、こちらでお祓いをしていただけると聞いてこちらに伺いました」
青白い顔の前澤さん。どうやら今回はお祓いの依頼らしい。
お祓いってどうやるんだうと千代が少しワクワクしながら常春を見つめたいると、常春ははにこやかな笑みを浮かべた。
「ええ、大丈夫ですよ。ちなみにお祓いしたい物というのは何です?」
「それは、これです」
チャリと金属音がして、何かがテーブルの上に置かれる。
前澤さんの依頼の品は、金の鎖が付いた懐中時計であった。
コチコチと子気味の良い音を立て時を刻む時計に、千代の目は釘付けになる。
「わあ、素敵。西洋風でおしゃれですね」
千代は目を輝かせる。
前澤さんはそんな千代の顔を見て、少し複雑そうな笑みを浮かべた。
「ええ。英国からの舶来品ですので」
「……だけど、言われてみれば確かにこの時計、変な気配がするような気がするね」
常春は懐中時計を受け取ると、ひっくり返したり横から見たりして観察しだした。
「この懐中時計がどうかしたんですか?」
千代が尋ねると、前澤さんはゆっくりと話し始めた。
「この時計は私が若い頃に貰ったものなのですが、最近、孫が就職して、スーツに合う時計が欲しいと言うので、お祝いにあげたのです」
だけど、時計を貰ってからというもの、お孫さんは女の人の幽霊に悩まされるようになったのだという。
「お願いです。この時計のお祓いをしてください」
前澤さんは常春に頭を下げた。
常春は少し渋い顔をすると、懐中時計を上から下からひっくり返した。
「うん、確かに何かの気配は感じるね。そんなに嫌な感じではないんだけど」
「嫌な感じではないんですか?」
國仲の問いに、常春はうなずいた。
「うん、悪霊のたぐいではないね。どちらかと言うと付喪神っぽいというか」
付喪神?
千代は大きく目を見開いた。
「付喪神」と聞いた千代の頭の中に、舌をベロンと出した唐傘お化けの姿が思い浮かぶ。
千代は驚いて尋ねた。
「付喪神って、古い提灯とか傘とか壺とかが妖怪になるものですよね。懐中時計もなるんですか?」
常春は神妙な顔でうなずく。
「うん、一般的には、人に使われた道具は百年経つと魂を宿して付喪神になると言われているね」
しかし常春が言うには、使った持ち主の強い思いがあれば、百年を待たずして付喪神になるという場合もあるのだという。
「だから今回はそのパターンかもしれないね」
「なるほど」
時は大正。横浜の開港から五十年以上が経っている。
今までは、付喪神と言うと昔ながらの古い物がなると思われていたが、この先は西洋風の付喪神も増えてくるのかもしれない。
千代は電話の付喪神やタイプライターの付喪神を思い浮かべようとしたが、全く想像がつかなかった。
前澤さんはそんな千代と常春のやり取りをよそに、ギュッとハンカチを握りしめる。
「何でもいいです。とりあえず、お祓いをお願いします」
「分かりました」
常春は小さく息を吐くと、カウンターからお札を取り出した。
「狐火」
ボッと小さく音がして、懐中時計に火が灯る。
「火が!」
ビックリして立ち上がる前澤さんを、國仲がなだめる。
「大丈夫です。これは怪異にしか効果の無い火ですから」
「そ、そうですか」
國仲の言葉に、前澤さんは落ち着きを取り戻す。
いきなり時計が燃えたら驚くのも当然かもしれないと千代は思う。千代だって初めて常春の狐火を見た時はびっくりしたのだから。
「見て、この時計に宿った魂が正体を現すよ」
常春の言葉に、千代は視線を前澤さんから懐中時計に戻す。
すると、時計から上がる真っ白な煙が、若い女の人の姿になった。
(もしかしてこれが、この時計に宿った魂……付喪神なの!?)
千代が煙を見つめていると、急に前澤さんが引きつるような声を上げて目をひんむいた。
「――ヒッ」
何かに怯えたような前澤さんの顔。
その顔を見て、千代は少し違和感を覚えた。