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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第参章 懐中時計の怪
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13.ふたりの新婚生活

 結婚した千代と沖が住むこととなった新居は、カフェー・ルノオルの隣に建てられた白い大きな洋館だった。

 大きな螺旋階段が特徴的で、家具もほとんどが舶来品。窓には狐の姿を象った特注品のステンドグラスが嵌められている。


 純和風の家に育った千代には慣れない景色だったが、新しい生活が始まるんだなという新鮮な気持ちにもなった。


 妻なのだから早起きして朝ごはんを作らなくてはと、千代が居間で朝食の準備をしていると、沖が起きてきた。


「やあ、おはよう。僕の愛しい人よ」


 どこで覚えたのと思うほどキザな物言いに、千代は顔を引きつらせる。


「愛しい人って。その手は何ですか!?」


「何って抱擁だけれど? 外国の映画で見たんだ」


 この狐は一体、何を見て何を覚えているのだろうかと千代は呆れかえる。


「日本人はそんなことしません!」


 千代がドサリと椅子に腰かけると、沖はクスリと笑った。


「そうなんだ? 最近の日本人は西洋化しているって聞くから、てっきり抱擁もするのかと」


「しません。それより朝ご飯できているんですが、食べます?」


「うん、食べようかな」


 と言ったあとで、沖は少しすまなそうな顔をして頭を下げた。


「ごめんね、お嬢様だから料理するの大変だったでしょ。今使用人を雇おうと思っているんだけど、ちょうどいい人が見つからなくてさ」


 千代はびっくりして答えた。


「いえ、大丈夫です。実家でも料理してましたから」


 家では継母やカヨ子に小間使いのように使われていた千代にとって、料理や裁縫をするのは当たり前のことであった。


 千代が白い西洋風のエプロンを身に着けお味噌汁をお椀によそっていると、沖はぽつりとつぶやく。


「何かいいね」


「何がですか?」


「本当に、夫婦になったって感じだ」


 沖が愛おしそうに目を細める。

 千代はなんだか無性に恥ずかしくなり、目を逸らしてしまった。


「そ、そうでしょうか」


 二人での朝食が終わると、沖は思い出したように千代に提案した。


「あ、そうだ。結婚したんだし、僕のことは『沖さん』じゃなくて『常春さん』って呼んでよ」


「えっ?」


 沖の言葉に、千代は顔を真っ赤にした。殿方と名前で呼び合うなんて初めてのことだ。

 だが同じ苗字になったのだし、確かに「沖さん」と呼ぶのは変かもしれない。


「……常春……さん」


 千代は蚊の泣くような声でつぶやいた。

 耳の先から首元まで真っ赤にする千代を見て、常春は満足そうに笑うと千代の頭を優しく撫でた。


「はい、よくできました」


 千代は何となく馬鹿にされたような気がして常春を睨んだが、常春はその視線すら愛おしそうに受け止めると、いそいそと外套を身にまとい始めた。


「どこかへ行くんですか?」


「いや、そろそろカフェーの準備をしようかと思ってね。千代さんは好きなことしてていいよ」


 好きなことと言われても、千代には趣味などない。

 やることと言ったら家中の掃除ぐらいだろうか。

 千代は恐る恐る手を挙げた。


「あの、もしよければ私にもカフェーのことを手伝わせてください」


 常春は千代の提案にキョトンと目を丸くしたあと、小さくうなずいた。


「なるほど、君がそうしたいって言うのならそうしよう。僕は君の側に居られるならそれで満足だし」


「はい、ありがとうございます」


 常春は琥珀色の瞳で優しく笑う。


「じゃあ、今度からは、君にカフェーの事を色々と教えてあげなきゃね。手取り足取り……むふふ」


 全く。何を考えているやらこの男は。

 千代は呆れかえりながらも、二人でさっそくカフェーへと向かった。


「あ、そうだ。千代さん、こっちにおいで、ここで働きたいのなら、良い物があるよ」


「良い物……ですか?」


 常春に手招きされ、千代は急いで店の奥へと向かった。



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