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帝都浅草 妖狐カフェーの怪奇譚  作者: 深水えいな
第弐章 狐の嫁入り
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11.狐の結納

「そういえば、沖さんの両親っていらっしゃるんですか?」


 話が子作りについてに向かいそうになったので、千代は慌てて話題を変えた。

 沖の家に嫁ぐというのに、千代は沖の家族について全く知らされていなかった。

 沖は妖怪変化であるし、神様のようなものだと本人も言っているので、ひょっとして天涯孤独なのだろうか。それとも沖にも狐の父親や狐の母親がいるのだろうか。

 千代が不思議に思っていると沖は少し含んだような笑みを浮かべた。


「ああ、その事なんだけどね、もうすぐ来ると思うよ」


 もうすぐ来るとはどういうことだろう。

 千代が疑問に思っていると、不意にドアのベルが鳴った。


「こんにちは」

「ここが沖さんのお店ですか」


 年配の男女の声に千代が顔を上げると、ドアのところに上等な着物を着た五十代半ばくらいの夫婦が立っていた。


「ああ、こんにちは。お久しぶりです」


 沖は夫婦に親しげに声をかける。どうやら知り合いらしい。


「沖さん、お知り合いですか?」


 千代が首を傾げていると、沖は改まった口調で紹介をする。


「ああ、紹介するよ。「ああ、紹介するよ。こちら、僕の両親役の大塚おおつかさんご夫婦。大塚さん、こちらが僕の婚約者の千代さんです」


「秋月千代です。よろしくお願いします」


 千代は大塚さん夫婦に慌てて頭を下げた。


「あらまあ、可愛らしい」

「ほお、こちらが噂の」


 朗らかな笑顔で笑う二人。


「よ、よろしくお願いいたします。あの、お二人は両親……役ってことは――この方たちは沖さんの偽のご両親ってことですか?」


 千代が戸惑っていると、沖は苦笑する。


「うん、そうだよ。天涯孤独よりも両親がいた方が千代さんのご両親の心象も良いかと思って、お金を積んで雇ったんだ」


「えっ、大丈夫ですか? そんな事してバレませんか?」


 千代が恐る恐る尋ねると、沖の偽父親の大塚さんが胸を張った。


「大丈夫さ。戸籍から何から全部偽造したから、興信所を雇われたって見破れやしないさ」


「そ、そういうものなの……?」


 千代は半信半疑ながらも、千代の両親は早く嫁に行ってほしいと思っているだろうから、そこまで詳しくは調べないだろうと無理やり自分を納得させた。


 千代は沖の耳元でこっそりと尋ねた。


「ちなみに、この方たち、沖さんが狐だってことは……」


「ああ、その点については大丈夫。この人たちも狐だから」


「ええっ、そうなんですか!?」


 千代は大塚さんご夫婦をじっと見つめた。どうみても仏の人間で、狐が化けているようには全く見えなかった。まあそれは、沖とて同じなのではあるが。


「まあ、その人たちは人間社会に完全に溶け込んでるからね。言ってみれば僕の大先輩。色々お世話になっているんだ」


 沖が紹介すると、狐の夫人がホホホと笑う。


「まあ、大先輩だなんて、神の御使いが何をおっしゃいます」

「そうですよ。沖さんは私らただの妖狐と違って神格持ちじゃないですか」


 大塚さん夫婦が笑う。

 千代にはよく分からないが、どうやら沖は狐の世界ではかなり上位の存在らしい。


「ま、とにかく、結納の日は、この方たちが僕の両親の代わりをするからよろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


 千代は大塚さん夫婦にぺこりと頭を下げた。


「ええ、ここは俺たちにドーンと全部任せておきな」


「そんな事言って、あんた昔、酒の席で尻尾を出して正体がバレそうになった事あったじゃないか。くれぐれも、酒だけは用心するんだよ」


「大丈夫さ。酒さえ飲まなければ問題ない!」


 千代は狐の夫婦のやり取りに一抹の不安を覚える。

 この二人が両親代わりになるなんて、本当に大丈夫なのだろうか。


 ***


 そしていよいよ結納の日。


 結納が行われるのは、近所にある高級料亭だ。

 慣れない場所に、慣れない振袖。おまけに隣に両親がいるとなると、余計に緊張してしまう。

 千代が緊張で石のように固くなりながらも通された席に移動すると、程なくして沖たちも現れた。


「お待たせいたしました」


 いつもよりちょっと良いスーツを着た沖はいつもと変わらないにこやかな笑顔で大塚さんご夫婦を連れて入って来た。

 この人は緊張などしないのだろうか。やはり人間以上に長く生きる妖怪変化だから踏んだ場数が違うのだろうかと千代が考えていると、お父様が、にこやかに沖の偽両親に対応する。


「いえいえ、我々もいまさっき着いたばかりでして。ささ、こちらへどうぞ」


 それにしても――。


 千代は沖さんの偽の両親を横目に見た。

 この間見た時は、親しみやすいご両親といった感じだったが、今日は髪をきちんとまとめ、上等な着物を身にまとった姿で、かなりお金のある上流階級の老夫婦に見える。やはり狐だけあって化けるのが上手いのかもしれない。


 やがて両家の挨拶や結納品の取り交わしが終わり、食事会が始まった。


「いやあ、さすがはこの街で一番の呉服屋の旦那様様ですなあ。このような格式あるお店を知っているとは。うちではとても真似できない」


 沖の偽父が誉めそやすと、千代の父親は鼻高々といった様子で笑った。


「いやあ、結納だから見栄を張っているだけですよ」


「またまたあ」


「そちらこそ、今日のお召し物も素晴らしいですし、相当な資産家とお聞きましたよ」


「いえいえ、とんでもない。うちはお金はあるけれど、実家はしがない武家の出でして……」


 二人の話を聞き、なるほど、そういう設定にしたかと千代がぼんやりと思っていると、急に父親が千代の話を振ってきた。


「それにしても、常春くんもよくもまあ、うちのこんな娘をもらう気になりましたなあ」


 千代の父親の物言いに、沖はピクリと反応したものの、すぐに顔に笑顔を貼り付けた。


「いえいえ、こちらこそ、僕には勿体ないくらいの素敵なお嬢さんですよ」


「ねえ、こんなに可愛らしくて気立てのよい娘を見つけてきて、私、びっくりしておりますのよ」

「ええ、若くて美人だし、素晴らしいお嬢さんだ」


 沖の偽両親も慌てて取りなす。

 しかし、千代の父親の話は止まらない。


「うちの娘は、気も利かないし、裁縫や料理が上手い訳でもないし、血が繋がらないにも関わらずここまで育ててくれた母親に感謝の一つもなくて反抗的で、一体誰に似たのか……」


 と、父親がそこまで話した所で、急に沖が立ち上がった。


 ――ガタン。


「そんなことありません」


 千代と沖の偽両親は、ハッと言葉を止めて沖を見つめた。それほど沖の言葉は強い口調だった。

 沖はみんなに見つめられて我に返るとすぐにいつもの笑顔と優しい口調に戻った。


「千代さんはとてもいい人ですよ。少なくとも、僕にとってはね……すみません、話の途中ですが、ちょっと御手洗に行ってきますね」


「あ、私も行ってきます!」


 千代は慌てて沖の後について席を立った。


「沖さん、待ってください」


 黙って先を歩いていく沖を、千代は慌てて追いかけた。


「ああ、千代さん」


 沖が振り返る。


「ごめんね、せっかくの結納なのに、僕、耐えられなくて」


「いえ」


 千代は首を横に振った。


「私は嬉しいです。沖さんがあんな風に言ってくれて……とても」


「千代さん」


 頭を下げる千代に、沖が少し改まった口調で言った。


「今夜、部屋の窓を空けておいてください」


で待つように伝えよう。うん、これでいこう!

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