「第1章 遠い記憶からの始まり」 (2ー4)
(2-4)
キンコーン、カンコーン。
最後のテストの終了を知らせるチャイムが鳴った。
クラス全体が一気に解放感に包まれる。まだテストは初日、あと二日残っているが月曜日の生徒達には、そんな事は関係ない。
「う〜ん。一日目は終了! どう?」
解放感を一身に受け止めた結衣が桜にそう尋ねてくる。
「どうだろう? 書けたとは思うけど、ちょっと自信ない問題もあるし」
桜が根も葉もない事を口にする。
「またまた〜。桜は大丈夫だよ。いっつも点数良いじゃん」
「そんな事ないよ。それを言うなら、結衣も同じだって」
ズルをしている自分と違って結衣は純粋に自分自身の力だけで問題を解いている。だからこそ解放感を味わう権利も持っている。羨ましいが、それは出来ない。
自己嫌悪しながらも桜は、それを顔には出さなかった。
「私、お弁当を持ってきてて教室で食べてから、図書室で勉強しようと思うけど、桜はどうする?」
「あっ、ごめん。今日はちょっと用事があるんだ」
誘ってもらったのは嬉しいけど、今日は断るしかない。
「りょーかい、用事があるならしょうがないね」
桜の言葉に結衣は笑顔でそう言ってくれた。
「本当にごめんね」
「大丈夫だって。また今度」
申し訳なくなって再度謝る桜に何て事ないように結衣は手を振った。彼女がそう言ってから教室のドアが開き、今朝振りに見る山本が入ってきた。
「――では、明日もテストがあるから、寄り道せず真っ直ぐ帰るように」
淡々と注意事項を山本が説明して、その日が終了する。
テスト期間は部活動もないので、学校に残る生徒は少ない。結衣のように図書室で勉強する生徒がいるくらいだ。食堂も開放されていないので、昼食を取るなら、教室で食べるしかない。
今日の桜は、その二つのどちらにも当てはまらない。
通学カバンからお弁当を取り出した結衣に別れを告げて、桜は学校を後にした。
学校を出て、テスト帰りの大勢の学生と一緒に最寄り駅へと続く通学路を歩く。一年生から三年生まで、実に多くの生徒が帰る中、桜は前方に真緒達のグループを見つけた。
どうやら真緒達も学校から真っ直ぐ帰るようだ。おそらく途中まで一緒に帰って、そこで真緒は別れる。未来だと彼女は一人だったし、外はまだ明るかった。
桜は不自然にならない程度の距離を保ちながら、彼女達と同じ電車に乗った。向こうもこちらには気付いているかも知れないが、たまたま同じ電車にクラスメイトが乗っているだけなので、不審がられる事はない。
桜は堂々と空いているシートに腰を下ろした。
だが、結果的にそれが良くなかった。前日の寝不足と規則正しい地下鉄のリズムは桜を眠気に誘うには充分であり、彼女の瞼はすぐに下がっていった。
「……んっ、」
地下鉄のドアが開いて、入ってくる風が顔に当たり、桜は落ちてしまった意識を覚醒させる。
しまった、寝ちゃってた。
まだぼんやりとする頭を起こしながら、桜は真緒達が座っていたシートに目線を向ける。するとそこには誰も乗っていなかった。
事実を認識した途端、寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。
何で!? どうして!?
様々な疑問が頭に浮かぶ中で桜は、地下鉄の窓から到着した駅を見る。ホームは既に本来、彼女が降りる予定の駅に到着していた。多くの路線が止まるこの駅は当然、乗客の乗り降りも激しい。
真緒達もこの駅で降りてしまっていたのだ。
桜は慌てて立ち上がり、ホームに降りようとする。だが、立ち上がって一歩踏み出したと同時にドアが閉まってしまった。降りる事が間に合わず呆然としていると、動き出した地下鉄の窓から、改札へと向かって歩く真緒達を見つけた。
動き出す地下鉄の中で桜に出来るのは、真緒達を見つめる事だけだった。
それから次の駅に到着するまでの約三分間。実にもどかしい気持ちで車内を過ごして、駅に到着したら急いで駆け降りて、反対のホームへ走った。
反対路線のホームには既に地下鉄が到着しており、まるで自分を待っているようだった。桜は電車に勢い良く乗りシートに座るのも勿体無くて、ドア付近に立って過ごした。
桜の頭にあったのは、寝てしまった事への後悔だった。
大丈夫、実際に未来を見ているのだから。真緒が赤信号を渡るところを絶対に自分は目撃出来るはずだ。逸る気持ちを抑える為に映った未来に対して、桜はそう認識する。
“遠見の力”は映った未来に対して、ある程度の範囲で改変も可能である。
広義の意味で言えば、テストの内容を先取りするのだって、それに該当する。ただしあくまで自分自身の場合のみ。
今回のように他の誰かが、どうなってしまうかなんてやった事がない。
大丈夫、落ち着け。絶対に大丈夫。
地下鉄が駅に到着するまでの間、何度も何度も自分にそう言い聞かせた。