「第5章 前に進む勇気の出し方と作り方」(4ー4)
(4-4)
「さてっ、じゃあ意見もまとまったところで。そろそろ帰ろうか。遅くなったけど、まだ新幹線は走ってる」」
父が時計を見ながら、そう話す。桜もiPhoneで確認すると、いつの間にか大分時間が経過してしまった。
その時、母が「はーい。提案があります」と手を挙げた。
「んっ? 何?」
母の提案に父が首を傾げる。
「今日はこのまま東京のホテルで一泊しない? もう遅いしホテルでゆっくりして、明日帰ろうよ」
「えっ〜?」
突拍子もない母の発言。それは常に未来を見て、最善策を選んできた人間の発言とは、思えなかった。
「それは難しいんじゃないか? 綾香は仕事だってあるだろう?」
「大丈夫。iPad持って来てる。それに明日は日曜日でしょ? 本来、お仕事はお休みだから」
「いや……、でも」
母の提案に父が難色を示す。父と同じような顔を桜は、地元の最寄り駅の待合室でしていた。それを思い返して、また小さく笑った。
「いいじゃん、私は賛成」
「ええ〜? 桜も?」
まさか桜が賛成するとは思わなかったのか。父はますます困惑した顔を浮かべた。彼女が賛成した事で母の勢いが増す。
「大丈夫だって。桜みたいにお泊まりに必要な物を色々と揃えていこうよ。そういうの前からやってみたかったんだ」
「うん。私からも色々と二人に教えてあげる。例えばドラッグストアってね、一回分のシャンプーとか売ってるんだ。普段使わないのを試せるから楽しいよ」
仕入れたばかりの知識を早速二人に語る桜。それを聞いて、母が感心した様子で口を開ける。
「へぇ〜。何それ楽しそう。こりゃもう決定だ」
二人で盛り上がってから、父の顔を見る。母娘にじっと瞳を向けられて、父が断られるはずがない。観念したようにため息を吐いて、「分かった」と頷いた。
「やった〜。ありがとう、裕介君」
「ありがとう、お父さん」
「はいはい。っとなると、まずは泊まれるホテル探しだな。場所移動するのもアレだし。パッとココで決めてしまおう」
「そうね。私も手伝う」
父と母がそれぞれiPhoneとiPadを取り出して、本日宿泊が可能なホテルを探している。その間、桜は何も出来ないので大人しく二人を見守りながら自分もiPhoneを取り出した。
特にやる事もないので、適当に写真アプリを開いてアルバムを見る。サムネイル状にスカイツリーから撮った景色が一斉に並んだ。どれも綺麗な青空が広がっている。
でもやはり、実物で見る方が凄かったな。
今日撮った写真を上にスクロールしていく。すると一枚の新幹線の写真が表示された。それは通路側から富士山を撮影した一枚だった。
そこには、真緒の横顔が少しだけ映っていた。
それを見つけた時、桜の全身に鳥肌が立った。
どこにもいないと探し回っていた真緒がこんな所にいた。自然と涙が流れる。流れた涙はiPhoneに当たり、液晶に小さな水溜まりを作った。
「どうしたの桜?」
泣いている桜に気付いた母が心配した表情を向ける。それに反応してiPhoneを操作していた父も操作の手を止めて、「どうした?」と心配していた。
桜は涙を拭って首を振る。
「ううん、何でもないの。本当に大丈夫。ちょっと、良い事があったから」
「感動したって事?」
母の追及にコクンと頷いた。その後に父が続ける。
「そう、桜が大丈夫ならいいけど。何かあったら言ってね」
「うん。ありがとう」
二人に礼を言ってから、再びiPhoneの画面を見る。良かった、写真にはちゃんと残るのか。こんな事ならもっと沢山撮っておけば良かった。
せっかくスカイツリーまで行ったのに景色の写真ばかりで二人の記念写真は撮らなかった。真緒本人から断られてしまった事に加えて、桜もいつでも撮れると心のどこかで甘えていた。
僅かな後悔を抱えつつも桜は、真緒の写真を再度、見た。
ほんの少ししか写っていない真緒の横顔。でも、それを見るだけであの時、纏っていた空気が心の中で蘇ってくる。
しばらく当時に浸っていた中で、その時に話した会話を思い出した。
「あっ、そうだ」
もうホテルの目星を付けて、いざ予約の電話を掛けようとしていた父が、桜の声に止まる。
「んっ? 今度はどうしたの?」
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
父がiPhoneを耳から離して尋ねる。しまった、今言うのは、タイミングが悪かったなと思いつつ、桜は口を開く。
「帰りのなんだけどさ。飛行機で帰りたい」
突然の桜のお願いに二人が首を傾げて、父が口を開く。
「どうして? 新幹線じゃダメなの?」
「変な事言ってるのは、分かってる。でも約束したの。帰りは飛行機にするって。それで飛行機の上から富士山を撮って送りたい。明るい時だったらきっと撮れるから」
飛行機から富士山の写真を撮ったら、真緒は喜んでくれる。綺麗に撮れた富士山の写真を見て彼女の笑顔が目に浮かんだ。
桜が一体、いつ誰とした約束なのか。口出さなくても二人は理解していた。少しの間顔見合わせてから、まず母が「しょうがない。約束なら飛行機で帰りますか」と言い、父が「ああ。約束ならちゃんと守らないとな」と言った。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
桜は二人に感謝を言った。
これで写真を送る事が出来る。待っててね、必ず送るから。
桜は心の中で真緒にそう伝えるのだった。
桜マーブル(了)




