「第5章 前に進む勇気の出し方と作り方」(1ー3)
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東京の街並みと言っても、渋谷とか新宿のような有名な繁華街以外は、地元の街とそこまで大差はない。しばらく歩いてまず桜が浮かんだ感想はそれだった。当たり前か、同じ日本なんだから。コンビニや店の看板も見覚えがある。
そう考えていると、隣で真緒が口を開く。
「いや〜。こうして二人で東京の街を歩いてみるのも良いものですな」
「私も最初は良いかもって思ったけど、少し歩くとあんまり地元と変わらないなって思った」
「やっぱり? 実は私も同じ事考えてた」
「えぇ〜。今さっき良いものって言ってたのに」
「まぁ、そこは雰囲気で。せっかくの東京だし」
「なんだよそれ〜」
真緒の言った事がおかしくてクスクスと桜が笑う。今日、常に彼女はこうして自分を笑わせてくれた。
今だってただ歩いているだけなのに真緒が隣にいるだけで、景色が全然違う。
それは地元だろうと東京だろうと関係ない。
大切なのは何処ではなく、誰となのだ。桜は今回で大きな収穫を得た。そう考えながら住宅街を歩いていると、小さな公園が目に付いた。
そこは特別な遊具があるような公園ではなく、本当に何処にでもあるような普通の公園だった。何故かとても惹かれた。
「ねえ、ちょっと公園に入っていい?」
「うん。いーよ」
桜の提案に真緒は何て事ないと言った風に頷いて、二人は公園に入る事になった。
土曜日の午後、人はそれなりにいて、主に小さな子どもを連れた親子連れが多かった。駅から離れているせいか、近所の住民が使用しているのだろう。
公園内に沢山植えられている木々が風で緑の葉を揺らす。これが秋だったらきっと紅葉がとても綺麗なんだろうな。
公園の風景を眺めながら、桜が口を開く。
「住宅街にある公園って良いよね。私、好きなんだ」
「分かる! 何か良いよね。私も好き」
桜が公園を好きな理由はまだ幼い頃、まだ沢渡家がちゃんと家族の形をしていた時に三人で遊びに来ていた思い出があるからだろう。
あの頃は、こんな感じの公園によく遊びに行っていた。初めて自転車の補助輪を外して、両親と一緒に練習をしたのを覚えている。最初は補助輪がなくて、怖くてペダルを漕ぐ事が出来なかった。
でも父が絶対に大丈夫だと何度も強く言ってくれて、自転車の後ろを持ってくれた。
子ども用の自転車は小さい為、途中で父の腰が痛くなる。すると、今度は母の出番だ。ベンチに座っていた母が立ち上がり、父と交代で自転車の後ろを持ってくれた。
父と母が交代する時にハイタッチをする。それを見るのが当時の桜は好きだった。
二人は公園を歩いて、空いていたベンチを見つけた。
「あっ、良い感じのベンチ発見。ちょっと休憩していかない?」
真緒の提案に桜も頷く。
「うん。歩いたもんね」
二人はベンチに腰を下ろした。
スカイツリーから結構な距離を歩いていて来たと思っていたが少し空を見上げれば、まだまだ雄大にそびえ立っている。
「ココからだったら、まだかなり大きく見えるね」
「あ、桜もそう思う? 私も同じ事思ってた」
この公園からスカリツリーを眺めているのは、自分達しかいなかった。きっと遊んでいる親子連れにとっては、もう日常の一部なのだ。普段見えている雲や山、ビルなんかと変わらない。
公園内に吹く風を感じてから、桜はポケットからiPhoneを取り出した。おそるおそるLINEを開くと、まだ父からの返事は届いていなかった。
安堵している様子の桜に真緒が首を傾げた。
「桜? どうしたの?」
「うん、お父さんからの返事がまだ来ていないなって」
「LINE送ったんだ」
「一応ね。東京行く事だけ書いた簡単なやつだけど。何もないと警察に通報でもされたら大変だなって思ったから」
真緒にもっともらしい理由を説明する。ただ、自分でも分からなけど、他にも何か理由がある気がした。
だが、それよりも今は……。
覚悟を決めた桜は小さく息を吸って、口から吐いた。
「向こうからの返事を待つんじゃなくて、もう一度お父さんにLINEを送ろうと思う」
「ココで?」
「うん。駅に着いてからでもいいかなって、さっきまでは思ったけど、決心が揺らいじゃうと怖いから。前に進めると思った時に送りたい」
振り返ってみるとベストタイミングはスカリツリーにいる時だった。しかし、ココからでも充分に及第点と言えるはずだ。桜は画面に目を戻して、メッセージを書こうとトーク画面を開く。そこで初めて、東京にいる旨を書いたメッセージと東京駅の案内板の写真に既読が付いているのが分かった。
「あっ、」
小さな声が桜の口から漏れる。
「んっ? どうしたの?」
「……既読が付いてる」
「本当? って事は、相手が見ているって事だ。東京に行くっていきなり送ったから、桜のお父さんかなり驚いたんじゃない?」
「そうかも」
真緒に言われて、東京に行くと送ったメッセージを受け取った父の心境を想像する。部屋着で飛び出した娘がいきなり東京に行くとLINEを送ってきた。しかも東京駅の案内板の写真まで送ってきた。様々な疑問が浮かんでいると思うし、不安になっている事だろう。
桜は父に向けて新しいメッセージを書いた。
【さっき、スカイツリーに登りました。天気が良かったから遠くまで一気に見渡す事が出来て、とても気持ち良かったです。
今朝は話し合いの途中で飛び出して、ごめんなさい。
今日中には帰るつもりなので帰ったら、また話の続きがしたいです】
そう文面を書いて桜は父にメッセージを送った。このメッセージもすぐに既読が付く可能性が高いので。送ったらすぐにLINEアプリを終了する。
前には進むと決めたけど、あくまで自分の歩幅での一歩に過ぎない。今の自分にはこれが限界。そう言い訳をしてiPhoneをポケットにしまう。
すると、その様子を見ていた真緒が「ちゃんと送れた?」と聞いてきた。
「うん、送った。ごめんね、時間取らせちゃって」
「んーん。大丈夫、大切な事だしね」
「ありがとう」
桜が礼を言うと、真緒は「さて、」と言ってベンチから立ち上がった。
「散歩を再開しますか。っと言いたいところなんだけど、結構疲れちゃった。桜は?」
「実は私も」
いつも最寄り駅から学校まで歩いている距離と大して変わらないはずなのに、体に蓄積された疲労は大きかった。
慣れない道、そして緊張。
この二つの要素が、いつも以上に疲れさせているのだろうとベンチに座ってから実感した。
桜が同意すると、真緒は人差し指を立てて「そこで」と言った。
「ココからはタクシーで行かない? 当初の予定通りに」
「賛成。私もそう言おうと思ってた」
「良かったぁ〜。よーし、では行きますか」
桜が賛成した事で肩の荷が降りたように安心した顔を見せる真緒。
二人は、公園を出て少し歩いた大通りでタクシーを拾って、錦糸町駅まで乗る事にした。




