「第1章 遠い記憶からの始まり」 (2ー2)
(2-2)
自宅最寄り駅に到着した桜は、改札を抜けてホームへと向かう。いつもの朝のホームには長蛇の列が出来ていた。その最後尾に並び、通学カバンを取り出す。
桜が通っている高校へは、自宅最寄り駅から高校最寄り駅まで約三十分で到着する。
最初は遠いと感じていたが、今ではすっかり慣れてしまった。今日みたいにテストがある日は、電車の中で勉強時間の確保が出来るし、それ以外の日は読書をしたり等、有効に使えていた。
アナウンスと共に到着した電車に乗り込む。最後の仕上げとして、電車内でノートを広げて頭に定着させる。いつもの満員電車だったが、ドア付近のスペースを上手く確保する事が出来たので、ノートを広げるには充分だった。
途中、大きな駅で乗り換えを行い地下鉄に乗る。この地下鉄から学校に向かう路線からは、チラホラと同じ学校の生徒の姿が見えた。下り路線なので空いており、シートにも楽に座る事が出来た。
桜はシートの隅に腰を下ろすと、またノートを開いた。残り約一時間後にテストが開始される。現時点で大分、覚えられた。いつも通り、九十点程度に調節して取れるだろう。
「ふぅ」
一仕事終えた桜は、小さく息を吐いてノートを閉じる。昨夜は眠りにつくのが遅かったので、今更ながら眠気がやって来た。学校の最寄り駅まであと二駅、所要時間にして四分程。
眠れるか分からないけど、目を閉じるだけでも効果はある。
桜はノートを片付けると、通学カバンを抱きしめて目を閉じる。
「すぅ――、ハァ〜」
本当偶然に“遠見の力”の呼吸をしてしまった。疲れと眠気から無意識下でしてしまったようだ。
それが引き金となってしまった。
桜のもう一つの視界に映ったのは、横断歩道を渡ろうとしているクラスメイトの女子の後ろ姿。通学カバンを肩に掛けて、小さな紙袋を持っている。それだけなら何も問題はないが、彼女の目の前の信号は赤で遠くから轟音のトラックが猛スピードで走っていた。
しかしクラスメイトは信号を気にする様子は全くなく、そのまま足を進めて、そして――。
「……うわっ!!」
桜は抱きしめた通学カバンの中で声を出して、弾かれるように勢い良く頭を上げる。
側から見たら眠っていた高校生が勢い良く顔を上げたようにしか見えない。実際、そうだったら桜本人もどれだけ救われただろうと思う。しかし、見えたのは決して夢ではない。数時間後に起こる未来だ。
それもクラスメイトがトラックに轢かれて亡くなるという残酷な未来だった。
しかもあの感じは、トラックの余所見運転に巻き込まれたのではない。自分から赤信号の横断歩道を進んで行った。
初めて目撃してしまうクラスメイトの死。
これまでも“遠見の力”を使って失敗した事はあった。見たくない未来を見てしまって涙を流したり、あまりに衝撃的な内容に怖くて眠れない夜を過ごした事もある。
だが今回はその中でも群を抜いている。
テスト前に知りたくない事を知ってしまった。
最寄り駅に到着した地下鉄から降りて、大勢の生徒達と共に桜は学校へ向かう。テスト前の緊張から皆、足取りが重く見えるが、桜は全く別の意味で足が重かった。