「第4章 突発的行動は誰の為?」(3ー2)
(3-2)
その後、目の間に大きな川があり、それと共に雄大な富士山が姿を現した。その姿は、桜が知っている富士山そのもので、通路側からでも見入ってしまう。
「うぉ〜。見れた〜。写真写真っ!」
スッキリと晴れた青空のおかげで、とてもよく見える富士山。真緒は興奮して自身のiPhoneを構えて、すぐに写真を撮っていた。
富士山が正面から綺麗に見えたのは、僅かな時間だったが、後方から見ていた桜でも真緒が富士山の写真を何枚も撮られているのが分かった。
新幹線に乗る際に真緒から富士山の話をされた時には、そこまで興味がなかった桜もいざ目の前にすると、その大きさに圧倒される。記念に自分も撮っておこうと身を乗り出して、iPhoneの充電ケーブルを抜こうとする。
「あっ、桜も撮る? はい、どうぞどうぞ」
真緒は桜のiPhoneを充電ケーブルから抜いて手渡してくれた。更に撮りやすいよう、体をズラしてしてくれた。
「ありがとう」
そう礼を言って桜は、iPhoneで写真を撮る。何枚か撮っている内に彼女の横顔が少しだけ画角に入ってしまった。
やがて富士山から離れていき、撮影会が終了した。
「いや〜。綺麗な富士山が沢山撮れて満足満足」
「実際見てみると、かなり良い感じだったよね。思わず私も撮っちゃった」
「そうでしょう?」
「うん」
自慢気な真緒に頷いて返す。
「さて、新幹線最大のイベントも無事に終えたし。いよいよ東京上陸だ」
「そうだね、いよいよだ」
二人で話をしながら残りのプリッツを食べる。その間、桜は真緒がいなくなってからの学校の様子を説明した。
広瀬達のグループは今でも元気な事。
昼休みになると、空席となった真緒の席を使ってご飯を食べている事。
真緒がいなくなってもその痕跡は残っており、クラスの皆はそれを大切にしている事などを伝えた。話し始めた当初、自分がいない学校の話をするのは、もしかして真緒は嫌だったかなと心配したが、笑いながら相槌を打って、楽しそうに聞いていた。
その流れで真緒は今まで何をしていたのかを聞きたかったが、それは彼女を纏う雰囲気が許さなかった。聞いてしまったら最後、たとえ東京まで来ても彼女の存在が希薄になってしまう。そんな気がした。
だから桜は聞かなかった。そもそも本人が話そうとしていない。こちらから無理に聞いて、不快な気持ちにもさせたくない。だったら、このままの方がいい。
グリーンドアにいる時のように話が弾んでいると真緒が「そう言えばさ、」とこれまで話していた事を打ち切って聞いてきた。
「桜って、どうして両親の事以外で、東京の大学になんで行きたいの?」
「えっ?」
純粋な質問だった。それ故に聞かれた桜の思考は停止する。東京の大学に進学したいと考えたのは、両親から逃げられるのと、単純に都会で住むとしたら、選択肢が多い東京の方が良いと考えたからである。
それ以外の理由はない。まだ高校二年生で東京の大学にも対して詳しくないし、どんな勉強が出来るのかも分かっていない。名前だって東大とか早稲田とかよく聞く名前の大学ぐらいしか知らない。
よって、真緒に純粋な質問をされてしまうと答えられなかった。黙ってしまった桜に彼女が「あー、」と何かを察したように声を出す。
「まぁ、そういうのも今日、東京に行けば分かるんじゃない? 桜は賢いんだし、きっとどこの大学だって入れるよ」
「ありがとう。でもどこの大学でもって言うのは大袈裟かも」
流石に“遠見の力”を使ったって、どんな大学でも入れる訳じゃない。いくら答えを事前に知ってもそれを処理する自分の脳に限界がある。
桜がそう答えると、真緒は「そんな事ないって。桜ならきっと大丈夫」と太鼓判を押してくれた。その気持ちはとても嬉しいが、同時にズルをしているのが辛くて、申し訳ない気持ちになる。
そんな話をしている間に二人を乗せたのぞみは新横浜駅を超えた。ココから品川駅までのアナウンスはすぐだった。品川駅でも東京駅でも降りるのは、どちらでも構わないけど、どうせなら東京駅で降りた方がっぽくないかという、真緒の提案に乗って、二人は東京駅で降りる事に決めた。
品川駅を越えると、いよいよ降りる準備を始める。
網棚に入れていたユニクロの紙袋を桜は取り出した。二時間程目にしなかったけど、それでも記憶に新しかった。
残っていたゴミも全て処分して、倒していた椅子も元通りにする。窓の外の景色を見ると、背の高いビルが沢山建っていて、同時に地元とは違う雰囲気がした。
新幹線が東京駅に到着するアナウンスが車内に流れて、徐々にスピードが落ちていく。座っていた乗客達が次々と立ち上がった。それに倣って二人も立ち上がる。
椅子から離れて、通路から乗車口に並ぶ列に加わった。微かに桜の胸の鼓動が速くなっていた。
新幹線が東京駅に停車した。開いた乗車口に降りていく乗客達の列。そこに混じって、二人もホームへと降り立った。
両手を上げてホームに到着すると、真緒が「んん〜」っと言いながら、大きく伸びをする。
「着いたぁ〜。結構、時間かかるかなって思ってたけど、二人だとすぐだったね」
「うん。あっという間だった」
“二人だと”と、真緒に言ってもらえた事が嬉しくて桜は内心、喜びながらも同意した。
東京駅のホームに降り立って、桜がまず感じた事はとても大勢の人が歩いているという事だった。新幹線だけではなく、他の路線も通っているからだろうが、その人の多さに驚く。
人の流れに沿って、二人がエスカレーターへと歩いている時、「東京」と駅名が書かれた案内板を目にする。
「ごめん、ちょっと待って」
隣を歩く真緒に断りを入れて、桜はiPhoneを取り出すと、東京駅の案内板を写真に収めた。
「あ、私も撮る〜」
それを見た真緒が同じように自身のiPhoneを取り出した。二人して足を止めて、東京駅の案内板を撮影した。撮れた写真を見ると富士山とは、また別の達成感があった。
桜はそのままの勢いでLINEを起動して父に写真を送った。ついでに新たなメッセージも添える。
【友達と一緒に来ています】
新幹線から送ったLINEにはまだ既読が付いていなかった。本当に見ていないのか、それとも通知だけで確認しているのか。どちらにせよ、これでもう当分は、こちらから送る必要はない。
桜はアプリを閉じて、iPhoneをポケットにしまう。
そして、待っていてくれた真緒に笑顔を向けた。
「お待たせ。行こう!」




