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桜マーブル  作者: 綾沢 深乃
「第4章  突発的行動は誰の為?」

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35/50

「第4章 突発的行動は誰の為?」(1)

(1)


 マンションを飛び出してから、無我夢中で桜は走っていた。自分の中にある怒りのエネルギーを放出するのに走るのが一番都合が良かった。


「ハァっ……! ハアっ……!」


 しばらく走るとエネルギーも大分消費されて、疲労と共に足が止まる。息が上がりながら振り返るが両親は追いかけて来ない。普段の自分なら絶対にしない事をしてしまった。


 どうしてあんな事をしたのか。答えは至極単純で、あそこにいたくないからだ。


 ココからどこに行こうか。マンションには絶対に戻らない。かといって、行く宛てはない。咄嗟の判断でiPhoneと財布だけでは持って来れたけど、それしかない。今の格好はジャージ。シャワーすら浴びていない。


 しょうがない、近くの公園にでも行って、ベンチで頭を冷やそう。


 桜がそう考えていた時、手に持っていたiPhoneが振動した。てっきり両親からの連絡かと思って確認してみたが、表示されたのは真緒の名前だった。


「ははっ、」


 まさかこんなタイミングで真緒から電話がかかってくるとは思わなかった。つい口から乾いた笑い声が漏れる。電話ぐらいなら、今の状態でも問題ない。すぐに出れる。


 桜は半ば自暴自棄になりながらも電話に出た。


「もしもし」


「あ、桜? ごめんね、急に電話しちゃって、今大丈夫だった?」


 電話口から聞こえる真緒の声。それがあまりにも今の自分の環境と違っていて、何を言っていいか言葉が浮かばない。


「あれ? もしもーし、桜?」


 黙ってしまった桜に真緒が呼び掛ける。何か言わないと、慌てて口を開く。


「えっ、えっと……」


 何を話していいか言葉を探す桜。しかし、口どもるばかり。言葉の代わりに彼女の両目からは、一筋の涙が流れた。流れ始めてしまった涙は、こちらの意志に反して止まる事を知らず、勝手に流れ続ける。


 たとえ電話越しでも真緒に気付かれたくなくて、手を口に当てて抑える。それでも彼女には気付かれてしまったようだ。漏れ出した微かな嗚咽を聞かれたのだろう。


「桜、今ドコ?」


 冷静な声でそう聞いてきた。


「家の近所」


「お金って持ってる?」


「持ってる」


「じゃあさ、桜の最寄り駅まで行くよ。LINEで教えて。駅のホームの待合室で待ち合わせしよ?」


「うん、ありがと」


「はいはい。じゃあ、またね〜」


 真緒との通話が切れた。iPhoneを耳から離して、そこに風が当たる。まるでうたた寝をして、夢を見ていたような感覚だった。


「すぅ――、はぁ〜」


 一回、深呼吸してまだ少し流れている涙を落ち着かせると、桜は最寄り駅の名前を真緒にLINEで送る。駅名のみを書いた簡素なメッセージだったが、すぐに既読が付いて、「了解!」という文字と可愛い犬のスタンプが返ってきた。


 そんな文面を見て、思わず笑みが溢れる。真緒の最寄り駅から自分の最寄り駅までは、多少時間がかかる。先に駅に入っておこう。


桜はそう決めて、最寄り駅へと足を進めた。


 歩いている途中、路上駐車していた車の窓ガラスに映った自分と目が合った。この格好を真緒が見たら、さぞ驚くだろうな。数十分後の光景を想像して、そんな事を考えた。


 財布とiPhoneは持って来ているので、問題なく改札を抜けて駅構内に入る。土曜日の駅構内には大勢の人がいて、当たり前だけど皆ちゃんとした格好をしていた。寝起きでジャージは自分しかいない。


 恥ずかしくて桜は改札を抜けると、すぐにホームの隅に設置されている待合室に逃げ込んだ。


 運良く待合室には誰の姿もなく、桜はプラスチックのイスの一番奥に腰を下ろす。イヤホンもないので音楽を聴く事も出来ない。今の自分に出来る事は、ただじっと目立たないようにして真緒を待つ事だけだ。


 財布とiPhoneを両手で包むようにして、頭を下げて目を閉じた。目を閉じると、一気に興奮したり走った代償からか、体が眠気を訴えてきた。


桜はそれに逆らわず、そのまま眠りに就く。


 どれくらいそうしていたのか。下を向いてやり過ごしていた桜は、肩をトントンとされた衝撃でうっすらと目を開いて、顔を上げる。


 するとそこには、真緒の姿があった。


 金曜日の放課後を最後に別れてから久しぶりに会う真緒。本当はもっときちんとした再会にしたかったのに残念ながらそれは叶わなかった。


 加えて、大きな変化が一つ。


 真緒の髪色が金髪になっていた。


「久しぶり〜、桜。どうしたの、その格好。ジャージじゃん」


 目の前にいる真緒は、桜の記憶にいるいつも真緒だった。明るく気さくで屈託のない笑顔を向けてくれる。自分の格好に驚くとは思っていたが、彼女の髪色に逆にこちらが驚いてしまった。


「そっちこそ、どうしたの? その髪色……」


「ああ、コレ?」


 聞かれた真緒は何て事ないように自身の髪の毛を摘む。


「いやぁ〜、染めたのは結構前なんだけど。前々からやりたいって考えてたの。でも自分でやると絶対にギシギシになるだろうから、いつも行ってる美容院でやってもらった。どう? 結構良い感じでしょ?」


「可愛い。すっごい似合ってる」


 元から髪色が明るめな印象だったので金髪になっても違和感はどこにもない。


「えへへ。ありがとう〜、自分でも気に入ってるんだ」


 真緒はお礼を言って、桜の隣に座った。


「それで? 桜はどうしたの?」


 あらためて真緒が事情を尋ねてきた。尋ねるのは当たり前だけど、すぐに聞いてこない分、彼女の優しさを感じた。桜は「……うん」と小さく頷いてから今朝の一連の出来事を説明した。


 ずっと家にいなかった母が急に帰ってきた事。


 自分がしていた家事を全て横取りされてしまった事。


 母と父の二人がかりで、東京の大学進学を諦めるように説得してきた事。


 地元の大学なら最大限の援助をするが、東京の大学に行くなら難しいと言われた事。


 そして、それはすぐに撤回した事。


 最後に、母は将来的に三人で暮らしたいと考えている事。


 数分前の出来事がこんなにも濃かったのかと話しながら桜は実感した。また、流石に“遠見の力”の話はしなかった。


 ただそれを抜きにしても今朝の一連の出来事は充分だった。


「――大体、こんな感じ」


 桜が話し終えると、じっと横で聞いた真緒が顔を歪ませて、怒りに震えていた。


「ひっどい!! 何それ!? サイアク! 自分達の都合だけで全部進めようとして、桜の気持ちは全部無視! それにわざと撤回して、その場の状況をコントロールするのも腹立つ!」


 まるで自分の事のように真緒は怒ってくれた。いつも怒りを内包するタイプの桜は、彼女がハッキリと口に出して、怒ってくれた事が心から嬉しかった。


「ありがとう、真緒」


「えっ? 何が?」


 純粋にその気持ちが嬉しくて感謝の想いを伝えると、それに返す真緒の反応にもまだ若干の怒りが残っていた。


「ううん。何でもないの、ありがとう」


 きっと立場が逆だったら、こんなにも真緒の為に怒る事は出来ないだろう。仮に怒ったとしてもやっぱり自分は内包してしまうはずだ。


 真緒に伝えた事、そして怒ってくれた事が桜の中にあったモヤモヤとした気持ち悪い感情を放出してくれて、心が楽になった。


「ふぅ〜」


 口から息を吐く。重かった体もいつも通りに動く。


 よし、いつまでもココにいてもしょうがない。せっかく来てもらった真緒には申し訳ないけど、変な意地張っている場合じゃない。


 楽になった心で一度、帰ろうという感情が芽吹いていた。


「あの、さ」


 桜が真緒に向けて口を開く。しかし、それをかき消す勢いで彼女が勢い良くベンチから立ち上がった。


「行こう! 今から!」


「えっ? どこに?」


「東京! 桜がそんなに行きたい東京にもう今から行っちゃおう!」


 突拍子のない真緒の提案に桜が呆然としてしまう。


 目を輝かせてこちらを見つめる真緒。そもそも家を出たのは衝動的な事で、そこまでの大きな気持ちは無かった。


 流れに乗って真緒に相談出来たまでは良かったのに、どうしてそうなる?


 桜は置かれた状況をあらためて考える。しかし、明確な答えは出ない。答えが出ないという事はそれはつまり、自分の意志で決められるという事だ。


 確定していない自分だけの選択。


 それに従ってどうしたい? 桜? 


 そう心の中で自問自答する。


 少しして、桜の心が固まった。


「行こっか、東京」


「よーし! 決まり!」


 桜が行く事に同意すると、真緒が嬉しそうに頷いた。


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