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桜マーブル  作者: 綾沢 深乃
「第1章 遠い記憶からの始まり」
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「第1章 遠い記憶からの始まり」 (2ー1)

(2-1)


 定期テスト前夜、桜は自室で勉強をしていた。二年生の三学期だからといって特別な事はしない。いつもように夕食を食べて風呂に入ってから、デスクに勉強道具を広げて勉強をするだけだ。


 テストは明日から、現在の時刻は二十三時。一時間目が九時からだから、大体残り時間十時間前後となる。


 桜は広げたノートや問題集、教科書から現在の自分の実力を予想する。


 今のままだと、取れて七十点から八十点ってところだろう。


 客観的に自分自身の実力を分析する。


 万が一のケアレスミスもあるので、あまり良い点数とは言えない。


「すぅ――、ハァ〜」


 目を閉じて軽く深呼吸を繰り返す。子供の頃に教わって以来、桜は忠実に守ってきた。


 知りたいのは、十時間後のテストの問題だ。


 目を閉じて深呼吸をしていると、ピリッとした頭痛が走る。それが合図だった。ゆっくりと慎重に目を開く。視界に映るのは、デスクに広がった勉強道具。


それとは別にもう一つ映る景色がある。


 それはまるでニ台のテレビを並べて、映像を見ているような感覚だった。最初の頃は、夢の中にいるようなぼんやりとした景色も次第に解像度を増して、鮮明になっていく。


「よし」


 桜はシャープペンを手に持ち、ノートの白紙のページを開くと、一心不乱にページを埋めていく。書いているのは、もう一つの視界で見えている景色だ。


 本来ならば知る事のないテスト用紙、その問題文。この景色は自分の意志でいつでも止められる。よって、時間がかかっても問題を書き写す事が出来る。


 数学の問題文を書き写し終えると、一度目を強く閉じて、目頭を手で抑えた。頭の中にある沢山のオンになっているスイッチを一つずつオフにしていく。


 しばらくするとテストの景色が消えて、目の前のノートしか見えなくなった。広げたノートに書かれているのは、明日行われる数学のテストの問題文だった。


「まず一つ」


 あと二教科残っている。暗記系の科目は、最後に見ておけば問題ない。まずは面倒な数学から。これは中学から“遠見の力”を使用している桜の習慣だった。


 テストの問題用紙が見えたからと言って、その答えまで映る訳ではない。


 それが“遠見の力”の欠点とも言える。


 何度も実験したけど、桜が映るのは二十四時間先の未来が限界だ。更に時間を延ばせばその分だけ、疲労が増して最悪ベッドの上から動けなくなってしまう。


 なので数週間後にテストが返却される日まで一気に見るなんて事は出来ない。あくまで補助としての役割でしかなく、結局のところ、自分で勉強するしかなかった。


 少し休憩を挟んでから桜は、残り二科目をノートに書き写すと、問題を調べながら解く作業に入った。


 数時間かけて全ての科目を解き終わり、桜はその場で大きく伸びをする。


「う〜ん。終わったぁ」


 明日は数学だけが手強そうだが、それ以外は何とかなりそうだ。全体をやってみて、桜はそう感想を抱く。


 本当はもっと早く始める予定だったのに気付いたら、こんな時間から始めてしまった。時計を見るともう午前二時を過ぎていた。


 そろそろ寝ないと。


 明日のテストの目処は付いた。百点を取ってしまうと変に目立ってしまうから、そのあたりは上手に調整すればいい。そういえば、教室で一夜漬けすると話していた男子グループを思い出した。彼らの言っている事が本当なら、きっと今も起きて勉強をしているだろう。


一夜漬けで覚えるとしたら、暗記科目? 


目の前には完璧な答案用紙がある。がむしゃらに範囲を覚えるより、これがあればもっとも合理的に終わる。


「ふっ、」


 そこまで考えて桜は小さく笑った。合理的に終わると言っても彼らの連絡先を知っている訳ではないし、それにこのノートを見せてしまったら、どうして知っているのかと怪しまれてしまう。


 一夜漬けは大変だと同情はするが、施しはしない。


 桜は部屋の電気を消して寝る体制に入った。




 翌朝、桜はiPhoneのアラームで目が覚めると、顔を洗ってから洗濯カゴに入っている洗濯物をドラム式洗濯機に入れて、洗剤を投入してスイッチを押す。


 ゴウンゴウンと音を立てて、洗濯機が回り出す。


 その間にリビングに行き雨戸を開けて、窓も開ける。朝の新鮮な太陽光と空気がリビングに入ってくる。空気の入れ換えを終えると、窓を閉めて台所で手を洗ってから冷蔵庫を開けて卵とベーコンを取り出した。


 トースターに食パンを二枚入れて、温めている間に手早くベーコンエッグを作る。そのタイミングになって、シャワーを終えた父親がリビングに入って来た。


「桜ちゃん、おはよう」


「おはようお父さん」


 白いワイシャツに黒のスラックスを着ている父は、洗濯が終わった洗濯カゴを持っていた。お互いの生活スタイルから考えられた役割分担だった。


「朝ご飯、もうちょっとで出来るから」


「分かった。じゃあそれまで少しでも干しておこう」


 テーブルに置かれたリモコンを手に取ってテレビを点けると、朝のニュース番組が流れる。父はそれを一瞥してから、リビングの窓を開けて、マンションのベランダに出た。一緒に持ってきたハンガーに取って、テキパキと洗濯物をかけて干していく。


 父はちゃんと一度叩いて、シワを伸ばしてから干していた。最初の頃は、そのまま干していたり、ナナメにズレたまま干したりして大変だったが、それも回数をこなす事で慣れていた。洗濯する量も二人分なので、そこまでの量ではない。


 父が洗濯物を干し終えて、リビングの窓を閉める。風で揺れていたカーテンが大人しくなり、父が空になった洗濯カゴを洗面所へと戻しにいく。


 種類によって何回かに分けて洗っているので、再度、洗濯機のスイッチを押した音がリビングからでも聞こえた。


「よし、終わり」


 丁度、そのタイミングで朝食が出来上がったので、桜はテーブルに並べる。


 食パンにベーコンエッグ。そして、簡単なサラダとヨーグルト。それと、コーヒーメーカーで作ったコーヒー。いつもの沢渡家の朝食だった。


「ただいま〜。さて、食べようか」


 リビングに戻って来た父が所定の椅子に腰を下ろす。


 向かい側に桜も座った。二人で手を合わせて、いただきますと言ってから、朝食を食べ始める。


 綺麗に焼き目がついた食パンにザクザクと音を立てて、バターを塗っていく。先に父が塗ってから、ナイフを借りて次に桜が塗った。


 バターを塗って艶が出た食パンに齧り付く。


 焼きたての食パンの香ばしい香りと味が一気に口内に広がる。


「今日から期末テストなんだよね?」


「うん。そうだよ」


 コーヒーを啜った父が桜にそう尋ねてくる。彼女は平然とそれに答えた。


「だから、いつもより早く学校が終わる。帰りにスーパーで買い物してくるから」


「勉強の方は順調か? 桜ちゃんの事だから心配はしていないけど、もし時間がないなら、夕食は無理に作らなくてもいいぞ。お父さんが代わりに買って帰るから」


「えー、別に気を遣わなくていいよ。勉強時間も確保出来てるし、いつも通りで充分」


「そうか? まぁ、桜ちゃんは綾香に似て頭が良いからな」


「どうだろ? 要領が良いだけかもね」


 父の言葉に一瞬心の底がザラリとしたが、素早く回避するように桜はベーコンを口に放り込む。半熟に焼けた目玉焼きの黄身が割れてベーコンにかかって美味しかった。


 それから二人はテレビを見ながら他愛のない会話をする。ニュースや芸能。二人がそれぞれの意見を話して、最後に今日の天気を確認する。


 昨夜、寝る前にiPhoneで天気はチェックしているが、最新の天気情報を知っておきたい。


「ご馳走様でした。さて、そろそろお父さんは仕事に行きますかー」


 朝食を食べ終えて、コーヒーを飲み終えた父は、大きなあくびをしながらそう言った。現在の沢渡家では、父が先に家を出る。中学の頃までは一緒に家を出ていたが、桜が高校生になって電車通学になると、自然と変化していった。


「今日、遅くなりそう?」


 食器が載ったプレートを台所まで運ぶ父に桜が質問する。


「いや、いつもと同じくらいかな。遅くなるようだったら、LINEするよ」


「了解」


 帰りの時間帯を父から教えてもらうと、本人はそのまま洗面所へと向かい、歯ブラシを済ませていた。その間に桜は自分の食べ終えた分を台所へと持って行き、洗い物を済ませておく。


「行ってきまーす!」


「はーい。行ってらっしゃい」


 玄関から父の声が聞こえたので、桜はリビングから顔を出して、父を見送る。ドアが開いて、閉じてからガチャリを施錠する音が聞こえた。


 それから少しして、洗濯機が音を立てて洗濯の終了を知らせたので、桜はそれを回収してリビングまで運び、手早く干した。


「ふぁ〜」


 干し終えると自然と口からあくびが漏れた。点けっぱなしのテレビは観ていた情報番組が終わり、次の時間帯の番組が始まっている。そろそろ自分も出る準備をしなければ。


 桜はリビングのカーテンを閉めて電気とエアコンも消して暗くしてから洗面所で身支度を整える。


 その後で部屋に戻ると、昨日寝る前に作成したノートを手に取り、通学カバンに入れる前にパラパラと見直した。


 答えがビッシリと書かれたお手製のテスト用紙。前に何かの本でカンニングペーパーを作る事で逆にそれが勉強になると読んだ事があるが、まさにそれだなと桜は思った。


 学校に行く準備を終えると、最後に姿見で全身をチェックして桜は部屋を出る。


 玄関で学校指定のローファを履いて、通学カバンを手に持ち立ち上がる。振り返ると、そこには誰もいない真っ暗な我が家。


「行ってきます」


 そんな我が家に向かって桜はそう告げて外に出た。


 ベランダで体感した今日の気温を再度感じつつ鍵を差し込んで回す。


 ガチャリ。と音を立てて、家のドアが施錠された。



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