「第3章 再会」(1ー2)
(1-2)
ぼんやりとした頭でそう考えていると、目的地の駅へと到着する車内アナウンスが流れた。少し眠りかけていたらしく、若干思考が鈍い気がした。それを何とか制御して桜は立ち上がり、ドア付近へと待機する。
ホームに降りて他の乗客の流れに乗って、改札を通った。ココまで来ると、慣れ親しんだいつもの駅構内の景色が桜を安心させた。
突然の母との邂逅で驚いたが、当初の目的を果たそう。改札から地上出口へと出て、グリーンドアへと向かった。
人々で賑わう街の間を通り抜けて、アーケード街からビジネス街へと入る。そして、その一角にあるグリーンドアに到着した。
何も変わらない緑色のドアを開いた。
カランコロン。
カウベルの音が桜を歓迎する。店内はそこそこ賑わっていた。入口で待機していると、接客をしている香夏子と目が合う。どうやら注文を受けているようだった。軽い会釈をして、桜はその場に留まった。
接客を終えた香夏子が桜の下まで駆け寄って来た。
「桜ちゃん! いらっしゃい」
「こんにちは、香夏子さん。いつもの席は、今日は空いていますか?」
もはや、桜にとってもいつもの席となったソファ席が空いているか尋ねると、香夏子は申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんね〜。今、あの席は別のお客様が座っているの」
「あっ、そうですか」
香夏子に言われて、入口から少し歩いて店内を覗き込むと、確かに男女の二人組がソファ席を使用していた。いつもあそこは空いていたので、勝手に指定席のように感じていた。
「カウンターでもいい?」
「勿論構いません。そもそも一人ですし、今までが贅沢だったんです」
「ありがとう。途中で空いたらいつでも座って良いからね」
「はい。ありがとうございます」
「では、カウンターへご案内致します」
香夏子にそう案内されて桜は、カウンター席へ足を進める。
今までソファ席しか座って来なかったけど、アンティークのお洒落なカウンター席は、一人分のスペースとしては、丁度良かった。
カウンター席に座って、お冷やとおしぼりを持ってきてくれた香夏子にいつものカフェラテを注文する。座る席が違っていてもお店で飲む物は変わらない。
「はい、かしこまりました」
桜の注文に丁寧に応対して、香夏子はカウンターの奥へと入っていった。そこでエスプレッソマシンを使って、カフェラテを作っていた。
なるほど。カウンターからだったら、香夏子がコーヒーを淹れている過程が見えるのか。桜はソファ席では味わえない光景に感心した。
それから少しして、香夏子がカフェラテを持ってきてくれた。
「はい、お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
丁寧な接客で目の前に置かれたカフェラテのカップに口を付ける。いつもの安心する味が口内から広がり、学校を出てから、ずっと頑張っていた桜の気持ちを和らげてくれた。
一口飲んで口を離すと、横に立っていた香夏子が「どうだった?」と聞いてきた。
「えっ?」
「行ってきたんでしょう? 真緒ちゃんのマンション」
まだ何も話していないのに香夏子は、的確に見抜いて聞いてきた。流石だと思いながらも桜は頷く。
「はい、行ってきました。残念ながら真緒には会えなかったんですけど……」
「会えなかった? もしかして引っ越ししてた?」
「いや、それは大丈夫です。直接会えてないだけで、インターホン越しで話は出来ました」
失敗したと思った香夏子を安心させる為に桜は手を振って答えた。彼女の説明を聞いて「良かった〜。話は出来たのね」と安心する。
「突然、行っちゃいましたからね。真緒も凄く驚いていました。どうしてココの住所を知っているんだって、まず最初に聞かれたので、香夏子さんから聞いたって素直に答えました」
「あ、言ったんだ」
「だって自宅番号をグリーンドアにしている時点で向こうも承知しているはずだし、答え合わせのつもりなんだなって思ってました。そしたらあの子、そんな意図は全然無くて、単に忘れてただけって言ったんです」
こちら側が考え過ぎていた。それを香夏子に伝えると、彼女は「え〜っ!」と、相当驚いていた。
「そうなの!? なぁんだ、真緒ちゃんのうっかりか〜。まぁ、それもあの子らしいちゃ、らしいけど」
「そうですよね。聞いた時は私も驚きましたけど、後からそれも真緒らしいなって思いました」
「だね〜。それで? 真緒ちゃんのマンションにはまた行くの?」
「ん〜。分からないです。今回、会えなかったのは寂しいですけど、向こうから連絡を来れるって約束してくれたんです。それが来るまでは、待っていようかなって」
連絡が来るという約束を交わせた事が、一番の収穫だった。
「そっか。じゃあ真緒ちゃんからの連絡を待つだけだ」
「ええ。気長に待っていようと思います」
「うん。それが良いよ。あんまりこちらから急かすのだけは止めてあげて」
「もちろん」
香夏子は桜の返事に満足そうに微笑んで離れていった。ココに報告に来て良かった。この気持ちを共有出来る相手は彼女しかいない。
そう感想を抱きながら、カフェラテに口を付ける。
この味にはとても慣れ親しんだけど、やっぱり真緒と一緒の方が楽しいかな。そんな事を考えながら、桜はカフェラテを飲んだ。
翌日から桜はいつも通りの生活に戻った。広瀬達のグループには真緒のマンションに行った事は一切話さなかった。
あれからまた追及されたらどうしようと、初めの何日かは緊張していたが、彼らは真緒抜きで楽しそうに集まっていた。真緒の痕跡は教室の帳尻合わせのように置かれた作られた机と椅子のみ。
それもすぐに教室の一風景として、馴染んでいた。




