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桜マーブル  作者: 綾沢 深乃
「第3章 再会」

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28/50

「第3章 再会」 (1ー1)

(1-1)


 真緒のマンションを出て、駅へと戻ってきた桜は、ホームにて地下鉄の到着を待つ。乗って来た路線を戻るだけなので何も怖くない。イヤホンを挿して、音楽を流すくらい落ち着いていた。


 今日も遅くなってしまう。また父親にLINEを送っておこう。二日連続だと流石に怒られるかな。いや、変な事をしている訳じゃないから、素直に理由を話せば大丈夫か。


 桜は制服のポケットからiPhoneを取り出して、父親宛にLINEを送ろうとする。




 その時、突然背後からポンポンっと軽く肩を叩かれた。




 音楽を聴いていたので、反射的に肩が上がる。この駅で自分の肩を叩いてくる人物。


 もしかして、真緒が追いかけてくれた? 咄嗟にそう思ってイヤホンを耳から外して桜は振り返る。


 だが、そこにいた人物に桜は目を見張った。


「桜〜! 久しぶり、どうしたの? こんな所で」


 そこにはスーツ姿の母親の姿があった。


「お、お母さん」


 友達に偶然出会って、話しかけるような母の陽気さに桜は、瞬間的に全身が発火するような熱さを覚えた。下手に動揺をしているのを相手に悟られないように慎重に言葉を選ぶ。


「……ちょっと、友達の所に」


「あ、そうなんだ」


 真緒の事をハッキリと友達と告げる相手がよりにもよって、母になってしまった。こちらの言葉に「へぇー」と母は答える。その興味があるのかないのか、どちらでも構わないという態度に自然と腹が立つ。


 それを抑える為にローファの中で足の指に力を入れる。


 すぐにでもこの場から立ち去りたい。そんな桜の気持ちを汲んだかのようにホームに地下鉄が到着するアナウンスが鳴り響く。


 助かった、思わず安堵するが母もこのホームにいるって事は、まさか一緒に乗る気なのでは? と疑問が生まれる。


 しかし、桜の予想とは裏腹に母は「あ、」と声を上げる。


「電車来た。じゃあ、私はもう行くね」


「えっ?」


 てっきり一緒に乗るものだと思っていた桜は、もう行くと言った母に驚いた。その隙を彼女は見逃さない。


「あっ、今ホッとしたでしょ?」


「いや……、」


 即座に違うと否定すればいいものの、それが出来なかった。


 焦る桜を余所に心を見透かした母は、ふっと笑う。


「じゃあね。お母さん、駅の駐車場に車停めてるから。桜に久しぶりに会えて嬉しかった」


「うん。また、」


 母がそう言ってこちらから離れて行く。離れた彼女と引き換えに地下鉄がやって来て、桜は開いたドアから逃げるように車内に入る。シートは空いていたが、まだ座らない。


 ドア付近から母の様子を窺う。彼女は、こちらを振り返る事なくそのまま改札を抜けて、他の利用客に紛れて姿が見えなくなった。


 そこで初めて桜は、一番近いシートに腰を下ろした。


「ふぅ〜」


 ようやく警戒が解けて、張っていた肩の力が抜けた。




 グリーンドアに行く車内で桜は母の事を思い出す。


 数年前に母は家を出て行った。


 桜の知っている母は、昔から何でも要領良く出来る人だった。


 物事のコツを掴むのが上手で、一を聞いて十を知る。とは、まさに母のような人の事を指すのだと思っている。


 一方、父は母とは反対にコツコツと努力を積み上げるタイプの人である。


 正反対の二人が、どうして結婚するまでに至ったのか。桜は知らない。でも考えたらそんな二人の結婚生活なんて、上手くいく訳がなかった。


 母は父の行動原理が分からないし、父も母がどうして省くのか分からない。


 生活の中で二人は、少しずつズレていき、やがて必要事項以外はあまり話をしなくなった。それは決して喧嘩ではなく、お互いを想い合った結果だと、今の桜なら理解出来る。


 結果、お互いに配慮しているのみで、前に進まなかった沢渡家は、母が家を出て行くという形で終了を迎える。


 母が出て行く日の朝を桜は覚えている。中学二年生の時だ。


 早朝、海外旅行にでも行くのかと思えるくらい大きなスーツケースを持って、玄関にいた母にまだ寝起きの桜は、「どこに行くの?」と尋ねた。彼女の質問に母は、小さく笑っていつものように、ポンっと頭に手を置いた。


「お母さんは、これから一人で暮らします」


「えっ? どうして?」


「それが一番確実だから。桜はこのままお父さんと二人で暮らしなさい。その方があなたの為なの」


「私の為?」


 それってどういう意味だと尋ねようとしたら、父がリビングからやって来た。


「おい。桜を悲しませるような事は言わないでくれ」


「分かってる。ゴメンね桜、変な事言って。じゃあ、そういう訳だから」


 立ち上がった母は玄関を開けて、迷いなく一歩を踏み出していた。行ってきますを言わずにドアを閉める。


 ガチャン。


 と、聞き慣れているはずのドアが閉まる音が、やけに無機質に聞こえたのを今でも鮮明に覚えている。

 

 あの日以来、母とは何回か会っていた。しかし、向こうの生活が出来上がっていくのに比例して、次第に会う頻度は減っていき、今年に至っては、一度も会っていない。


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