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桜マーブル  作者: 綾沢 深乃
「第1章 遠い記憶からの始まり」

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15/50

「第1章 遠い記憶からの始まり」 (3ー4)

(3-4)


 テスト期間中の勉強は、それからも順調に進んだ。


 途中で返却された答案をお互いに見せ合うと、真緒はこちらの点数を見て「すごーい」と驚く。それに「大した事はないよ」と謙遜をして逃げた。


 真緒本人も今回の定期テストの点数は今までよりも上がっているらしく、親が喜んでいると言っていた。それを聞いて、彼女の役に立っている事が分かり、嬉しかった。


 テスト期間は金曜日まで、そして今日はその金曜日。


 テストの最終期間。


 キンコーンカンコーン。


 チャイムが鳴り、最後のテストが終了する。


 クラス全体に漂う解放感も今日が一番大きい。


 後ろから答案を回収して机から離れると、結衣がこちらを振り向いた。


「お疲れ様〜、テスト終わったね〜」


「うん。やっとって感じ」


「今回は全然、一緒に勉強出来なかったなぁ。いつもみたいに桜と一緒に勉強したかったな〜」


 結衣が口を尖らせて寂しそうに愚痴を吐き出す。


今まではテスト期間中は結衣とよく図書室で勉強していた。真緒と勉強する事が決まって、無くなってしまったのだ。


 勿論、真緒との勉強が決まった時点で結衣には伝えているが、目の前で悲しまれると、申し訳なくなる。


「ごめんね……。一日くらいは一緒に勉強すれば良かった」


 実は一度、真緒に結衣を含めた三人で勉強をしないかと提案をしてみた。グリーンドアのソファ席は元々、四人席だし、一人ぐらい参加人数が増えても全然、問題はない。


 桜がこの提案をした時、きっと真緒は喜んでくれると思っていた。教えてくれる人数が増えれば、それだけ彼女の勉強も捗るに違いない。


 ところが、その予想に反して真緒は首を振った。


「うーん、それはちょっと嫌かな。斉藤さんには悪いけど二人でやりたい ダメ?」


「いや、ダメではないんだけど。人数が多い方が捗るかなって思ったから」


「いや〜、それはどうだろう」


 まさか断られるとは思っていなかった。


 いつも学校で沢山のグループと一緒にいる真緒だからこそ、大人数での勉強に慣れていると思ったのだが、違ったらしい。


 提案を断った真緒は、気まずそうにこちらを見ていたが、やがて口を開く。


「桜がどうしてもって言うなら、構わないけど……」


 本当に珍しい真緒の弱気な声。その声を聞いていると、脳裏にあの横断歩道が浮かんでしまう。あれから日数が経過して何度か“遠見の力”を使っているのに未だ、鮮明に残っている彼女が横断歩道を歩く姿。


 それを振り払うように首を強く振る。


「だっ、大丈夫! ちょっと考えただけだからっ! そうだね、考えてみたら二人でやり始めたから、そこにいきなり人が増えるとガヤガヤしちゃうかもね」


 真緒に余計な不安を与えないように桜はフォローする。すると、彼女は身を乗り出して何回も強く頷いた。


「ねっ!? そうでしょっ!!」


「う、うん」


 こうして一度だけ話に出た人を増やすという話は、消えてしまったのだった。


 当時を回想して、桜は結衣に「本当にごめんね。次のテストの時は一緒に勉強しよう」と伝える。


「本当〜? ま、それで手を打ってあげましょう」


 結衣は短く笑ってから、了承してくれた。


 帰りのホームルームで山本の伝達が終了すると、今度こそ完全に解放された。クラス全体の重力が少しだけ軽くなる。明日は週末で休みなので、それもひとしおだ。


 部活動や委員会は今日から復活するので、それらに所属している生徒達は、帰りのホームルームが終わると、即座に活動を開始する。学校全体の活気が復活したようだった。


 山本が去り、ザワザワとした雰囲気の教室で桜が振り返ると、真緒達のグループは既にいなかった。最後のテストが終わってから山本が来るまで打ち上げがどうとか話していたので、すぐに出たのだろう。


 そんな事を思いつつ、桜も帰ろうと考える。


 結衣は今日、部活があるので一緒に帰る事はない。お互いにまた来週と言って桜は学校から出た。


 教室を出て昇降口まで降り、上履きからローファに履き替えて、外へ出る。来週からはまたいつも通りの学校生活だ。


 帰りにスーパーで食材を買って夕食を作ろう。結局、初日と翌日はどうにか作ったものの、その後は出来合いの物を買う事になってしまった。


 父はそれで良いと言っていたが、申し訳なかった。今日は父の好きな物でも作ろう。あっ、生姜焼きにするんだっけ。そんな事を考えながら、通学路を歩き最寄り駅まで到着して、改札を通りホームにて地下鉄を待つ。


 そんな中で桜はふと、買おうとしていた文庫本の存在を思い出した。


 テスト初日の帰りに買おうとしていた文庫本。真緒と会ってからグリーンドアで勉強をする習慣がついたから、書店に寄る暇がなかった。


 そんな事、今までなかったのにすっかり忘れてしまっていた。今読んでいる本がまだ読み終わっていないからというのも原因だが、初めての事だった。


 今日こそ買って帰ろう。テストも終わったし、土日でじっくりと読もう。


 そう決めた桜は帰りに書店への寄り道を決める。


 ホームにいる他の生徒達に混じって地下鉄に乗った。前みたいにどこかに真緒達がいないかと探したが、彼女達の姿はどこにもいなかった。


 桜は空いているシートに腰を下ろす。あの日の朝、この地下鉄のシートでうたた寝をしていなかったら、今回のような事にはならなかった。ただ、いつも通りに学校に行って、翌日に彼女が亡くなったのを知るだろう。


 たった少しの選択で大きく未来が変わってしまった。


 それが良いのか悪いのかは、今現在ではまだ分からない。ただ一つ、ハッキリしているのは、あそこで助けなければ真緒と仲良くなる事はなかったという事だ。


 動き出す地下鉄でトンネルの灰色の壁を見ながら、桜はそう考えていた。




 地下鉄が目的の駅に到着すると、桜は改札を抜けてアーケード街の方へと足を向ける。アーケード街にある大型書店へは少し歩くけど、品揃えは多く、欲しい本は必ずといっていい程、置いている。


 多くの人の間を抜けてアーケード街へと入り、足を進めた。途中で何人か同じ学校の制服を見つけたが、どれも真緒達ではなかった。


 書店に到着すると、重たいガラスのドアを開ける。


 外の喧騒から遮断されたようなシンとした雰囲気。木製の本棚にズラリと本が並んでいる。桜はこの環境大好きだった。


 この場所には本が好きだから買いに来ている人間しかいない。それが伝わってくる。誰もが目当ての本を手に取ったり、中を開いたりしている。ジャンルの違いはあれど、本を求めているという目的は全員一致している。


 それが不思議な一体感を生んで、桜もその仲間になれた事が嬉しかった。


 桜は二階の文庫本のコーナーへと向かう。もう何度も行っているので、目当ての本が何処にあるかは把握済みだ。


 エスカレーターで二階に上がり、平積みにされた新刊の文庫が並ぶ中で、桜は目当ての一冊を発見した。


 前から追っている作家の新刊だ。予めネットで表紙はチェックしているので、見つけた瞬間自然と心が弾む。一番上の本を取るのは多くの人が手に取っていそうで、あまり触りたくなかった為、その二冊下を抜き取った。読んでいく内に汚れてしまうのは承知しているが、だとしても出来る限り綺麗な状態で買いたかった。


 目当ての文庫本を手に取り、レジへと向かう。会計待ちの列に並んでいる間に裏表紙に書かれているあらすじに目を通した。


 今回の話は、恋人を交通事故で失った主人公の話だ。亡くなった恋人がその後、龍となって蘇る。ファンタジー要素もあり、どうしてこうなったのかというミステリー要素もある。ネタバレが怖いのでレビューサイトは一切見ず、知っている情報はココまでだが、それで充分。


 逸る気持ちを抑えて、桜はレジの順番を待つ。会計を終えて、ブックカバーも付けてもらい買った本が折れたりしないように大切に通学カバンにしまう。最後に書店を出る前に軽く小説コーナーを一周する。


 こういう寄り道をしていると、衝撃的な出会いをする事があるので、桜はいつも買ったらすぐに店から


 出ずに軽く物色するようにしていた。


 この日も同じようにして、一周してめぼしい本はチェックし終えたので、そろそろ出ようかと思ったその時、ポケットの中でiPhoneが振動した。


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